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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第55話 理由

「復讐? 何を言ってるの?」


 僕がブライヴとアンジェルに視線を注ぎ、二人が腫れた目で僕の心の奥底を覗き込むように見つめ返す中、フランネルが眉尻を下げて困惑を顔に浮かべて視線を遮るように僕たちの間に割って入った。


「待って、意味がわからないわ。私たちはミルとリイシャを助けに来ただけで、戦う理由なんて――」

「僕がお二人にとって大切な()を殺した。戦う理由なんてそれで充分ですよ」


 ブライヴとアンジェルへ訴えかけるフランネルの言葉を僕が淡々と遮るも、フランネルは僕の発言の意味がわからないようで狼狽して状況確認に勤しむ。


「ミルは魔物を殺しただけでしょ? というか魔物が喋ってること自体意味がわからないし、勇者パーティはこのダンジョンの攻略に手を付けてないって話じゃない。今あったばかりの魔物がどうしたっていうの!?」


 なるほど、フランネルの言葉から察するにブライヴとアンジェルはこの町に拠点を置く勇者パーティの一員らしい。

 いや、先ほどのガオとの会話から察するにブライヴは相当に顔が広いようだし、ブライヴ本人が勇者なのかもしれない。

 しかし、今は彼らの素性などどうでもよい。

 目の前の二人がブライヴとアンジェルであるならば僕の行動に変わりはない。


「危ないですよ。フランネルさんは何も気にすることはありません。あの二人には少しの間、眠ってもらうだけです。命までは取りませんし、地上まで運びますよ。なので帰りの道案内はお願いしますね」


 僕が目を和らげてフランネルの前に立つと、相対するかのようにブライヴが数歩だけ前に足を進めた。

 僕とブライヴの間には二、三メートルの空間があるだけでお互いの射程としては十分な距離である。

 ブライヴは足を止めて訝し気に眉間に皺を寄せて僕の瞳を凝視する。


「俺たちに勝てるつもりでいるんですか……しかも殺さず、寧ろ生かして帰すと……」

「ええ、僕にはそれができますので」

「ガオさんに勝ったのなら、とても強いのでしょう。でも俺はB、アンジェルはDランクありますし、実力はもっと上ですよ?」


 僕の発言はブライヴの癇に障ったのかもしれない。

 ガオとの会話が本当ならばブライヴの実力はAランクと同等、規定内での最高ランクというわけだ。

 ブライヴからすれば名前も聞いた事がない男が恩人を殺しただけでも耐えられないであろうに、あげく敵対する自分たちを生かして帰すなど舐められた態度を取られては、怒り心頭も頷ける。

 二人に無礼を働いたとしても、僕の心が変わることはない。


「ランクは関係ありません。僕は死なないので、いずれ決着が付くってだけです」

「ずいぶんなことをいいますね。ですけど、ただ自信過剰なだけには見えません。言い切るだけの理由があるんでしょうね。面白い」


 ブライヴは瞳から光を消して虚無な眼で一歩一歩と僕へ近寄る。

 僕との距離が徐々に詰まり一触即発となりうるタイミングで、フランネルが両手を広げて再度、僕とブライヴの間に割って入る。


「待って! 話をしましょう! お互い、何か勘違いをしているかもしれないでしょ!?」


 フランネルは頬に冷や汗を流しながら必至に僕とブライヴへ訴えかけた。

 しかし、アンジェルがフランネルの手を取り、自身の方へと優しく宥めるように引き寄せて僕とブライヴから数歩分距離をとる。


「大丈夫ですよフランネルさん。私たちは勘違いなんてしていません」

「お願い、待って! もうあんな思いはしたくないの!」


 フランネルの頭にはミルとリイシャを取り残してしまった記憶がフラッシュバックし、悲痛な叫びをあげる。

 それでもブライヴの歩みは止められず、ブライヴは僕に向かって手を伸ばして――


「初めまして、俺は勇石の剣でリーダーやってるブライヴって言います。あっちは同じパーティのアンジェルです。ミルさんとリイシャさんを助けに来ました」

「……?」


 握手を求めて来たのだ。

 今まさに戦闘が勃発するモノだとばかり思っていた僕は、ブライヴによる突然の自己紹介に呆けてしまい首を傾げる。

 フランネルの発言から、三人は僕とリイシャを助けに来てくれていたことは分かる。

 だが恩人を殺した相手を見逃すことはおろか、助けるなど考えられず、僕は疑問を口にする。


「ガオさんの復讐はいいんですか? それともガオさんがお二人の大切な人だと、僕の思い過ごしですか?」


 ガオと二人の関係性は誰から見ても特別なモノであることは明々白々であり、その関係に唾を吐くような意地の悪い言い方をしてしまい、後悔に胸をしめつけたが、ブライヴは怒りを見せることはなく首を横に振る。


「いいえ、俺たちにとってガオさんはとても大切な人です。ですので復讐したい気持ちはやまやまですが、相手はあなたじゃない。あなたならそれをわかっているのでは?」


 ガオの復讐だけに焦点を当てれば、その対象は僕であるはずだが、事の発端であるガオがダンジョンに身を隠すことになった理由は僕でなく、町の住民たちにある。

 ガオの昔話を思い出し、僕は考えをまとめる。


「察しは付きます。ですが、僕に何を聞くでもなくそう思った理由は?」

「理由は三つです」


 ブライヴは僕が握手を受け入れず手持ち無沙汰になった手で指を三本立て、うち二本を折って見せる。


「まず一つ目に、ガオさんと俺たちが別れを惜しむさいに、ガオさんは安心しきった様子で会話をしていました。危険が身近にあるのなら死の直前であっても、俺たちに注意を促していたはずです」


 自身のことよりも他者を優先するガオのことを特性から推測されるまっとうな推理に僕が心の中で納得していると、ブライヴは二本目の指を立てて話を続けた。 


「二つ目は、俺たちの名前をわざわざ確認したことです。あなたは"お二人()"と言いましたよね? あれは元々俺たちの名前を知っていた。つまり誰か、この場合はガオさんから名前を聞いていたことになります。別の人から名前を聞いていた可能性もありますが、俺たちパーティは五人です。この場にいないからといって他の三人を微塵も気に掛けないのはおかしいことです。俺たちを二人セットで考えるのはガオさんぐらいなので」


 僕は勇者パーティが何人構成なのか知らない、というかブライヴが自己紹介をしなければ勇者だということも知らなかったので、ブライブの二つ目の推理も的を射ていた。

 そしてブライヴは三本目の指を立てて最後の推測を口にする。


「三つ目、あなたはガオさん――魔物が喋っても困惑していなかった。普通ならフランネルさんのように頭の整理が追いつかないものです。ならばガオさんと会話をしていたことになりますよね。この三つから考えるに、ガオさんはあなたに心を許していて俺たちのことを話すほどに深い会話をしていたことが推測できます。となれば俺たちの昔話を知っていて、察しがつくのではないか? そう思っただけです。違いますか?」


 思わず感嘆の声を上げたくなるブライヴの推理力に、僕の演技は最初から見破られていたのだろうと、敵対する素振りを止める。


「ガオさんが僕のことをどう思っていたのかはわかりませんが、みなさんのことは聞きましたよ。それにブライヴさんにそう言ってもらえると、アレは僕の勘違いじゃなかったんだって、救われた気持ちになります」


 ガオが気化して消える直前、僕に向けた優し気な眼差しを思い浮かべて、肩の荷が下りたように息をつく。

 抱きしめ合っていたブライヴにはガオの瞳が見えておらず、()()の意味がわからないようで眉尻を下げるが、僕は気に留めることなくガオの想いを告げる。


「それとガオさん言ってましたよ。ヴァラーさん、グリートさん、フレンドさん、アンジェルさん、ブライヴさん、アジェント夫妻、みなさんのおかげで感情というものが理解できた。人の暖かさを知ることができた。と」


 ガオが手放したくないと言っていた想いはブライヴとアンジェルの心に残るわだかまりを解いたかのように、二人の顔に暖かさを与えた。


「そうですか、それを聞けて俺も救われた気持ちになりましたよ」


 ブライヴがそっと目を閉じて胸に拳を当てた。

 それが何を意味しているのかはわからないが、きっとガオとの思い出に浸っていたのだろう。

 静観を続けていると、ブライヴがそっと目を開けて微笑みかけてきた。


「すみません。時間を割きすぎました。早く地上へ帰りましょう。リイシャさんはどちらに? はぐれましたか?」

「ミル、リイシャはどこにいったの! この付近にはいないの? 早く見つないと!」


 ブライヴとの問答に途中から静観に徹してくれていたフランネルはやっと本題に入ることができて嬉しい反面、周囲に姿のないリイシャの所在に焦燥を見せる。

 僕はフランネルの肩を優しく叩き、宥めるような口調とともにその場を後にした。


「リイシャならいますよ。少し待っていてください」


 ガオとの戦いで少し離れてしまったため、僕はフランネルたちから数分ほど離れて一つの袋を抱えて戻って来た。

 戻ってきたのは僕一人で、フランネルは困惑に眉尻を下げて僕の後方から誰か来ているのか確認するために暗闇に目をやる。


「それで、リイシャはどこにいるの?」


 僕は抱えていた袋を胸の位置まで掲げ、カラカラと音を立ててフランネルに優しく微笑む。


「リイシャはこの中ですよ」


 袋の中から聞こえる乾いた音と、僕の言葉が三人の鼓膜を刺激したとき、みなが同じように驚愕に目を見開いた。

 数秒ほど沈黙が流れたのち、フランネルが声を震わせて袋へと視線を縫い付けたまま僕に問いかける。


「う、嘘よね?」


 明らかに成人女性が入ることができない袋の大きさと、不気味にも聞こえる乾いた音はフランネルに最悪の思考を促す。

 そして、僕はそれを肯定するように袋へと視線を落とす。


「中にはリイシャの遺骨が入っています」

「そ、そんな……」


 フランネルは目の前にいる僕でやっと聞こえるほど小さくかすれた声を零して瞳孔を開き、その場に崩れ落ちた。


「リイシャさんの命を奪ったのは、ガオさんですか……?」


 フランネルと同じく袋に視線を縫い付けたアンジェルは、喉を締め付けられているかのように絞り出した声で問いかけた。


「いいえ、違いますよ。他のオーガです。心配しないでください」

「あ、いえ、そんなつもりで…………ごめんなさい」


 僕が微笑み返すと、アンジェルは一度自身の言葉を否定しようとしたが否定を飲み込み、頭を下げた。


 きっと質問の中に無意識でガオが殺人を行ったことを否定したい気持ちが入り交じってしまったのだ。

 ガオは魔物であり人を殺したこともあると言ってた、幼少期の頃は気にならなかったことでも、いざガオが殺したかもしれない当人を目の前にすると心が揺らいでしまった。

 そして自分の心の揺らぎを抑えるために、他界したリイシャと最も親しかったであろう僕に気を遣わせてしまったことに、自責の念を駆られて謝罪を口にしたのであろう。


 ガオの話を聞いていたからこそわかる。

 ブライヴとアンジェルは根っからの善人というわけではないのだろう、だが敬愛する人恩師たちに誇ってもらえるように、自前の心の強さで蓋をしていたのだ。

 しかし今はもう、敬愛する人たちは誰もいない。

 縋れるものがなく、自制が効かずともしかたないのだ。


「いいですよ。それより早く帰りましょう」


 僕が気に留めない素振りを見せて帰ることを促すと、フランネルが僕の裾を引っ張り目尻から涙を流して袋を見上げる。


「ミル。一つ気になることがあるのだけど……」

「なんですか?」

「遺骨って……あの日から今日で六日目よ。白骨化するには早すぎない?」


 あの日――僕とリイシャが壁の内側に取り残された日から六日も経っていると知らされて、僕は呆気に取られた。


 あの日から碌に寝た記憶がなく、フランネルの言っていることが本当だとすれば六日間も戦い続けていたことになる。

 僕の力は傷を治し、体力と魔力を回復させるだけでなく、眠気を消すこともできたのだ。

 いや、碌に腹に何かを入れた記憶もない、食欲も消すことができるとなると、死なないだけの力とは全くの別物かもしれない。


 僕は自身の力の異様さを改めて実感したが、話を脱線させないように力のことは心に秘め、小さく口角を上げ目を細めてフランネルに向き直る。


「はい、僕が火葬しました」

「っ――」


 フランネルは言葉を失い、息をすることを忘れたように固まった。

 しかし僕はガオさんのおかげでリイシャを弔うことができた、十分すぎるほど気持ちをあの人の大きな器が受け止めてくれたから。


 だが僕はリイシャの死を受け入れているフリをしていただけで、フランネルへ向けた笑みはぎこちないモノとなっていた。


 僕の作った微笑みに気が付いたアンジェルは目を細め、慈悲の籠った声音を口にする。


「辛かったですよね。パートナーを自らの手で燃やすというのは……強いのですね……あっ――」


 アンジェルは目を細め聖母のような優しさの籠った瞳で僕の瞳を見据える。

 しかし、先ほどリイシャの死よりガオの行動を気にかけていた自身が発していいような言葉ではなかった、また失言してしまったと、急いで口を手で覆う。


 傍から見れば失言であろう。

 物事をきっぱりと区別した心は、先ほどの慈悲の籠った口調とは裏腹に冷酷にも見える。

 しかし、その言葉はガオの優しさを彷彿とさせて――


「ガオさんには火葬を手伝っていただいたのですが、その際に同じようなことをおっしゃっていました。短い間でしたが、ガオさんは僕にとっても尊敬に値する人でした。アンジェルさんはガオさんと似ていますね」


 心の底からの微笑みを浮かべることができた。


 僕の言葉に救われたのだろう、アンジェルは目尻に一滴の涙を浮かべて、深々と頭を下げた。


 アンジェルの心はまだ整理がついていないだけで、ガオの意思は受け継いでくれているのだと確信できる。


 僕が微笑む理由には、それだけで十分だった。

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