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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第56話 意思

 僕たちはこれからについて話し合った結果、今夜は睡眠を取ることにした。

 ダンジョンに長く滞在し過ぎたせいで感覚が狂っていたが、僕を見つけたときは夜中だったらしい。

 

 翌日、ブライヴとアンジェルはガオの遺品を手に取り、僕はリイシャの遺骨が入った袋を担いでフランネルの案内の下、ダンジョンの出口を目指した。

 途中に出くわした魔物たちはブライヴとアンジェルが掃討し、誰一人怪我無くダンジョンを出ることができた。


 外は太陽が沈みかけており、空が篝火のように町を照らしている。


 僕とリイシャがダンジョンに取り残されてから約一週間、町は以前にも増して賑わっていた。

 お祭りのように大通りには屋台が並び、食べ歩き楽し気に笑い合っていた。


 行き交う人々はブライヴに声をかけたり、手を振る人が多かった。

 ブライヴは勇者として確かな実績を積み上げてきたのだろう。


 だがブライヴは作り笑いを顔に張り付けて、心の奥底を覗かれないように町民と接しているように見えた。


 そして今、僕たちはギルドの出入り口の前に佇んでいた。


 外まで漂う酒の臭いに、鼓膜を(つんざ)く笑い声、ギルド内はどんちゃん騒ぎで浮かれていた。


 僕の隣に立つブライヴは汚物でも見るかのように瞳から光を消してギルドに視線を縫い付けたまま、謝罪を口にする。


「すみません。勇者パーティ(おれたち)が帰ってきたときはいつもこうなんです」

「いえ、気にしないでください」


 中で騒いでいる何人が僕とリイシャがダンジョンに取り残されたことを知っているのだろうか?

 中で笑っている何人が僕とリイシャを見捨てたことに悔いているのだろうか?


 きっと誰一人としていないのだろう。


 僕は感情を押し殺してその扉を開放した。


 館内は想像通りに皆が酒を手に頬を赤く染めて、品の無い笑い声を上げていた。

 騒ぎ立てる者たちの中に何人か見知った顔があり、その内の一人、ゴソトが酒を片手に千鳥足で歩み寄って来た。


「おお! 生きていたか! ん? 帰ってきたのは君だけか? まぁそういうこともあるさ!」


 ゴソトは屈託のない笑みを浮かべて僕の肩をポンと叩いた。


 リイシャが死んだことは悲しかった、文字通り自殺を考えたほどだ。

 しかし、ガオのおかげで立ち直ることができ、ブライヴとアンジェル、フランネルに支えてもらってここにいる。

 だが心が強くなったわけではなかった。


 いや、心云々の問題じゃない、これは害虫駆除だ。


 僕は膨大な魔力を掌に籠めて雷撃を――


「二階に行きましょう」


 雷撃を放つ直前、ブライヴは僕の手を取って死んだ目で微笑みかけた。

 ブライヴは僕の掌から魔力が消えたことを確認すると、そのまま手を引いて二階への階段に足をかけた。


「俺たちは上で話がありますので、少し静かにお願いします」


 ブライヴがギルド内を一瞥すると一瞬にして静寂が訪れた。

 しかし階段を上り始め姿が見えなくなると、ギルド内は騒ぎを取り戻す。


「チッ……」


 僕の手を引く男は、その肩書にあるまじき形相で階段を上る。


 階段を上り終えると最奥の部屋へと足を運びブライヴが扉を開け放つ。


 部屋の中では眼鏡をかけた男と体躯の大きい男、髪をボブにしている女の三人が眉間に皺を寄せて話し込んでいた。

 三人は直ぐに扉が開いたことに気が付き、僕たちを見て安堵したかのように顔を綻ばせ、眼鏡の男が歩み寄って来た。 


「ああ、よかった、死んでいたらどうしようかと……」


 そこまで言うと男は足を止めて焦燥を顔に浮かべ、ブライヴ、アンジェル、フランネル、最後に僕の顔を順に見るとか細い声を出す。


「一人……足りなくないですか?」

「ああ、リイシャさんの救出は、間に合わなかった」

「っ――」


 男は喉元に刃物でも当てられているかのように冷や汗を流して固唾を飲む。

 しかしブライヴが男の肩を優しく叩き、優しく微笑みかける。


「今から少しミルさんと話をするから、お茶を用意してくれるかい?」

「え、ええ……」


 男が棚へ茶器を取りに行くと、ブライヴは僕に向き直って部屋の中央にあるソファーと机を顎でしゃくった。


「座りませんか?」

「はい」


 僕たちは荷物を部屋の端に寄せて部屋の中央へと足を運んだ。

 ソファーは机を囲むように二組設置されており、横に三人座れる大きさの物と二人座れる大きさの物だ。


 僕が三人用のソファーに腰かけると、向かいにブライヴとアンジェルが腰をけ、フランネルとボブの女が二人掛けのソファーに腰かけた。


 何やらフランネルがプルプルと体を震わせていることに気が付きチラッと一瞥すると、フランネルの瞳と視線が交わった。

 刹那、フランネルは息苦しそうに顔を顰めて僕に対し頭を下げた。


「ごめんなさい。あなたとリイシャを見捨ててしまったこと。謝って済む話ではないことはわかっている。でも――」

「いいですよ」


 謝罪の言葉に酷くあっさりと許しの言葉を返されて、フランネルは呆けた顔を上げて僕の瞳を見つめ返す。


「えっ? いや、そんな――」

「あなたは助けに来てくれたじゃないですか」


 僕は僅かに瞳を和らげて柔和な口調で言葉を紡いだ。

 フランネルは一度口を噤むが、怯えた子どものように目を伏せて口を開く。


「だが遅かった。リイシャのことは、助けられなかったんだぞ……」


 フランネルが僕たちを見捨てて、リイシャが死んだ事実は確かにそこにある。

 それでも楽し気に語り合うリイシャの笑顔が想起し、僕の怒りは霧散し感謝が芽生える。


「悪気はなかったのですが、小さいころから僕はリイシャを束縛していたのかもしれません。同世代の人と楽しそうに話しているリイシャを久しぶりに見ました。フランネルさんはリイシャにとって良い友達なんです。感謝はすれど、怒りはありません。だからもう、謝らないでください」


 フランネルは目尻から一滴の涙を零して、深く頭を下げた。


「ああ、ありがとう」


 少しして、眼鏡の男と巨躯の男が湯気の立った紅茶をトレーに乗せて持ってきた。

 眼鏡の男は僕とブライヴ、アンジェルに紅茶を配膳して空いたソファーに腰かけ、巨躯の男は他三人に紅茶配膳したあと、目の前に紅茶を置いて眼鏡の男の横に腰かける。


 全員が座ったことを確認するとブライヴは、眼鏡の男、巨躯の男、ボブの女と順に視線を動かして口を開く。


「ミルさん。残りの勇者パーティ(みんな)のこと名前だけでも紹介させてください。右の二人がグラスとギアン。あっちに座ってるのがフィートです」


 ブライヴに促されて順に三人に視線を移すと、みなが小さく会釈で返す。

 一連のやり取りを見届けたのち、ブライヴが真剣な面持ちで僕に向き直った。


「それでは本題ですが……今回リイシャさんを死に追いやったことについて、もうお気づきかもしれませんが……あれは俺のクラン(部下)がやったことです。もし、あなたが望むのならば、俺はこの首を差し出すつもりです」

「「!?」」


 ブライヴの唐突な自身を捧げた贖罪の言葉に、ブライヴを除くこの場の全員が驚愕に目を見開いた。

 しかしアンジェルだけは見開いた目を直ぐに伏せて、苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 この中でブライヴと一番付き合いが長いのはアンジェルだ、ブライヴの覚悟の重みがわかっているのだろう。


 だが僕を含む他五人は頭の整理がついておらず、グラスが冷や汗をだらだらと流して口を開く。


「ブ、ブライヴ、何を言っているんですか!? 部下も何も、指導なんてしたことないですし、まともに喋ったことだって少ないでしょう? それに彼らが勝手にやったことじゃないですか!?」

「それでも俺はクラン勇石の剣のマスターで、あいつらは勇石の剣のメンバーだ。それに今に始まったことじゃない。似通った事件は今までに何度もあっただろ。それを見て見ぬフリし続けた結果がこれだ。指導してこなかったから関係ないんじゃない。指導してこなかったから起こった事件だ」


 ブライヴは今にも人を殺しそうな鋭い目つきでグラスを睨みつけ――いや、睨みつけているつもりはないのだろう、だが傍から見れば睨みつけたようにして自身の過ちを語った。

 グラスは初めて向けられたブライヴの鋭い眼光に体を強張らせるも、負けじと反論をする。


「お、俺たちは各国を飛び回って魔物退治に勤しんでいたんです。指導する暇なんてなかったでしょう? それに元々このクランだってバイスタイが勝手に作って、勝手にあなたを担ぎ上げただげじゃないですか!? 国からの援助金を町中の人たちと遊びに使い込んで、クランも適当に運営して、責任なら彼にあるでしょ!!」

「あいつがクズだとわかってて放置してたんだ。俺にも責任がある」


 ブライヴたち勇者パーティの過去に何があったかはわからないが、グラスが歯をギリギリと軋ませるところを見るに図星だったのだろう。

 それでもグラスは諦めきれずに声を荒げる。


「なんであんな人たち庇うんですか!? 今回の件ではっきりしました! 生きてたってどうしようもない人たちですよ!!」


 勇者パーティの一員としてあるまじきグラスの発言は、ブライヴの淡々とした言葉で熱を失う。


「俺がいつ、あいつらを庇った?」

「え?」


 ブライヴと相対していたグラスはもちろん、鳩が豆鉄砲を食ったように皆が呆けた。

 そして一人、鋭い目を和らげたブライヴが僕に向き直る。


「ミルさん、安心してください。町のやつらは全員殺しますんで。俺の首は、そのあとに差し出します」

「「…………」」


 ブライヴの発言は勇者の発言とは到底思えず、みな言葉を失い沈黙が流れる。

 この部屋に来てからのブライヴの衝撃的な言葉の連続に誰も頭の整理が付いていないのだろう。

 各々がやつれた顔に暗い影をさし、弱弱しい視線だけを僕に注いでいた。


 みなが僕の返答を待っているのだ。

 置いてけぼり気味な僕にはブライヴの発言が突飛なモノに感じて疑問を口にする。


「町の人たちを殺すのは、話が飛躍しすぎているように感じますが……」


 ブライヴは目を細めてティーカップを手に取り紅茶を一口飲むと、視線を紅茶に落としたまま口を開いた。


「勇者の生まれ育った町ということで後進育成のため、毎年国から多額の援助金が支給されています。クランだけでなく住民たちも我が物顔でそのお金を好き勝手使ってるんですよ。俺の過去を聞いているのなら知っていると思いますが、俺の故郷は今はないあの村です」


 ブライヴはティーカップをソーサーに置き直し、視線を落としたまま話しを続けた。


「十五年前に俺の故郷を見捨てたくせに、平気でお金をむしり取っていく。それに俺の威光にあやかって町中ではよそ者に対してやりたい放題です。自分で言うのもなんですが、勇者という存在は平和の象徴でもあるんです。勇者のイメージダウンを嫌っているのでしょう。住民のやらかしは大半が国に揉み消されます……」


 ブライヴは大きなため息をつき、顔を上げて僕に視線を移す。


「殺したくも、なりますよ……」


 その目には光が灯っておらず寒気を感じさせるモノがあった。

 ブライヴの気持ちはわからないでもない、だが全員が対象となるのはやはり突飛に思えて僕は再び疑問を投げかける。


「それでも町の人、全員が悪というわけではないですよね?」

「十五年前に見た悪魔のようなあいつらの嗤い声を忘れたことはありません。この町は元々そういう場所なんですよ。根付いたものは変わらない。俺にとっては、この町の全てが悪です。だから全員殺すんです」


 ブライブの瞳に一筋の光が疾る。

 しかしそれは復讐の業火が灯した光であった。


 きっと何を言ってもブライヴの意思は変わらないのだろう、だが僕は誓ったのだ……


「それ、僕にやらせてください」

「っ!? どういうことですか?」


 この部屋に入って初めて驚愕に目を見開いたブライヴに、僕は淡々と言葉を紡ぐ。


「ガオさんが言っていました、復讐自体は否定しない……大切なのは意思を汲み取ることだと。なので、僕はガオさんの意思を汲み取ります。そしてガオさんの意思とは、ブライヴさんの強い心を誇りに思っていることです。ガオさんがあなたに見た強い心は、真っすぐに前を歩く力のことだと思います。あなたはその手を血で染めたとき、真っすぐに歩き続けることができますか?」

「……」


 ブライヴは目を細めて自身の掌に視線を落とし、口を噤んだ。

 肯定とも否定とも取れない沈黙を続けるブライヴを視界の端に入れ、僕はグイっと紅茶を飲み干してティーカップをソーサーに置き直す。


「だから僕がやるんです」


 僕がゆっくりとソファーから立ち上がると、ブライヴは視線を落としたまま確認を取るかのように疑問を口にする。


「あなたに尻ぬぐいをさせて、俺には今まで通り勇者でいろと?」

「そうです。一時間後に始めます。みなさんは町を出てくださいね。紅茶、ご馳走様でした」


 ブライヴの震えた手に気が付かないフリをして、僕は長剣とリイシャの遺骨が入った袋を手に取り視界の端にチラと映った仮面に手を伸ばす。


「これ、貰っていいですか?」


 今まで沈黙を貫いてきたアンジェルが眉尻を下げて疑問を浮かべる。


「何に使うんですか?」


 僕はアンジェルの瞳の奥底を覗き込むように見据えて微笑みかける。


「過去の過ちを、思い知らせます」

「……」


 アンジェルからの返答はなかったが、僕はこれを貰い受けて部屋を後にした。


 ▽


 一時間後――

 町の外、西門の傍らに骨の入った袋と全長が160cmもある長い剣を地面に優しく置いて、門の前に佇む男がいた。

 男は門を開け放ち町に入ると、周囲に人影がないことを確認する。

 住民はお祭り騒ぎで、みな町の中央に集まっている。


 男は門に雷を落として最後の逃げ道を塞ぐ。

 男はこの一時間で既に、東南北にある門にも雷を落として道を塞いでいた。


 男は頭頂部から背中までを覆う白の布、しっかり閉じているが僅かに上げた口角、視界を確保できるように目元だけ開けた穴、人の顔のように立体的でかつ作り物と一目でわかるような真っ白の仮面を被ってポツリと零す。


「始めるか……」


 夜の闇に雷撃が疾る。

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