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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第51話 言葉のない別れ

「はぁはぁはぁ……間に、合わなかったのか……」


 町を出て村に到着したガオは目の前の凄惨な光景に息を飲むと同時に、村人の死体があちらこちらに転がっていることに目を見開いた。

 荒い呼吸を整えながら、村の中へ歩を進める。

 地面には赤い血の水溜まりが各所に広がり、歩く度に水溜まりが弾けてピチャピチャと足音が鳴る。


 周囲からは何も物音が聞こえず、人が住んでいたとは思えないほどありとあらゆる物が瓦解していた。

 ところどころに魔物の死体もあり、誰かが倒してくれたのだろうと推測できる。

 ヴァラーたちはまだ町にいるはずでガオは今到着したばかり、村の住人が魔物の大群を討伐できるとは思えないが、勝手に息絶えたとは思えない。


 ならば村人が生きているかもしれないとガオは村の奥へと足を速める。


 進めば進むほど魔物の死体は増えるものの、やはり動く人影は見当たらず、生き物の息遣いも聞こえない。

 途中、瓦礫の山から人の腕が飛び足していることに気が付き、丁寧にかつ迅速に瓦礫を端に避けていく。


「大丈夫ですか!?」


 しかし返事はなく、瓦礫の山から姿を現した腕の正体は下半身のない青ざめた死体であった。

 ガオは数歩下がり、生き残りの捜索を再開した。


 村の中央付近まで来たときに、明らかに女性や子供の死体が多い地帯に足を踏み入れた。

 面影はないが、ここが避難所であったのだろうとガオは推測を立てて瓦礫の山を見回すと、ある一か所に違和感を覚えその許へと歩を進めた。

 ガオが違和感を覚えた部分だけ人為的に瓦礫が避けられており、そこにはブライヴの母の顔があった。


「アジェントさん……そんな……」


 いつも暖かい食事を振舞ってくれていたブライヴの母にガオは謝りたいことがあった。

 それは目の前で食事を取らなかったことである。

 アジェント一家を信じることができず、部屋に持ち帰って食べるガオのことをどう思っていたのだろうか?

 優しい心の持ち主であることはわかっているため、ガオの思い過ごしであるのだろうが……

 面と向かって食事を平らげ、言いたいことがあった。


「ご飯、いつもありがとうございました。おいしかったです」


 ガオは瞼を閉じて深く呼吸をして、何故かブライヴの母の死体の部分だけ瓦礫が避けられていることに対して思考を巡らせる。

 これはブライブの母と知り合いの誰かが行ったことなのだろうと予想はできるも、ガオ自身、ブライヴの母の交友関係など知らない。

 そのため、自然と頭に浮かび上がる人物は限られていた。

 ガオはアジェント家で過ごした日々を思い浮かべ、未だに見つけられていない三人の名前を呼ぶ。


「アンジェル! ブライヴ! アジェントさん! どこにいるんですか! ヴァラーたちと旅をしているガオです! いたら返事をしてください!」


 ガオの叫び声は、人の住める状況でない崩壊した村を過ぎ去り空に消えた。

 村は相も変わらず静まり返っており返事はない。

 ガオは一度、アジェント家へ足を運ぶが、他の住宅と同じように崩壊しており人の気配はない。

 それでも捜索を諦めることはなく村の中を走り回り何度も瓦礫の山から村人を救い上げるが、息をしている者は誰一人として見つからなかった。


 そしてとうとう村の端であり魔物の大群が来たであろう方角の門まで辿り着いた。

 付近には防具を着込んだ門衛の死体が多く転がっており、魔物から村を護ろうと奮闘した光景がありありと目に浮かぶ。

 門衛たちに敬意の心を抱き、一人一人の顔を覗き見る。

 そして門の外に出ると、脇の方にとてもよく見知った顔を持つ死体――


「アジェントさん……」


 ブライヴの父の死体が転がっていた。

 アンジェルの養育を快く引き受けてくれるだけでなく、ガオの正体を知っても普段通りに接してくれた優しさに、ガオはこれから一生感謝の気持ちを忘れることはないだろう。


「大変、お世話になりました……」


 ガオは目を伏せて礼を告げ、その場を離れた。


 アンジェルとブライヴの死体は見つけられなかった、ならば二人は生きているはず。

 魔物の大群を倒した人物については分からずじまいだが、今は二人を捜すことが先決である。

 そして二人が生きているならば向かう先は一つ、先ほどガオが逃げてきた町しかないだろう。

 今あの町に戻れば町中の人々から追われることになるだろうが、二人を捜すことはもちろん、捕まったヴァラーを助け、加えてグリートとフレンドと合流する必要もあり戻らない選択肢はない。

 ガオは来た道を振り返り、町へと向かって駆け出した。


「待っていてくれ、みんな」


 ▽


「魔物に味方する罪人め!」

「私たちを魔物に殺させるつもりだったんでしょ!」

「燃えろ! 燃えろ!」

「灰すら残すな!」

「この鬼め! 死んじゃえ!」

「「「ギャハハハハハ!!!!」」」


 木に縛り付けられた何かを燃やす炎が三つ並び立ち、その前には1本の剣、周りには大勢の人がケラケラと嗤いを作りそれを囲んでいた。

 メラメラと灰に混じった空気には肉の焦げ臭い刺激臭が漂っており冒険者にギルド職員、商業人、鍛冶師、果ては十歳にも満たない子どもまでもが、それを当たり前かのように嗤っていた。


 そんな中、炎に向けて声を張り上げる一人の少女がいた。


 少女は目から涙を滂沱の如く流して炎へ駆け出そうとしているようだったが悪辣な笑みを浮かべた目つきの悪い冒険者に止められていた。


 町について一目散に煙の上がっている場所へと駆け出し、この光景を見た少年――ブライヴは口をポカンと開けて状況の把握に頭を回していたが、炎に燃える三つの影に見覚えがあり靄がかかったように頭で何も考えられずにいた。

 だから目の前にいる少女に話を聞こうと呼びかけてみる。


「アンジェル、どうしたの?」


 少女――アンジェルは、ブライヴの声に間髪入れずに反応して振り返りブライヴへと駆け出す。

 アンジェルはブライヴの胸へと倒れ込むように抱き着くと涙を切らすことなく、鼻の詰まった震えた声で訴えかけるように口を開く。


「ヴァラーさんたちを……助けて……」

「っ――」


 アンジェルの言葉はブライヴの頭の靄をスッと払い、つっかえた物が取れるように現状を理解できた。

 いや、正確に言えば、目の前で燃えている三つの影が誰のモノなのか本当は頭を過っていたはずであり、それをあえて除外して考えていたことで頭に靄がかかっていたのだ。

 しかし、アンジェルの想いが目を覚まさせてくれた、目を背けていては何も変わりはしないと……

 ブライヴは優しくアンジェルの頭を抱き寄せて、炎を取り囲む人々に額に血管を浮かび上がらせて声を張り上げた。


「何をしているんですか!!」


 ブライヴの声は人々の笑い声を薙ぎ、辺り一帯を静寂に包んだ。

 ブライヴはアンジェルの手を取って炎が燃え盛る許へと速足で歩を進めた。


 人々はブライヴのことを近所迷惑な子供を見るかのような煩わしさを籠めた視線を向け、ヒソヒソと何かを話始めたようで徐々に静寂が薄れていく。

 その中にいる冒険者の男が一人、顔を顰めブライヴを睨みつけて向かってくる。


「おいガキ、見ねぇ顔だが、こいつらの味方か? だったら――」


 しかし先ほどまで泣き喚くアンジェルを見下していた目つきの悪い男が、ブライヴへの語気が強い男の取り押さえ、周囲の人々を怒鳴りつけるように指示を飛ばす。


「てめぇら! 何ぼさっとしてんだ! 早くその人たちを下ろせ!」


 ブライヴを見下すような視線を向けていた周囲の人々は呆けた顔で指示を飛ばした男に視線を集める。


「聞こえねぇのか! 下ろせっつってんだろうが!!」


 しかし続く男の怒声に人々は血相を変えて、炎で燃える人影を慌ただしく地面に下ろす。

 人影を下ろす際に火傷を負う者もいたが、ブライヴは気に留めることなく燃える人影の許まで足を止めることはなかった。

 地面に下ろされてからの人影はみるみるうちに火を消していた。

 おそらく、火種は磔にされていた足元にしかなかったのだろう、燃やし続けなければ火が広がることはないのだろう。

 そして火が消えることでブライヴの最悪の予想が的中することを裏付けることになった。

 燃えていた三つの人影は皮膚を焼き焦がし、真っ黒な灰となっていても見分けがついた。

 なぜなら、ブライヴが最も尊敬する人たちと同じ姿をかたどっていたのだから……


「兄さん、グリートさん、フレンドさん……どうして……」


 瞳に映る光景にブライヴの心臓は鼓動を速め、呼吸が荒くなる。

 息を吸う回数が増え、目の前に転がる焼死体から出る血と肉を焦がした重たい刺激臭が鼻をつく。

 ブライヴは歯を食いしばり五感を襲う不快感に堪えようとするも、より一層深く空気を吸い込んでしまい、臭いに耐えきれず両手と両膝を地面につき口から胃酸を吐き出す。


「オェッ……」


 隣ではアンジェルがぐすぐすと鼻をすすり目から涙を零しつつも、ブライヴの背中を優しく擦ってくれた。

 ブライヴはよろよろと立ち上がり袖で口元を拭い、目の前にいる目つきの悪い男を射殺さんばかりの形相で睨みつける。

 男は全身から血が消えてなくなったのではないかと疑いたくなるほどに顔を青白くさせて、顔全体から脂汗を流し謝罪を口にする。


「悪い! みんな浮足立っててよ。俺たちも初めてのことで頭がごっちゃになってたんだ」

「遺言はそれだけですか?」


 ブライヴは鬼のような形相を崩すことなく男の発言を聞き届け、力強く拳を握り締める。

 男は膝をガクガクと震わせて縋るような声で弁明を図る。


「ま、待ってくれ、ちゃんと説明を――」


 目つきの悪い男の言葉を遮るように、先ほど取り押さえられた語気の強い男が割って入る。


「ガキ何様のつもりだ? リーダーもヘコヘコしてらしくないっすよ」

「てめぇは黙ってろ!!」


 目つきの悪い男は拳を握り締めて語気の強い男の頬を力強く殴り、吹き飛ばす。

 男はブライヴに向き直り、正座をして両手と(ひたい)を地面に擦りつける。


「す、すまねぇ。あいつの教育はちゃんとやっとくから、許してくれ」


 大の大人が齢八歳の少年になりふり構わず許しを請う姿は異様に見えるも、それを指摘する者は誰もいない。

 そして許しを請われているブライヴには心底どうでもよいことで、今知りたいことはヴァラーたちが火炙りにあっていた理由だけだ。

 ブライヴは目の前で(ひたい)を地面に擦りつける男の髪を掴み、顔を無理矢理上げさせる。


「で? 説明してくれるんですよね?」


 ブライヴの表情は先ほどと打って変わって、瞳には光が灯っておらず虚無だけを映していた。

 男はニヘラと媚びへつらうような笑みを浮かべて、ブライヴの求めているであろうモノについて丁寧な口調に切り替えて説明を始める。


「も、もちろんです。この件の発端は、町に突然オーガが現れたことから始まるんですよ」

「オーガが町中に?」


 男の言葉にブライヴは一人の男を目に浮かべる。

 それはアンジェルと一緒に村へ来た巨躯の大男、ガオのことである。

 ということはガオの素顔がバレてしまったことが原因なのだろうと、眉間に皺を寄せて考え込む。

 しかし男はブライヴの考えを読み取るだけの余裕がないようで、捲し立てるように続ける。


「はい! それでなんとオーガは人に扮して、とあるパーティに入っていたようで……」

「それが兄さんたち――ヴァラーさんたちのパーティだったと?」

「そうなんですよ!」


 男はブライヴが幼いながらも年齢に見合わず話が分かる側なのだと、このまま誤解が溶けるかもしれないと胸を撫でおろし、水を得た魚のごとく瞳を輝かせる。


「まさしくおっしゃる通りで、それで……」


 オーガを庇っていたのでパーティの奴らを殺すことにしたんです。

 仮にもBとCランクみたいなんで手こずるかなぁって思ってたら、ヴァラーがあっさり捕まりやがったので毒漬けにして、残り二人はそれを餌におびき出して一緒に毒付け、あとは火炙りにして終わりですよ!


 男は喉まで出かかっていた言葉を押し殺して口を噤んだ。

 男は思い出したのである、ヴァラーたち三人がオーガのことを庇っていたことに。

 そして誰も気が付いていないようだが目の前にいる少年は猛獣のような殺気を放っており、恨みを買うようなことが起こっては命はないだろうと確信を持っていた。

 そしてその少年はヴァラーたちのことを"兄さんたち"と言っていた。

 見た限りでは親族に見えないがそれほど親しい仲だったのならば、オーガの正体を知っていたのかもしれない。

 ならば真実を口にすれば、間違いなくその牙は自分の首元を掻っ切るだろう。

 ではどう言えば助かることができるのか……


「それで? どうしたんですか?」

「あ、いや、えっとですね……」


 男は詰みにも近い状況を打破すべく思考を巡らせるがブライヴは急かすように続きを促す。

 男は言い淀んだたったの数秒で真実をでっち上げる決断を下し、震えた声で空気を揺らす。


「魔物の大群を討伐する方法について少し揉めて、そのときオーガがギルド職員の胸倉を掴んで危害を加えそうになったんですよ。そこでヴァラーさんたちが取り押さえようと必死に戦ってくれたんです。で、俺たちに逃げるように言ってくださったので邪魔になっちゃダメだと逃げたんです。ヴァラーさんたちの逞しい戦いぶりなら大丈夫だろうと思ったのですが、気になって戻ったら毒にやられてて火炙りにされてたんですよ。その頃にはオーガは既にいなくなってて……」


 ヴァラーたちに敬意を払っているように見せることでブライヴの機嫌を取りつつ、本来は自分たちで行った毒を盛り火炙りにしていた行為もオーガがしていたことにすることで矛先を変える。

 それに加え、討論の末にオーガがギルド職員の胸倉を掴んで危害を加えそうになっていたことは本当である。


 嘘の中に真実を混ぜ込むことで信じてもらいやすくなる。

 男は酒場で聞いた事のある与太話をここぞというタイミングで実践し、我ながら完璧な嘘をでっち上げたと感心していた。

 続けて男は瞳をウルウルとさせ、地面を力強く殴り、後悔に押しつぶされそうな人を完璧に演じて見せた。


「お、俺たちは悔しくて悔しくて、でも魔物の大群に備えないといけなかったんでしばらく外見張ってたんですが、いっこうに魔物が来る気配がなかったもんで、今から町のみんなで逃げたオーガの討伐に乗り出すところだったんです!」


 男はこれまた自分の完璧な泣き真似に自画自賛し、勝利を確信した。


 この嘘を見破るためにはオーガ自身に真実を問いただす必要があるが、当の本人はヴァラーたちを置き去りにして自分だけ逃げたクズである。

 今更敵しかいない町に戻って来ることはないだろう、と。


 男は顔を伏せ、ぷるぷると震え笑いそうになる顔を隠すが、ブライヴからの指摘に体を強張らせる。


「それが本当だったとして、俺がさっき見たあの人たちの下卑た笑いは何だったんですか?」


 それはブライヴがこの場に来て初めて見た、目に焼き付いて離れない不快極まりない光景のことであった。


 男はそこで自分のミスにやっと気が付いた。

 ブライヴの聞きたいことはヴァラーたちが火炙りにされていた経緯はもちろん、それを見て笑っていた周囲の人々の動機もなのだ。

 ブライヴの見ていない部分は嘘で誤魔化すことはできても、実際に目で見られた部分を偽ることは困難であり、男は先ほど心に抱いた勝利の確信を瓦解させて滂沱の如く汗をかきながら必死に再度思考を巡らせる。


「そ、それは……」


 何も言い訳が思いつかないながらも何か喋らなければ、その一心で口を開くも、続くブライヴの言葉に完全に勝機を見失う。


「それと、火炙りにされる前に毒を盛られたって何で知ってるんですか? 戻って来たらオーガはいなかったんですよね? あなた言いましたよね? "気になって戻ったら毒にやられてた"と、"毒にやられていたから気になって戻った"じゃなくて。この言い方だと戻ってから毒の存在に気付いてますよね? どうやって気付いたんですか?」

「……」


 今、ブライヴに詰められている内容に限っては言い間違えで押し通せるかもしれないが、一つ前の質問である"下卑た笑い"の言い訳がやはり思い浮かばず下手な発言は逆効果だと男は沈黙し、頬を伝い落ちる汗の音だけが鼓膜を刺激した。

 ブライヴは男から返答がないことに対して、結末のわかり切っていた陳腐な物語を読んだあとのように大きな溜息をつく。


「はあぁ……」


 ブライヴは数歩、ヴァラーの死体に歩み寄り傍らの地面に突き刺さっていたヴァラーの持っていた剣の柄に手を伸ばす。

 その剣は地面に突き刺さるというよりは、地面と繋がるようにして接地部分を石のような灰色に染めていた。

 沈黙を貫いていた男は恐怖と困惑に顔を引き攣らせて口を開く。


「そ、その剣は深く突き刺さっているみたいで、誰も引き抜けな――」


 男の言葉には耳を傾けずにブライヴはあっさりと地面から剣を引き抜く。


「アンジェル、行こう」


 ブライヴは何事もなかったかのようにアンジェルの手を取り踵を返す。


「ど、どちらへ行かれるのですか?」


 町中の力自慢たちでも引き抜けなかった剣を易々と引き抜いたブライヴに対して、自分の感じた恐怖は間違いではなかったのだと男は怯えた瞳で恐る恐るブライヴの顔色を伺った。

 ブライヴは振り返ることなく、歩を進めながら淡々と答える。


「オーガに会いにいきます」


 ブライブの言葉が男の鼓膜を刺激した瞬間、男はオーガとブライヴを会わせては嘘がバレてしまう、と焦りに身を任せ立ち上がり、ブライヴの手を引こうと手を伸ばす。

 しかし手は震えてブライヴの手に触れることができず空を切る。


 男はブライヴの背をただ見送ることしかできず、その場に崩れ落ちた。

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