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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第58話 勇者

 数時間前――


 日が沈み星空が照らす大地を、ブライヴを先頭に勇者パーティ一行とフランネルの六人が沈んだ顔で歩いていた。

 どんちゃん騒ぎが聞こえる町は今となっては光の点にしか見えない。


 そん中、巨躯の男、ギアンが後ろを振り返り眉尻を下げて不安を口にする。


「俺たちは町を出てきてよかったのか?」

「もう決めたことでしょう。彼らの悪行は見過ごさないところまできていた。自業自得です」


 グラスが顔を顰めて立ち止まるギアンに向き直る。


「いいや、そういう意味じゃねぇよ。あいつらの心配をしてるんじゃなくて、残してきたミル……だったか? あっちの心配だ。只者じゃねぇ圧を感じたが、強さとは別物だろ」


 ギアンの不安を募らせた言葉にグラスは息を呑みブライヴの肩を掴む。


「ブライヴ。忘れていましたが確か彼はFランクです。ギアンの言う通り、彼一人では死んでしまいます。早く戻らないと!」


 ブライヴはゆっくりと振り返りグラスの目を見つめると、視線を後方にある光の点に移した。


「ミルさんなら大丈夫だ。けど気になることがあるし俺は戻るよ。みんなは先に行っててくれ。明日までには追いつくから」


 ブライヴはグラスに視線を戻して眉尻を下げて寂し気に微笑みかけると町の方へと歩を進めた。


 ブライヴが言うのであれば大丈夫なのだろうが、最後の微笑みが喉につっかえた骨のように気になり、グラスはアンジェルへと不安を零す。


「アンジェル。ミルさんが何者なのか、それと話したくないのは分かっていますが……二人の過去について、聞かせてくれませんか?」


 ブライヴとアンジェルの過去について他の勇者パーティは知らない。

 彼らが出会ったのはブライヴとアンジェルがグラスとギアン、フィートの故郷に訪れた際に一緒に魔物を倒したことから始まる。

 幼少期の話を雑談交じりに聞いた事はあるが、はぐらされており今まで敢えて聞いてこなかった。

 それでも二人が故郷に酷い悪感情を持っていることだけはなんとなく察していた。

 にも関わらず定期的に故郷に帰りたがる二人が不思議でたまらなかったのだ。

 今回はダンジョンから帰ってきて故郷を壊すと言う始末、言い方は悪いが住民の悪行は今に始まったことではない。

 何か大きなきっかけがあったのだろうとグラスは勘ぐっていた。


 アンジェルは一度深い呼吸をして、首を縦に振る。


「わかった」


 今回もはぐらかされると思っていた三人は固唾を呑むアンジェルに視線を注ぐ。


 ただこの場で一人、場違いなのではないかと鼓動を逸らせる者がいた。


「わ、私は先に行っておくわ」

「いいえ、フランネルさんにも迷惑かけちゃいましたし、ぜひ聞いてください」


 自分は聞いてはいけない話だと思いこの場を離れることを告げるフランネルをアンジェルが静止して町とは反対方向を顎でしゃくった。


「歩こ」


 四人が先を行くアンジェルに歩幅を合わせて耳を傾けると、遠い何かに浸るようにアンジェルは中空を見据えて過ぎ去った日々を語った。


「少し、昔話でもしよっか」


 十五年前の悲惨な物語はガオの最後と僕との出会いを踏まえて、再び語られたのであった。


 ▽


 アンジェルたちと別れて一人、西門へと戻って来たブライヴの耳に町の中から僅かに鳴り響く轟音と悲鳴が届く。


 既に始まっていることは明白であるが門は瓦解して道を塞いでおり中の様子は伺えない。

 町への入り方に頭を悩ませて周囲を見回していると、腰下げ袋と長剣が置いてあることに気が付いた。


「これは、ミルさんが持ってたはず……なら……」


 ブライヴは独り合点がいったかのように小さく頷くと、腰に差していた剣を抜き放ち剣身を大地に突き刺す。

 暗闇の中、星空から降り注ぐ光を反射する銀色の剣身を見て、敬愛する男に想いに馳せる。


「兄さん、俺は今も昔も弱いままです。この町のことは俺が全部罪を償います。だから、今からすることをお許しください」


 突き刺した剣を勢いよく抜き、壊れた門と門に隣接する防壁に魔力の籠った斬撃を見舞う。

 門と防壁は次第に強固な石材となり、硬度を増す。

 町を囲うように建てられている防壁が上部に大きな弧を描いて伸び始めた。

 それは徐々に町をすっぽりと覆うドームのような形となり、夜空から降り注ぐ星明りを遮った。


 ブライヴは抜き身の剣を持ったまま大地を力強く蹴り上げ、石のドームの上を疾走して頂上へと辿り着く。

 手に持つ剣をドームの頂上に突き刺すと、少しづつ魔力を籠めてドームの強度をさらに増す。


「誰も逃がしませんよ。思う存分暴れてください」


 巨大なドームの頂上でドームから逃げる人影、もしくは接近する人影がないか周囲を見渡す。


「最後まで、俺もいます」


 ブライヴは轟音と絶叫が響く足下に耳を傾けて事の顛末を共に迎える覚悟を決めた。



 そして日が昇り終え空気は澄み水色の空が視界を埋め尽くす中、今までの轟音とは異なり何かを砕くような音が鼓膜を刺激した。


 耳を澄ませると西門の方から音が聞こえてくる。


 ブライヴはドームに突き刺していた剣を腰に納めると、弧を描くドームを滑り降りて西門の前で佇む。


 石壁を砕く音が徐々に大きくなり、音の主が近づいてきていることを感じ取る。

 そして石壁が砕けると空いた穴の中から一人の男が姿を現し、ブライヴは優しくも勇ましい瞳で微笑みかけた。


「おかえりなさい」


 ここにいるはずのないブライヴの存在に一瞬呆けてしまうが、男も同じように微笑み返した。


「全部終わりましたよ」


――――――


 ブライヴは僕が遺骨の入った袋と長剣を手に取ったことを確認すると、剣を抜き放ち石壁を撫でるように剣先を滑らせた。

 町を覆っていた石材のドームは音を立てて瓦解し始める。

 分厚い石壁が壊れることで巨大が瓦礫が天空から降り注がれて町全体を粉微塵に砕いた。

 先刻まで人が住んでいたとは思えない惨状を見ても二人は顔色を変えることなく、粉塵が収まるのをただ見守った。


 到底、人に出来うるとは思えない光景に、僕は確信を持ってブライヴの瞳を見据える。


「この力、ブライヴさん()狂癲持ちなんですね」


 ブライブは一瞬目を点にするが、直ぐに柔らかな瞳を向けた。


「そうですよ。俺()狂癲持ちです」


 狂癲――以前フラナに教えてもらった魔術やスキルを超えた特異な能力、静かに旅をしたいのならば持っていることがバレないようにするべきだと教えてもらった力である。

 当時はリイシャの目標を邪魔しないように静かに旅をするつもりであったが、今はその必要もなく勇者として名を馳せているブライヴに鎌をかけてみた。


 結果、ブライヴは僕が狂癲を持っていることを察していたようで大きな動揺を見せず、小さく頷くと銀色に輝く剣身に視線を落とす。


「ただ、さっきの力は俺のじゃありません。この剣の力です」


 魔道具……

 なのだろうが今までに見てきた物と規模が桁外れに違い、僕は特異な剣について何か知っていることはないか逡巡してガオの過去話を思い出す。


「それがヴァラーさんの持っていた剣ですか?」

「はい、そうです」


 ブライヴは一度瞬きをして剣を顔の前に掲げる。


「これは"星剣ストーン"。斬った物体を石化させることができます。魔力を籠めれば斬った部分から石化を伝播させることも、石化の強度を増幅させることもできる。五星宝と呼ばれる最強の武具の一つです」

「五星宝は理から外れた宝だと聞いたことがあったのですが、最強の武具ですか……」


 この世界に来て直ぐのころに図書館で調べた浅い知識を引っ張り出して、ブライヴの言動と照らし合わせる。

 宝というよりは武具、いや兵器といっても差し支えない目の前の剣を値踏みするかのように視線を注ぐ。


「俺も噂でしか聞いた事ないんですけど、五星宝は聖龍を倒すために神様が人類に授けた物武具らしいですよ。なんでも五星宝は共通して絶対に壊れず、あらゆる穢れ、汚れ、歪みを拒絶する特性があるのだとか。星剣が欠けたことすらないので、俺は信じてます」


 聖龍に神、聞き捨てならないブライヴの発言に僕は思考を逡巡させてフラナが注意を促していたことを思い起こす。


「聖龍って惨羊 バブリビオスス・グラベラ・ドーラと同じ、七天災の聖龍 サバラ・ラバランナ・ランナのことですか? そう考えると常軌を逸した武具ってのも納得いきますね」


 ブライヴに確認を取りつつ自身で反芻するように顎に指を添えて考え込む僕に、ブライヴが感嘆を漏らす。


「七天災の異名を知っている人は多いですけど、正式名を知っているのですね」

「はい、以前フラナさんに惨羊と戦う前の心の準備として、軽く教えてもらいました」


 フラナと初めて会った日の夕食を思い起こし淡々と告げると、ブライヴが驚愕に目を見開き抜き身の星剣を手に持ったまま僕の両肩を揺すった。


「フラナさんと会ったのですか!? というより、惨羊と戦った!? どういことですか!? なんで生きているんですか!? 狂癲を持っていても勝ち目のない相手ですよ!?」

「お、落ち着いて、ください」

「あっ、すみません」


 ガクンガクンと揺らされる顔でどうにか静止を呼びかけ、止まったブライヴは星剣を鞘に納めて僕の目を見つめ詳細を話すように促す。


「フラナさんと会ったのは偶々ですし、惨羊と戦ったのは僕じゃなくてフラナさんです。それと生きているのは惨羊が別の獲物(?)に夢中だったから逃がしてもらえただけらしいです」


 揺らされて整理の付かない頭でどうにか大狼樹林であった出来事を簡潔に伝えた。


「フラナさんが……なるほど……狂癲と言ったのもそういうことか……」


 ブライヴが独り合点がいったかのように小さく何度も頷いているが、僕にはまだ疑問が残っていたためそれを問いかけた。


「話を戻してもうしわけありませんが、ブライヴさんは神様を信じているんですか?」

「どっちでもありませんが、強いて言うなら信じてますかね。五星宝のこともありますし」


 フラナから聞いた話では神を信仰する団体は僕と敵対する可能性が高い、ブライヴがそれに該当するのか懸念があったのだが杞憂に終わったようで胸を撫でおろす。

 独りホッと息をついた僕を見て、ブライヴは顔を顰める。


「俺がここにいる理由は聞かないんですか?」


 ブライヴが帰って来てしまったことで、僕が代わりに手を汚した意味がなくなったとも言える。

 ブライヴは僕がそれを問い詰めないことに疑問を抱いているようだ。

 それもそのはず、僕の覚悟を無下に扱ったようにも見えるのだから。


 だがブライヴなりの贖罪なのだろうと思うとブライヴに対して悪感情を抱くことはなかった。

 寧ろ、どこか近しいモノを感じてブライヴを見た瞬間に心が少し軽くなった気さえしていたのだ。


「見ていた先は違えど、ここに来るってことも立派な強さだと思いますよ」


 ブライヴは胸を撫でおろしてホッと息をつき、柔らかな笑みを浮かべる。


「これ以上ミルさんに迷惑はかけられません。町一つが消えたなんて隠し通せないモノですし、隠蔽工作でもして魔物の仕業にしておきます。違和感を覚える者が出てくるでしょうが、勇者である俺の発言が覆ることはないでしょう。ただ少しでもバレる可能性を下げるために、一年か二年は人気の少ないところで身を潜めていただきたい」

「勇者の発言とは思えませんね」


 からかうような口調と共に目を細めてブライヴの瞳を覗き込むと、ブライヴは水色の空を見上げて少し声のトーンを落とした。


「俺じゃなくてアンジェルが勇者だったら、違う結末が待っていたのかもしれませんね。俺に勇者は荷が重すぎました……」

「……」

「それでも俺は、これからもたくさんの魔物を倒して、たくさんの人を救いますよ」


 ブライヴは僕の瞳を見据え、白い歯をニカっと見せて朗らかな笑みを浮かべた。


「勇者ですからね」


 まるで縛られていた鎖から解放されたかのように。


 今後、僕とブライヴの歩む道には大きな階段があるのだろう。

 階段は今にも崩れそうなほど脆く、上った先には何があるかもわからない。

 それでも……


「また会える日を願っています」

「はい、俺もです」


 ブライヴのように朗らかな笑みを浮かべることはできなかったが、口角を僅かに上げて別れを告げた。


「それではまた」

「ありがとうございました」


 僕は歩を進めた。

 崩壊した町を背に、顔に暗い影を落として。


 リイシャの死を報告するために……



 そして二ヵ月弱が経ち、僕とリイシャの思い出の詰まった村へと足を踏み入れた。

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