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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第4章 神大聖堂編
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第64話 曇りなき眼

 ミル・ノルベル……

 全身に返り血と思しき物をバケツで絵具をぶちまけたようにべっとりと付けた面の男の周囲にはいくつかの死体が転がっていた。

 死体は全て黒のマスクで口元を隠し、身を包んだ軽装の防具には血が飛び散っている。

 行生は馬車の窓越しで死体へ目をやり死体の服装が、会談でブリュヴェルナの見せた盗賊団の頭領ガスケットの服装と類似しており、死体の奥には薄暗い洞窟が続いていることに気が付く。

 ブリュヴェルナは行生を連行すると言っていたが何処へ連れて行くとは言っていない。

 状況から察するに盗賊団のアジトと思しき場所へ直接連れて来たのかもしれない。


 行生があちこちに視線をやり状況確認に勤しむ中、ミルに対して声を荒げた兵は手に握る剣柄に力を入れてミルを強く睨みつけ警戒を強めるも、シンカに肩をポンっと軽く叩かれて一歩下がる。

 シンカは人差し指で眼鏡のブリッジを僅かに押し上げて位置を調整し、ミルへ問いかける。


「聞いた事ない名ですが、どこの所属ですか?」


 ミルは仮面で表情を隠したままシンカへ向けていた視線を傍に転がっている死体へと落として淡々と口を開く。


「どこにも所属していませんよ。あなたたちこそ何者ですか? ここは盗賊団のアジトみたいですけど、この人たちの仲間ですか?」


 ミルは一度口を閉じると視線をシンカへ戻し、僅かに首を傾げて独り言のように再度口を開いた。


「――にしては装備が全然違いますね。あなたたちはアスターの紋章、盗賊団(このひとたち)はカキツバタの紋章が刻まれた物を使ってますし……」


 仮面で声がこもったミルの言葉にいの一番に反応したのは対面していたシンカではなく行生であった。


 ガシャンッ!


 行生は馬車の扉を壊す勢いで開け放つと、馬車から飛び降りて死体へと駆け寄った。


「はあはあはあ」


 頬に冷や汗を垂らして死体の装備を見下ろすと、そこには確かにカキツバタの紋章――

 いや、幸王国の国章が刻まれていた。

 行生が地面に膝を突きカキツバタの国章をそっと指でなぞると指に粉末が付着した。

 行生は指に付着した粉末を鼻まで運びスンスンと香りを確かめると、頬からスッと冷や汗を流し音を立てて唾を呑み込む。


「うそ……だろ……」


 国章が刻まれた装備は国軍であることを示すモノである。

 そして国章に使用されている粉末の原材料は国の上層部の者しか知りえない。

 にも関わらず盗賊団の使用している粉末は幸王国の使用している粉末とまったく同じ物であった。


 盗賊団と何の関わりもない行生にとって、自身が王を務める国の国章が知らずの内に使用されている。

 その事実が行生の心臓を早鐘のように激しく乱雑に響かせる。

 鼓動が耳を劈くほどに感じられても、それは行生の精神が不安定であるためそのように感じられるだけであり、周囲の人物は行生の心臓の高鳴りを知り得ない。

 だからこそ行生に動悸が見られないことが確信に拍車をかけ、ブリュヴェルナが馬車からゆったりと地に降り立つ。


「それが貴様らに容疑をかけた証拠だ」


 ブリュヴェルナは行生から視線を外すことなく足を数歩前へ進め、首を垂れるシンカを通り過ぎる。

 行生は一歩ずつ詰め寄って来るブリュヴェルナを視界に捉えつつ、眉間に皺を寄せて状況把握に勤しむ。


 使用されている粉末は紛れもなく幸王国軍で使用している物と同一な物であるが、死体の顔に見覚えはない。

 死体となった者たちは下っ端の構成員なのかもしれないが行生と面識のある者ではない。

 またブリュヴェルナが見せてくれた頭首のガスケットとも面識がない。

 そしてこれは勘、というよりは願望だが、幸王国軍の者たちはどこの馬とも分からない行生に優しくしてくれた者たちばかりであり、裏で非人道的な行為をしているとは思えない。

 この盗賊たちは本物の盗賊で行生の考えの及ばない方法で粉末を手に入れた。

 そして国章を偽って使用していたのだろう。


 考えを無理矢理まとめる行生は首筋に、ひんやりと冷たく鋭い鉄の塊――槍の穂先が軽く押し当てられ小さく肩を跳ね上げる。

 どうやら歩を進めるブリュヴェルナと考え事に夢中で、ミルが直ぐ傍まで近づいていたことに気が付かなかったようだ。

 ミルは行生に気が付かれないように音を殺して近づいたわけではなく、至って普通に普遍的に、ウィンドウショッピングでもしながら歩くかのように行生の傍まで足を運んでいた。

 にも関わらずミルの存在に、槍を当てられるまで気が付かなかった行生の警戒心の無さ、いや何かを考え込む集中度合にミルは疑念を抱く。

 しかし疑念を頭の片隅に仮置きして行生へ質問を投げかける。


「あなたの着ている物には死体といっしょのカキツバタが彫られていますね。あなたは盗賊団の関係者ですか?」


 行生は頬を流れる冷や汗をそのままに、目だけをゆっくりと動かしてミルを見上げる。


「いいえ、俺は……俺たちは、無実です」


 その瞳は、以前に昔話を聞かせてくれたミルの尊敬する男と同じキリッと光る曇りなき眼をしていた。

 行生の言葉は自身だけでなく、共に容疑をかけられているであろう仲間たちの潔白を主張する発言である。

 しかし行生の発言に聞く耳を持たないブリュヴェルナの足が止まることはなく、体を台風の目にするかのように暴風を巻き起こす。

 暴風は大地をめくり上げるかのように天へと走り、空を黒雲で染め上げ始める。

 ブリュヴェルナは奥底に憤りの火を灯し冷えた瞳で行生を見下ろす。


「犯罪者とはいえ一国の王だ。弁明があるなら聞いてやる」


 ブリュヴェルナは行生のことを容疑者ではなく犯罪者と断定した物言いであり、弁明を聞くというよりは遺言を聞く心構えで耳を傾ける。

 確たる証拠を目の前に見せつけられた状況で、温情とも取れるブリュヴェルナの発言に、行生は真っすぐな瞳を向ける。


「今提示できる証拠はありません。ですが、幸王軍(おれたち)は絶対にやっていません。必ず濡れ衣を晴らしてみせますので、しばしのお時間をいただきたい」

「どれだけ待てばいい」

「潔白を証明するまで」


 あまりにも不条理で不躾で不合理な条件に、ブリュヴェルナは大きく息を吐いて淡々と口を開く。


「話にならんな」


 ブリュヴェルナが心を閉ざすと同時、暴風の一部は収束して螺旋に回り人一人分ほどの大きな錐を(かたど)る。

 暴風の錐は先端を向け、地に片膝を突いたままの行生へ掘削機のように甲高い音を立てて突き進む。


 行生がブリュヴェルナたちに連行されたのも、今ここで理不尽を叩きつけたのも、全て身の潔白を証明するためであり、死にに来たわけではない。

 行生は帰らなければいけないのだ。

 暖かく笑顔の溢れる幸せの国へ。


 ブリュヴェルナの攻撃を防ぐべく魔力を練り上げて障壁を作る刹那――


 ドガン!!


 空に広がる黒雲から一筋の光が雷となって振り下ろされ、暴風の錐を破裂し霧散させて大地を焼き焦がす。


 行生は散った暴風からなる激しい突風に耐え、目の前で何が起こった事象に困惑を浮かべる。

 それもそのはず、雷を落としてブリュヴェルナの攻撃から身を守ってくれたのは今もなお首筋に槍の穂先を軽く当てたままの白い仮面の男――ミル・ノルベルなのである。


 敵対していると思っていたミルに命を助けられ唖然としている行生の首筋から冷たい感触が消えて、槍がミルの手元へ帰る。

 はたと意識を戻した行生は鳩が豆鉄砲を食ったように口を半開きにさせてミルを見上げる。


「なぜ助けてくれたのですか?」


 行生の至極当然な疑問にミルは仮面を少し外して口元だけを見せ、ニカっと白い歯で応える。


「リイシャの意思を汲んだだけです」


 行生にとっては知らない人物の名前であり一層助けてもらった意味がわからず頭を悩ませていると、ミルがそっと手を差し伸べた。


「僕は信じてみようと思います」


 差し伸べられた手には行生の知らない感情が籠っていた。

 この世界に来る前は受け取ることのできなかった暖かさと、この世界に来てからは敬意を払われ続けて触れてこなかった温もり。

 その手は少々強引に行生の手を引き上げ、行生をその場に立たせる。

 されるがままに木漏れ日のような感情に当てられた行生は、自然と微笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます。俺は比良(ひら)行生(ゆきお)っていいます」


 行生の感謝と自己紹介を聞き届けると、ミルは呼吸を忘れて瞬きの間だけ硬直する。

 しかしミルは直ぐに口角を僅かに上げて柔らかな声を喉元から届ける。


「良い名前ですね。仲良くなれそうな気がします」

「良い名前ってのは初めて言われました。俺も仲良くなれそうな気がします」


 ミルは行生から微笑みを受け取ると仮面を被り直してブリュヴェルナへと視線を移す。


「というわけで僕は比良さんに付きます。あなたたちも悪い人ではなさそうですし、争いごとは避けたいのですが……」


 ブリュヴェルナは変わらず暴風を巻き起こし魔力を練り上げつつミルの仮面から覗く瞳を見据える。


「そいつは盗賊団と繋がっている。私たちは同胞のためにもそいつを殺さねばならん」

「盗賊団と繋がってるって勘違いってことはないですか? 比良さんが悪い人には見えません。ゆっくり話ができる場を設けてはいただけませんか?」


 仲裁を図るミルの発言にブリュヴェルナは首を横に振って否定の意を示すも、予想だにしない言葉を口にする。


「私も部下から報告を聞いたときは耳を疑ったものだ。今ここでカキツバタの国章を目に入れるまでは、半信半疑だったぐらいにはな」


 前情報のほとんどないミルにとっては行生とブリュヴェルナの関係が良好といかずとも、いがみ合う間柄でなかったことを知り、捲し立てるように温情を申し出る。


「それなら――」

「証拠がある以上、この会話には何の意味もない。私は一刻も早く同胞たちを苦しみから救い出してやらねばならんのだ。そこをどけ。どかぬなら、命を落とすことになるぞ」


 ミルの懇願にも近い想いはブリュヴェルナの冷たい言葉に遮られ、言葉のやり取りが無意味であることを示唆していた。

 それでもミルは行生を庇うように歩を進めてブリュヴェルナと相対する。

 ブリュヴェルナは一つ大きく息を吐き、光を消した瞳でミルを見据える。


「そうか……ならば死ね」


 暴風は無数の錐を(かたど)り、血を撒き散らせる。


 ――ミルの腹を串刺しにして……

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