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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第4章 神大聖堂編
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第62話 王たちの会談

「皆様の心温まるご挨拶、大変勉強になりました。また、円滑な進行に感謝いたします。幸王様とのご歓談もここでお開きにして、次の議題に移らせていただきます」


 炎王の近衛騎士であるフーバーは恭しく九極癲(きゅうきょくてん)へ頭を下げると、議題と呼ぶほどの内容でもなかく、ましてや心温まる歓談とは程遠い行生との顔合わせを早々に終わらせた。


「続きましての議題は、この一年間で多発しております、人攫いについてとなります。この議題は魔王様からご持参いただいた議題となっております」


 フーバーは四位の席に座る魔王(ブリュヴェルナ)へと顔を向けて姿勢を正すと軽く腰をおった。


「魔王様、ご負担おかけしますが、仔細のご説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 ブリュヴェルナはフーバーへ視線を向けることなく、淡々と言葉を綴った。


「下がっていろ」

「お心遣い、感謝いたします」


 フーバーは一歩後ずさり他の近衛騎士同様に背筋を伸ばして直立の姿勢で口を噤んだ。

 ブリュヴェルナは表情を変えることなく掌を机にかざし魔力を籠める。

 机は一瞬淡く光り、刹那、机の上にホログラムのような映像が浮かび上がった。

 そこにはマスクで口元を隠した一人の男が映っている。

 ブリュヴェルナは映像へ視線を移して口を開いた。


「この男は件の人攫い盗賊団 神進代(しんしんだい)の頭領、ガスケットだ。理由は定かではないが、主に私たちエルフを中心に攫っている。だからこそ私が動いていたわけだが、拠点と思しき所は既にマークし、部下たちが制圧に動いている」


 議題として挙げたのだから他国へ協力要請でも入れるのかと勘ぐっていた他の王たちは、ブリュヴェルナの手際の良さを訝しみ眉間に皺を寄せる。

 理由は明白だ、解決寸前の事件をわざわざ九極癲会談に挙げる必要はないだろう。

 となれば他に意図があり、その意図の正体がわからない状況にいる。

 下手な発言をすればブリュヴェルナに足を掬われる恐れがある。

 しかし一人の老爺――二位の席に座る法王(オーダ)は目を和らげてブリュヴェルナへ視線を送る。


「それは頼もしい。エルフの被害が大きかったとはいえ、進神代からの被害は全ての国が被っておったからのう。して、議題を挙げたのじゃ、わしらにしてほしいことがあるんじゃろ?」


 みなが相手の腹を探る中、オーダは面と向かってブリュヴェルナの真意を問うた。

 ブリュヴェルナの挑発に受けて立ったと見受けられるオーダの瞳は、変わらずに和らいだままである。

 ブリュヴェルナは生気の籠っていない瞳でオーダへ視線を返し、淡々と口を開く。


「こいつらはたったの一年で急激に勢いを増した。私は盗賊団の裏で国が糸を引いていると思っている。少々飛躍した考えだが、奴らを捕まえればすぐにわかることだ。議題に挙げたのは実質的な宣戦布告と思っていてくれ。どこの国かは知らんがな」


 言葉とは裏腹であるはずのブリュヴェルナの冷めた瞳には、どこか憤りを感じる。

 だが心当たりがない行生はただ傍観を貫くのみ。

 一方、八位の席に座る華王(グレン)が顔を引き攣らせて鋭い瞳をブリュヴェルナへ向ける。


「お、おい。お前は戦争でも始める気か? そんなことしてみろ、三傑驥(さんけつき)が黙ってないぞ」


 僅かに震えたグレンの声にブリュヴェルナはホログラムから視線を外すことなく、小さく口角を上げる。


「被害は主に私たちエルフなのだ。三傑驥が中立を謳っていようが、敵国へ肩入れすることはないだろう。まぁ国の運営がままならないほど痛めつけてしまえば突っかかってくるやもしれんが、そのときは王とその家臣を皆殺しにする程度で収めてやる。新しい統治者は私が選定してやるから、国が亡ぶことはあるまい。安心しろ」


 ブリュヴェルナの冷たい瞳に映ってすらいないグレンは、唾を呑み込み目を細めてニヒルに笑う。


「そりゃぁ安心だな。でもよ、お前勝つ前提でいるが、お前んとこより強い国だったらどうすんだ?」


 ブリュヴェルナは相も変わらず冷めた視線を自身の手に落とし、わざとらしく長考してみせる。


「そうだなぁ……そのときは仕方ない……"星鎧(せいがい)ウォー"を使う」


 星鎧、それは聖龍を討伐するために神が人類へ授けた五つの武具、五星宝の一つである。

 今までどうにか平静を装っていたグレンは、ブリュヴェルナの言葉が鼓膜を刺激した瞬間に勢いよく机を叩き立ち上がる。


 ダンッ!


「ふざけてんのか!? 星鎧なんか使ってみろ! 一日もしねぇで国が亡ぶぞ!」

「言っただろ、国が亡ぶことはない。王城と首都を潰すだけだ」

「それを国が亡ぶって言ってんだよ!! てめぇ誰の許可で星鎧を使うつもりだ!? それこそ三傑驥が黙っちゃいねぇぞ!」


 相も変わらず淡々と言葉を発するだけのブリュヴェルナにグレンが声を荒げて猛撃するが、ブリュヴェルナの冷たい瞳が流れるようにグレンへ向けられる。


「星鎧は、その三傑驥から任されたのだ。三下は黙っていろ」


 ブリュヴェルナの冷たい瞳が初めてグレンに向けられた。

 刹那、グレンは体を小刻みに震わせ全身のうぶ毛を逆立てるも、はたと意識を切り替え、ふんぞり返ってみせる。


「はっ、ま、まあ、俺には関係ねぇや」


 グレンは精一杯の威勢でどうにか強がりを口にすると、ブリュヴェルナから視線を外して口を噤んだ。

 グレンの醜態は素人目から見ても明らかではあるが、誰も口を挟まない。

 この場にいる近衛騎士は立場上、口を出せないことはもちろんであり、不用意な発言は首が飛んでもおかしくなく、みなが全身から滝の如く冷や汗を流していた。

 しかし、他の王たちが口を出さない理由は全くの別である。

 みな一様にグレンのことが眼中にないのだ。

 ただ行生だけは近衛騎士同様に緊張に胸を締め付けられそうであったが、それに気が付く者は誰もいない。


 二人のやり取りが終わり沈黙が流れるも、素知らぬ顔で一位の席に座る屍王(タナト)が気だるげに口を開く。


「俺が犯人だったときは星鎧使わないでねぇ~」


 ブリュヴェルナは欠伸交じりのタナトへ冷たい瞳を向ける。


「貴様が敵国と判明すれば、塵すら残さんわ」

「相変わらず冷たいなぁ~」

「ほざけ、私ほど優しい者はおらんだろ。貴様らが見て見ぬフリをしていた犯行を止めようとしているのだ。同胞の笑顔のためとはいえな」

「それもそっかぁ。ブリュヴェルナさんは確かに優しかったかも」


 タナトは今にも熔けてしまいそうなほど脱力した体勢と眠たげな瞼で応えた。

 タナトの発言は一種の冷やかしのようにも見え、この場にいる誰もが二人の会話を雑談として処理した。

 言い換えるとブリュヴェルナはタナトのことを微塵も疑っていないということだ。

 となればブリュヴェルナより強い王は残り二人。

 第二位の法王(オーダ)と第三位の獣王(ノワワ)のみ。

 しかしオーダは変わらず瞳を和らげて口を開く様子はなく、ノワワは近衛騎士であるクリストマンの毛を噛んで遊んでいる。

 二人ともブリュヴェルナが星鎧を使用することに反対はないようだ。

 それは暗に二人が犯人ではないと示唆しているようにも捉えられるが、二人が星鎧の対策を持っている可能性とも言える。


 またグレンを除く五位以下の四人の王たちも口を開くことは無かった。

 ブリュヴェルナの星鎧の使用の有無に関わらず勝機は薄く、もしブリュヴェルナが発言とは異なり格下相手にも星鎧を使用するとなれば勝機はゼロに等しい。

 グレンのように慌てふためく者がいてもおかしくはないが、みな気品と威厳を感じさせる堂々とた姿勢のままであった。


 故に、言及する者は誰もいない。


 王たちの後方で佇む近衛騎士たちが唾を呑み込む音が聞こえるほどの静寂が場に流れ、フーバーが咳払いをして乾いた口を開く。


「ゴホンッ。魔王様の正義感に満ちた想いに大変感服いたしました。(わたくし)の心が湧きたつ想いでございます」


 フーバーが胸に手を当てて思いを吐露するも、ブリュヴェルナは冷たい言葉を浴びせる。


「言動の噛み合っていない雑兵の感想など聞いておらん。進行だけしていろ」

「大変失礼いたしました」


 フーバーは深々とブリュヴェルナへ頭を下げると一歩前に出て、会談の進行を再開した。


「続きまして最後の議題に移らせていただきます。約二年半前に起こった事件。最強と謳われる魔物――惨羊 バブリビオスス・グラベラ・ドーラが法王国 エウィジス近隣の森、大狼樹林で発見されたことについてでございます。こちらの議題は我が王、炎王様からの持ち込みとなっております」


 フーバーは一度口を閉じて五位の席に座る自身が仕える王――炎王(カアス)へ恭しく頭を下げる。


「炎王様、ご負担おかけしますが、仔細のご説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 カアスはフーバーを顎でしゃくり一歩下げると、ブリュヴェルナと同様に机に掌をかざしてホログラムを浮かび上がらせる。

 そこには体躯三メートルはあるだろう全身黒の筋骨隆々な肉体に、目立たないほどの羊毛、頭には二本の湾曲した角を持つ、二足歩行の魔物の姿があった。

 カアスはホログラムの惨羊へ視線を移すと、眉間に深い皴を作り、許しがたい者を断罪するかの如く怒気の籠った瞳を一人の王へと注ぐ。


「こいつは天災と同一視されるほど危険な七体の魔物――七天災の一体で、その七体の中で他の追随を許さん、まさに最強、人類が敵対してはならん存在だ。凶暴性が低いということで聖龍の方が危険視されているが無視してよいわけではない」


 カアスは一度言葉を区切ると怒髪天を衝くかのように声を荒げて唾を飛ばす。


「にも関わらず! 二年以上も報告を無視していた王がいる! 法王! 貴様だ!」


 怒気の籠った瞳を向けられている王、オーダは眉尻を下げて柔らかな表情を浮かべる。


「それは済まんかったと思っとるよ。先日報告と一緒に謝罪もしたじゃろ?」


 オーダの言葉は自分には非がないと言いたげで、どこか他人事であった。

 事の重大さを理解しているとは思えない発言にカアスの怒りが収まることはなく、寧ろ劫火のように立ち上る。


「謝って済む話ではない! 惨羊の機嫌を損ねるようなことがあれば、どれだけ被害が広まっていたと思っている! 貴様らの国のすぐ南には俺たちの国があるのだぞ! 自滅するなら勝手にしてもらってかまわんが、俺たちを巻き込む可能性を軽視するとなれば、敵対国と見なさざるを得ん!」

「そう言われてものう……わしも知らんかったんじゃ。エウィジスのギルド職員たちが隠蔽しておってな。そやつらに問いただせば、フラナ殿から黙っとくように言われたと言うとったんじゃ。仕方あるまいよ」


 オーダは怒声を浴びているとは思えないほどに目を弧に曲げ、それがカアスの苛立ちを募らせる。


「クランを一つ潰されたと聞いたぞ。五十人も兵を失っていて仔細の調査もしていなかったのか?」

「元々大狼討伐のために送ったクランじゃ、大狼にやられたんかと思っとってな……まさか惨羊が来とるとは思いもせんかったんじゃよ」


 オーダの言い訳がましい発言からはカアスの欲していた解答は得られず、カアスは湧き上がる怒りを爆発させる。


「調査をしたかどうかを聞いているんだ! 貴様の思い込みなど聞いていない! 兵を駒としか思っていないような思考だから見落とすのだ。隣国の王として、貴様のような愚者に背は預けられん!」


 カアスの言葉にオーダはわざとらしく口角を僅かに上げて見せる。


「カアス殿もわしと同じ、兵を駒としか見ていない愚者じゃよ。がむしゃらに走れば前に進めると思っておる、だから世界平和なぞ叶わんのよ」


 カアスの怒りを嘲笑うかのようなオーダのニヒルな笑みに、カアスは親の仇を睨みつけるかの如く全身から憤怒を滾らせる。


「口だけの貴様などと同じではない!!」


 カアスの全身からは赤黒い炎が昇り、部屋中の水分を吹き飛ばしてしまいそうなほどの高熱と陽炎が身を包む。

 惨羊のホログラムを表示するためにカアスが魔力を籠めていた机は、怒りに満ちたカアスの魔力に当てられて炎に焼かれ、泥のように原型を崩した。

 しかしカアスはどろどろに零れる机に目もくれず炎圧を上げてオーダを睨みつける。

 赤黒い炎は徐々にカアスの掌に収束し、一つの鬼火を作り上げる。

 鬼火は禍々しく煌めき、この世の物とは思えない揺らめきを見せる。


 誰の目から見ても怒り心頭なカアスに、近衛騎士の面々は乾いて出ない唾を無理矢理飲み込み心をできるかぎり落ち着かせる。

 あの鬼火が自身の仕える王へ向けられれば身を挺して守らなければならない。

 しかし、この身一つで守り切ることができるだろうか……


 冷や汗すら蒸発する部屋で始めに動いたのは第六位の席に座る覇王(サラディナ)であった。

 サラディナは胸を張り、堂々とした立ち居振る舞いでカアスを力強く見据える。


「炎王よ、落ち着きたまえ。惨羊の恐怖は、炎王国の南にある我が覇王国にも気持ちがわかる。もし惨羊が暴れ回っておれば、我々も無事では済まなかっただろう。だからと言って、この場で荒事を起こしてよい理由にはならん。言葉を交わし、お互いの真意を知るための場であろう!」


 サラディナの宥める、というには多少力強い言葉に、カアスはギリと小さく歯を噛みしめて睨みつける。


「真意を知ったからこそ、奴を活かしてはおけんのだ」


 カアスはオーダへ射殺さんとするほどの怒りに溺れた眼光を向け、鬼火を放つ。

 刹那、オーダの近衛騎士であるベニルが身を挺してオーダを守る。

 より速く、サラディナが剣を抜き鬼火を斬り裂く。

 より速く――


「ワンッ!」


 カアスの隣に座るクリストマンの頭上でくつろいでいたノワワが鬼火に飛びつき、鬼火を噛み砕いた。


「「「!!」」」


 憤怒で満ちた鬼火を一撃で砕かれたカアスはもちろん、自身より素早く動いたノワワにサラディナとベニルが驚愕を露にする。

 ノワワはカアスへ視線を送り、甲高い声で鳴く。


「ワン! ワワン! ワンワン!」


 この場でノワワの言葉を理解できる者はノワワの近衛騎士であるクリストマン以外存在しない。

 にも関わらず、突っ伏していた机がなくなり背もたれと肘掛けに溶けるようにして身を預けていたタナトが分かったように口を開く。


「カアスとオーダさんはちょっと熱くなりすぎだよ。ノワワさんもこう言ってるんだし、今日はもう終わりにしよっか。この話はフラナさんを混ぜてまた今度ね」


 タナトの眠たげで覇気の籠っていない発言に、カアスは不機嫌を露に舌を鳴らして、オーダは静かに目を閉じた。

 タナトは二人から反論がないことを確認すると他の王たちを一瞥し、みなが口を結び意見の出ないことに小さく頷いてみせる。


「うん。じゃあ何もないみたいだし解散ね。今日は集まってくれてありがとぉ」


 タナトの閉会を告げる発言を耳に入れると、第九位の席に座る麗王(カリステア)が微風に流れる木の葉ように緩やかに立ち上がる。

 カリステアは背後に佇む自身の近衛騎士である銀騎士に流し目を送る。


「ジーク、帰りましょう。疲れたわ」


 ジークは九極癲(きゅうきょくてん)の面々へ小さくお辞儀をすると、扉へ歩を進め扉を開けてカリステアをエスコートし、そのまま二人揃って部屋を出た。

 カリステアに続くようにブリュヴェルナとグレンが近衛騎士を連れて部屋を後にする。

 続いてノワワとサラディナがオーダとカアスを一瞥し、近衛騎士と共に沓摺(くつずり)を跨ぐ。

 半数以下となった部屋でオーダが一つ咳払いをしてカアスへと視線を向ける。


「近いうちに便りを出す。その時に話を詰めるということでよいかのう?」


 オーダの柔らかな瞳をカアスが睨みつけて小さく口を開く。


「忘れるなよ」

「もちろんじゃ。わしらの信用問題じゃからのう」


 オーダはニコリと微笑み皺を作り、ベニルと共に扉から姿を消した。


 次々と王たちが帰路へ着くなか、硬く動かない王がいた。

 タナトは眠気を隠すことなく欠伸交じりな言葉を件の王へと投げかける。


行生(ゆきお)君も帰っちゃっていいんだよ。始めての集まりがギスギスしちゃってごめんねぇ」


 カアスの憤怒に当てられて心臓が張り裂けてしまうほどの緊張に硬直していた行生は、タナトに呼びかけられてはたと意識を戻す。


「いいえ、気にしてないです。今日はありがとうございました。では、失礼します」


 行生はカアスへの恐怖が顔に出ていないことを祈りつつ二人に別れを告げ、近衛騎士であるムシクと共に部屋を出た。

 行生の心情に気が付く様子のないカアスは、司会役に従事していたフーバーへ視線を向ける。


「タナトと話がある。先に出ておけ」

「かしこまりました」


 恭しく頭を下げたフーバーの背が扉に隔たれると、二人だけとなった部屋でカアスはタナトへと怒気の籠った瞳を向けた。


「タナト、まだわからんのか? この世は平和とは程遠い。上辺だけの平穏では以前の繰り返しだ。罪のない世界には人類の発展と犠牲が必要不可欠であり、管理者の代替でしかない九極癲なぞいらん。顔しか取り柄の無い女、なんの力もないゴミ、運だけでここに座っていられるガキ、刃物を振り回すしか脳のない阿呆、何百年も森に引きこもり続けるエルフ、人語を話すことすらできない犬、死にかけの老爺。あんな奴らに価値などない。三百年前のように俺たちで地上を統治すればいい。そうすれば上手くいく」


 カアスの瞳には憤怒だけではなく、後悔と懇願も入り交じっていた。

 タナトはカアスの想いを理解したうえで首を傾げる。


「上手くいかなかったから、こうなってるんじゃないの? 罪のない世界なんて無理だよ。人類の発展って、あいつと同じ考え方じゃん。それに、杯は壊れて狂気が満ちたんだ。狂癲(きょうてん)の器になってくれてるだけ、平和な方だよ」


 心の底を見据えるようなタナトの瞳に、カアスは小さく首を横に振る。


「あいつのような利己的なモノとは違う。何不自由ない世界こそが平和への一歩なのだ。それと、お前なら狂癲を管理するのも不可能ではないはずだ」

「机上の空論だよ。見つかってない狂癲は管理できないし、三傑驥はどうすることもできないじゃん」

「俺たちに寿命はないんだ。少しずつ見つけて行けばいい。三傑驥も俺たちで力を合わせれば――」

「無理だよ」


 カアスの必死の訴えをタナトは無慈悲に遮り、反論を許さないように否定して言葉を続ける。


戦帝(フラナさん)には勝てないし、幻帝(フリージアさん)には触れることすらできない、賢帝(セリスさん)に至っては全部筒抜け。今の平穏で満足しようよ」


 寝ぼけ眼であったタナトの瞳を力強く開かれており、カアスの瞳からは憤怒が消えて失望へと移り変わった。


「それを怠惰と言うんだ」


 カアスは静かに立ち上がり、一瞥もくれることなくタナトの前から姿を消した。


 ▽


 時は数分前――

 九極癲会談を終え、緊張で体が張り裂けそうな感覚から解放された行生は、外気の微風に吹かれながら空を見上げていた。

 いや、正確に言えば空ではなく巨大な建築物を見上げていた。


 それは高さ百数十メートルを優に超え、白く輝き耐久性に優れた石材で建造されており、正面には高くそびえ立つ尖塔、両脇には少し小さい尖塔が建ち、各所には太陽光を反射するステンドグラス、窓や扉には頂部の尖ったアーチが用いられ、荘厳な雰囲気を醸し出している大聖堂があった。

 大聖堂は神という曖昧な存在を崇拝する唯一の宗教団体"オラクル"の総本山であり、神大聖堂と呼ばれている。

 オラクルはどの国にも属さない中立組織であるため、九極癲会談は神大聖堂を借りて行われている。


 行生は前世の記憶と目の前の巨大な建築物を照らし合わせ、ポツリと呟く。


「地球にも似た感じのあったけど、どうやって作ってんだろ……すげぇ……」


 行生が感嘆を零していると、馬車の点検を終わらせたムシクが行生へ馬車に乗るように促した。


「行生様、お帰りの準備が整いました。どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


 行生がムシクに促されるまま馬車へ足をかけようとしたとき、冷たい女の声が鼓膜を刺激した。


「幸王、話がある」


 行生が声の主へ振り返ると、そこには冷めた瞳の奥に憤りの火を灯したブリュヴェルナが佇んでいた。

 会談が終わり気の抜けていた行生は呼び止められたことに驚き、小さく肩が跳ねるも平常心を装い、潰れそうな心臓の鼓動を抑えて馬車から足を離してブリュヴェルナへ体を向ける。


「これはこれは魔王様、どうかなさいましたか?」


 そしてブリュヴェルナの淡々とした言葉が、行生の心臓を鷲掴むかのように止める。


「貴様を、人攫い盗賊団 神進代の首謀者として連行する」

「――はあ?」

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