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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第43話 域を超えた者

 僕とオーガの視線がぶつかり合い火花が散り、お互いに白い歯を見せ合う。


 長剣を肩に担いだまま『オーバードライブ』で一息にオーガの死角となる頭上まで飛び、長剣を振り下ろす。

 オーガは僕の姿を一瞬見失い驚愕し眉間に皺を寄せるが、長剣が振り下ろされる直前に頭上の僕に気が付き、頭上の剣身を片手で受け止め、口角を上げてギラッと笑う。


「あまい!」


 受け止めた剣身を勢いよく引き下ろし、長剣の柄を両手で握りしめていた僕を大地に叩きつける。

 受け身が取れずうつ伏せの状態で地面に激突した僕は衝撃に一瞬硬直する。


「ガハッ」

「おらあああ!」


 オーガはそれを隙と見て籠手頭を垂直に振り下ろし、僕の背中を強打して鈍い音を奏でる。

 オーガの繰り出した殴打による衝撃は僕の体を伝って地面にヒビを入れた。

 しかしオーガの攻撃は止まらず、顔面にサッカーボールキックを放ち僕の体は壁に激突して地に落ちる。


「まだまだあ!……ん?」


 オーガは間隙を入れることなく追撃に移るため駆け出すも、僕の様子を見て怪訝に眉を寄せて足を止める。

 オーガは地面にうつ伏せのまま動かない僕の首を掴み上空に持ち上げた。

 地に足が付いていない僕の体は全身血だらけで意識がないかのように脱力してぶらぶらと揺れていた。


「少々、やり過ぎてしまったようだ。すまん……」


 オーガは僕の体を壁に背を預けて座らせるようにゆっくりと地面に下ろす。


「友と再会できることを願っておるぞ、名も知らぬ人間よ……」


 オーガは目を細め、悲哀に満ちた面持ちで呟くと踵を返した。


「僕の名前は、ミル・ノルベル、ですよ」


 背後から聞こえる声にオーガは茫然とした表情で振り返り、ゆったりと立ち上げる声の主を見据えて笑みを零す。


「丈夫とはよく言ったものだ、面白い」

「それと、訂正したいことがあります」


 拳を鳴らして臨戦態勢をとったオーガは僕の間違いを指摘する言葉に眉を寄せて思案顔を浮かべる。


「?」

「彼女はリイシャ・フレイス、僕の最愛の人です」

「ミル・ノルベルにリイシャ・フレイスか、覚えておこう!」

「ありがとうございます。では第二ラウンドといきましょう」


 僕の言葉を聞き届けて直ぐ、オーガは大地を強く踏みしめて拳を大きく引き、重たい一撃を放つ。

 背後に壁があり避けきれない僕は『エレクトリック』を放ち、掌から眩い電撃を迸らせる。

 避ける素振(そぶ)りを見せないオーガは『エレクトリック』を真正面から受けて一瞬硬直するが、痛みを見せることなく拳を振り切った。


 瞬きする間ではあったがオーガの意識を飛ばし、僕は横に飛びのきオーガの拳を避けきる。

 オーガは自身の手を開閉して感覚を確かめて僕に視線を移す。


「まさか、動きを止められるとは思わなかったぞ。なかなか良い一撃だ」

「皮膚ぐらいは焼き焦がしたかったんですけどね……」


 僕は死んで生き返れば魔力が戻ることを確信してからは魔力の温存を止めて魔術を放っており、多くの魔力を籠めれば『エレクトリック』でも有象無象のオーガは倒せていた。

 今回の『エレクトリック』は咄嗟に出したモノではあったが、目の前にいる言葉を介すオーガにはまったくと言っていいほどダメージを与えられていない、オーガの長というだけのことはあるようだ。


「観客はおらんが死んだ同胞たちのためにも、ドデカい花火を打ち上げてやらねばならんな」


 オーガは両手の拳同士を二度ぶつけてガチンッガチンッと甲高い金属音をダンジョン内に響き渡らせて、両の籠手から炎を揺らめき立たせる。

 僕は籠手の炎を見て、オーガの発していた言葉が頭を過る。


「オーガは火を使わないんじゃなかったんですか?」

「同胞たちが使わんだけだ、俺は使うぞ。といっても幾年ぶりかもわからんがな、ハッハッハッ!……もしや、配慮に欠けていたか?」


 質問は単純に気になったからしただけだったが、オーガはリイシャの遺骨が入った袋を一瞥し籠手に視線を落とした。


「すまんな、やはりこれを使うのはやめておこう」


 僕は目が点になり呆けてしまったが、片足を引いて体全体を斜めに向け、長剣の柄を腰で隠し剣先を地面に着けた脇構えの体勢をとる。


「気を遣い過ぎですよ。僕とあなたは敵同士なのですから、思う存分にやり合いましょう。ドデカい花火を打ち上げるの、僕も手伝いますよ」

「そうか、そうか。では、全力でいくぞ!」


 オーガは綺麗に並んだ白い歯の中から鋭く尖った犬歯をギラつかせ、晴れやかな殺意をまき散らして猛進する。

 オーガの間合いの一歩手前、僕は『オーバードライブ』で距離を無理矢理詰めてオーガの距離感を狂わせる。

 オーガは僕の構えを見て懐に飛び込みやすいと思ったのだろう、実際にこの構えは隙が大きい。

 剣の扱いには少しづつ慣れてきたが付け焼刃であることに変わりはない。

 やはり間合いを詰めるため猛進したオーガの判断は正しいモノだった、しかし隙を補うために僕は魔術を修得したのだ。

 オーガは突然間合いの内側に入った僕に対応するため地を蹴る足でそのまま膝蹴りに移行しようとするが、ワンテンポ遅かった。


「『エレクトリック』」


 掌をオーガの腹に押し当てて放たれた電撃は視界を埋め尽くすほどの眩い光と落雷を思わせる轟音を響かせてその身を焦がし、オーガは天を仰ぐように倒れる。


 閉鎖的な空間で放たれた全身全霊の『エレクトリック』の轟音は鼓膜を破くほど大きく、薄暗いダンジョンで瞬く間に疾る閃光は目を焼いて、耳鳴りと眩暈が続いた。


 それでも僕は追撃を加えるため、長剣を力任せに眼下に倒れるオーガに振り下ろす。

 オーガは腹を焦がして生臭い煙を上げる中、四肢を一瞬痙攣させたあと、片足の裏で地面を支え腰を浮かせるようにしてもう片方の足で長剣を蹴り飛ばし、勢いのまま後転して体勢を立て直す。


「良い花火であった。さすがに効いたぞ」

「それならもう少し、ゆっくり眠っててほしかったんですけど……」


 致命傷を負わせられるとは思っていなかったが、先ほどとは違い魔力を多分に籠めゼロ距離で当てても大したダメージを与えられず、『エレクトリックサンダー』を放つべきだったと不満げに眉間に皺を寄せる。

 使う魔術を『エレクトリックサンダー』ではなく『エレクトリック』にした理由は、オーガの反応が想像以上に速く、手に馴染んだ『エレクトリック』を癖で使用してしまったことに他ならない。

 しかし『エレクトリック』でダメージを与えられたということは、『エレクトリックサンダー』を当て続けることで勝機を見出せるかもしれない。

 問題は、一度も斬撃を浴びせられていないことである。

 『エレクトリック』で一瞬だが硬直することも判明している、あとは出力の調整とほぼ同時に実行できるだけの隙をこの戦いの中で見つけ出すことだけだ。


 僕が魔力を手に籠めて『エレクトリックサンダー』を放とうと掌をオーガに向けると、目にも止まらぬ速さでオーガが眼前まで接近していた。


「"全力でいく"と言っただろう」


 炎を纏うオーガの籠手が鳩尾に刺さり僕の体がくの字に曲がり足が浮く。

 籠手の炎が殴打部を焼き焦がし、鋭い痛みに加えて熱く皮膚が裂けるような二重の痛みが腹部を襲う。


「あ゛っ」


 痛みに耐えきれずその場に転がる僕の胸倉を掴み持ち上げて、オーガは拳とともに上体を大きく反らし屈託のない笑みを浮かべる。


「今度はちゃんと止めをを刺してやる。俺の花火も、喰らって逝け!」


 オーガは腰を大きく捻り、全体重を乗せた勢いのある一撃を顔面に見舞う。


 篭手は鈍い音を立てて顔の骨を砕くと同時に、ガチャコンと銃器のコッキングのような音を響かせて爆炎を撒き散らす爆発を発生させた。


 拳による殴打だけでも陥没していた顔は籠手による爆発により原型を留めることができず、焼き焦がした顔から焦げ臭い血を垂れ流す。

 オーガは爆発のあと炎が消えた籠手を填めたままの手で僕の胸倉を放さず、顔であったモノを口をつぐんでただ見据える。


「…………」


 沈黙が続く中、オーガは目を見開き驚愕を顔に貼り付ける。


「おいおい、どういうことだ。人間の域を超えているぞ……」


 オーガの瞳に映ったモノは、焼き焦げいくつもの部位が弾き跳び凸凹になっていた顔が、徐々に骨を浮かび上がらせて筋繊維を繋げ、皮膚を貼り付けていく行程であった。


 出来上がった顔が自嘲気味に口を開く。


「言ったじゃないですか、"僕は死なない"って」


 オーガは胸倉を掴んだまま勢いよく後方に振り返ると同時に僕を大地に放り投げる。

 体が地面に強打し二転三転して動きを止めたあと、僕は膝を着きゆったりと起き上がった。

 オーガは僕が起き上がるのを待って合点がいったように小さく頷く。


「なるほど、いくら丈夫とはいえ、あの数の同胞を倒せるとは思えなかったのだが、超速再生……いや不死身か? となれば納得がいく。さて、どうやって殺したらよいものか……」

「さぁ、どうしましょうかね。僕も知らないんですよ」

「今の俺にできる範囲のことは全て試してみるしかないだろうな。それで死ななくとも殺し続けよう。何事にも限界はあるはずだ」


 オーガは僕が不死身であると仮説を立てるも改めて殺すと宣言し、もう一度両手の拳同士を二度ぶつけてガチンッガチンッと甲高い金属音を鳴らし、今度は両の籠手から冷気を漂わせる。

 炎しか纏わないと思っていた籠手が爆発を生み、空気を冷やすほどの冷気を発する。

 僕は怪訝な面持ちで籠手を見定めるように目を細めるが、オーガは僕の表情から籠手を警戒していることを察して仕組みを簡単に説明する。


「これは魔道具の一種でな、魔力を籠めることで特異な力を発現させることができる。種類は内臓されているカートリッジの数あるから楽しみにしておくといい。ちなみに今は、物体を瞬間冷凍させることができる」


 僕は怪訝な面持ちを崩すことなくオーガに籠手の能力を開示した理由を尋ねる。


「わざわざ教える必要はないと思いますが、あなたが不利になるだけでは?」

「死ねない体の死因は気になるだろ?」

「気にならないって言ったら、嘘になりますね」


 長剣を構える僕に向かってオーガは悪戯な笑みを見せ猛進し、間合いの外から拳を放つ。

 もちろん、その拳は僕に当たることはなく空を切る音だけを奏でた。

 警戒を緩めず瞬きすることなくオーガの一挙手一投足を目で捉え続けていたにも関わらず、僕の視界の半分がいつの間にか見えなくなっていた。

 何が起こったのかわからず目に触れるため手を動かそうとするが、半身が重く腕の動きが鈍く上がらない。

 重たく感じる半身に視線を落とすと、いたるところに霜が降りており凍傷したときのように肌から血の気が引いて白くなっていた。


 僕は自身の体に発生した異常の内容に頭を巡らせ、凍えて動かなかったことに合点を付ける。

 その隙に、オーガは再度猛進し(かじか)んでいない僕の半身に向けて掌を伸ばす。

 体とオーガの間に長剣を置くようにして防ぐが剣身がそのまま摑まえられ、もう片方の手で頭を鷲掴みにされる。


「拳圧だけでも凍えさせることができるのだ凄かろう? しかしな直接触れてしまえば瞬間冷凍と字の如くよ」

「あっあ、あ……」


 頭頂部から徐々に体が凍結し硬直し始め、足先までビクとも動かないほどに冷凍を終える。

 オーガは僕から手を離すと、目にも止まらぬ速さで拳によるラッシュを繰り出し、僕の体を地面に落ちる前に粉々に打ち砕く。

 ボロボロと音を立てて体のいたる部位が転がり、オーガはそれを訝しむように、しかし同時に興味をそそられているような複雑な顔で成り行きを見守る。


 粉々に砕かれた物体はお互いが引き合うように蠢き、次第に一つの大きな塊を作る。

 それを起点に他の物体も集まり続け、胸、腹、腕、脚と順に人体が形作られ首が構成され始めると、人体は素早く飛び上がりオーガの顔を鷲掴みにする。


「んっ!?」


 完成していない人体が動くとは思ってもおらず、オーガは不意を突かれた。

 オーガの顔を掴んでいる掌から雷撃が一直線に放たれ、オーガは後方に勢いよく吹き飛び背中から大地に落ちる。


「さすがに喰らってくれてるといいんですけど……」


 人体は口を作り終えると鼻から上を形作りながら声を発した。

 顔から黒い煙を上げて仰向けに倒れるオーガは、上体を起こして息を整えるように立ち上がる。

 その顔は頭部の一部が抉れ焼き焦げていた。


「ああ、一瞬だが死を覚悟したぞ」

「良かったです。僕の作戦は成功したってことですね」

「まったく……限度回数まで殺すなど、悠長なことを言っている場合ではないな……」


 オーガは頬にすっと冷や汗を流して今までのような快活なモノではない、引き攣った笑みを浮かべた。

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