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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第46話 感情

 ピチャピチャと水溜まりを踏み鳴らす音を響かせてグリートに支えられながら階段を上って来る少女へ、先に地上に出ていたヴァラーが優しく声をかける。


「アンジェル、疲れただろう。少し休まないかい?」


 ヴァラーは建物だった物の敷地外に風を凌ぐように立てられた衝立の内側にある、組み立てたばかりの簡易ベッドの傍らに立ち、トントンと軽く叩いて休むように促した。


「少し硬いけど、横になって目を閉じるだけでも疲れは取れるよ」


 アンジェルは僅かに腫らした目で力なく笑みを浮かべ、ヴァラーの目を見て小さくお辞儀をした。


「ありがとうございます。でも大丈夫です」


 ヴァラーはアンジェルの意見を尊重するように瞼を深く閉じたが、一拍してアンジェルの脚に視線をやる。


「わかった、君が大丈夫と言うなら信じるよ。ただ、脚の怪我はちゃんと治療しよう。ハンカチを巻いているだけみたいだし、ほらおいで」


 ヴァラーは再度簡易ベッドを軽く叩きアンジェルに座るよう促す。

 小さく頷きグリートに支えられたまま簡易ベッドへ歩を進めようとしたアンジェルの体がそっと宙を舞った。

 正確に言えば、オーガがアンジェルを抱きかかえたのだ。


 アンジェルは一瞬何が起こったかわからずにオーガの顔を覗き込むように見つめる


「ま、魔物さん……」


 しかしオーガは口を開くことなく無表情のまま、アンジェルを簡易ベッドまでび運び優しく下ろして座らせた。


 一見冷たく見えるオーガの瞳に暖かな燻りを感じてアンジェルはにこやかに笑った。


「ありがとうございます」


 アンジェルとオーガのやり取り、と言うには些か不器用で微笑ましい光景を見届け、ヴァラーはアンジェルの許で屈み怪我した脚の治療に取り掛かる。


「痛いだろうから、我慢しなくていいからね」


 ヴァラーはアンジェルに微笑みかけると傷口に巻いてあったハンカチを取り、脚を水で洗い、傷口にポーションを垂らした。

 傷口に直で液体が染み込み痛みを覚えたが、アンジェルは歯を食いしばって声を上げることなく耐える。

 ヴァラーは綺麗なハンカチを傷口に巻いて立ち上がり、アンジェルの頭を優しくなでる。


「よく頑張ったね。あとはこれを飲んでくれるかい?」


 ヴァラーからポーションを受け取りアンジェルはぐいっと飲み干すと、目を見開き脚の怪我を不思議そうに擦り感嘆の声を上げる。


「これ凄いですね。痛くなくなりました」

「それはよかった。でもね、傷が治ったわけじゃないから、激しく動いてはいけないよ」


 ヴァラーはアンジェルが少しずつ元気を取り戻し、気がかりだったことが一つ解消されたかのように息をつき胸をなでおろす。

 そこへ少し離れたところからフレンドが声を張り上げ駆け足で戻って来た。


「おーい! 水、汲んできたぞ!」


 フレンドはアンジェルの傍まで駆け寄ると、手に持っていた革製の水筒を手渡す。


「はい、アンジェルちゃん! 喉渇いてるでしょ、水だよ!」

「ありがとうございます」


 アンジェルは水筒を受け取るがどこかよそよそしく、口を付けようとしない。

 地下では声を上げて泣いていた、体から水分が失われ喉が渇いているはずである。

 にも関わらず水を飲まないことにフレンドが首を傾げると、グリートから尻を蹴られて痛みに耐えるように尻を押さえてその場で飛び跳ねる。


「いっって!」

「あんた声デカいのよ。アンジェル、怖がらせてごめんね。このバカのことは気にせず、たくさん飲みな」


 グリートはフレンドの尻を蹴ったときとは別人のように柔らかな微笑みをアンジェルに向ける。


「い、いえ! 怖がっていたわけではありません。フレンドさん、お水ありがとうございます!」


 アンジェルはフレンドに頭を下げると、ごきゅごきゅと喉を鳴らして水を飲んだ。

 アンジェルの激流を吸い尽くすかのような飲み方にフレンドは満足げに首を縦に振り、グリートはフレンドに対して呆れたように目を細めた。


「イイ飲みっぷりだね! 元気になってきたかな? うん、元気が一番!」

「あんたね、少しは気ぃ遣いなさいよ」


 アンジェルはぷはぁと息を吐き水を飲み終えると、ベッドからゆっくりと降りて脚の感覚を確かめたあと、一呼吸をしてオーガ、ヴァラー、グリート、フレンドの四人に向き直る。


「皆さん、村を守ってくださり。ありがとうございました」


 オーガを除く各々がアンジェルの想いの籠った謝意に困惑の色を浮かべて口をつぐむ中、ヴァラーが一歩前に出る。


「アンジェル、俺たちはお礼を言われるようなことなんてできていないよ。もっと早くこの村に来ていたら、たくさんの方々を護れたはずなのに、ごめんよ……」


 見ているだけで心が締め付けられそうな哀愁漂うヴァラーの瞳を、アンジェルは力強く見つめ返し首を横に振る。


「いいえ、皆さんは守ってくれました。皆さんにお渡ししたい物があるんです。付いて来てもらってもいいですか?」


 アンジェルの力強い瞳にヴァラーは押されて小さく頷き返し、グリート、フレンド、オーガにも来るように促す。

 アンジェルの怪我が悪化してはいけないとグリートがアンジェルの手を優しく握り支え、アンジェルはグリートに小さく頭を下げる。


「ありがとうございます」

「ううん。いいの。それより、どこに行くの?」


 アンジェルはグリートから視線を外し先ほどまで自分が泣きじゃくっていた場所を指さす。


「地下です」

「えっ、でも……」


 グリートは先ほどアンジェルが泣き終わるまで傍らで付き添っていた。

 そのためアンジェルにとってあの場所は、両親の死体のある場所は心を抉る場所なのではないかと眉尻を下げて憂いを帯びた目をアンジェルに向けるが、返って来る言葉は力強く。


「大丈夫です」


 二人が階段を下り始め、ヴァラーたち三人も続くように階段を下りた。

 相も変わらず血の臭いが充満する地下に、アンジェルは顔色を薄くするも目を見開き反らすことはなった。

 最深部にある扉まで来たところでアンジェルは屈みこみ、扉にもたれ掛かる両親をそっと端によせる。


「ありがとう、おかあさん、おとうさん……」


 グリートはアンジェルを手伝うか思案するが、唇を噛みしめて静観を貫くことにした。

 扉の前に遮るモノがなくなると、アンジェルは持っていた鍵を扉の鍵穴に差し込み軽く捻って扉を開けた。

 ギィィィと錆び付いた音を立てた扉は長い年月の間、開けられていなかったのだろうと推測される。

 アンジェルは扉の内側にある小さな部屋に入って、後ろを振り返る。


「みなさん、入ってください」


 アンジェルに促されるままにグリートたちは部屋に入ると、そこには大きな石の台座に繋がるようにして一本の石で造られたた剣が突き刺さっていた。


「これは?」


 渡したい物があると言ったアンジェルが見せてくれた物は見たこともない石の剣であり、グリートはその剣がどういった物かわからずアンジェルに問いかける。


「これは私たちの村が先祖代々守るように言い伝えられてきた、そしてみなさんが盗賊たちから守ってくださった。秘宝の剣です」

「秘宝?」

「はい、名を"星剣(せいけん)ストーン"といいます」


 アンジェルの口から出た剣の名前にグリートたちは聞き間違いではないかと自身の耳を疑いたくなるような感情に駆られて目を見開き、フレンドが声を震わせる。


「ア、アンジェルちゃん、俺、聞き間違えちゃったかも。今、星剣って言った?」


 頭の中が真っ白になり必死に言葉を紡ぐフレンドに対して、アンジェルはさもありなんとフレンドの言葉を肯定する。


「はい、これは正真正銘の星剣です」

「で、でもさ、星剣っておとぎ話に出てくるお宝、五星宝の一つだよね? それが現実にあるとは思えないんだけど……」

「それならば、どうぞ手に取ってみてください。きっとわかると思います」


 アンジェルは恭しい立ち居振る舞いで台座の傍らに立ち、星剣を手に取るように促す。

 しかしその場を動こうとする者はおらず、ヴァラー、グリート、フレンドの三人はお互いに視線を通わせる。


 やがて意を決したかのようにヴァラーが歩を進めて星剣の許まで歩み寄り、アンジェルに顔を向ける。


「この剣は台座と合体しているように見えるけど、引き抜ける物なのかい?」

「とても固いとは聞いています。ですが言い伝えでは、逆境に立ち向かえる強い意思のある者ならば抜けると聞いています。みなさんなら大丈夫かと」

「それはあれだね、プレッシャーが凄いや……」


 ヴァラーは聞くんじゃなかったと心の中で悔やみつつもアンジェルの信頼に応えられるよう、石でできた剣の柄を力強く握り締める。


「じゃあ、いくよ……」


 ヴァラーはアンジェルと後ろで成り行きを見守る三人を一瞥し、声を荒げて全身全霊の力で剣を引き抜く手に力を入れる。


「うおおお!!! おっ?」


 剣がするりと抜けて、ヴァラーは勢いのあまり足を滑らせて尻もちをつき呆けた声を零した。


 そしてみながヴァラーの手に持つ剣に目を奪われる。


「ぬ、抜けたああああ!!!!」

「うるさい!」


 フレンドが興奮気味に声を張り上げる横で、耳を塞いだグリートがフレンドの尻に蹴りを入れた。

 グリートは痛みに耐えるように尻を押さえてその場で飛び跳ねるフレンドをよそに、不可思議そうに星剣を見つめる。


「それにしても、結構あっさり抜けたように見えたけど?」

「うん、そうだね。力入れすぎたかな? 尻もちついて、ちょっと恥ずかしいぐらいだよ」


 ヴァラーが後頭部を恥ずかしそうに掻きながら立ち上がり、手にある星剣に視線を移すと剣の表面にヒビが入った。


「ちょっ! 星剣壊れてんじゃん!」

「あんた、どっかぶつけたんじゃないの!?」

「そ、そんな、俺はちゃんと持ってたよ」


 フレンド、グリート、ヴァラーの三人が慌てふためくも星剣のヒビは広がり続け、ついに音を立ててボロボロと崩れ、そして銀色に輝く剣身を露にした。


 三人がポカンと呆けた顔で止まっているとアンジェルが手を叩き目を輝かせる。


「これが星剣の本当の姿なんですね! お星さまみたいで、とっても綺麗です!」


 星のように煌めくアンジェルの瞳を見て、動きを止めていたヴァラーがアンジェルに歩み寄る。


「はい、アンジェル。この村の大切な物なんだよね? 守ることができてよかったよ」


 ヴァラーが星剣を手渡そうとすると、アンジェルは一歩下がり首を横に振るう。


「いえいえ。これは、この村の伝統を守ってくださったことに対する、私、いや、この村からのお礼です」

「でもこんな凄い物受け取れないよ。君の言った通り持ったらわかる。言葉では上手く言い表せないけど、これは本物だ」

「でしたら尚のこと貰ってください。私が持っていても使いこなせないでしょうし、もう、星剣を守る村はありませんので……」


 アンジェルの顔に影が差し、この村に起きた惨状を思い起こしヴァラーは息をのみ星剣を見つめる。


「わかった。ありがたく頂戴するよ。そして、この剣に恥じない立派な人になって見せるよ」


 ▽


 ヴァラーたちは階段を上がり地下を抜けて今後の方針について頭を悩ませていた。

 この村の生き残りはアンジェルただ一人だけで、齢六歳の少女が一人で生きていけるわけがない。

 グリートは手を握るアンジェルの手を放して面と向かい、同じ目線になるように膝を曲げる。


「アンジェル、もしよかったら、あたしたちと一緒に来ない? 危ないこともあるかもだけど、あたしたちが絶対護るから」


 アンジェル自身、今後どのようにして生きていけばよいかわからず絶望的であることは理解していた。

 そこでのグリートたちからの提案はありがたい限りである。

 しかしこれ以上迷惑をかけて良いいものか……


 目を伏せて返答に困り口をモゴモゴと動かし思案しているアンジェルに、ヴァラーが儚い笑みを見せる。


「俺たちのことは好きかな? それとも、嫌いかな?」

「好きです!」


 アンジェルは優しくしてくれた人たちに誤解されるのは嫌だと、間髪入れずに声を張り上げた。


「じゃあ、決まりだね」


 ヴァラーは微笑みかけて手を伸ばし、グリートは軽く背中を押してくれ、フレンドは快活な笑みを浮かべていた。

 アンジェルはその温かさに甘えるように、その手を握って白い歯を見せてニカっと笑う。


「これから、よろしくお願いします!」


 四人が並んで歩く後ろ姿をオーガはただ無表情で眺め、そして踵を返した。

 そこに感情はなく自分のいた山に戻る。

 それでこの人間たちとの関係は終わる。


 はずだった――


「待ってください!」


 声とともに自身の腰に何かが突撃、いや抱き着く感触があり視線を落とすと、そこには目をウルウルとさせ不安げな表情のアンジェルがいた。


「魔物さんは、来てくれないんですか?」


 オーガはアンジェルの言葉の意味が理解できず、少し離れたところにいるヴァラーたちを見据える。

 しかし、みなオーガに向けた顔に警戒の色はなく暖かな微笑みだけが向けられていた。

 オーガはアンジェルに向き直り、無感情に口を開く。


「俺は魔物だ」

「わかってます」

「普通は怖がるものだろ」

「私、言ったじゃないですか! 魔物さんは良い人です! 一緒に行きましょう! それにまだ、お礼ができてないです!」


 アンジェルはニカっと白い歯を見せてオーガの手を引いて二人を待つ、三人の許まで駆け足で向かおうとして、いきなり宙を舞った。


「激しく動くなと言われていただろ」

「ありがとうございます!」


 アンジェルはオーガの肩に乗せてもらうとニカっと白い歯を見せて笑顔を向ける。


「それと、礼はもう受け取った」

「えっ!? いつですか!? 私、魔物さんには何もあげてないですよ?」


 オーガは、ヴァラー、グリート、フレンドの許へと歩を進めた。


 強い子だ。


 天使のように眩しい笑顔のアンジェルに微笑みかけて……


 これは無情の鬼が、初めて感情を自覚した瞬間である。

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