第49話 また会おう
ヴァラー、グリート、フレンド、ガオの四人は村の住人に避難勧告を出したあと、魔物の大群について情報を得るために急ぎ町のギルドへ赴いた。
本来は歩いて三時間かかる距離であったが四人の類まれなる身体能力により一時間程度で町に辿り着くことができていた。
ギルド職員から、鹿型の魔物が遠い森で魔物同士の抗争に敗れ、新しい住処を探し回っているのだと情報を得ることができた。
そして魔物の大群は蛇行しつつもこの町、延いてはブライヴたちの住む村の方向へ進行しており、あと五時間もしないうちにぶつかるだろうということも。
魔物の一個体のランクはG程度のようだが数が二百を優に超えるとのことで、町の防衛体制は築かれ住民の避難も滞りなく進んでいた。
あまりの手際の良さにヴァラーはとあることに気が付き、ギルド職員に呆然とした表情で質問を投げかけた。
「情報共有ありがとうございます。ですが一つ気になることがあって……」
「なんでしょうか?」
「町の防衛体制を見るに魔物の大群が押し寄せていることは昨日、今日わかったこととは思えません。なぜ村への報せが直前になったのですか?」
ヴァラーの問いに対してギルド職員は顔色を一つ変えることなく、抑揚のない声で淡々と言葉を綴った。
「申し訳ございませんでした。町の防衛体制を築くので精一杯でしたし、なにより村には皆様方高ランク冒険者が停泊されていると情報がありましたので大丈夫だろうと高を括り、お報せが遅れてしまいました」
ギルド職員は面倒な客の対応をしているときのように目から光を消しており、フレンドがギルド職員の態度に怒声を上げる。
「そんなわけないだろ! 魔物が来る方角には村があるんだ、町の前に村が襲われる! 町の防衛体制を築くなら村の防御体制にも頭が回るだろ! しかも村への報せが遅れた? ふざけるなよ、俺たちが知ったのは町に物売りに来てた村のおっちゃんのおかげだ! お前ら報せる気すらなかっただろ!!」
「あんた! 辞めなさいよ!」
今にギルド職員の胸倉を掴む勢いのフレンドを羽交い締めにしてグリートがギルドを出ようとしたとき、ガオが数歩ギルド職員に詰め寄る。
「村には優しい人たちがたくさんいる。俺はヴァラーたちのおかげで人の温かみを知れた、村の人たちのおかげで人の尊さに気づかされた。だから守りたい。村には小さな子や足腰の不自由なご老人がいる。今から避難したんじゃ間に合わない、俺たちだけでは守り切れないんだ。頼む、力を貸してくれ……」
ガオはギルド職員に頭を下げて言葉を待つ。
しかしガオの耳に届いた言葉は、魔物である自分の隣を歩いてくれる人たちと同じ種族であることを疑ってしまいたくなるほどに冷たかった。
「申し訳ございませんが無理です。報せなかったことも高ランク冒険者の皆様が村で魔物の数を減らしてくださること狙ってわざとですし、なにより全部倒してくれたら万々歳。二百超えの魔物相手と正面から戦えるわけありませんので……」
ギルド職員が悪びれもせずに己の、いや町の方針を口にするもガオは唇を噛みしめて頭を下げ続ける。
「頼む……村のみんなが、死んでしまう」
「はぁ……無理って言ってんでしょ。だいたい村の人たちは囮なんだから死んでくれないと困るっての――」
ギルドの従業員とは思えない辛辣で他者を見下したような発言がガオの鼓膜を刺激し、脳が言葉として理解した瞬間、ガオはギルド職員の胸倉を掴み窓口から引っ張りだした。
「それが人の言うことか!!!!」
「ヒッ――」
ギルド職員は恐怖に顔を引きつらせ、ガオに胸倉を掴まれたまま足を浮かせ不器用に自転車を漕ぐようにジタバタさせる。
仮面を着けていたとしても目元は空いており、ガオの鋭い眼光がギルド職員の目を射抜かんとする。
「わ、私が決めたことじゃないので私に言われても困ります」
「身の危険となれば責任転嫁か……性根から腐っている」
「せ、責任転嫁もなにも、町長兼ギルドマスターの意思であり、ま、町全体の意思です」
ガオの鋭い眼光が暗く深みを増して、ギルド職員は弁明を試みる。
二人の口論に引き寄せられるようにギルドで魔物の大群と戦うために待機していた冒険者たちがぞろぞろと周りを囲み始めた。
これを好機と見てギルド職員は先ほどまでのビクビクとした態度とは裏腹に、再び他者を見下したような目でガオを見下ろす。
「い、いいんですか? これは町の意思だって言ったじゃないですか。この手を放してください、じゃないと総勢五十を超えるこの人たち、いや町民も含めて何万もの人を相手することになりますよ。村が心配なんじゃないんですか?」
ガオは周囲を取り囲む冒険者たちをぐるっと見回してギルド職員に向き直り、その場に下ろす。
「これだけの人数がいるなら村を守ることもできたはずだ、なぜそうまでして――」
ガオの頭部に空き瓶が投げられて、嘆きにも近い訴えは途切れる。
ガオが空き瓶の投擲されたであろう二階の方に視線を向けると、実行者とおぼしき目つきの悪い冒険者の男が口角を上げて悪辣な笑みを浮かべていた。
「お前、冒険者が慈善活動集団とでも勘違いしてんのか? 俺たちは山賊や盗賊と違って合法的に暴れられるからやってんだよ。なんの価値もない小せぇ村一つのために命かけられるかっての」
「ならば金を払う。正式な依頼として扱ってくれ」
「金だぁ!? 冒険者になって四ヵ月ぽっちのお前が出せる額なんて知れて――」
「純金貨百枚だ」
「は?」
冒険者はガオの提示した金額の大きさに頭が真っ白になり数秒ほど固まり、周囲を取り囲む冒険者もその金額にざわめき立つ。
「正しくは純金貨百枚相当の価値がある魔道具だ」
ガオは動きを止めた冒険者に構うことなく言葉を続け、気が咎めるような表情でヴァラーたち三人を一瞥した。
ヴァラーたちは腰下げ袋にある指輪型の魔道具のことを言っているのだと即座に理解し、ただ何も言葉を紡ぐことなく頷き返す。
ガオは三人の表情に自分が求めていた人の温かみを改めて実感し、その場で正座をして両手と額を地面につける。
「頼む……」
ガオの一連の行動を見て、呆けていた冒険者は意識をはたと戻し眉間に皺を寄せて声を張り上げる。
「嘘を付いてんじゃねぇ。そんな高ぇ魔道具をお前が持ってるわけねぇだろうが!」
「俺のじゃない、ヴァラーたちの物だ」
「は?」
冒険者は訝しむように目を細めて、地に伏すガオからヴァラーたちに視線を移す。
ヴァラーは腰下げ袋から指輪を一つ取り出して見えるように自身の顔の前に持ち上げる。
「これのことだ」
「だから嘘ついてんじゃねぇって言ってんだろ! そんなちいせぇ指輪に純金貨百枚の価値があるわけねぇ。第一、そんなのどこで手に入れるんだよ」
「以前、Bランクダンジョンで手に入れた」
冒険者が怒声を張り上げる一方ヴァラーは冷静にグリート、フレンドと共に攻略しヴァラー自身がBランク冒険者となった過去の事実を淡々と述べた。
しかし冒険者は再び悪辣な笑みを浮かべて合点がいったように大きく頷く。
「Bランクだ? あーあ、わかったぜ。お前がBランク冒険者ってのも嘘ってことか」
「何を言ってるんだ。レコードカードは――」
ヴァラーは自身のレコードカードを懐から取り出そうと腰下げ袋に手を入れるも、冒険者の気だるげな声に動きを止める。
「あーいい。どうせ誰かを騙して手に入れたんだろ」
「何を根拠に!」
「その男だよ」
ヴァラーは冒険者へ抗議をするために先ほどとは打って変わって声を張り上げるも、冒険者の指す方向、ガオを見て首を傾げる。
「俺がBランクになったのはガオさんと会う前だ。彼は関係ない」
「違う違う、逆だ」
「逆?」
ヴァラーが冒険者の発する言葉の意味が分からずより眉間に皺を寄せていると、冒険者はガオの方を顎でしゃくり言葉を続ける。
「そこの男はたった三ヵ月でBランクになったんだったか? 聞いた事がねぇ。嘘に決まってる。じゃあその嘘は誰が塗り固めたのか、それは同じBランクのお前だとすると辻褄が合う。違うか?」
ヴァラーは冒険者の言葉を聞いて、馬鹿馬鹿しいと溜息をつきガオを一瞥する。
「ガオさんは元々強かった、何より彼の努力の賜物だ。そんな無駄話に時間を割いている余裕はない」
しかしヴァラーの言葉は冒険者を納得させるにはいたらず、冒険者は疑問を口にする。
「そんなに強ぇなら、なんでそいつの故郷は潰されたんだ?」
「それは……」
ガオの素性を隠すために付いた嘘、アンジェルと同じ故郷でありその故郷は盗賊に滅ぼされたことになっている。
今までは特に深入りされることがなかったので気が付かなかったが、嘘を付いている以上どこかしらに綻びはあったのだ。
そして今回そこを指摘された。
ガオがBランクの実力者であることに嘘はないが、別の部分で嘘を付いているためヴァラーたちが嘘付であるということは否定できない真実であり、ヴァラーは言い訳が咄嗟に出てこずに口ごもる。
「ほら見たことか! やっぱ嘘つきだったんじゃねぇか!」
冒険者は反論のないヴァラーを指さしで口を大きく開き、悪辣な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「それによぉ、Bランク冒険者が二人もいれば魔物の大群だってどうにかなるだろ。ほらさっさと帰れよ、じゃねぇともう間に合わねぇんじゃねぇの? 今頃全滅してるぜ?」
"今頃全滅してる"その言葉が鼓膜を刺激した瞬間、ガオは今までの口論などなかったかのように飛び起き冒険者に向き直る。
「待て、今頃全滅してるとはどういうことだ!? 村に魔物の大群が来るまで二時間はあるはずだ!!」
「は? 何言ってんだ? お前らがギルドに来たのは魔物の大群が予想以上に多かったからじゃねぇの?」
ガオの不安と焦燥の混じる張り上げた声に対して冒険者は口をポカンと開けて首を傾げる。
冒険者の所作からは今までの悪辣なモノは見て取れずガオの発言の意味が本当に理解できていない様子であった。
ガオは冒険者からギルド職員へ視線を移すと再び詰め寄り、鋭い視線で睨みつける。
「どういうことだ。先ほど聞いた時間と違うが」
ギルド職員は冒険者と同じように悪辣な笑みを浮かべてガオの鋭い瞳の奥を覗き込むように口角を上げた。
「囮に正しい時間を教えちゃったら、逃げられちゃうじゃないですかぁ」
ガオがギルド職員と冒険者の発言を頭の中で結びつけ、現状における最悪の状況を思い描き絶望に顔を歪める中、先ほどの冒険者が腹を抱えて涙目になりながらギルド中に響き渡るほど大きな笑い声を上げていた。
「あーはっはっは。こいつは傑作だ。俺がお偉いさんだったらギルド職員に何か特別な賞でもやってあげてたぜ」
冒険者の笑い声に同調するようにギルド中にいた冒険者、そして職員たちが口を開けて下卑た笑い声を上げる。
辺りを囲むようにゲラゲラと響く醜い笑い声にガオは耐えられずに拳に力を籠めて、目の前のギルド職員に殴りかかった。
「ガオさん!」
ヴァラーの呼びかけにガオは耳もくれずその拳を振り下ろしギルド職員を殴打する直前、先ほどの冒険者が空き瓶を再びガオの顔面に目掛けて投擲し、ガシャンッと甲高い音とともに空き瓶が割れガオの拳が止まる。
空き瓶が割れた音すらかき消すほどに響くギルド中の笑い声はカランカランと何かが落ちる乾いた音とともに止まり、顔を真っ赤にして笑い転げていたギルド中の者たちは一瞬にして顔を青白くさせガオの顔に釘付けになる。
「ま、魔物……」
仮面が取れてガオの素顔が曝け出されたことで、誰の声かもわからない呟きが静まり返ったギルド内に響き渡った。
ギルド職員は膝をガクガクと震わせて立っていられなくなり尻もちをつき、尻を地面にずるずると引きづり後ずさる。
ガオは仮面が取れても顔を隠そうとする素振りを見せなかった。
それはガオ自身が気づいていないことではあるが、ただの魔物として過ごしていた以前と比べて、たくさんの感情が心の内で育っていたからである。
そのため冷静な判断が取れず、ただ怒りの矛先をぶつけんと再び拳に力を入れて、恐怖に目を泳がせるギルド職員を見据え、拳を振り上げる。
「ガオさん!!」
ガオの拳を止めたのは再度自身の名前を呼び掛けてくれたヴァラーの声であった。
ガオは一時停止したかのように止まり、ヴァラーの次の言葉を待つ。
「救援は諦めて村に帰りましょう。一人でも多くの方々を助けないと……」
ヴァラーの言葉には素顔がバレたガオの心配など一つもなかった。
その言葉はガオのことよりも村人を優先させているようにも聞こえるが、ガオにとっては優先順位を明確にし、血の昇った頭を冷やすだけの力があった。
ガオの素顔がバレて一番困るのはパーティを組んでいるヴァラーたちであり、ガオ本人ではない。
今までの旅路で素顔がバレるようなことがあればガオはまた森に帰って魔物として生きていけばよいと思っていた、しかし魔物であるガオを庇っていたとなれば糾弾されるのはヴァラーたちである。
ガオはそれがわかっていたからこそ素顔がバレないように気を張って旅をしていた。
しかし今、最も不利益を被るヴァラーたちが自身たちのことなど気にせずに村の心配を優先している、となればそれに応じないわけにはいかなかった。
「すまない。行こう」
ガオは拳から力を抜いて落ちている仮面を拾いヴァラーたちの方へと振り返りギルドの出口へと足を向けるが、そこには数人の冒険者が通せんぼをするように佇んでいた。
「そこをどいてくれないか?」
ヴァラーはギルドの出入り口を塞ぐ冒険者たちに優しい口調ではあるものの、鋭い視線で睨みつける。
ヴァラーの眼光に当てられて冒険者たちがビクッと体を震わせるが、ヴァラーたちの後方でトンッと地面を軽く叩くような音が聞こえた。
音のする方を一瞥すると、何度もヴァラーたちに突っかかってきていた冒険者が二階から飛び降りた音であったのだろう、軽く両膝を曲げて重力に逆らうように立ち上がっていた。
「おいおい、まさか逃げるつもりか? 俺たちは冒険者なんだ。魔物を見つけたら駆除しねぇとなぁ。それに魔物を匿ってる嘘つきたちにも制裁を加えてやんねぇと……なぁ、そうだろ! てめぇらぁ!」
「「「「うおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」
男の声に呼応するようにギルド中の冒険者たちが雄たけびを上げて武器を構えた。
しかしヴァラーたちは武器を構える様子を見せず、出入口を塞ぐ冒険者たちに視線を戻す。
「君たちと争っている時間はない、言いたいことがあれば後でいくらでも聞くからそこをどいてくれ」
先ほどはヴァラーの眼光に怯んでいた出入口を塞いでいる冒険者たちは武器を持つ手に力を入れて、無言のままヴァラーの要望を拒む意思を見せる。
ヴァラーがこの状況の打開策に頭を悩ませていると後方から、先ほどの二階から飛び降りた冒険者が手に構える剣先をガオの方へ向けて悪辣な笑みを浮かべていた。
「おーおー。Bランク冒険者ってのが本当なら俺たちをサクッと倒ししちまった方が早いんじゃねぇのか?」
悪辣な笑みを浮かべる男に対して、グリートが眉間に深い皴を作り睨みつける。
「私たちは人を怪我させるために冒険者やってるんじゃないの。あんたたちみたいな雑魚相手にしてたら殺しちゃうの。実力差もわからない馬鹿は黙ってなさいよ」
「おー怖い怖い。聞いたかてめぇら、こいつら魔物を匿うだけじゃなく、俺たちも殺しかねないってよぉ! こりゃぁ危なかったしくて生かしちゃおけぇねなぁ」
冒険者のわざとらしく怖がる演技に苛立ちを抑えることに必死でグリートの口調が強くなる。
「は? 勝手に解釈捻じ曲げてんじゃねぇよ」
しかし冒険者は体を縮こまらせて地面にへたり込み瞳をウルウルとさせ、相変わらず気味の悪い演技でギルド職員の方へ向き直る。
「ギルド職員さーん。こいつらは危険だ今すぐ討伐しなきゃならねぇ。だが相手が人間となると俺たちも心が痛むってもんだ。後腐れなくやれるように、あんたがギルドの代表として討伐の許可出してくれよ~」
「てめぇ! 一生口きけなくしてやる!」
「おい、辞めろ!」
冒険者のあからさまな嘘泣きにグリートは業を煮やして声を張り上げるが、ギルドに来た直後とは反対にフレンドがグリートを羽交い締めにして抑える。
しかしグリートが止まったからといって、この町の意思が変わることはなくギルド職員は冒険者からの要望を承諾した。
「みなさん! あの四体の討伐を許可します!」
ギルド職員の発した言葉を聞いて冒険者はにやりと口元を歪め、地に着けていた手に魔力を籠める。
「『グラウンドスラスト』!」
ヴァラーたちが立つ地面が勢いよく隆起するとともに鋭く尖り、十を超える数の突起が人の数倍以上の大きさとなりヴァラーたちを襲う。
ヴァラーたちが間一髪で魔術を躱し体勢を崩して一瞬無防備になったところを他の冒険者たちが一斉に襲いかかる。
『アーススラスト』によってギルドは半壊し崩れかけていたため冒険者たちの追撃は連携が取れておらず歪なモノとなり、ヴァラーたちは針の穴を通すように小さな隙を突いてギルドから抜け出して冒険者たちの猛攻を避けきった。
しかし、それぞれが独自で動いたためギルドを出てヴァラーたちは、ヴァラー、ガオのペアとグリート、フレンドのペアの二組に別れることになってしまった。
直ぐにでも合流したいところだが半壊したギルドから続々と冒険者たちが姿を現し、ヴァラーは頭を直ぐに切り替えて離れたところにいるグリートとフレンドに向かって声を張り上げる。
「今は逃げることだけを考えろ!」
「おう! わかった!」
「わかったわ!」
フレンドが親指を立てて笑顔を向ける一方グリートは不満気に顔を顰めて承諾し、二人はヴァラーたちとは逆の方向へと走り出した。
「とりあえず身を隠しましょう」
「ああ……」
ヴァラーはグリートたちが走り出すのを見てガオとともに走り出した。
「おい! 逃げるな! てめぇら、追え!」
後方から冒険者たちの怒声が聞こえるが聞き入れることなく足を動かしていると、カーン、カーン、カーン、カーン、カーンと甲高い鐘の音が町中に響き渡った。
「これは、なんだ?」
ガオは唐突に鳴る鐘の音が自分たちとは無関係なモノとは思えず隣を走るヴァラーに質問を投げかけると、ヴァラーは前方を見続けたまま足を止めることなく顔を顰めた。
「緊急警鐘です。鐘の鳴る回数によって意味が変わるのですが、五回鳴ったので。町中で危険因子の発見、町を封鎖、住宅から出ないように。ってところですかね」
ヴァラーたちは自分たちが狙われている状況であっても冒険者たちに手をかける気はないよであったので、もし戦闘になれば住民への被害は尚のこと心配になっていただろう。
となればこの警報はありがたいモノに思えるがヴァラーの表情を見るに何か不利益でもあるのだろうと、ガオは質問を続けた。
「なるほど、だがこちらとしては住民に被害が出ないことは好都合ではないか?」
「そうなんですが、町の封鎖ってところが鬼門で、危険因子を逃がさないように町の出入口を全部塞ぐんです。なので、この町から出ることが難しくなりました……村へ戻るだけでも、一筋縄じゃいかないですよ……」
ガオはヴァラーの言葉を最後まで聞くことでようやく事態が最悪のモノになっていることに気が付き、額に脂汗を滲ませて焦燥を隠すことなく不安を口にする。
「ま、待ってくれ! 今すぐ帰らないとみんなが危ない」
「ええ、わかってます。ですが、この警報がなった以上、なんの比喩でもなく、この町の全てが俺たちの敵です。正規のルートじゃまず出られません」
「すまない……」
ガオは素顔がバレてもどうにかなるだろと、どこか楽観的に考えている節があった。
それはブライヴとアジェント夫妻が快く魔物である自分を受け入れてくれたことが起因していたが、ガオ自身それを実感していることはなく、ただ純粋に自身の甘い考えでみなを危険にさらし、村を助けに帰ることも難しくなったと考えていた。
ガオが現状に唇を噛みしめて目を伏せていると、ヴァラーが一つの提案を持ち掛けてきた。
「ガオさん、町の門はほぼ全て金属製なんですけど、南にある門だけは木製です。今はその門を壊して強硬突破で外に出るしかありません」
「村の方角は西だ、南から遠回りしている余裕はない。それに金属製であっても俺たちなら壊せる」
ガオもヴァラーもBランク冒険者としての実力は本物であり、金属製であろうと門を壊すことはできるとガオはヴァラーの提案を却下するが、ヴァラーは小さく首を横に振る。
「壊せても時間がかかります。それと南門を狙う理由はそれだけじゃありません。町としては俺たちが村に帰ることに加えて、村の方角から来る魔物の大群に備えて西の門に人員を割いているはずですので、南は手薄にもなっているはずです。それに村の位置は正確にいうと西南西なのでそこまで遠回りじゃありません。被害を抑えて村へ帰るためには南門が最善です」
「なるほど、背に腹は代えられんというわけか……わかった」
「それともう一つ――」
ガオがヴァラーの穴のない提案に渋々納得して首を縦に振ると、ヴァラーは目を細めて言葉を続けた。
「俺が囮になって混乱を起こします。南門の人員はさらに減るはずなので、その隙に門を突破してください」
「何を言っている!? そんなことをして捕まったらどうする!? あいつらに何をされるかわからんだろ! 元々俺の失態だ、俺が捕まる!」
ガオはギルドで出会った悪辣な笑みを浮かべる冒険者や人に蔑むような視線を向けるギルド職員たちを思い出し、危険を訴えて代替案を出す。
しかしヴァラーはいたって冷静にガオへ言葉を返す。
「大丈夫ですよ。討伐だなんだ言ってましたが俺は人間です、捕まってもまずは事情徴収とかですよ。でもガオさんが捕まったら、弁解する機会ももらえずに殺されちゃいます」
「……」
「俺を信じてください」
ヴァラーの提案は村を助けるために帰りつつ、ガオたちの身の危険をできるだけ減らすことができる、今考えうるだけの最善の策に思えて、ガオは代替案が出せずに黙りこくり、ヴァラーの力強い瞳に根負けした。
「すまない……」
今の一言にはいったいどれだけの感情が籠っていたのだろうか、仔細は不明だが目を伏せて頬に脂汗を滲ませるガオの表情を見れば察しはつく。
ヴァラーは町に来てからの真剣な面持ちを崩して朗らかな笑みを浮かべて見せた。
「この件が片付いたら、みんなで一緒に仮面の改良しないとですね」
ガオは場違いなヴァラーの笑顔に当てられて呆けたように目と口を開けるが、刹那、目を和らげて一言零す。
「ああ、頼む」
ヴァラーはガオの言葉を聞いて安堵する感覚に陥ったことで初めて自分の肩に力が入っていたことを自覚し、軽く脱力してからガオに向き直る。
「それでは、また会いましょう」
「ああ、また会おう」
ヴァラーは南門から少し離れた方角へ、ガオは南門の方角へとお互いに足をいっそう速めた。
▽
ガオとヴァラーが別れて数分後、カーン、カーン、カーンと甲高い鐘の音が四回、町中に響き渡った。
南門を護る衛兵たちは何か話し合ったあと、二人を残して十人弱が町の中央へと駆け足で向かった。
その光景を十数メートル離れた物陰から観察していたガオは、警鐘の意味がわからないながらもヴァラーが行動を起こしてくれたのだろうと察して駆け出した衛兵が見えなくなった隙に一息で残った二人の衛兵の懐まで駆け出す。
衛兵はガオの存在に気が付くも臨戦態勢に入る前にガオの拳が顎を掠めて、軽い脳震盪を起こし二人は音もなくその場に倒れる。
「ヴァラーは大丈夫だろうか……」
ガオはあまりにもスムーズに事が進むため、ヴァラーに負担をかけすぎてしまっているのではないかと町の中央の方角を一瞥するが、首を横に振り門に視線を向ける。
「いや、今は村のみんなを助けることだけを考えろ」
ガオは自分に言い聞かせるようにして門に駆け寄る。
元々は門を壊す予定であったが誰にも見つかっていない現状を少しでも長引かせるために、閂を取って門を静かに開けた。
ガオは門の影に隠れるようにして外の様子を伺ったが、人影は見当たらず身を乗り出す。
「ヴァラーの言っていたとおり、西門に人員を割いているのは間違いなさそうだな……それと村の正確な位置は西南西だったか……」
ガオはヴァラーの発言を思い出し村のある方角を見据える。
「待っていてくれ、みんな」
ガオは仮面を着け力強く大地を踏みしめて、狙った獲物を逃さぬ矢のように目にも止まらぬ速さで駆け出した。




