第47話 仮面
「魔物さん、すごく似合ってますよ!」
顔を多様な方面から覗き込み目を輝かせ喜々と飛び跳ねるアンジェル。
切り株に座っているオーガはアンジェルの言葉を訝しむ。
「そうか?」
アンジェルの言葉を肯定するようにヴァラーとグリートが小さく頷き、フレンドのみが自慢げに胸を張り親指を立てて自身を指さす。
「うん、俺も似合ってると思いますよ」
「まぁ、ましね」
「どうだ! 俺の力作は、即興の割に凄いだろ!」
オーガはグリートから借りた手鏡に映る自身の顔を、眉間に皺を寄せて睨みつける。
「みながそう言うのなら、いいのだろう」
しかし鏡にはオーガの表情は映っておらず、頭頂部から背中までを覆う白の布、しっかり閉じているが僅かに上げた口角、視界を確保できるように目元だけ開けた穴、人の顔のように立体的でかつ作り物と一目でわかるような真っ白の仮面が映っていた。
アンジェルがオーガの膝に飛び乗り年相応の子供のように足をぶらぶらとさせ、白い歯を見せて笑う。
「これでずっと一緒にいられますね!」
「それにしても気づけて良かったですね。危うく顔を曝したまま町に入るところでしたよ」
ヴァラーたちは木の生い茂る木陰に身を隠してオーガのため、手先の器用なフレンドを中心に仮面の作成に取り掛かっていたのだ。
アンジェルのいた村を出たヴァラーたちは、食料調達のために一番近くの町へ行こうという話になっていた。
夜間は野宿をして半日ほど歩き遠目に町が見えたとき、オーガが足を止め「俺は町に入っていいのか?」と質問を投げかけたことで初めて問題が発覚した。
もちろん魔物が堂々と町中に入って言い訳がなく、かと言ってオーガを置いていくという発想にすら至らなかった。
ヴァラーたちは忙しなく今いる木陰に隠れ、町に入ることができるように、顔を隠すための仮面作りに勤しんでいたというわけだ。
ため息とともに仮面に視線を向けてグリートが悪態をつく。
「はぁ。てか、あんな直前まで誰も気づかないってどういうことよ」
「お前も気づいてなかったじゃん」
フレンドが呆れ顔で横目にグリートへ視線を移すと、グリートの蹴りが炸裂する。
「うるさい!」
「いっって!」
グリートに尻を蹴られ痛みに耐えるように尻を押さえ、その場で飛び跳ねる。
まだ一日しか共に過ごしていないというのに見慣れてしまった二人のやり取りをよそに、アンジェルが物寂し気に顔を俯ける。
「仮面は魔物さんに似合ってますけど、顔を隠さないといけないなんて、なんか嫌です……」
オーガは膝の上に座っているアンジェルのを抱きかかえて地面に立たせ、仮面で見えないながらも真剣な面持ちを作る。
「アンジェル、何度目かわからんがお前はまだ勘違いしているようだから言っておく。魔物とは見た目が怖いだけの生き物じゃない。理由もなくたくさんの命を奪って生きているような危険な生き物だ。俺だって人を殺したことがある。俺はお前が思っているような生き物じゃない」
「私だって魔物が危険なことぐらいわかってますよ。でも魔物さんは理由もなく命を奪うような人じゃないと思います」
「なぜ、そう思う」
「こうやって私とお話ししてくれてますし、なにより、あのとき私を助けてくれたじゃないですか!」
大切にしていたモノが奪われ悔しくてたまらない子供のようにぷるぷると震わせるアンジェルの瞳に、オーガは観念したようにため息をつく。
「かなわんな……」
オーガは立ち上がり、先ほどまでとはガラッと表情を変えて笑顔でいっぱいのアンジェルを抱き上げて肩に乗せる。
ヴァラーは二人の微笑ましいやり取りを見守り終えると、人差し指を立ててオーガに視線を向ける。
「一つ質問があって今更で失礼ですけど、オーガさんって名前はありますか? 町中でオーガさんって呼ぶと目立つと思いますし、名前で呼び合えたらいいんですが……」
「名前はない。適当につけてくれ」
名前のある魔物など神話に生きる七体しか聞いた事がない。
加えて、その七体も人間が勝手に付けた名前なのだろう。
ヴァラーはオーガに名前がないことを独りで納得すると同時に、顎に手を置いてどう呼ぶべきか思案する。
オーガの好きなモノ嫌いなモノ、趣味嗜好、まだ何も知らないヴァラーたちはどのような名前がオーガにふさわしいか考えが纏まらず眉間に皺を寄せる。
沈黙が続く中、それを破ったのはオーガの肩に乗っているアンジェルだった。
「ガオ! ガオさんはどう? かわいいでしょ?」
アンジェルがニコッと笑みを見せると、オーガは二つ返事で承諾する。
「いいぞ」
「やった!」
アンジェルの提案をすんなり受け入れるオーガと無邪気な笑顔のアンジェルを見て、ヴァラーは考えることを止めてオーガに向き直り、手を差し伸べる。
「では、ガオさん。これからよろしくお願いします」
「ああ、ヴァラー。こちらこそ、よろしく頼む」
ガオはその手を握り返して、仮面に隠れた顔に微笑みを浮かべた。
▽
ヴァラーたちはガオの正体がバレないか頬に冷や汗をかきながら門兵の検問を受けた。
門兵はガオの被る仮面を訝し気に見ていたが、酷い火傷があり見せられないと嘘の説明をすると、信じてくれたのですんなり通ることができた。
というより門兵はヴァラーのレコードカードに記載されているランクの方にばかり目が行っていたようだった。
ガオが検問であった出来事を思い起こしながら隣を歩くヴァラーに質問を投げかける。
「ヴァラー、先ほどの兵はお前のランク(?)がBであることに驚いていたが、お前たちは凄い人間だったのか?」
「そうですね。自分で言うのもなんですが、世間一般ではよく褒められる側です」
傍から見ても明らかに謙遜していることが明白なヴァラーの眉尻の下がった言葉に、グリートとフレンドが突っかかる。
「あんた、ちゃんと強いんだから、もっと威張っていいじゃない。それともCランク止まりのあたしたちへの当てつけ?」
「そうだ! そうだ!」
「うん、当てつけだよ」
「「ああ~ん!?」」
煌びやかな笑みで答えるヴァラーに対して、グリートとフレンドは珍しく息を合わせヴァラーの顔にすれすれまで顔を近づけて、がんを飛ばす。
グリートとフレンドの言葉から察するにヴァラーは強いのだろうが、やはりどれぐらい強いのかわからず言い合っている三人をよそに肩に乗るアンジェルに視線を向ける。
「アンジェルはヴァラーがどれぐらい強いのかわかるか?」
「ヴァラーさんたちは兵隊さんじゃありませんけど、Bランクって言ったら国の軍隊に二人しかいない実力者だって聞いたことがあります。でもCランクはその一個下だから、グリートさんとフレンドさんも凄く強いんだと思いますよ」
未だにがんを飛ばし合ってぎゅうぎゅうに塊り歩きづらそうにしている三人が強そうには見えないが、ガオには一つ確信できるものがあった。
「いい、パーティだな」
「はい!」
アンジェルと仮面で表情が読み取れないガオの二人から暖かい視線を感じ、毒気が抜けた三人は睨み合うことを止める。
ヴァラーは自身の先ほどの行動を恥じているように頬を僅かに赤く染めて、ガオの隣を歩く。
「ガオさん、わからないことは何でも俺たちに聞いてくださいね。さっきの見せられたら信用できないかもしれませんけど、こう見えて各地を旅してきた経験があるので、大抵のことはわかりますよ。それと、俺たちのように各地を歩き回るなら冒険者登録をしておくと何かと便利なんで、今から行きましょうか」
「ああ、頼む」
仮面をしていて表情は読み取れないが出会ったばかりの冷たく感じる声音とは違い暖かさのあるガオの声にヴァラーは小さく頷き返し、ガオの肩にいるアンジェルへ視線を向ける。
「それとアンジェル、ここから三ヵ月ぐらいのとこにある村に行こうと思う」
アンジェルは幼いながらも旅の行先を名指ししてまで、ヴァラーたちが自分に言う必要があるとは微塵も思っておらず、眉尻を下げてヴァラーを見つめ返す。
「なぜ私に言うんですか?」
「君はまだ幼いからね、俺が信用できる人たちに預かってもらおうと思って、どうかな?」
これからはガオを含めヴァラーたちと一緒に旅を続けるモノだと勝手に勘違いしていたアンジェルは、ここで初めて彼らと別れる可能性に気が付く。
「みなさんに、このまま付いていくのは、ダメですか?」
「俺たちの旅は危険が付きまとう。か弱い子供を連れまわせないよ」
ヴァラーの言葉は何となく察しが付いていた。
まだ一日しか一緒に過ごしていないが、彼は優しくて真面目な性格だとわかる。
足手纏いの子供の同行は駄々を捏ねても承諾してくれないだろう。
それでも諦めきれなった。
「じゃあ、強くなります!」
熱意の籠ったアンジェルの言葉は、ヴァラーの微笑みに熱を遮られる。
「そう焦らなくても大丈夫だよ。村には君と同じように、俺たちに付いてきたがってる子がいてね。成人したら連れて行く約束をしているんだ。そのころには俺たちがおじさんになってそうだけど……だからさ、同じ目標を持つ者どうし、いい友達になれると思うよ」
アンジェルに取ってヴァラーの言葉は遠回しにパーティに入ることを拒まれたような感覚があった。
それでも諦めるつもりはなく、アンジェルは残りの三ヵ月で自分が足手纏いでないことを証明する決意を心に決めた。
しかしアンジェルにはこれといって得意なモノがなく、齢六歳の少女にできることは無いに等しい。
護ってもらうことはあってもヴァラーたちの役に立つようなことは何もできなかった。
何もできず悶々とする日々を過ごすアンジェルとは対照的に、ガオは正体を隠したまま一般常識から冒険者としては十分以上の知識を身に着け、人と同じような生活を送るだけでなく、GランクからBランクへ順々に異例のスピード昇格を成し遂げ、戦闘面で大きくパーティに貢献した。
ガオが元々強いだろうことは知っていたが、まさかここまでとは誰も思っていなかったようで、Bランクになった日には四人とも目玉が飛び出るほど驚いたモノだ。
ガオは人前で仮面を外すことはなかった、それでも人に微笑みかけることが格段に増えて、旅は順風満帆なモノとなった。
▽
そして三ヵ月が経ち、とうとう目的の村に辿り着いてしまったのである。
村を護るように立てられた木製の門をアンジェルが目尻に涙を溜めて見上げる。
かれこれ一週間ほど前からアンジェルが本格的に駄々を捏ねていたのだが、毎度ガオが説得して遊んであげることで慰めていた。
しかし、いざ件の村を目前にすると現実味が増したのだろう、今にも泣きそうになりながら門を睨んでいる。
それでもヴァラーたちの意見が変わることはなく眉尻を下げて困り顔でお互いに視線を交差させ合う中、もうすっかりアンジェルの子守役となってしまったガオがアンジェルを抱きかかえ肩に乗せる。
「俺もこの村に入るのは初めてだ。緊張するな」
アンジェルが涙目になっていたのは初めて入る村に緊張しているからではない。
それはガオもわかっているはずで、アンジェルもガオが明後日の方向に話を持っていこうとしていることはわかっていた。
だがアンジェルは口を尖らせつつも反論することなく、最後の抵抗とばかりにガオの顔にしがみついた。
仮面で視界が少々狭まっているのにアンジェルが顔に抱き着いていては前が見えないのではないか?
と心配が頭を過るもガオ自身が特段気にしている素振りがないため、ヴァラーは苦笑いを浮かべつつ門に付いてあるベルを鳴らした。
すると門の脇に建てられている、高さ十メートルほどの物見やぐらから、昼寝でもしていたのだろう寝ぼけ眼の三十歳を少し過ぎた男が覗き込むようにヴァラーたちへ視線を落として笑顔を見せた。
「ちょっと待ってろ。直ぐに開ける」
ドタドタと忙しない足音を立てて物見やぐらからを下りた男は門の後ろに姿を消し、ギィィと音を立てて門を開ける。
「久しぶりだなヴァラー、グリート、フレンド、元気だったか?」
「ご無沙汰です、アジェントさん。元気いっぱいですよ」
「はい、元気です」
「元気ピンピンっすよ!!」
アジェントが朗らかな笑顔とともにヴァラーの肩をポンポンと軽く叩き体調を気にかけてくれ、ヴァラーとグリートは微笑み返す中、フレンドは元気溌剌に声を張り上げて親指を立てる。
グリートは額に血管を浮かび上がらせて、フレンドの尻に蹴りを入れる。
「うるせえんだよ! 何べん言わせんだ!」
「いっって!」
空を裂くような鋭い蹴りにフレンドがを尻を痛める中、グリートはドスの利いた低音を口にする。
「今度真横でデカい声出したら、しばくからな?」
「いや、毎度しばいてますよ。グリートさん……」
今回の蹴りは普段以上に強かったのかフレンドは尻を押さえたまま蹲り、独り言のようにグリートの発言にツッコミを入れる。
二人のやり取りを微笑まし気に眺めていたアジェントは二度大きく頷く。
「うんうん、元気そうで何よりだ。それよりそちらの仮面の大きな方は? 泣きそうな少女もいるが……」
ガオは眉尻を下げて訝しむアジェントに向き直り、肩に乗るアンジェルが落ちない程度に小さくお辞儀をする。
「初めましてアジェントさん。俺はガオ、この子はアンジェルっていいます。少し遠くの村にいたのですが盗賊に襲われたところを三人に助けてもらい、好意に甘えて旅のお供をさせてもらっている者です。仮面はそのときに火傷を負ってからつけています」
「ほー、それは大変だったろ。立ち話もなんだ、さっ入んな」
ガオとアンジェルはとある村の生き残り、という設定にしている。
アンジェルに関してはその通りなのだが、ガオも同じ村にいたことにすれば説明も省けるし、なによりアジェントのように気を利かせて深入りしてこない人が多い。
打算的な部分は否めないが誰かを傷つけるための嘘ではないのだと、みな納得している。
ガオはこの旅で培った表現力で人当たりの良い大男としてアジェントに礼を告げるが、肩に乗るアンジェルは渋々といった表情で小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
しかしアジェントがアンジェルの態度に不満を覚えることはなかった。
ヴァラーたちが心強い味方になっていたのは明白だが、それでも故郷を失った少女が他人に心を開くことに時間がかかることは仕方がないだろう。
と、少し事実とは違う解釈で納得し小さく頷くと村の奥の方を顎でしゃくった。
「お前さんたち今回も家に泊まってくだろ? というか息子も喜ぶし泊まってってくれ。毎日のように一緒に冒険行くんだってうるさいのなんの。あっ、部屋はいつもみたいに好き使ってくれていいからな」
ヴァラーは小さく会釈をすると、真剣な面持ちでアジェントに向き直る。
「毎々のことですみません、お世話になります。それとアジェントさんご夫妻に大切なお願いがあります。お手すきの際に、纏まった時間をいただけないでしょうか?」
「珍しいな……だがわかった。明日は俺も妻も非番なんだ。一緒に話を聞かせてくれ」
「ありがとうございます」
アジェントにとってヴァラーは息子とよく遊んでくれ、息子の夢を応援して稽古を付けてくれる心優しい青年としての印象が強い。
初めて見る目力の強い真剣な面持ちのヴァラーに気圧されるが、胸を張り白い歯を見せて応えて見せた。
ヴァラーも胸をなでおろすようにアジェントに微笑みかけて、五人はアジェント宅へと足を運んだ。
アジェント宅に着くと、庭で汗水を垂らして木剣の素振りに勤しむ少年の姿が見えた。
ヴァラーたちが音を立ててアジェント宅の門扉を開けても少年は気が付くことなく素振りに没頭していたため、ヴァラーは少年に向かって片手を口に添えてメガホン代わりにし、空いた手を軽く上げて振る。
「ブライヴ! 元気だったかい?」
少年は自分の名前が呼ばれたことで初めて敷地内に人が入って来ていたことに気が付き、素早く声の主の方へ顔を向けると、口元を僅かに綻ばせた。
「久しぶりです、兄さん。元気いっぱいですよ」
ヴァラーを兄と呼ぶ齢八歳の少年ブライヴは、優しくも勇ましい瞳を持っていた。




