第42話 弔い
オーガは手を首に添えてゴキッと、折れたのではないかと疑いたくなるような鈍い音を立てて首を鳴らす。
「言葉を話す魔物は、初めてか?」
僕はそこでこのオーガが先ほど僕に話しかけていたことを思い出し、目の前の光景と照らし合わせる。
オーガが、喋っているのか?
魔物が話すなど見たことはもちろん、聞いたこともない。
僕は一瞬、体と頭が硬直してオーガをただ見つめることしかできなかった。
オーガは僕の発言を待っているようだったが何も返答がないとみると僕から視線を外し、周囲に転がる同胞の死体を見回しながらゆったゆったと歩を進める。
「一言もなしか……ところで……君がこいつらを、殺したのか?」
オーガは足を止めることなく徐々に僕の許へと歩み寄り、刺すような鋭い視線を僕に戻す。
オーガの鋭い視線に当てられて、僕は考えることを放棄した。
殺さなければ……
僕にはオーガの問いに対して返答するという選択肢はなく、長剣を持つ手に力を籠めて構え、大地を強く踏みしめようとして――
「待て。今は火葬してる最中であろう? 俺はその間、暇だから話しかけているだけだ」
オーガはリイシャを顎でしゃくり、戦闘の意思はないと両手を上げる。
魔物が話すだけでも異常だというのに戦う素振りすら見せない現状に、僕は眉間に皺を寄せ訝しむようにオーガを睨む。
オーガの行動の意図は読めないため敵意を消さず構えを崩すことはないが、気になることばかりで頭がこんがらがっているので会話を試みることにした。
「はい、僕が殺しました。あなたの要件は何ですか? 復讐ですか?」
オーガは僕が臨戦態勢を崩していないことを理解した上で歩みを止めることなく、ゆったゆったと歩み寄る。
「ああ、復讐だ――」
やはり敵だ。
今度は止まることなく大地を踏みしめた脚に力を入れてオーガに接近し、長剣を首へ目掛けて振るう。
しかし剣身はオーガの手に捕まえられて動きを止め、オーガはチラと視線を動かして僕を睥睨する。
「そう急くな。暇だから話しかけているだけだと言っただろう。今、戦う気はない」
オーガは剣身から手を放し、先ほど僕の足に当たって動きを止めた小瓶を手に取り僕に手渡す。
「ほれ、助燃剤だ。そのままじゃほとんど燃えんだろ、使え、よく燃える。燃えすぎるから、骨を残したいなら気を付けろ」
「……」
「どうした?」
無言でオーガの目を睨み続ける僕にオーガは表情を変えることなく、助燃剤と呼んだ小瓶を受け取ることを促すように僕の眼前まで持ち上げる。
目の前のオーガからは圧も敵意も殺意も感じる、だが隙だらけで戦う意思すら感じることができない。
それでも信用することができなかった僕は、長剣の刃をオーガの首に当てて気になっていることを問いただす。
「それが助燃剤だとして、なぜ火葬の手伝いをしてくれるのですか? というより、なぜ火葬していると思たのですか? あなたたちに燃やされた、もしくは流れ弾に当たって燃えているとも、解釈できるはずですが?」
オーガは首に剣が当たって今にも殺されそうだというのに、それを微塵も感じさせない堂々とした佇まいで目を細め、慈悲の籠った声音を口にする。
「俺の同胞たちは火を使わん。それに事故で燃えているにしては、君は火を消そうとしているようには見えん。さぞ、辛かっただろう。友を自らの手で燃やすというのは……強いのだな……」
「えっ……」
オーガの発した声が鼓膜を刺激したとき、音としてはそれを認識できても脳が理解を拒んだ。
いや、拒んだというよりは理解の仕方がわからなかった。
このオーガはリイシャを殺したオーガの仲間で、僕たち人間の敵として日々の命の取り合いをしている魔物だ。
だというのに、オーガの発した言葉からは混じり気のない純粋な哀れみを感じる。
意味が分からなかった……
魔物に、心配された?
なぜ僕がお前らのような奴らに同情されなければいけないんだ?
お前たち魔物は、平気で仲間を盾にするようなクズな奴らだろ?
そんな奴らですら相手の死に対して同情できるのか?
それならただ危険物を排除する作業のように魔物を殺してきた僕なんなんだ?
それじゃあまるで、僕が薄情な奴みたいじゃないか……
僕が薄情なんじゃない、お前の感性がおかしいんだ、お前は人の真似事をして悦に浸ってるだけだ……
目の前の魔物の行動に合点がいかず、頭の中がごちゃごちゃになりパンクする寸前、オーガは腰に下げていた袋を手に取り、開け口を逆さにして金銀財宝が入った中身をぶちまけ、助燃剤と一緒に袋も受け取るように促す。
「これも使え、遺骨を持ち帰るなら入れ物が必要だろ」
確かオーガは貴金属を集める習性があるとか……
オーガのぶちまけた金銀財宝はざっと見ただけでも曾孫の第まで遊んで暮らせるのではなかというほどの量だ。
オーガにとってどれだけの価値があるのかわからないが、常に身に着けて持ち歩くとなれば大切な物のはず、だというのに地面に捨てて僕に遺骨を持ち運ぶための袋をくれた。
僕の頭は目の前の状況が理解できず、自分の頭で考えることを放棄した。
「どういう事ですか? 何が目的ですか? 敵であるはずの、魔物であるあなたが、僕に、人間に優しくする理由はなんですか?」
僕の質問にオーガはなんと言うことは無いと間髪入れずに口を開く。
「君の瞳からは死んでも友を護ろうという覚悟が見て取れる。いや、この場合は死んでも遺骨を故郷に帰す……か? まぁ、それだけ友の事を想っているのだろう? 君には理解できんかもしれんが、俺とて仲間は大切だ。大切だと思えるようになったと言うべきか……だからその気持ちがわからんでも無いし、仲間を殺した君をむざむざ逃がすつもりも無い。ここで殺すつもりだ。それでも俺には、君が立派に見える。尊敬に値する人物だと思える。だからこそ、君を敬いその袋をやる。それだけだ」
オーガは言いたいことは言ったとばかりに胸を張り口角を上げた。
それに嘲笑の意味は無く、僕を見て興味をそそられた事で零れた笑みだろう。
なぜわかるのかと言われれば、僕の心が助燃剤と袋を貰うことを受け入れ、手に取ったからだ。
「あなたは面白い人ですね。同じ種族だったなら、きっと良い友達になれた気がしますよ」
「ハッハッハッ! 俺もそう思うぞ。君の様な芯のある者は大好きだ! だからこそ、仲間を殺した君を殺さなければならん事が心苦しい……さぁ、準備ができるまで待ってやる。その者の弔いに集中しろ。それが終われば、容赦はせんがな」
オーガは空いた両手で腕を組み声高らかに笑う、そして声量を落とすと眉尻を下げて目を細めた。
その声は友と別れるときのような哀愁を漂わせていた。
「ありがとうございます」
僕は礼とともに頭を下げて助燃剤をリイシャにかけ、火が強くなり肉を焦がし続ける焔を目に焼き付ける。
火が強くなるとともに空気中の酸素が薄くなり意識が朦朧とし、その場に尻もちを着く。
僕の顔から赤みが引き、誰の目から見ても体調の優れない状態であるほどに蒼白となる。
「忘れておった。酸素だったか? 人はそれがなくなると呼吸ができんのだったな。俺が代わりにその者を弔おう。君は少し離れてこれを使え、呼吸ができるようになるはずだ」
オーガは地面に落ちている金銀財宝の中から一つの仮面を取り僕に手渡す。
しかし僕は仮面の受け取りを笑顔で断る。
これはオーガを信用していないからではない、酸素が薄くなって呼吸が浅くなり辛いことは事実だが僕は不死身なのだ。
リイシャを最後まで見届けないわけにはい。
「ありがとうございます。でも僕、こう見えて丈夫なんですよ。だから気にしないでください」
「人間は酸素がなくても生きていけるモノだったか?」
「僕が特別なんです」
「そうか、だが辛くなったらいつでも代わってやるからな。呼吸のこと以外でも……」
オーガの言葉を聞くに僕の体調不良の原因が酸素だけでないことを看破しているようだ。
リイシャを燃やし続けてどれだけの時間が経ったかわからないが、今のリイシャは人型だったことはわかるが、皮膚はなくなり肉は焦げ灰となりかけていた。
加えて乾いた空気に体臭が溶けたような鼻を刺す臭い、肉や脂身を強火で焦がし続けたような重たい臭いが充満していた。
視覚的な惨たらしさと鼻腔を突く刺激臭が僕の手によって燃やされているリイシャからくるモノだという事象が、僕の心を抉り、体調不良となった原因として大きい。
しかし目を逸らしてはいけない、鼻を抓んではいけない、燃え盛る音を聞き逃してはいけない。
リイシャの全てを心に焼き付ける覚悟はあれど、体は拒絶反応を示すかのように胃を刺激し、苦くて酸っぱい胃酸を口から吐き出す。
その後、何度もえずく僕の背中を、オーガは人を介抱するかのように優しくさすってくれた。
やがてリイシャの皮と肉は灰と化し、僕は遺骨を一つ一つ丁寧に袋に詰めた。
遺骨を詰め終えて袋を少し離れた壁に寄せると、リイシャの傍らに置いていた長剣を手に取りオーガに向き直り頭を下げる。
「待ってくれるだけでなく、気を遣わせてしまったみたいで、すみませんでした。それと、ありがとうございました」
「ハッハッハッ! 何を言っておる。俺が何もせんとわかっていたくせに。でなければ、無防備に背を向けることなぞ、せんかっただろ。にしても良いのか? 俺は君の友を殺した者達の長であるぞ? そのような奴に礼など」
オーガは快活に笑ったあと、憂いを帯びた目で僕の顔を覗き込む。
「あなたに殺されたわけではないですし、僕たちもあなたの仲間をたくさん殺しました。数で言ったら僕たちの方が凄惨な事をしています。だというのにあなたからの敬意を無下にしては、これから報告に行く大切な方々に、顔向けできませんので」
「今から殺し合いだというのに、もう勝った気でいるのか? それとも、俺の言葉を忘れたわけではあるまい?」
目を細めて怪訝な表情を作るオーガに、僕は長剣を肩に担ぎ腰を落として臨戦態勢をとる。
「忘れていませんよ。ただ、気を悪くしてしまったのなら、すみません。先ほども言いましたが僕は特別で、負けるとは思えなくて……」
僕の構える姿にオーガは口角を上げてニカっと歯を見せ、金銀財宝の中から一対の籠手を取り出して両手に填める。
「なるほど、ますます君を殺すことが惜しい」
「安心してください、僕は死にませんから」
「ハッハッハッハ! 言うではないか! いや、君の絶対にやり遂げるという瞳に、俺は敬意を表したのだ。これなら心安らかな弔い合戦ができそうだ。安心! 安心! では行くぞ、覚悟はいいか!」
オーガの表情は今から殺し合いをする者とは思えない程に朗らかで、澄んだ瞳をしていた。
きっとそれは僕も同じなのだろう、長剣を構えた手に力が漲る。
「はい、あなたを殺します」
その一言が開戦の合図となった。




