第05話 レクチャー
この世界での生活にも慣れ、七年が経ち十五歳となった。
僕はゲームプレイ前の記憶があるので、精神的な成長はほとんどなかったといえる。
背がまあまあ伸びたがそれでも低い。
リイシャも僕と同じぐらいの身長だが女の子はそれが普通なのだろう。
リイシャは身長よりも精神の成長が凄まじく、以前はとても嫌がっていた畑仕事を自分から進んで手伝うようになっていた。
しかもそれだけではなく料理に掃除、洗濯も手伝うようになっていた。
加えて、小さいころはあまり意識していなかったみたいだが、最近では自分の方が一歳年上なんだと自覚したようで、僕に気を利かせてくれるようになった。
ちょっとしたことですぐに僕を殴っていたあのころが懐かしい。
今では立派なお姉さんのような立ち居振る舞いを見せることもほんの少しだけ増えた。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とはまさにリイシャのことだろう。
それでも本当は手伝いはしたくないみたいだし、野菜を食べるときは苦い顔をしている。
何か困ったことがあったら昔のように僕を頼ったりもしている。
まだ子どもらしいところもたくさんあるが、いつか立場が逆転してしまいそうで少し不安だ。
本来なら歳上のリイシャを僕が頼りにするのだろうが、精神年齢を考えるとこれからも僕が兄のような存在で在り続けたいものだ。
話は変わるが、この世界では十九歳からが成人で十六歳は大人の一歩手前のような扱いらしく、三年の間で生きていくにあたって必要な力を身に付けていくらしい。
必要な力は家庭によって異なり、一般的に子どもは親と同じような人生を歩むのだとか。
農家の子どもなら農家になるために必要な知識を、商人の子どもなら商人になるために必要な知識を身に着けるようだ。
他には家事と護身術を共通して教えているらしい。
当たり前だが家庭によってレベルはまったく違うものになってくる。
住まいなども親と一緒の家、もしくは同じ町村、遠くても馬車で一日以内の場所で暮らすのだ。
ちなみに僕の両親はこの世界にはいない。
狩りに出ていたおじさんに当時赤ちゃんだった僕が森で拾われ、それからずっとリイシャの両親に育ててもらっているらしい。
そのころの記憶は僕にはないしこれもゲームシステムの一環なのだろうが、今まで優しくしてもらった事実は変わらないのでもちろん感謝している。
というわけで、この世界で生きていくための力は身に着けようと思う。
ただ僕は十五歳でありあと一年待つ一方、リイシャは十六歳なので今日からおじさんにいろいろ教えてもらうことになった。
リイシャは家の手伝いをしているので家事はもちろん、畑仕事も最低限のことはできている。
そのためこれからの三年間は護身術、というよりは狩りを教えてもらうことになったようだ。
リイシャが狩りを教えてもらっている間、僕は暇になってしまう。
そのため僕も一緒に狩りを習いたいとおじさんに直談判したところ。
「ミルなら大丈夫だろうし、いいだろ」
とあっさり承諾してくれた。
それを聞いたリイシャはひどく驚いて。
「えー、なんで! なんでミルにも教えるの! 初めてミルに勝てるものができると思ったのに! なんで!」
と昔のように駄々をこねていた。
リイシャは争いごとになると、感情を抑えるのが下手なようでいつも子どものようになる。
そんな姿に小さいころを思い出して微笑ましく思っていると、獲物を見つけた捕食者のような鋭い眼光を向けられた。
蛇に睨まれたカエルの気持ちがよくわかる。
やはり辞退する旨を伝えようとしたらリイシャに止められた。
「私、絶対ミルより上手に狩れるようになるから」
リイシャに着いた火を消すのはもう無理なようだ。
▽
おじさんに連れられて僕とリイシャは森の中を歩いていた。
僕たちに実際の狩りを見せてくれるのだが、狩りはさせてもらえないらしい。
隣で顔を強張らせてズンズンと歩くリイシャ、緊張が見て取れる。
対する僕は少し気を削がれていた。
狩りをする気でいたので少し物足りない感は否めないが、命がかかっているのだからそんなことを言えるわけもなく、心の中にしまっている。
僕とリイシャそれぞれに護身用の短剣が一本ずつ持たされている。
おじさんは身長とほぼ同じ大きさ、六尺弱ほどのずっしりとした大斧を背中に担いでいた。
しばらく歩いているとおじさんが足を止めて、後ろを歩く僕たちに振り返った。
「よし、ここらへんでいいだろ。今から狩りがどういうものか見せるが、その都度問題を出す。答えは間違っててもいいからどんどん答えてくれ。本来は一つ間違えるだけで命を落とすかもしれないが、今は俺がいる。間違えるなら今日間違えていけ。それと勝手な行動はしないこと。いいな?」
「「はい!!」」
普段とは違って真剣な表情を崩さず鬼教官のような佇まいのおじさんを見て、僕もリイシャも自然と背筋が伸びた。
「よし、じゃあ最初の問題だ。俺は今ここでお前たちに対して心構えや注意事項を伝えたわけだが、なぜ家じゃなくてここで言ったと思う?」
第一問目となるおじさんからの問いに、リイシャは首を傾げて解答する。
「ここで狩りをするからじゃないの?」
「それなら家で説明してから来てもよかっただろ?」
おじさんの言葉にリイシャは首を傾げたまま固まり、自然と回答権が僕に回って来る。
だが僕にもわからない。
おじさんが言うように家で説明すれば、危ない森の中で説明する必要はないと思うのだが……
あっ。
「森の危険性を直に感じるためですか?」
ふと思い浮かんだ答えを口にして、おじさんの顔色を伺った。
だがおじさんは首を横に振る。
「森の危険性を感じるためじゃなくて、森に危険性を感じることができたかだ」
「どういう意味ですか?」
言葉の真意が掴めず、僕もリイシャと同じように首を傾げる。
おじさんは静かに息を吸ってリイシャの瞳を見つめた。
「森が危険な場所だってことはわかっていたはずだ。それなのに森に入ってからのお前たちの行動はどうだった? リイシャはずっと俺の方ばかり見ていたな。あれで死角から襲われたとき対処できたか? できないな。前は俺が歩いているんだから横と後ろにも目を配るべきだった」
リイシャはきっと張り切り過ぎて前しか見えていなかったのだろう、図星をつかれて息を呑む。
おじさんは一呼吸挟むと僕の方へと視線を移して続けた。
「ミルは真逆できょろきょろし過ぎだ。もっとしっかり前を見ないと文字通り足を掬われるぞ。お前たちは森をなめすぎだ」
狩りができないと聞いて集中力が散漫になっていた僕は、おじさんの指摘にぐうの音も出ない。
僕とリイシャが自身の未熟さに嫌気が差して顔に暗い影を落とすと、おじさんはニカっと白い歯を見せて笑ってみせた。
「二人揃ってそんな顔するな。今日は間違える日だって言っただろ、どんどん間違えろ」
先ほどの鬼教官ばりの面持ちを崩し、普段と同じような柔らかな表情で僕たちを励ます。
おじさんの器の大きさに僕は感嘆を覚え、顔と心を引き締めた。
僕と同じように顔を引き締めたリイシャを見て、おじさんは狩りの解説に移る。
「じゃあ今から獲物を探すんだが、やりかたは人それぞれだ。俺の場合は目と耳で獲物を探すことが多いが、時にはどっちも利きづらいことがある。そんなときは痕跡を探せ。糞や食べ残し、ぬた場、爪痕なんでもいいが、一番いいのは足跡だな。辿って行けば本体や、巣を見つけることができる。っていっても、時間はかかるし確実性がないときは諦めろ」
さらっと"諦めろ"と言えるのはきっと、痛い目を見た経験があるからなのだろう。
「それと狩る獲物はなんでもいいわけじゃない。魔物よりも動物を狙え、なんでかわかるな?」
「魔物は魔力が高くて好戦的で、危険な個体が多いから」
「正解だ」
二問目にして正解を出したリイシャは、眉尻と口角を上げて僕を横目で見る。
今ぐらいの問題なら誰でも答えられたと思うのだが、合点がいったフリをして心に留めた。
リイシャのドヤ顔に目もくれず、おじさんは三問目を口にする。
「次の問題だ、狩りは複数人で行った方がいいが、なぜだかわかるか?」
「成功しやすいから」
「それだけか?」
「……」
続けて答えたリイシャのドヤ顔は、おじさんに続きを促されて苦しいものに変わった。
ゲームでは鉄板だが、狩りやクエストは一人でするより友達とした方がいいに決まっている。
速く終わるし、簡単になる、リイシャの言った通り成功しやすくもなるのだから。
ただこの程度のことならおじさんが始めに言ったように、家で教えてくれればいい内容なので答えではないのだろう。
頭を巡らせて眉間に皺を寄せ、おじさんが狩りにおいて大切にしていそうなことを答えてみることにした。
「安全性が上がるからですか?」
「もう一つある」
僕もリイシャも解答は間違っていないようだが、おじさんを満足させるモノではなかったようだ。
おじさんは僕とリイシャからもう答えが出ないと判断し人差し指を立てて見せる。
「まず一つ目成功のしやすさ。一人より複数人の方が取れる択が増えることで作戦の幅が広がり、臨機応変に対応ができる」
リイシャの答えを補足するように解説を入れ、続けて二本目の指を立てる。
「二つ目は安全面が上がること。ミスをしたときお互いにカバーすることで生存率を底上げできる」
僕とリイシャの表情を確認しつつ、三本目の指を立てて最後の解説を口にする。
「最後の理由は自分の成長に繋がるからだ。他人の動きを見て多くのことを学び、自分の力へと昇華するきっかけとなる。この三つのおかげで多くの狩りをこなせるだけでなく、自信が付くようにもなる。自信が付けば心に余裕が持てるようになり、予期せぬ事態でも打開に繋がる。他にもメリットはあるがメインはこの三つだ」
職場でも人の技は盗めってよく言われている。
チームアップにはそんな意図もあったのか……
おじさんの言葉に関心していると少し先の茂みから物音が聞こえ、急いで短剣に手をかけた。
どうやらリイシャも気がついたらしく短剣に手をかけている。
おじさんも同時に茂みへ視線を注いだ。
「二人ともよく反応できた、偉いぞ。今から俺が奴を狩るからよく見ておけ。もちろん周りへの警戒を怠るなよ」
首を縦に振り肯定の意を示す僕とリイシャを一瞥すると、おじさんは大斧の柄に手をかけて忍び足で茂みまで接近した。
茂みの向こうではイノシシがキノコをむしゃむしゃと口に入れて食事を取っているようだった。
おじさんは静かに大きく呼吸をすると、僕たちの方へ振り返り頷いた。
何かの合図だろうがサッパリわからない、なんせそんな打ち合わせなどしていないのだから。
リイシャに聞いてみようと思い目だけをリイシャの方へ向けたが、リイシャはおじさんに頷き返していた。
僕は空気の読めない男ではないのでおじさんに頷き返す。
それを待っていたと言わんばかりに、おじさんは大きな声を上げて勢いよくイノシシを一刀両断した。
「たああ!」
イノシシは噴水のように赤い血を迸らせ、地面に倒れ込んだ。
スプラッタ映画ばりに刺激の強い光景に目を見開いて驚愕していると、血は流れを止めて茂みが赤黒く染まった。
イノシシが息をしていないことを確認すると、おじさんが僕たちへ来るように手招きをした。
「どうだった?」
おじさんの問いに対して、リイシャは表情を作ることなく口を開く。
「なんか、意外とあっさりだった」
「ハハハ、それは狩人にとっちゃ最高の褒め言葉だ。狩りはいかに獲物にばれずに殺れるかだからな」
おじさんが胸を張り笑ってみせた。
僕からすれば頭の中が真っ白になる程度には刺激的な一幕だったのだが、あっさりと表現したリイシャにはどう映っていたのだろうか?
リイシャの心情が気になるも、僕とリイシャの感性に大きな間隔があるように感じて怖くなり口を噤んでいると、おじさんが新たな問題を口にした。
「イノシシだから上手くいったが、魔物だったらこうはなってないかもしれない。てわけで今度は狩りが上手くいかなかったとき、つまり逃げられたり、想像以上に獲物が強かったときはどうするべきかについてが問題だ。わかるか?」
僕が悶々としている間に話が進み、リイシャがハキハキと答えて見せる。
「周りの人と話合って作戦を練り直す」
「もう少し余裕がない状況で考えてくれ」
眉間に皺を寄せて考え込むリイシャを見習って、先ほどの気掛かりを忘れて僕も考える。
今までおじさんは獲物の狩り方というより保身をメインに出題にする傾向があった、つまりこれもそうなのだろう。
それなら答えは一つだ。
「諦める、もしくは逃げる。ですか?」
「正解だ。獲物を無理に追いかて森の深奥なんかに行ってしまうと間違いなく遭難する。そうなりゃ生きて帰るのは難しい。強敵に会った場合は隙を見て逃げろ。たとえ倒せたとしても死傷者がでる。協力して逃げるんだ」
おじさんの言葉は妙にリアリティを帯びているように感じる。
漫画やアニメなら「逃げることも大事だが戦え! 戦って自分で道を切り開くのだ!」と言いそうなものだが。
そんな気の抜けたことを考えていた僕とは裏腹に、おじさんはイノシシの死骸を担いでこれまで以上に真剣な顔つきで問うてきた。
「最後の問題だ、狩りで一番重要なことはなんだと思う?」
ここまでくれば、なんとなくわかってきた。
これも保身のことだろうと思い、僕は自信満々に答えてみせる。
「生きて帰ることですよね?」
「おしいな」
……ちょっと恥ずかしい。
そんな僕には見向きもせず、リイシャが絞り出したかのように答えた。
「命を、大切にすること……」
「正解だ」
おじさんは口角を僅かに上げてリイシャに微笑みかけた。
正解をして嬉さのあまりリイシャがドヤ顔を向けてくると思ったが、今まで以上に真剣な眼差しでおじさんを見つめ返していた。
この森に入ってからリイシャは強張りつつも真面目な表情だったと思うが、今は心に強い何かを持っているような気がした。
その何かが気になってつい聞いてしまう。
「なんでそう思ったの?」
リイシャは少し考えてから答えてくれた。
「上手く言えないけど、イノシシを殺すときのお父さんの目が。自分の命をかけた狩りをするってよりも、イノシシの命を奪うことへの覚悟に見えたの」
イノシシを狩る前のおじさんの顔を見て僕が抱いた思いなど、"合図を決めていないけど取り合えず頷くか……"程度だった。
全く違う感性を持っていたリイシャの言葉に僕が口を半開きにして呆けていると、おじさんが顔を綻ばせてリイシャの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「さすがは俺の娘だ! いいか、命ってのは儚い。お前たちだって気づいてるだろ? その儚さに慣れちまったら、自分の命すら勘定に入れなくなっちまうことがある。俺はそれが怖い。だから命は大切にしろ。たとえ狩る獲物だったとしてもだ。と言っても狩りの途中で感謝しろって言ってるわけじゃないぞ。常に周囲への警戒を怠っちゃいけねぇ。特に凶悪な魔物なんかはな。まぁ結局のところ、今日教えたことすべては自分の命のためだ、死んでしまったら元も子もないからな」
終わってみれば、リイシャもおじさんも笑顔になっていた、最初の雰囲気が嘘のようだ。
きっとおじさんは伝えたいことを全て伝え、リイシャはそれを余すことなく自分のモノにできたのだろう。
だが僕には理解できないことがあった。
おじさんの言葉が正しいのであれば僕の言った"生きて帰ること"は正解になるのではないだろうか?
心に何かがつっかえたままだが二人の笑顔を壊してはいけない気がして、笑顔を作らざるをえなかった。




