第52話 第一歩
「はぁ、はぁ、はぁ」
凄惨な村の光景を目に焼き付けたガオは村を出たあと、自身の来た方角とは違う町への最短距離である西門を目指して走り続け、門から数十メートル前に佇む二つの小さな人影を瞳に映して駆ける足に力を籠める。
「アンジェル! ブライヴ! 生きていたのか! よかった!」
ガオは仮面越しでも伝わるほどに感情を高ぶらせて、二人の無事に安堵の息を漏らす。
二人の許まで駆け寄ると、ガオは地面に膝をつき二人を抱き寄せた。
「本当に、生きていてくれてよかった」
ガオの大きな腕に包まれ、アンジェルとブライヴは目尻に涙を浮かべてガオを抱き返す。
しかしその涙が零れ落ちることはなく、ブライヴは口を開く。
「ガオさんに聞きたいことがあります」
ブライヴが聞きたいことは村に帰って来てくれなかったことだろうか……
それともヴァラーたちと離れていることだろうか……
ガオはブライヴの真剣な声音に頭を逡巡させて、二人から体を離し正面から向き合う。
「俺の知ることなら、なんでも答えよう」
「では一つ、」
ブライヴは目尻に溜めていた涙を拭い、爽やかな笑顔を作って見せた。
「兄さんとグリートさん、フレンドさんが何者かに殺されました」
「っ――」
ガオはブライヴの言葉が鼓膜を刺激した刹那、ヴァラーたちを置いて村へ帰ったことを後悔すると同時に、目を見開き息を飲んだ。
ブライヴは仮面で隠されたガオの表情を読み取ったかのように、笑顔を崩すことなく穏やかな口調で続けた。
「町の人曰く、犯人は人に扮したオーガだそうです。きっとガオさんのことを言ってるんでしょうけど、俺もアンジェルもガオさんが犯人だと思っていません。全部町民がでっち上げた嘘だってわかってます。だからガオさんは、"俺はやってない"、そう言ってください。それだけで十分です。そしたら一緒に、町民を殺しに行きませんか?」
笑顔を貼り付けたブライヴは、この一ヵ月で見て来たどのブライヴからも想像できないほどに残酷な提案を出してきた。
ヴァラーたちが殺されたと聞いただけでも正気を失ってしまいそうなほどに心は狼狽したというのに、町の人々を殺すなど考えもしていない言葉はガオに言葉を詰まらせるには十分に衝撃的だった。
しかし次に口を開いたのはブライヴの隣に佇むアンジェルであった。
「ブライヴ……何言ってるの? 町の人を殺すなんて聞いてないよ……」
「大丈夫。俺を信じて」
予め二人で話し合っていたのだろうがアンジェルは最後の一文を聞いていないと狼狽を見せるも、ブライヴの優しい瞳を見て口を噤む。
きっとブライヴの表情と言葉がちぐはぐに感じて整理が付かないのだろう、ガオもアンジェルと同じ気持ちを抱くが、それでも黙っているわけにもいかず、どうにか言葉を絞り出す。
「ブ、ブライヴ……それは……」
「ああ。俺の心配ですか? 大丈夫ですよ。ガオさんは村を見て来たんですよね? じゃあ魔物が全部死んでるのも見ましたよね?」
ブライヴはガオの言い淀む姿に独り合点がいったようで村での凄惨な光景を思い起こさせる発言をした。
ガオは村のことも話すつもりではあったが今の話と何が関係あるかわからず仮面の下に困惑の表情を浮かべるが、ブライヴには誠実に向き合いたいと切に思い、仮面を取って頭を下げる。
「ああ、見て来た。すまない、間に合わなくて……誰かが代わりに魔物を倒してくれていたようだが……」
「いいんですよ。だって聞いてたより早く魔物来ちゃいましたし、寧ろガオさんは急いで来てくれたと思います。まぁ俺が話たい部分はそこじゃなくてですね」
ガオはブライヴに糾弾される覚悟で謝罪を口にしたが、ブライヴの話たい内容とは異なるようで眉尻を下げて困惑を強める。
ブライヴはガオの表情を瞳に映してもなお、笑顔を崩すことなく言葉を続ける。
「魔物殺したの、俺なんです。だからガオさんの足を引っ張ることはないんで、安心してください。思う存分、殺っちゃいましょう」
ガオは村の魔物の大群を討伐した者の正体が気になっていた。
なんせ魔物は二百を優に超える数である、それを討伐することはガオやヴァラーでも荷が重い。
そんな偉業を成し遂げた者が目の前にいる、まだ人として幼いブライヴであり、ガオは驚愕に目を見開く。
ブライヴの行動は万人から称賛されるべきモノであり、ガオはその一人として大きな掌でブライヴの頭をくしゃくしゃと撫でてあげたかった。
凄いじゃないか! 強くなったんだな。ブライヴにしかできなかった偉業だ。村のみんなはブライヴに感謝してるし、ヴァラーも師として誇らしいと思っているぞ!
しかし、今ここでブライヴの行動を称賛してしまえば、ブライヴの思考を肯定することになってしまう気がした。
そうなれば何を言ってもブライヴは止まらないだろう。
あれだけの魔物を倒したのだ、きっとブライヴは将来、英雄として名を馳せるだけの偉業を積み上げることができる。
だが、今から町の住人たちを殺すとなれば英雄とは真逆の大罪人になってしまう。
英雄としての人生と大罪人としての人生、ブライヴの今後を想えば英雄としての道を応援することが大切であることに一片の疑いようもない。
それにヴァラーたちもそれを望んでいる。
ならば……
「すまないブライヴ、アンジェル。ヴァラーたちは、俺が殺した……」
……
……
……
「え?」
ブライヴとアンジェルはガオの思わぬ発言に呆けてしまい言葉を失って沈黙がその場を流れるも、アンジェルの震えた声が空気を揺らした。
「ガオさん、何言ってるんですか? そんな嘘、私たちが信じると思ってるんですか?」
「嘘じゃない、本当のことだ」
アンジェルにとっては仮面のないガオの顔など珍しいモノではない、しかし今ガオの向ける視線は鋭く刺すような圧を感じる。
アンジェルはガオに初めて恐怖の感情を抱き、一歩足が下がってしまいそうになる。
それでも踏ん張りを利かせガオの目を見つめ返し、これまでのガオとの旅の記憶を思い起こす。
「だって、一緒に楽しく旅をしてきたじゃないですか……」
しかし、ガオは表情を和らげることはなく淡々と言葉を綴った。
「アンジェル、何度でも言うぞ。俺は魔物だ。理由もなくたくさんの命を奪って生きているような危険な生き物で、人を殺したことだってある。俺は、そういう生き物だ」
「違う!! ガオさんは誰よりも優しい人です!!」
出会った当初、耳に胼胝ができるほどガオに言われた言葉をアンジェルは力強く否定して、目尻の涙を零れ落とす。
アンジェルの一歩も引かない姿勢を前に、ガオは深い呼吸をして腰に下げていた袋から一対の籠手を取り出して両手に填める。
「そうか、なら仕方ないな……」
ガオは上体を反らして胸を張り、腕をだらんと脱力させ、ブライヴを横目で見る。
「目を、離すなよ……」
「……?」
ブライヴは一瞬ガオの発言の意味が分からずガオの瞳を見つめ返すが次の瞬間、予想だにしていなかった事象が起こる。
ガオが腰を大きく捻り勢いよく腕を振りかぶりそのままアンジェル目掛けて拳を振り下ろしたのだ。
その一撃はもちろんアンジェルに防ぎようがなく、たったの一撃で命を奪ってしまうモノであった。
「何をしているんですか!!」
剣を強く打つ甲高い金属音が辺り一帯に響き渡り、相手を射殺さんばかりの剣幕でブライヴが声を張り上げた。
ブライヴの後ろにはアンジェルが、前方には拳を振り下ろしたガオの姿があった。
間一髪のところでブライヴはガオの拳からアンジェルを護り切ることができたのだ。
しかしガオの拳は今なお剣の平地を押し込んでおり、じりじりとブライヴの足が地面を抉って後ろへと下がる。
ガオからの返答を待てるほど余裕がないブライヴは、アンジェルにその場を離れるように催促する。
「アンジェル下がって! できるだけ遠くに!」
アンジェルはガオに殴りかかられることなど考えたことなどなく、心に大きな衝撃を受け放心していたが、ブライヴの決死の叫びで我に返り踵を変えそうとするも、腰が抜けてその場に尻もちをつきへたり込む。
アンジェルはガオの拳とブライヴの剣による鍔迫り合い、いや鍔迫り合いというにはブライヴの劣勢が如実に見て取れる目の前の光景に、恐怖と不安と焦燥と絶望と、感情がぐちゃぐちゃになり溢れんばかりの涙を流す。
アンジェルが尻もちをついてくれたおかげで、ブライヴは腰を落として踏ん張りを強く利かせることができるようになり、ガオの拳に押されることなく耐え始める。
そして歯が砕けそうになるほど耐え続け、ガオの拳の軸が揺らいだ一瞬の隙に全身全霊の力で拳を払いのける。
ガオは数歩たたらを踏み倒れそうになるも、足の裏が地面にくっついているのではないかと疑いたくなるほどに異常な体幹で体勢を戻す。
そして一歩、ブライヴたちの方へと足を踏み出そうとして――足が地面につく前にブライヴの剣が襲い掛かってきた。
ガオは片足で後方へ飛びのき、するどい斬撃を躱すも再度たたらを踏む。
ブライヴはここぞとばかりにガオに斬りかかるも、致命傷となる斬撃は拳で弾かれ、薄皮を切り裂く程度しか損傷を負わせることはできなかった。
しかし、アンジェルが見えなくなる程度には距離を空けることができたため、一度呼吸を整える。
ブライヴは剣を構え直すと先ほどの剣幕とは打って変わって声を震わせつつも、しっかりとガオの瞳を見据える。
「ガオさん、もう一度聞きます。何をしているんですか……」
「……」
「アンジェルを、殺す気ですか……」
「ああ……」
ブライヴは瞳から大粒の涙をボタボタと零れ落とす。
ブライヴもアンジェルと同様、心の整理がついていないのだろう。
生まれ育った村が損壊し、両親に加え尊敬する人たちが死んだ今、優しく接してくれていたガオだけが唯一の心の支えだった。
そのガオが、自身を肉親のように慕うアンジェルを殺す気で襲い掛かるなど信じたくなかった。
「どうして……」
ブライヴは鼻をぐすぐすと鳴らし、涙で視界がぼやける中、振り絞るようなか細い声で藁にも縋る思いで何か理由があるはずだと決めつけてガオにもう一度だけ尋ねる。
「何度も言わせるな。俺が魔物だから。それだけだ」
しかし返ってきた言葉は変わらず、ブライヴを突き放すように冷たかった。
ブライヴは諦めることができず、心を冷静に保つために剣の柄を力いっぱい握りしめて、鎌をかけることにした。
「それなら、兄さんたちを、どうやって殺したんですか? 最後の瞬間ぐらい、教えてください……」
この質問はガオにとって答えられないモノだった、なんせヴァラーたちを殺していないのだから。
しかし、ここで否定してしまえばアンジェルとブライヴに手を出した今でなお、二人はガオの肩を持つだろう。
死因はわからずとも町の冒険者たちにヴァラーたちが殺されたことは確信していたため、冒険者たちの持っていた武器、そして魔術を思い浮かべ、浅い解答を選ぶ。
「三体一は分が悪いからな、町の連中の武器を奪って普通に殺しただけだ」
ガオの解答を聞きブライヴは柄を握る手から力を抜いて、口角をほんの少し上げて袖で涙を拭う。
「やっぱり、ガオさんじゃないんですね」
「……」
ガオは自身の答え方が間違いであったことで嘘がバレたことを悟り、頬にじっとりと脂汗をかく。
ガオの予想のでは、ブライヴはガオの解答に内容がなく薄いため、再度問いただすだろうと思っていた。
その場合は話に応じることなく突き放すつもりであったのだ。
バレるぐらいなら最初から応じなければよかったか……
これはガオの優しさが生んだ小さなミスであり、ブライヴにとっては大きな救いであった。
ブライヴはガオが嘘を付いていることを確信し、門の前で再会したときと同じ調子で笑顔を作り話始めた。
「兄さんたちは毒で動かなくなったところを火炙りにされたそうですよ」
「誰がそんなことを!! っ――」
ヴァラーたちの死因はガオの予想とはかけ離れた残虐性と卑怯な方法によるモノであり、つい反射的に犯人を自称する者とは思えない言葉を発してしまい、息を飲む。
「もういいじゃないですか。最初からガオさんを疑ったりしてません。今からでも一緒に町民を殺しましょう。さっきのことならアンジェルは許してくれますよ」
ブライヴは剣を腰に差して躊躇いなくガオに歩み寄る。
もう争う気はないと言外に示しているブライヴに対して、ガオは肩の荷を下ろすかのように深いため息をつく。
「ブライヴ」
「はい。なんですか?」
ブライヴはほんの少しだけ上機嫌に言葉を返す。
それはきっとガオにも戦う意思がないことが見て取れるため、自分の気持ちが伝わったのだと思ったからなのだろう。
しかし、次に放つガオの発言はブライヴの笑顔を歪める。
「俺を、殺してくれ」
「……えっ……な、なに、言って、るん、です、か……?」
ブライヴは必至に口角を上げて笑顔を作り続けるも、動揺を隠しきることができず目を泳がせる。
「正直に言おう。俺はヴァラーたちを殺してないし、町の住民を皆殺しにしてやりたいほど恨んでいる」
「それならなんで!!」
ガオの言葉はブライヴがずっと聞きたかった言葉であり、それだけで満足できるはずだった。
加えて町の住民を恨んでいると、皆殺しにしたいと言ってくれたのだ、ともに手を取り合えるはず……
にもかかわらず、ガオは死亡願望を口にしたのだ、当然受け入れるわけもなく声を荒げた。
ガオはブライヴの許まで歩み寄り片膝をついて目線を合わせると、優しく諭すようにしてブライヴの瞳を見つめる。
「お前たちを人殺しにしたくないからだ」
ブライヴにとってガオの発言は、疑う余地がないほどにガオらしい優しさからくる言葉なのだと理解できた。
しかし、その優しさで身を滅ぼそうとしていることを看過できずに、ブライヴは意地を張る。
「そんなこと、気にしてないです」
「ブライヴ、嘘をつく立場が逆転したな」
「……」
ブライヴは心を見透かしたかのように鋭いガオの目にあてられて、静かに唾を飲み込む。
「人殺しを気にしてないなら、なぜアンジェルに初めから言わなかったんだ? よくないことだってわかってたんだろ?」
ガオの言葉通りブライヴとて人殺しなどしたくはない、もちろんアンジェルの手を汚させることも避けて通りたかった。
しかし、ガオに加えて今は亡きヴァラー、グリート、フレンド、両親、村の人々、みなのためにも町民を殺さなければいけないと思っている。
ブライヴは自身の胸を叩き、空元気に応える。
「俺は大丈夫です。それにさっき見ましたよね? アンジェルも反対はしてませんでしたよ」
「反対してなかったら、無理矢理人殺しの片棒を担がせるのか?」
「そ、そう意味じゃ、なくて、その……」
ブライヴは、ばつが悪そうに目を伏せて顔に暗い影を射し口ごもる。
目の合わないブライヴの肩にそっと手を置いて、ガオは縋るように口を開く。
「なあ、ブライヴ……ヴァラーたちも二人が人殺しになるなんて望んでない」
「……」
「わかってくれ……」
ガオの懇願する声にブライヴは目を上げて視線を合わせるも、困惑に顔を歪ませて眉間に皺を寄せる。
「そ、それなら、町民を殺さないとして、なんでガオさんを殺さなくちゃならないんですか!?」
「俺がこのまま生きていたら、二人は魔物を匿う罪人だ。日々命を狙われる。だが俺の首を持ち帰れば一気に英雄だ。順風満帆な日々を過ごしていける」
ガオは、それが逃れようのないモノであるかのように淡々と起こりうる未来を口にする。
それでもブライヴは折れることなく、承知していると胸を張る。
「俺は魔物の大群を倒せるぐらい強いんですから、命を狙われるぐらいどうにかなります」
「アンジェルはどうする?」
「俺が護ります」
「不可能だ」
ブライヴには自信があった。
なんせ八歳と幼いブライヴにとって、大人たちが束になっても成しえなかった偉業を成し遂げて見せたのだ。
怖いモノなど何もなかった。
だからこそ自分の力を否定されたことが村を護り切れなかった後悔を呼び起こし、口調を強める。
「どうして!?」
「ヴァラーたちですらアンジェルを護りながらの旅は厳しいと判断して、アジェントさん宅に預けようとしたのを忘れたのか? しかもこれからの旅は魔物だけでなく、国からも命を狙われることになるんだ。危険度合が桁外れに高い。そこまで考えて発言をしているか? 今、自分の命だけでなく、アンジェルの命も軽んじていることに気が付いているか?」
自信に満ち溢れていたブライヴでさえも、ヴァラーたちが忌避した事を成し遂げられると言えるほど自惚れてはなかった。
ヴァラーに師事してもらっていたときは一太刀もまともに浴びせることができなかった。
加えて、ヴァラーと同じBランクであるガオとは先ほど少し戦ったが、誰の目から見ても劣勢でしかなかった。
あのまま続けていたら間違いなく負けていたのはブライヴだろう。
そんな自分には荷が重いのだと思い知らされて、謝罪を口にする。
「すみません。そこまで考えてませんでした……でも、でも……俺、ガオさんを、殺したくないです……」
そしてブライヴは自分に足りないモノを思い描き、瞳を力強く見開きガオの瞳を見据える。
「だから一つ、提案があります」
「なんだ?」
「俺がもっともっと強くなって、凄くなって、国からも文句言われなくなるぐらい偉くなってみせます。そしたら、アンジェルと一緒に三人で旅をしませんか?」
村をほとんど出たことがないブライヴにとって、世界にはどれだけ強い人たちがいるのかも、国がどれだけ大きな存在かもわからない。
それでも、それしか方法がないというのであれば、やり遂げて見せようと心を奮い立たせた。
しかし、ガオもたったの四ヵ月間で世界の情勢などを理解できているわけでもなく、顎に手を当てて考え込む。
「面白い案だが、偉くなるまで相当時間はかかるぞ。その間はどうするんだ?」
「それなら、ガオさんには、しばらく死んだふりをしてもらいます」
「死んだふり?」
先ほどまでは死ぬことばかり考えていたガオにとって"死んだふり"とは似ても似つかわしくないモノであり、眉間に皺を寄せた。
対するブライヴは大きく頷いて、町の外れを一瞥して策を語り始める。
「はい。町の隣にダンジョンがあるのは知ってますよね? ガオさんには、あそこで身を潜めててほしいんです。魔物のこと詳しくないですけど、あのダンジョンにはオーガが出るみたいですし、もしかしたら上手く隠れられるかもしれません」
人ゴミの中で生きることに慣れてきたガオにとって、魔物の居る場所に帰るという発想は薄れており、合点がいったように眉間の皴が緩むも、懸念を見つけて再び眉間に皺を作る。
「なるほど、俺だけならオーガの中に入っても不用意に襲われることはないな。盲点だった……だが入口の守衛はどうする? それに俺を殺してないのだから、結局匿っていることに変わりはないだろう?」
「町の人たちには殺したと言い張ります」
「そんな策でどうにかなるとは思えんが……」
あまりにも行き当たりばったりに聞こえるブライヴの作戦に不安を駆られて、ガオは訝しむようにブライヴを見つめた。
しかしブライヴは自信気に胸を張る。
「大丈夫です。俺に死に物狂いで媚売ろうとしてた人がいて、そいつはリーダーって呼ばれてたんで上手く手なずけて、俺がガオさんを殺したと吹聴させます。守衛もどうにかします」
「やはり上手くいくとは思えんが……」
ブライヴにとって根拠のある自信でも、ガオにとっては先ほど同様に楽観的に物事を考えているようにしか思えず、より一層に不安が募る。
そんなガオの表情を見て、ブライヴが交換条件を出す。
「それならこうしましょう。守衛をどうにかすることができたら、俺のことを信じてダンジョンに隠れてください。もちろん殺したりはしないので」
これは、ガオがダンジョンに隠れる際に衝突する課題である守衛をダンジョンの入り口から外す事を達成しつつ、ブライヴが人に指示を出す、もしくは人に言うことを聞かせることができる証明にもなりうる。
成しえることができるのであれば、大きな夢への第一歩として唯一と言っていい作戦だろう。
ガオは意を決したように大きく頷いて、ブライヴの瞳を見つめ返す。
「……わかった」
「本当ですか!!」
絶望が続く中、やっとの思いで掴み取った一筋の光に照らされてブライヴは瞳を爛々と輝かせた。
ガオは両手の籠手を外して、ブライヴの頭を大きな掌でくしゃくしゃと優しく撫でる。
「俺もアンジェルとブライヴと三人で旅がしたい……ブライヴ。アンジェルのことを頼む」
ブライヴは意気揚々と鼻を鳴らして、ニカっと笑い白い歯を見せる。
「アンジェルだけじゃなくてガオさんのことも、全部俺に任せてください。何年かかっても必ず迎えにいきますから!!」
ガオは目を優しく細め、口角を僅かに上げて一言告げる。
「ありがとう」




