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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第59話 帰郷

 辺り一面を青く茂った原っぱに囲まれていた。

 葉先で煌めく滴が真上から降り注ぐ太陽の光に照らされ、空は雲一つない青が広がっていた。


 昨晩に降った雨で澄み渡った空気を吸い込み、膝の高さまでしめる周囲の雑草の大きさに思い出を偲ばせる。


 小さなリイシャの手を引いて帰路についた道を、今度は独りで歩む。


 ここに来た当初は頭の整理が追いつかないながらも、リイシャと過ごす日々に充実感を覚え満足していた。


 だが、もうここにリイシャはいない。


 多少整備された田舎道を進んでいると、木材がむき出しのこじんまりとした家に辿り着いた。


 家の前には野菜を担いだ四十歳前後で少しの顎鬚を整えた、逆三角でガタイの良い男性が僕の存在に気が付き目を点にした。


 男――おじさんは直ぐに朗らかな笑みを浮かべて僕を出迎えてくれた。


「お帰り」

「ただいま帰りました」


 僕の弱弱しい笑みをおじさんは眉尻を下げて見つめる。

 そして僕の周りに誰もいないこと、僕がリイシャの持っているはずである長剣を担いでいることに気が付き、顔に暗い影を落として目を見開く。


 僕はリイシャのことを伝えるために口を開くも上手く言葉が出てこず、口を閉じて唾を飲み込んだ。

 そして一度浅く呼吸をして、おじさんの瞳を見つめる。


「大切な、お話があります」


 おじさんは口を固く結ぶが、顔を和らげて家に入るように促す。


「中で母さんと、聞かせてくれ……」

「はい……」


 僕は喉を締め付けられているような細い声とともに、フレイス家の敷居を跨いだ。


 ▽


 家の中に入るとおばさんが食事の準備をしていた。

 部屋のドアを開けて入って来たおじさんに、おばさんが視線をやる。


「あらお帰り、早かったわね」

「ああ、ちょっとな……話があるみたいなんだ……」

「話?」


 首を傾げるおばさんはおじさんに次いでドアから入って来る僕の姿に目を輝かせる。


「ミルくん。帰って来たのね。お帰りなさい」


 おばさんは食事を準備する手を止めて、僕の許へと歩み寄って来た。

 僕は弱弱しい笑みを浮かべ、震える声を抑えて口を開く。


「ただいま帰りました」

「二人が帰って来たのなら今日はご馳走に……」


 おばさんは僕の後ろに期待していた人影がないことに気が付き、首を傾げる。

 玄関を見てもその人影はない。


「ねぇミルくん、リイシャは?」


 おじさんは察しがついたのだろうがおばさんはまだわからない様子で、特に変哲のない困り顔を浮かべていた。


 言わなくては……

 僕にはリイシャの最後を二人の伝える使命があるんだ……


 僕は乾いた口を奮わせて、小さく開けた。


「……」


 でも言葉が喉につっかえて出てこない。


 脂汗が頬にじっとりと滲み出たとき、優しく背中をさせる大きな手があった。


「疲れているだろ? とりあえず座ろう」


 おじさんがそのまま優しく背中を押して、僕を席へ着ける。


「母さん。ミルに水を」

「そ、そうね」


 僕の言葉を待っていたおばさんはおじさんに促され、コップに水を注いで僕に出してくれた。

 僕の前には机を挟んでおじさんが神妙な面持ちで僕に視線を向けていた。

 おばさんはおじさんの隣に腰かけて、リイシャが帰って来ていないことに不安を覚え今も玄関を気にかけている。


 おじさんに気を遣わせ、おばさんを困らせている。

 これ以上二人に心労をかけさせるわけにはいかない。


 僕は乾いて裂けそうな唇を震わせてリイシャの死を伝えようとするも、胸を締め付けられているように苦しく力が入らない。

 僕自身でもわからない感情が言葉に蓋をしているようで……

 そんな自分に怒りが湧いた。


 僕はもう取り返しのつかないことをしたんだ、今更人間ぶったところでどうなる。

 死んだことを伝えるだけだ、心を殺せよ。

 大勢殺した、あの日みたいに。


 僕は歯を食いしばって、おじさんとおばさんの瞳を見据える。


「リイシャが……死にました……」

「っ――」


 おじさんが息を呑み歯を軋ませる。

 おばさんは呆けて口を半開きにさせるが、数秒経って弱弱しい声で疑問を口にした。


「ど、どういうこと?」


 僕は瞳を震わせつつも、おじさんとおばさんに力強い眼差しを向ける。


「リイシャは、僕を庇って魔物に殺されました。僕が弱いせいでリイシャを死なせてしまい、申し訳ありませんでした」


 頭を深々と下げて、震えた声で謝罪の言葉を述べた。


 ポツ、ポツ。


 机の上に雫が落ちる音が聞こえ顔を上げると、おばさんが目尻から涙を流していた。

 鼻をぐすぐすと鳴らして、ただ涙を流し続ける。


 何か、涙を止める言葉をかけなければ……


 しかし思いとは裏腹に言葉が思い浮かばない。


 顔に暗い影を落とし固唾を呑むことしかできない僕を尻目に、瞳に涙を溜めたおじさんがおばさんの肩を優しく抱き寄せた。


「リイシャは立派に旅だったんだ。俺たちは胸を張って見送ろう」

「う、うぅ……」


 おばさんは倒れ込むようにしておじさんの胸に顔を預け、おじさんはそっと優しく包み込返した。


 僕は脇に置いていた袋からヒビの入ったペンダントを取り出した。

 長剣を肩に紐かけ、ペンダントを上に置いた袋を手に持って二人に歩み寄った。

 二人は僕の手に持つ袋が何かわからないながらも、その上にあるペンダントには見覚えがあり、腫らした目で追いかける。


「おばさん。砕けてしまいましたけどペンダントです。袋にはリイシャの遺骨が入っています。受け取ってください」


 おばさんは袋に視線を釘付けにして椅子から立ち上がり、僕の持つ袋を両手で優しく受け取った。

 一度止まった涙を流しておばさんは袋を胸に抱き寄せ、おじさんも立ち上がり優しく寄り添う。


 僕はリイシャの死を悼む二人に一歩歩み寄って、長剣をおじさんへ手渡した。


「リイシャの剣です」


 おじさんは両手で長剣を受け取ると、涙をポタポタと流して力強く目を瞑り額に柄を当てた。


 これで僕の使命は終わりだ。

 おじさんとおばさんにリイシャの死を伝えること。

 リイシャの遺骨と遺品を届けること。

 もう僕にできることはない。

 リイシャを殺してしまった僕のことなど、見たくもないだろう。

 直ぐにでも、この場を去ろう。


 僕が踵を返して荷物を手に取りドアノブに手をかけると、おじさんに名を呼ばれ動きを止める。


「ミル」


 非難、叱責、僕は二人の怒りと憤りをその身で、その心で全て受ける覚悟で振り替えた。

 だが、送られた言葉はそのどれとも異なり――


「帰って来てくれて、ありがとう」


 その暖かな言葉が胸の奥底を満たすようで、

 枯れたと思っていた僕の瞳からは、一滴の涙が頬を伝って流れ落ちた。


 僕が帰って来たことなんて、どうでもいいでしょ……

 僕はリイシャを守ると誓っておきながら、何もできなかったんですよ……

 僕は礼を受け取っちゃダメなんです……


 自責の念に駆られて唇を噛みしめる僕に、おばさんが涙を零しながら微笑みかける。


「おいで」


 ダッ


 床を蹴り上げる音が聞こえ気が付けば、僕はおじさんとおばさんへ駆け寄っていた。


 二人が僕を力強り抱きしめてくれて、僕はボタボタと滂沱の如く涙を流す。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

「いいの。リイシャを最後まで見届けてくれて、ありがとう」


 震えた僕の声を、おばさんが優しく包み込んでくれた。


「でも、リイシャのこと、護れなくて」

「いいんだ。リイシャを連れ帰って来てくれて、ありがとう」


 沈んだ僕の声を、おじさんが救い上げてくれた。


「うううぅ、あああああぁぁ!!!!」


 胸が張り裂けそうで喉が潰れそうでも、ただ声を上げることしかできない僕の慟哭だけが響き渡った。


 ▽


 僕とおじさんとおばさんの三人は、リイシャの遺骨を埋めるために庭へ出て穴を掘っていた。


「これぐらいでいいだろ」


 おじさんが穴を掘る手を止めて円匙(えんし)を肩に担ぐ。

 視線を地面に落とせば、縦横深さ三尺の穴が出来上がっていた。

 おじさんはリイシャの遺骨が入った袋を持つおばさんへ視線をやる。


「母さん、頼む」


 おばさんは穴にそっと近づき、地面に座って袋を力強く抱きしめた。


「リイシャ。愛してるわ」


 袋を丁寧に穴へ入れ終えると、立ち上がり円匙(えんし)を手に持ち穴に土を被せ始めた。

 僕とおじさんも円匙(えんし)で穴に土を被せる。


 やがて穴が埋まり、土塊で凸凹した地面を平らに均した。


 おじさんは円匙(えんし)を傍らに避けると、リイシャの愛用していた長剣を均した地面に突き刺して目を瞑る。


「リイシャ。どうか、安らかに……」


 僕とおばさんもおじさんに倣って黙祷を捧げた。


 数秒経ちおじさんは目を開けると、僕へ歩み寄って微笑みかけた。


「リイシャとの冒険を、聞かせてくれないか?」


 僕はおじさんの瞳を見据えて応える。


「もちろんです」



 その日の夕食は僕も料理を手伝っておばさんと一緒に作り上げた。

 食卓はおじさんを含めた三人で囲い、村を出てからのリイシャとの思い出を語った。

 できるだけ暗い内容は避けて、笑顔を意識した。


 僕が崖から飛び降りて自殺したこと、ダンジョンでパーティメンバーに裏切られて取り残されたこと、僕が不死身であることを重点的に避けた。


 リイシャがパーティメンバーを庇ったことは話したときは、二人とも顔を綻ばせて小さく頷いて話を聞いてくれた。


 ただリイシャの死の瞬間は鮮明に伝えた。

 そこだけは朧げにしてはいけない気がしたから。

 二人はただ頷いて聞いてくれた。

 二人にリイシャの歩んだ軌跡を伝えるつもりだったのだが、いつしか僕の懺悔交じりの語りとなっていた。

 それでも二人は優しく頷いてくれた。



 一通り話し終えた僕は自室で腰を下ろして、これからのことについて想いを馳せていた。


 本来ならリイシャの目標探しの旅に動向していたはずだが、リイシャを守る行動原理がなくなった僕には目的がない。

 取り合えずは僕がボジディの住民を皆殺しにした事実を隠すべく、ブライヴに言われた通り二年間は身を潜めるつもりだ。

 僕の犯行だとバレてしまえば、おじさんとおばさんにも迷惑がかかるに違いない。

 しかしその後、僕はこの死ねない体で何を糧に生きて行けばいいのだろうか……


 思考を巡らせているとき、ふと僕が尊敬する男の言葉が思い浮かんだ。


 "俺は、死した者たちの意を汲み取るべきだと思っている"


 死した者――リイシャの意を汲み取ることが、僕のやるべきことなのだろうか……

 それだと人に言われたことを淡々と実行しているだけの、空虚な人生なのではなかろうか?

 いや、僕の人生に彩りなんていらないだろ。

 人であることは辞めたんだ。


 僕は意を決して、リイシャの意を汲み取ることを人生の指針とした。


 リイシャの意、そのような話をしたことはないが、リイシャは自身の危険を顧みず人を助けるような人物であった。

 全身を返り血で染めた僕に務まることかはわからないが、人を助けることを目指してみよう。


 だが僕の人生の言い訳にリイシャを使いたくはない。


 助ける人は僕が決めるし、殺す人も僕が決める。

 やり方は僕の好きにさせてもらおう。


 これからの人生は僕のエゴで塗り固める。

 誰かのためではなく、僕の空虚を満たすためのエゴだ。


 僕は意思を固めて、リイシャを守り切ることができなかった日を振り返る。


 最初から自分の力に気が付いていれば他にやりようはあったかもしれないが、それでもリイシャを守りながらあの数の魔物を倒しきれた可能性は低い。


 まずは自力を付けなくては……

 僕だけが死ななくても意味がない、守り切る力がほしい。


 ただ僕が強くなるための当てがほとんどない。

 フラナやブライヴを頼れば鍛えてくれるかもしれないが、二人が今どこにいるかを知らない。

 それに二人とも忙しなく世界を回っているようだった、見つけることができても僕に時間を割いてもらうことは申し訳ない。

 となれば独りで強くなる必要があるが、鍛錬だけでは限界がある、不死身を活かして魔物と常時戦えるような場所がいい。

 それでいて人気の少ないところが好ましいが、そのような場所はあるだろうか?


 思考を巡らせていると一つの書物に書いてあった内容を思い出した。


 あの大陸なら、もしかしたら……


 ▽


 明朝――


 僕は簡単に荷物を纏めて肩下げ袋を担ぎ部屋を出て、居間への扉を開け放った。


 そこにはおじさんとおばさんが揃って椅子に腰かけて、ヒビの入ったペンダントを眺めていた。

 おばさんからリイシャに託されたペンダントは、形見として手元に残すことにしたのである。


 おじさんが僕の存在に気が付き視線を向けるが、僕の格好から不穏な気配でも察したかのように眉根を寄せた。


「どうした?」


 おじさんにとって朧げな不安は僕の発言で明確なモノとなる。


「旅に出ようと思います」


 僕の言葉におじさんだけでなく、おばさんも目を見開き唾を呑む。

 おじさんは目を閉じて逡巡すると、ゆっくりと目を開けて僕を見つめた。


「わかった」

「っ!?」


 反対されると思っていた僕は目を点にして息を呑んだ。


「だが、理由を聞かせてくれ」


 おじさんは手に持つペンダントに視線を落として、理由を問うた。

 僕は胸を張ってありのままを答えた。


「これからは、人を助けて生きていこうと思ったからです」


 おじさんは目を和らげて一言呟いた。


「そうか……」


 隣に腰かけるおばさんも同じように和らいだ目を僕に向ける。

 一拍開けておじさんは立ち上がり、僕の格好をまじまじと見た。


「もう行くんだろ?」

「はい」

「外で待っててくれ、渡したい物がある」


 おじさんは僕に微笑みを向けて居間を出ていった。



 僕とおばさんが門扉の前で待ち始めて数分が経ちおじさんが戻ってくると、手に一本の槍を持っていた。

 おじさんは微笑みを浮かべて僕に槍を手渡した。


「少し早いが、ミルの成人祝いだ」

「えっ……」


 おじさんが槍を作っている場面を見たことがなかった僕は、想像だにしていなかった贈物に呆けてしまう。

 おじさんは槍に視線を落として、過去に想いを馳せた。


「これはな。リイシャの長剣と同じ素材で作ってある。ミルには黙ってたが、リイシャと一緒に案出しをして作った一品だ。受け取ってくれ」


 リイシャが工房へ赴く頻度が多いとは思っていたが、僕の成人祝いの分まで作ってくれていたとは思ってもいなかった。


 僕は槍を受け取ると、リイシャと過ごした村での日々に想いを馳せた。

 これからどれだけの年月が経っても、忘れることのない暖かな日々を。


 その暖かさと同じだけの想いを籠めて微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


 おじさんは大きく頷く横で、おばさんが眉尻を下げて僕に視線を向ける。


「行くのよね?」

「はい」


 僕はおばさんの目を見据えて力強く頷いた。

 おばさんは一度おじさんと視線を交差させて、二人は柔らかな笑みで僕に向き直った。


「元気でね」

「いつでも帰ってこいよ」


 僕は白い歯をチラッと見せて微笑みを浮かべた。


「行ってきます」


 門扉を開け放ち、僕は大切な人(リイシャ)との思い出の詰まった村に別れを告げ、その身を潜める。



――そして、幾千を越える死を乗り越え、二年の月日が流れた。

本日で毎日投稿終了となります。

応援していただき、ありがとうございました。

今後は不定期投稿となります。

投稿する場合は月曜日となり、投稿した際はX(旧Twitter)にて報告させていただきます。

これからも、是非お楽しみください。

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