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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第1章 死後生前編

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第04話 人生最高の瞬間

 二年の月日が経ち、僕は八歳となった。


 この歳になれば学校に通い始めるのがこの世界(ゲーム)の常識だ。

 学校といっても、日本とは違って学年は二つしかない。

 それに加え全校生徒が二十人強しかおらず、一年生と二年生で授業内容が大きく違うわけでもないので一つの教室でみんな受けている。


 授業スタイルは先生二人が教室を見回って、問題に行き詰っている生徒に個別で指導する方式だ。

 あまりにも非効率的に見えるが、この村には電子機器にホワイトボードはもちろん、黒板すらないのだから仕方がないのかもしれない。


 授業は国語と算数の二科目だけだ。

 正確には言語学と数学と言われているが内容は明らかに国語と算数なので僕は心の中ではそう呼んでいる。

 国語は世界共通語らしく地球とは違い、本当にどこの国でも通じる言語らしい。


 ん?

 どこの国でも使えるのなら本当に国語じゃないな……


 というか全世界同じ言語を使っているのなら、国語という概念すらないかもしれない。

 これに関しては国語じゃなくてちゃんと言語学と呼んだ方がよさそうだ。


 学校の外観は人数が少ないからか、少し大きめの家のようになっている。

 学校というより、塾といった方がわかりやすいかもしれない。

 これほど小さい設計なのは僕たちの住んでいる村が自然豊かな場所、つまり田舎だからである。


 ちなみにリイシャは僕より一つ年上なので、もうすでに一年以上学校に通っている。

 それでも僕には学力で遠く及ばない。

 頭がよかったというわけではないが、現実では大学を出た社会人なのだから当然だ。

 ただ、この世界(ゲーム)は学力が重要に感じないので、大人になれば勉強する機会が減って差は無くなるかもしれない。


 だから今の内に威張っている。


 なんてことはせず、親身になってリイシャに勉強を教えていた。

 さすがに子ども相手にマウントなんて取ることはできない。

 というか今は授業中だというのに僕がリイシャに勉強を教えているのだ。

 なんで先生じゃなくて僕が教えているのかというと。

 

「ミルくん頭いいわね~。リイシャちゃんと一緒に育ったって聞いていたのに、不思議ね~。あっそうだわ! ミルくん、リイシャちゃん含めて2年生に勉強を教えるの手伝ってくないかしら? 担当の先生が赤ちゃんをお腹にかかえててね。今、凄くたいへんな時期なの。私一人で授業するつもりだったんだけど、ミルくん頭いいし大丈夫よね? 後二、三ヶ月ぐらいで産まれるって言ってたから、それまでお願い」


 というわけだ。


 実のところ授業中は暇だったし小学生レベルなら教えることを苦に感じない。

 それでも……なぜ僕が二年生を教えることになっているのだろうか?

 そこは普通、同学年である一年生を担当するところじゃないのだろうか?

 それに、二年生の子たちも年下から教わりたくないと思う。


 実際、二年生の子たちからは怪訝な顔を向けられている。

 おかげで入学して一ヶ月経つが僕に話しかけてくれる子はリイシャ以外にいない。

 わからないことがあったら生徒側からアピールしてくれないと、どこを教えればいいのかわからないというのに。

 結局、先生が一人で僕とリイシャ以外の生徒を見ることになった。


 そんなこんなで最初の一ヶ月はリイシャ以外僕に質問をする子はいなく、付きっ切りでリイシャに勉強を教えていた。


 リイシャは一年生のころはあまり成績がよくなかったらしいが、この一ヶ月でみんなと同じレベルまで成績が上がった。

 それが影響したのだろう、リイシャの成績の変化を見て他の子たちも僕に質問をするようになった。


 気が付けば先生よりも僕の方が質問を多く受けるようになっていた。


 もしかすると同じ子どもということで聞きやすかったりするのかもしれない。

 呆れてしまいそうな掌返しだが子どもなんてこんなものだ。

 その様子を見ていた一年生も僕に質問するようになった。

 一年生は僕の担当じゃないんだが、ここで無下にするようなことはしない。

 

 それと最近気がついたことがもう一つある。

 僕が他の子の勉強を見ているとき、リイシャが少しむくれているように見えるのだ。


 わからないことがあれば家に帰ってから教えているのだが、何が気に食わないのだろうか?

 やはり家では勉強をしたくないから学校で教えてほしいのだろうか?

 気持ちはわからないでもないが仮にも僕の今は教師だ、教えを乞う生徒は皆平等に扱わなければならない、ごめんよ。


 学校が終わり、リイシャと一緒に帰路につく。

 同じ家に住んでるので登下校はリイシャと一緒である。


 リイシャはいつも登校中は暗い表情だが、下校中はとても明るい。

 学校が相当嫌いらしい。

 僕も学校は嫌いだったが毎日自習のようなものだし、今のリイシャの学力は十分あり友好関係も良いと思う。

 そこまで嫌わなくてもいいと思うのだが、それとも他に要因があるのか……

 そんな考えも、リイシャの楽しそうに家に帰る後ろ姿を見て気にならなくなった。


 ▽


 家に着くと、リイシャはいつもと同じように仰向けで布団に飛び込んだ。

 学校から家までそれなりに距離があるし、今日はよく日が照っていたため僕たちは汗だくだ。


「リイシャ、体を洗ってからにしないと風邪引くよ。それに布団が汚くなっちゃうし」

「んー、大丈夫。わらし風邪ひからいから~」


 今にも寝てしまいそうなほどの気の抜けた声で、幸せそうな表情のままリイシャが口をごにょごにょと動かす。

 このままにはできないのでお風呂まで連れて行こうと思い、寝ているリイシャをお姫様抱っこの要領で抱きかかえると、顎に強い衝撃が走った。

 そう、渾身の一撃をリイシャが放ったのである。


「いっっった!」

「ちょ、な、何してるの!」


 痛みに顎を抑えたい気持ちだが腕に抱えるリイシャを落とすまいと踏ん張りを利かせる。

 しかしリイシャが腕の中で暴れるので、そっと床に下ろした。


「ご、ごめん。でもやっぱり体を洗った方がいいから、お風呂まで連れて行こうと思って。あっ、もちろん覗こうとか思ってないから」

「そ、そういうことじゃなくて、勝手に体触らないでって意味!」


 リイシャがリンゴのように顔を赤くして睨みつけてくる。


 大事な部分は触っていなかったはずだが……

 いくら子ども相手とはいえ、勝手に抱きかかえるのはさすがに失礼だったか。

 うん、僕が悪いな。


「ごめん、本当にごめん。今度なんでも言うこと聞くから、だから許して」

「えっ、本当!?」


 リイシャが瞳をキラキラと輝かせ、僕の瞳を見つめる。


 そんなにしてもらいたいことがあったのだろうか……

 こんなことがなくてもリイシャの頼みならなんでもしてあげるつもりだが。

 もちろん、僕のできる範囲かつ、お手伝いの当番と宿題の代行以外だが。


「うん」


 僕が頷き返すと、リイシャは目を弧に細め頬を上げて喜ぶ。


「じゃあ許してあげる。次は許さないから」

「うん、ありがとう」


 綻んだリイシャの笑顔を見ていると、涼しい風に当たりながら日向ぼっこをしたときのように心がぽかぽかとする。

 だが今日は日本のコンクリートジャングルによる熱気の籠った日々を思い出すほどに暑く、僕は汗を洗い流したかったので風呂場へと足を向ける。


「じゃあ、僕はお風呂入ってくるね」


 そう言い残して部屋を後にした。




「ねえ、リイシャ。なんでついて来てるの?」


 なぜかリイシャが後ろにぴったりとついて来ていたので、振り返って問いかけた。


「お風呂にいくんでしょ? 汗でベトベトだし、私も入りたくなったから行くの」


 先刻とは打って変わって風呂に入ろうとしているリイシャに、僕は顔を顰める。


 いや起こしたの僕だし、人から起こされると眠気は冷めるものだ。

 仕方ないか……


 僕は溜息を堪え、体を壁に寄せてリイシャに道を譲る。


「じゃあ先に入っていいよ」

「えっ、なんで? ミルは入らないの?」

「えっ!? リイシャも入りたいんでしょ? もしかして一緒に入るの?」


 僕は耳を疑い目を点にして聞き返した。

 リイシャは自分の言葉がどういう意味だったのか理解したらしく、せっかく元に戻った顔色を先ほど以上に赤らめた。


「ち、違うから! そういうつもりで言ったんじゃないから!」


 リイシャはドガッと鈍い音を鳴らして僕の頭を殴ると、風呂場の方へ走り去って行った。


 本当に忙しない子だ。

 殴られた頭を擦りつつリイシャが姿を消した曲がり角を見ていると、入れ替わるようにおばさんが歩いて来た。

 勢いよく走って行ったリイシャが気になるのだろう、目でリイシャを追いかけつつ足をこちらに運ぶ。


「ミルくん、凄い音がしたけど、またリイシャに殴られたの? 私、甘やかしすぎちゃってるかしら? 今度きつく言っておくわね」


 おばさんは困ったように眉尻を下げて、僕が摩っている頭部に視線を落とした。

 しかし普段の行いとは異なり、今回は僕の配慮に欠けた行動が原因なので首を横に振る。


「いえ、大丈夫です。僕が悪かったので」

「あら、そうなの? ミルくんに非があるなんて珍しいわね。詳しく聞いてもいいかしら?」


 たまた見せる不審者ニヤつき顔でおばさんは僕を見つめ返す。


 本当にいい性格をしている……


「リイシャに汗を流すためお風呂に入るよう言ったのですが、今にも寝てしまいそうだったので、抱きかかえて連れて行こうとしたんです。そしたら殴られました」


 この一件で二度リイシャに殴られているが、おばさんはそれを知らない。

 二度殴られた理由を説明するべきかもしれないが、それだとリイシャが不憫で可哀想に感じたため、敢えて一度目に殴られた理由だけを口にする。


「あら~、うんうん確かに、それはよくないわね~。でもミルくんも間違ってないわ。それにリイシャも反射的にやっちゃっただけだろうから、気にしなくていいわよ」

「はぁ」


 気にしなくていいと言われても、すでに"なんでも言うことを聞く"と言ってしまった後なのである。


 ただ、おばさんが言うのだからリイシャが気にしていないというのには信憑性がありそうだし、それを聞けただけでも一安心ということにしておこう。

 リイシャに嫌われたまま生きていくのは心苦しいから。


「あっ、そうだわ! 今日の晩御飯、またトマトスープを作ってくれない?」


 おばさんが閃いたように瞳を輝かせて僕の瞳を見つめたので、頷き返す。


「手伝いってことですか? わかりました」

「手伝いっていうよりは、仲直りのためかな? 怒ってないとは思うけど念のためにね」


 この二年間で何度か料理を練習して少しだけ腕が上達したものの、僕のトマトスープは相変わらず美味しいとは思えない。


「それだと、さらに怒らせちゃうと思いますけど……」

「大丈夫よ、きっと喜んでくれるわ」


 おばさんの野菜料理ですら美味しいと言ったことがないリイシャに、今の状況でトマトスープなんて振舞ったら一層嫌われてしまいそうだが……


 おばさんの言葉を信じられないが、この家に住まわせてもらっているのだから当然断れるはずもない。


「……わかりました」


 おばさんの嗜虐趣味には本当にまいる。


 ▽


 おばさんと一緒に晩御飯を作っているとき、リイシャが鍋を覗き込み顔を歪めてから部屋に帰って行った。

 心が折れそうだ。

 それでも僕はトマトスープを作り続けた、今日の隠し味はしょっぱい涙だ。




 しばらくして晩御飯を作り終えると、それに合わせるようにしておじさんが帰ってきた。

 リイシャはおじさんが帰って来たことに気がついたらしく二階から降りてくる。

 四人揃って今日もみんなで食卓を囲む。


 リイシャは想像通り口を歪ませ嫌嫌トマトスープを食べているが一切文句を言っていない。

 それを見ただけで涙が溢れてしまいそうで瞳をうるうるさせていると、おばさんが僕に目配せをした。


「ほらね、言ったでしょ」


 何をとち狂っているのか、おばさんは僕だけに聞こえる小声でそんなことを言ってきた。

 明らかにマイナスの方面にしか話が進んでいないように感じるのだが、もしかして僕の感性がいかれているのだろうか?

 傍から見ても渋々食べていることが明々白々なリイシャの顔を見ていると、僕が味の感想を聞きたがっているとでも勘違いしたらしい。


 冷や汗をかきつつ真っすぐに僕の瞳を見て口を開く。


「ん? あっ、えっと……美味しい……よ」


 一瞬その言葉の意味を頭が理解できなかったが、心はちゃんと理解できていたらしい。

 一息で目頭が熱くなり、気がついたときには涙をボトボトと零していた。


 僕の涙を見てリイシャはあたふたしていたが、おじさんとおばさんは不審者顔負けの口角上限ニヤつき顔をしていた。


 とめどなく涙を流しながら、なぜこんなにも泣いているのか考えてみたが、やはり美味しいと言ってもらえたことが嬉しかったのだろう。


 リイシャがこのトマトスープを美味しいと思っていないことは重々わかっている。

 それでも僕に気を遣い、嫌いなことを出来るだけ隠して美味しいと言ってくれたのだ。


 リイシャに嫌われたくないが家事の手伝いをしないわけにもいかず、嫌われる覚悟で料理を作った僕の心を優しく溶かしてくれるようで、泣かずにはいられなかった。

 現実の僕には四歳下の妹がいるのだが、幼いながらに感じた、妹が初めてハイハイをしたときと同程度の感情に胸を打たれた。


 リイシャの根っこから優しい部分を再認識して幸せを噛みしめる。


「ほらほら、せっかくの料理が冷めちゃうだろ、早く食べちまおう」


 おじさんの宥めるような声に、心が少し落ち着きを取り戻した。

 その後も、おじさんとおばさんはニヤニヤ口角を上げながらご飯を食べていた。

 なんならニヤけ過ぎて口端から少しトマトスープがこぼれている。


 もしかして、おばさんはリイシャの成長を信じてこうなることがわかっていたのか!?


 今まで嗜虐趣味だと思っていたことを取り消さなければ、きっとおじさんも同じなのだろうと思い二人の見方を改めることにした。




 晩御飯を食べ終わり、今はリイシャと一緒に食器洗いをしている。

 何かを話しながらというわけではないのだが、僕は先ほどからずっと目を赤くしている。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らないでか、最後の一枚を片づけ終わるとリイシャがこれまたとんでも発言を口にした。


「また、トマトスープ……作ってくれる?」


 僕は本日、二度目の号泣を余儀なくされた。

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