第53話 笑い合い
「どうやったのかは知らんが、俺が向かったときにはダンジョンの入り口に守衛はいなくてな、すんなりここに入ることができて今にいたる。もう十五年も前の話だ」
暗がりのダンジョンでガオは顔を優しく綻ばせて空に視線を向ける。
懐かしい日々に想いを馳せていたのだろう。
僕が返す言葉に困り、ただガオを見つめていると、ガオは柔らかな笑顔でゆっくりとその場に立ち上がった。
「すまんな。話が長くなり過ぎた。殺し合いの続きといこうか」
僕は長剣を手に取り、ガオに倣ってゆっくりと立ち上がる。
長剣を持つ手は脱力しており殺し合いの続きをする者の出で立ちではなく、ガオは訝し気に眉を寄せる。
僕はガオの瞳を見つめたまま威圧感のないように質問を口にする。
「そんなことありません。僕にとっては有意義な時間でした。それと魔物と話すのは初めてで放念してましたが、あなたのことはガオさんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「ん? ああ、そうか、俺も忘れていた。ダンジョンに入ってから人語を介すことなどなかったのでな。自己紹介がまだだった。俺の名はガオ。俺にとって娘とも言える子が付けてくれた、大切な名だ」
ガオは瞳をキリッと光らせて胸を張り、自身の名を名乗った。
ガオの曇りなき眼に嘘偽りがないだろうと、僕は先ほどの昔話を信じることにして、一つの提案を投げかけた。
「ガオさん。もう殺し合いはやめませんか?」
ガオは声に驚き交じりの抑揚をつけて頭の上に疑問符を浮かび上がらせる。
「なぜだ? 俺の話を聞いて感傷的にでもなったか? リイシャの復讐はよいのか?」
僕とガオの殺し合いの発端となったリイシャの死を持ち出したガオに、僕は長剣を地面に突き刺して優しく答える。
「僕たちはダンジョンに入ったとき、いや、冒険者になる決心をつけた時点で魔物に殺される可能性ぐらいは視野にいれていました。もちろん復讐したい気持ちでいっぱいですが、オーガたちは僕たち冒険者という外的を駆除するために動いただけです。今、この瞬間だけを見れば、僕があなたに恨まれる筋合いはあれど、僕があなたを恨む筋合いがない気がしてきたんです」
「それは情が移ってしまっただけだ。魔物を放置すれば、その内ここを出て人を襲う。冒険者が悪というわけではない。これは立位置の問題だ」
ガオは人の暮らしを知っているからこそ、人の側と魔物の側、両方の意見を汲み取り発言をしている。
そして僕が情に流されないように注意を促してくれている。
僕はガオの優しさを感じ取り、リイシャが死ぬ要因となった出来事を話す。
「情が移ってないって言ったら嘘になります。でも、それとこれは話が違います。リイシャが死んだ根本的な要因は他の冒険者から見捨てられたからです。一回目は二人で上手くやれたんですから、他人なんて信用しなければよかったんです……オーガたちは冒険者として殺したのであって、ミル・ノルベルとして殺したいのは地上でのさばってる奴らなんです。だからガオさんと殺し合う理由が僕にはありません。なので、ガオさんが殺し合いを望むというのであれば、僕は大人しく首を差し出しましょう」
両手を肩幅に開き無抵抗を示す僕に対して、ガオは深いため息をついて籠手を填めた手を開閉させる。
「俺も少なからず情が移ってしまったようだ……無抵抗のミルを殺そうとは思えん。というか殺し方が今もわからん。ただ苦痛を与え続けるだけなど、殺すよりも非人道的ではないか。俺にそれをしろと?」
ガオは瞳を鋭く尖らせて、僕の瞳を睨みつけた。
その瞳には先ほどまでお互いに殺し合っていたときに感じることのなかった威圧と殺気が含まれており、僕は委縮し体を強張らせる。
僕からの返答がないことで、ガオは顔を綻ばせて柔和な笑みを浮かべる。
「それならば俺の同胞を殺したときのように、冒険者として俺を殺せばいい。どうだ?」
殺し方のわからない相手にやる気を出させるなど自殺志願でもするかのようなガオの提案は表情とは裏腹なモノであり、僕はガオの心境がわからずガオの過去に話の焦点を当てる。
「もう僕が死なないってわかってますよね? このままやったら確実にガオさんが死にますよ? アンジェルさんとブライヴさんに会いたいと思わないんですか?」
ガオは柔和な笑みを崩してはいないが、どこか寂しさを感じさせる暗い影を顔に落とす。
「もちろん会いたいと思っている。だから俺は貴金属を集めて人の情勢と、二人がこのダンジョンに来ていないか少しでも手掛かりになりそうな物を探している……そういえば――」
ガオはそこまで言うと、何かを思い出したかのように腰下げ袋からぶちまけた貴金属の山の方へと歩き出し、一つのペンダントを取り出す。
「これが探し物か?」
ガオは混じり気のない澄みきった柔らかな緑の輝きを放つ、まるで太陽のような宝石の埋め込まれたペンダント――正確には粉々になっていたであろうそれを修復したペンダントをミルに向けて掲げて見せる。
それは間違いなくリイシャがおばさんから譲り受けた物であり、僕は目を見開きペンダントを受け取る。
「はい、そうです。ありがとうございます」
まさかペンダントが見つかるとは思ってもおらず、ほんの少しだけではあるが勝手に背負っていた荷が軽くなった気がした。
僕は礼を告げてペンダントをリイシャの遺骨が入った袋に入れ終えると、ふと一つの疑問が浮かび、ガオに歩み寄る。
「でもなんで僕たちのだってわかったんですか?」
「先ほど一回壁のこちら側に来たような発言をしただろう? 俺の知る限りつい最近まであの壁が開いたことはなかったからな。加えて、こっち側で落とし物を見つけることはほぼなく、自然と結びついたわけだ」
ガオは淡々とありのままを語り、ペンダントの見つけた場所と僕たちの動向を照らし合わせて答えを導き出して見せた。
僕は感心すると同時に別の疑問が浮がび、再度ガオに問いかける。
「なるほど……というか今更ですけど、あの壁を開けずに行き来できるんですか?」
「あるぞ。あの壁はこっち側からは開けることができんからな。俺のう――」
ガオはもう一つの出入り口となる場所を口にしようとして途中で止め、悪戯な笑みを浮かべて僕に向き直る。
「俺を殺すことができたら教えてやろう」
「じゃあいいです。どっかに穴開けて出るんで」
僕は溜息をつき、眉尻を下げてガオから視線を逸らす。
しかし、ガオは僕の頭を大きな掌でくしゃくしゃと撫でまわす。
「ハッハッハッ! そう、つれないことを言うな。殺し合おう!」
頭の上に大きな掌を乗せられた状態で、僕は眉間に皺を寄せてガオを見上げる。
「そういえば、さっきの質問の返答をまだちゃんと聞いてませんでした。アンジェルさんとブライヴさんに会いたいなら、なんで死のうとするんですか?」
ガオは僕の頭から手を離し、両腕を組んで凛々しい面持ちで僕の目を見据えた。
「ここで逃げちゃいかんと思ったからだ。ミルはリイシャの為に命をかけて戦ったのだ。俺も同胞のために命をかけねば、ここを出たとしても俺を待ってくれている二人に笑顔で接することができない気がする」
「さっきも言いましたけど僕は死なないんです、命をかけるなんて大層なことはしていません」
「命がかかっていなかったとしても、ミルは命をかける覚悟でリイシャとともに歩んできたはずだ」
僕はリイシャのために命をかける覚悟は本当にあったのだろうか……
文字通り、死んででも助けようとしていれば不死の力に気が付けたはずだ。
僕はガオさんのような志を持ってはいない。
リイシャを護ることができなかった事実が心の弱さを押し付けてくるようで、僕は光のない瞳でガオを見つめ返す。
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「俺もさっき言ったはずだが? ミル、君の瞳がそれを物語っていたからだ。己を責めるな、できるだけのことはやったのだろう?」
「えっ……」
ガオの言葉は泥沼に沈んだ僕の心を優しく包み込んで抱き上げてくれたような暖かさがあり、僕の口から肩の荷が下りたように意味のない言葉が零れた。
僕は呆けた口を閉じて瞳に光を取り戻す。
ガオとはつい先ほど出会ったばかりだが、暖かな言葉を持つガオを殺したいとは思えず、殺し合いを避ける方法はないかと頭を逡巡させる。
「そうだったとしてガオさんの言いたいことの半分は理解できました。でも、ガオさんはアンジェルさんとブライヴさんに復讐を辞めさせて、自分は復讐をするとなると、それこそお二人に顔向けできないのではないですか?」
僕の言葉はガオの過去を抉るような発言となってしまったが、これで納得してくれれば万々歳であると、目を鋭く光らせる。
しかし、ガオの返答は僕の予想とかけ離れていた。
「勘違いしているようだが、俺の復讐は二人に話すつもりはないし、俺は復讐を肯定も否定もせんぞ。死した者たちの意を汲み取るべきだと思っている」
「というと?」
「ヴァラーたちは復讐を望んでいないだろうから、ブライヴにもしてほしくなかった。だが同胞たちは同胞を殺した者を逃すことはない。だから俺はミルを殺さねばならん。俺は死した者たちの意思を汲み取らなければ、二人に顔向けができんと思っているだけだ。昔はこんなこと思わんかっただろうが、ヴァラー、グリート、フレンド、アンジェル、ブライヴ、アジェントさん夫妻、みんなのおかげで感情というものが理解できた。人の暖かさを知ることができたのだ。今の俺は魔物としてここに立っている、言わば人の敵だ。それでも、手放したくはない。たとえ命を失ってでも……」
ガオの行動原理は自身の欲や願望を満たすモノではなく、仲間の意思を尊重したモノである。
僕はガオの言動に僅かな矛盾を感じていたが、納得せざるを得ない言葉に口を紡ぐ。
もう、引くことはできないのだろうと……
「なぁ、ミル。俺のために戦ってはくれないか?」
暗い影を落としたガオの表情からは、切なさが見て取れた。
僕は心の底から友になりたいと思えた人の命を奪う決心を付けて、口角を上げて白い歯をむき出しにしニカっと笑い、掌に雷をバチバチと迸らせる。
「それならガオさんには、華々しく散ってもらいます!」
ガオは僕と同じように口角を上げて白い犬歯をむき出しにすると、両の拳をぶつけることなく籠手から炎を揺らめき立たせる。
「先にあの世で、待っているぞ!」
お互いが視線を交わした瞬間、ガオは大地を割る勢いで疾走し瞬きする間で僕の懐に入り燃え滾る拳を横腹に突き刺す。
拳は腹部を貫き、内臓を直に焼き焦がす。
歯を食いしばり痛みに耐えながら、雷を帯電させた掌でガオの腕を掴み電撃を解き放つ。
一瞬ではあるが電撃はガオの動きを止める。
「逃がしませんよ」
ガオが動き出す前に体中に帯電させていた雷を解き放ち、落雷のような轟音を響かせてガオを焼き焦がす。
しかし、本来の使用方法とは異なりエネルギーを許容以上にため込んで放った雷撃は、僕の上体を吹き飛ばして煙を上げていた。
だが残った腰からは徐々に骨、肉、皮が形成されて元の姿に戻る。
意識が戻って直ぐ、ガオに追撃を加えようと魔力を籠めるが、ガオの燃え滾る拳が顔面を強打し陥没させる。
意識が遠のき背中から地面に倒れるも、背中が地面についたときには頭部は復元しており意識を取り戻す。
「起きるにはまだ早いぞ!」
ガオの拳は仰向けに横たわる僕の腹部に下ろされ、ガチャコンと銃器のコッキングのような音を響かせて爆炎を撒き散らす爆発を発生させた。
焼き焦げた肉片が一帯に散らばり、ガオは籠手のカートリッジを入れ替えてゴウゴウと風を轟かせ肉片を掌に集める。
続けてカートリッジを入れ替えて集めた肉片を一瞬にして冷凍させる。
「さあ、次はどうやって復活するのか……」
ガオは手に持つ凍結した肉片の塊に期待を膨らませた視線を落とす。
肉片の大きさは人の頭ほどしかなく明らかに人の体積と見合っていない、本来なら人体を形成し直す事すら不可能なはずだが……
瞬く間に肉片は膨れ上がり降りた霜を砕き、体積を増して人型を形成し始めた。
肉片は上体を形成するとガオに向けて掌から雷撃を奔らせる。
しかしガオの顔に驚愕はなく、肉片を壁に投げつけて雷撃から逃れる。
だが、ガオの頬にはじっとりと脂汗が滲み笑みの裏側に焦燥を思わせる。
「ふぅ、仕切り直しだ」
ガオが一息つくと同時に僕は形成し終えた両足で大地を蹴り上げ、出力無視による『オーバードライブ』でガオが防御体制に入るより速く両の掌をガオの腹部に押し当てる。
「しまっ――」
「『エレクトリックサンダー』」
雷撃は一直線に奔り、ガオを壁へと吹き飛ばした。
砂煙が舞う中、ガオが足元のおぼつかない様子でよろよろと立ち上がった。
腹部からは焼け焦げた臓物が見え隠れし、本来なら立っていることすら不可能な状態で白い犬歯を見せる。
「油断したつもりは、なかったが……」
「無理もないですよ。さっきまでとは段違いに速かったはずです。ほら見てください」
今しがた使用した『オーバードライブ』はただ魔力を多分に籠めただけの魔術ではなく、自身の体の安全性を無視したモノであった。
僕はそれを証明するかのように血で濡れた左足と骨が皮膚を突き破り形を留めていない右脚に視線を落とす。
促されてガオが僕の脚に視線を向けて直ぐ、何事もなかったかのように両足は形を戻し綺麗に治った。
ガオは驚くことなく、目に映った新たな光景をありのままに口にする。
「死なずとも治せたのか……」
「僕も今まで気が付きませんでした。意識しないと治らないみたいですけど」
「なるほど、死からは無意識に蘇るが、傷は明確に治そうと思う必要があるのか」
ガオは僕との戦いを振り返り合点がいったように小さく頷く。
僕は蘇ること同様に今まで傷を治せることにも気が付かなかったことに自責の念に駆られるも、無理矢理笑顔を作る。
「そうみたいです。治ってほしいと思うことは何度もありましたけど治らなったので、ただ魔力は戻し方がわからないままですけど」
「そうだ笑え! 今を楽しめ!」
ガオは腰を深く落として籠手で地面を殴る。
刹那、僕の足下の地面がぬかるみ足首を地面に埋めると地面は直ぐに硬さを取り戻し僕の足を固定する。
「なっ――」
「これならどうだ」
ガオが再度籠手で地面を殴りガチャコンと音を響かせると、僕の両脇の地面が勢いよく隆起し大きな板となり両側から僕を押しつぶした。
板と板の隙間は数センチもなく、完全に人が生きていられる間隔はない。
しかし板がメキメキと音を立ててヒビを入れ始めた。
すかさずガオは地面に触れる籠手に魔力を注ぎ込み、地面でできた板の強度を増す。
板はヒビに耐えながらより一層隙間を狭めていく。
「我慢比べといこうか」
どうにか僕の復活を遅らせるガオだったが、顔からは雨に濡れたように汗を垂れ流していた。
それもそのはず、ガオは頭部と腹部の損傷に継続した魔力の消費、何より不死身を相手にするという前代未聞の事柄に神経をすり減らし体力の限界が来ていたのだ。
それでも笑顔を崩すことなくガオは魔力を籠め続ける。
そして板の押さえつけが弱くなり隙間が数十センチに広がったとき、僕の目とガオの目が交差した。
僕は両側から押しつぶして来る板から逃れるために両手に魔力を籠めて雷撃を放り、板は爆発するように粉々に砕けて土片を飛ばす。
僕は体が自由になった瞬間、掌から視界を埋め尽くすほどの眩い電撃を放ちガオの視界を奪った。
ガオは後方に飛びのき壁を背にして腰を落として両腕を前方に構え防御の体勢を取り、籠手のカートリッジを雷撃用に入れ替えた。
ガオは普段の剛力を発揮できないほどに重傷ではあるが、それでも力では勝っている自信があった。
今なお力では俺が上、決定打となりうるミルの攻撃は魔術だけで使う魔術は雷系統のみ。
背中に隙はない、魔術の来る方向さえわかっていればカートリッジに雷撃を吸わせることができる。
俺はまだ戦える。
ガオは目の見えない一瞬の隙を埋めるように最適解ともいえる答えを導きだした。
しかしガオの目が見えるようになったとき、その両腕は血を噴き出して力なくだらんと垂れさがった。
そして目の前には、長剣を振り切ったミルの姿があり、
「終わりです」
僕は長剣を翻し、防ぐ術のなくなったガオの脇腹から反対側の肩へと深い斬撃を浴びせる。
ガオは赤い鮮血を迸らせ、壁に預けた背を滑らせるようにしてその場に座り込んだ。
もう立ち上がる力すら残っていないはずであるガオは、それでもなお白い犬歯を見せてニカっと笑い瞳を輝かせて僕の瞳を見据える。
「楽しかったぞ」
力強いガオの別れの言葉に僕は目を細めて悲しみの混じった微笑みを浮かべ、長剣を振りかぶる。
「ガオさんに出会えて良かったです。来世でも幸せが訪れることを祈っています。さようなら」
長剣がガオに振り下ろされ――
ドガンッ!!
ガオの命を奪う直前、僕たちから数メートル離れた壁が大きな音を立てて壊れ、僕は振り下ろす手を止めた。
壊れた壁の穴からは、天使のように白い肌を持つ女性と、優しくも勇ましい瞳を持つ男性が息を荒げて姿を現した。




