第38話 隔てる壁
この世界に来て"ミル・ノルベル"の記憶を体験し終えたときの誓いを思い返し、走る脚に力を入れる。
しかし、やる気だけで物語というのは上手く進めることはできないと言われているかのように、まばらで大きな足音が近づいてくる。
軽度ではあるが地震にも近い揺れは収まることがなく、合流点でまたもやオーガに出くわす。
その数は四体、先頭を走っていたゴソトは咄嗟に掌をオーガに向けて魔術を放つ。
「『ファイアーカノン』!!」
ゴソトの掌からはボーリングの玉を一回りほど大きくしたような火球が勢いよく射出され、オーガの顔面に直撃する。
オーガは顔から煙を上げ仰け反るも、踏ん張りを効かせて金棒を構える。
人間相手に使用すれば間違いなく血肉を熔解させるほどの火力を持っているだろが、オーガに与えることが出来た傷は表皮を焦がす程度で致命傷には程遠い。
だが、これでも十分オーガに痛みを与えることはできたようで、オーガは眉間に皺を作り憤慨したように口を大きく開けて咆哮し、ゴソトに向かって猛進する。
ゴソトの剣とオーガの金棒がぶつかり合い鍔迫り合いが始まるも、少々ゴソトが力負けしておりズリズリと足を後方へ滑らせる。
この刹那、パーティ中央に位置していたフランネルが駆け出して鍔迫り合いをしているオーガの首目掛けて抜刀した。
しかしオーガは一体だけではない、別のオーガの金棒がフランネル目掛けて振り向かれる。
これを抜刀の軌道を変えて防ぎ、すぐさま納刀に移ろうとするが、オーガの連撃が続きそれを刀で防ぎ続ける。
数度目の攻防でフランネルは刀が手からすっぽ抜け、武器を持たないフランネルをオーガが襲う。
ジャッジャがフランネルを庇うように大斧の腹を眼前に構え、魔術を唱えて自身を一瞬淡く光らせる。
「『ガード』!!」
ジャッジャが斧腹でオーガの金棒を受け止めると、耳を防ぎたくなるような甲高い金属音が響き金棒の槌頭が折れる。
ジャッジャは魔術によって大斧と自分自身の強度を上昇させてオーガの一撃を凌ぐが、続けざまに放たれるオーガの剛脚で腹を蹴飛ばされる。
オーガの追撃がジャッジャを襲ったとき、ヘイナの『ファイアー』がオーガの顔を焼く。
『ファイアー』は『ファイアーカノン』より威力が劣る。
生物は同じ種族でも個体によって耐久力に差がありオーガも例外ではないが、『ファイアーカノン』を受けて倒れることがない種族に『ファイアー』が有効打になるわけもない。
オーガに目立った外傷はなく、ヘイナをねめつけて足を向ける。
ヘイナの戦闘はジャッジャが攻撃を凌いでくれた隙に、ロットと共に攻撃を加えるスタイルである。
以前フォルスを含めた四人でオーガの討伐に成功したが、辛勝と言わざるを得ないほどにジャッジャがボロボロになり、フォルスがジャッジャを治癒する泥仕合のようなものだった。
そしてその時もヘイナはオーガに有効打を与えることができず、ロットの機転で勝ったようなもの。
しかしロットは今、怪我でまともに戦えない状態であり、オーガの金棒が折れていてもヘイナに成すすべはなかった。
ヘイナはこの依頼を受ける際、ゴソトたちがいるのだから平気だろうと軽い気持ちで受けたことを後悔し、オーガに勝つことを諦め力強く瞼を閉じ折れた金棒が振り下ろされる瞬間を待つ。
次の瞬間、ヘイナの耳に入ってきた音は重量物が地面に落ちて聞こえる"ゴトンッ"という鈍い音と、女性の荒い息遣いだけだった。
不思議に思い瞼を開くと、目の前にいたオーガの首が地面に落ち、フランネルが刀を抜き身にしたまま肩を上下に揺らし息を整えている。
死を覚悟したにも関わらず助かった命、溢れそうな涙を抑えてフランネルに礼を告げようとするが、別個体のオーガが金棒を振りかざしてフランネルに狙いを定める。
フランネルは疲れからか、オーガの接近に気づいていない。
フランネルを助けるため掌をオーガに向けて魔術を放とうとするが、一度オーガに生物として負けを認めたヘイナの体にはオーガに対する恐怖がこびりつき魔術が発動しない。
フランネルに金棒が当たる直前、突然オーガが弾き飛んだ。
「フランネルさん、大丈夫ですか!?」
フィカが『アーススラスト』によって地面の一部を円錐状に勢いよく隆起させ、オーガを弾き飛ばしたのである。
この魔術も本来は魔物の胴体を貫く驚異的な一撃となるはずだったのだが、オーガの頑丈な体を貫くことはできなかったようだ。
しかしフィカもオーガと戦ったことのある経験者、『アーススラスト』が有効打にならないことは百も承知と言わんばかりに短剣を構えつつオーガを見据える。
フィカはフランネルに声をかけ、それにフランネルがはっと息を吸い刀を鞘に納めて抜刀の構えを取る。
「少し意識が飛びかけていたわ。ありがとう」
「いいえ。今日はずっと戦ってもらってますからね、仕方ないですよ」
フランネルはオーガと距離を取ることができたため、この一瞬の隙にゴソトの手助けに入ろうと深呼吸をすると、自身の頭上を一本の矢が疾り、動きを止める。
矢はゴソトと鍔迫り合いをしていたオーガの頭部に突き刺さりオーガの動きを止め、その瞬間を逃すまいとゴソトは力いっぱいに剣を振り下ろし血飛沫を上げてオーガの息の根を止める。
ゴソトがオーガとの戦闘を終え肩の力を抜き一呼吸つくと、四体目のオーガが接近し剛腕によるラリアットを繰り出してきた。
隙を突かれたのもあるがオーガとの鍔迫り合いによる体力の消耗が激しく、防御の体勢に移行できないゴソト。
しかし、オーガとの間にジャッジャが割って入る。
「『ガード!!』」
オーガのラリアットを大斧で弾くと、大きく振りかぶりオーガの腕を斬りつける。
刃先がオーガの腕に食い込むも致命傷とはならず、オーガはもう片方の腕に力を込めてジャッジャの腹部に重たい一撃を叩きこむ。
『ガード』を使用していたため内臓への重大なダメージを防ぐことはできた。
それでもジャッジャは呼吸を十分に取ることができず、その場で膝を着き息を整える。
だが無情にもオーガは攻撃の手を止めることはなく、もう一度腕に力を入れた殴打を繰り出す。
それをゴソトの剣が切り裂くことで防ぐが、フィカに弾き飛ばされたオーガが金棒を二人に向けて薙ぎ払う。
オーガの金棒を間一髪のところで、一つの刀に弾かれる。
「お前の相手は、私だろ!」
フランネルが抜刀してオーガの一撃を防いで直ぐに納刀し、もう一度抜刀を繰り出す。
オーガは金棒を体の前に持って来て防御の体勢を取るが、首にマイトの射った矢が刺さり体中の力が抜け腕を下ろしてしまう。
フランネルはその隙を逃さないように、刀で一閃しオーガの首を斬り落とす。
隣ではゴソトとフィカによる息のあった連撃によりオーガは防戦一方の状態となっていた。
そして戦場に一つの声が響く。
「伏せろ!」
マイトが叫び、掌から『エレクトリック』を放つ。
電撃はオーガにだけ直撃し、オーガの動きを一瞬だけ止める。
だがゴソトとフィカにはその一瞬で十分であった。
ゴソトの剣が心臓を、フィカの短剣が耳を貫きオーガは息絶える。
四体のオーガの討伐を終え、各々が荒い呼吸を整える中、フォルスが忙しなく治療に取り掛かる。
利き腕が折れておりこの戦いの中フォルスの護衛に専念していたロットが後方を見て、頬に冷や汗をかき声を震わせる。
「お、おい。もう、無理、だろ……」
後方からは大量の足音と共に、道幅を埋めるほどのオーガの群れが迫って来ていたのである。
先ほどまで激戦を繰り広げていた面々が生きる希望を失い、絶望を顔に浮き彫りにさせる。
その中、戦闘に参加せず僕と一緒に体力の温存に勤めていたリイシャが声を張る。
「みなさん、殿は私が勤めます! 走ってください!」
リイシャの声に当てられて、みな一斉に出口を目指して走り出す。
ゴソトたちが戦っていた時間は僅か五分程度であったが、僕は腹部の痛みに慣れ始めていた。
並走するリイシャに声をかけて、現状の整理に努める。
「作戦はあるの?」
「追いついて来たら『キルウィンド』でやっつける」
リイシャはさもありなんと、淡々と答えた。
僕は一つ頷き、戦う意思を強める。
「出し惜しみなしってことね」
しかしリイシャは前方を見据えたまま僕の言葉を否定する。
「ミルはいいよ。走ることに専念してて」
「そうはいかないよ。リイシャのことを護るって誓ったんだ」
「お父さんとお母さんに?」
リイシャがちらっと僕の視線を移し確認を取る。
僕はリイシャの瞳を力強く見つめ返し、あの日立てた誓いを言葉にする。
「二人もだけど、自分自身に……」
リイシャは一度瞼を閉じると、柔らかな笑みを浮かべた。
「――そう……なら私も誓うよ」
「何を?」
「ミルのことを護るって、そしたら私たち、お互いを護りあって負けなしじゃん」
一体一体が強敵なオーガの群れを背に走り続けるこの状況には似つかわしくないような、屈託のないリイシャの笑顔に僕は笑みをこぼす。
「はは、確かに。僕たち最強だ」
僕とリイシャはお互い目を合わせ一つ頷き合うと、僕だけが後ろを振り向き一つの魔術を唱える。
「『エレクトリック』」
掌から放たれた電撃は広範囲に渡り、前方にいた全てのオーガを捉える。
その間、リイシャは目を閉じて立ち止まり『ウィンド』と『タクタイル』、二つの魔術を使用し半径数百メートルにも及ぶ範囲の索敵を行う。
リイシャは目を開けて直ぐさま駆け出す。
僕は目に映るオーガ全員が硬直して動けないことを確認し、リイシャに追従するように走り出した。
リイシャは先を走る面々にも声が届くように声を張り上げて、自分が手に入れた情報を共有する。
「みなさん、三百メートル先の合流点で、またオーガ五体と遭遇します。ですがその先一本道を百メートル進めば、エリアを隔てる壁です。後ろからは五十を超える数のオーガが接近してきていますが、あと少しです!」
あと四百メートルを後方のオーガの群れに追いつかれないように走り抜ければ、とりあえずはオーガの脅威から逃れられることができる。
僕は希望が見え大地を蹴る脚に力が入るが、他の面々の頭には希望ではなく絶望が過った。
みな後ろから見ても分かるほど、暗い顔で走り続けている。
僕は希望で力んだエネルギーを腹部に移し、声を張り上げる。
「みなさん、あと、四百メートルですよ! 頑張りましょう!」
しかし誰も振り返ることなどなく、死んだ目でただ前だけを向いていた。
その中で一人、僕たちの前を走るマイトの淡々とした声だけが返ってきた。
「俺たちは、もう無理なんだよ。全員満身創痍だってのに、あと五体もオーガを倒さなくちゃならねぇ。しかも後ろのオーガの群れに追いつかれないようにだ。今走ってるだけでも倒れそうだってのに、五体を一瞬で片づけるような芸当ができて、生きる希望が半々ってところなんだよ……」
マイトの言う通り、みな簡単な治療しか受けておらず徐々に傷口が広がり、走る速度が落ちてきている。
たとえ前方のオーガに出くわさず、このまま走り続けることができたとして、後方のオーガの群れに追いつかれない保証はない。
僕の『エレクトリック』なら五体を倒しきれなくても足止めできる、そうすれば走り抜けることはできるかもしれない。
ただしこの策は『エレクトリック』を防ぐことができる頭脳を持つオーガがいないことが前提である。
もし不可能であれば頼りになるのはリイシャの『キルウィンド』だけだが、これは危険が伴う。
連携の上手く取れない僕以外が前を走り人が集まる付近に放つとなれば、意図せずして誰かを傷つけてしまう。
最悪、命を奪ってしまうかもしれない。
そんなことはリイシャに頼めない、オーガ五体の相手は僕がしよう。
そう心に決め、僕が囮になる旨の発言をしようと口を開いたとき、並走するリイシャが声を張り上げた。
「私ならできます」
「五体を一瞬でか? どうやって?」
「私がミルを助ける瞬間を見ていたはずです」
マイトの疑問を打ち消すようにリイシャは僕が槍を折られ壁に叩きつけられていたときのことを口にした。
確かにみな『キルウィンド』をその目で見ていた。
時間がないため言及はされなかったが、あの威力は目に焼き付いてたのだろう。
先頭のゴソトが顔だけで振り返る。
「ではお願いする! 前に来てくれ!」
リイシャは頷き返し、僕を見据える。
「ミルは後ろをお願い」
僕は眉尻を下げて代替案を出す。
「なんで!? 僕も戦うよ!」
「このペースだと丁度合流点で後ろから追いつかれる。ミルが足止めしてくれないと、挟み撃ちで成功率は0になっちゃうから」
僕は一度耳を澄まして後方の足音に意識を向けつつ走りながら振り返る。
だが暗がりが続くダンジョンではオーガの姿は視認できず、聴覚に頼っただけの索敵は先ほどのリイシャの魔術を用いた索敵には程遠いため追いつかれるタイミングはわからなっか。
それでも明らかにオーガの群れが近づいてきていることは理解できた。
僕は渋々と同意を示す。
「わかった……」
リイシャはその一言だけを聞き届け、一つ頷き足を速めて先頭へ飛び出る。
もう数十メートルで合流地点、リイシャと問答をしている場合ではないと渋々承諾したが、リイシャの身に危機が迫りそうならば何を差し置いてでも助ける覚悟を固める。
リイシャが先頭に出て十秒も経たない内に、そのときが来た。
合流点にたどり着く直前に後ろを振り返ると、先ほど『エレクトリック』で足止めしたオーガの群れを視認することができた。
その数ざっと見るだけで十は超えるだろう、そしてリイシャの話ではその奥にもまだまだオーガはおり五十を超える。
僕は息を呑みいつでも『エレクトリック』を放てるように掌に魔術を籠める。
オーガの群れがとうとう僕たちを間合いに捉えたとき、先頭を走る数体のオーガ同時に金棒を投擲してきたのである。
「えっ!?」
その光景に一瞬『エレクトリック』の対策をされている可能性が頭を過る。
しかしオーガの戦略がどうであれ、金棒を全て撃ち落とす手段を僕は一つしか持っておらず、『エレクトリック』を放ち金棒を地に落とすしかなかった。
これを隙と捉えたオーガたちは、一斉に大地を強く踏みしめ加速し腕を振り上げる。
しかし、その腕が振り下ろされることはなくオーガたちはその場で硬直する。
僕は片手だけではなく、両の手に魔術を籠めていたのだ。
片手は金棒を撃ち落とし、もう片方の掌から『エレクトリック』を放ってオーガたちの足止めに成功したのである。
オーガたちが金棒を投げてきたのはおそらく『エレクトリック』対策ではなく、ただ単に攻撃の一手として放り投げてきただけなのだろう。
『エレクトリック』の電撃を誘引したいのであれば金棒は一つ投げるだけで十分であり、全員で一斉に金棒を投げる必要などなかったのだから。
後方のオーガを上手く足止めできたため、前方に視線を移しリイシャをその目で見据える。
そこにはちょうど合流点で五体のオーガと出くわしたリイシャが、『キルウィンド』を放つ瞬間であった。
風は空を斬り、目に見えぬ刃となってオーガの首へ寸分違わず放たれたる。
一体のオーガの首を斬り飛ばし続いて二体目のオーガに当たる直前、まるで風船を針で割ったときのような破裂音を出して風の刃が消滅した。
パアァンッ
なぜ『キルウィンド』が消滅したのかわからない、だが目の前にはオーガが四体いるという事実がリイシャに次の行動を迫る。
「『ウィンド!!』」
『キルウィンド』がダメならばと、殺傷能力は低いが数百キロはあるバウファウを三体同時に持ち上げることができる『ウィンド』で足止めを実行するが、これも同じように音を立て消滅した。
リイシャは再度頭を巡らせるが、オーガがそれを待ってくれるわけもなく四体のオーガが金棒を打ち据える。
リイシャを庇うようにゴソトとジャッジャがそれぞれ二体のオーガの重たい一撃を、剣と大斧で防ぎそのまま鍔迫り合いの形となる。
「うおおおお!!!!」
「『ガード!!』」
残りの二体の内一体はフランネルの抜刀によって金棒を弾かれ、残りの一体はマイトの弓で軌道をずらされフィカの短剣に受け流される。
「くっ!」
「はああ!!」
リイシャの『キルウィンド』が防がれるなど思いもせず一瞬、リイシャを護れなかったことに息ができないほど心を強く握りつぶされた感覚に陥った。
しかしリイシャが無事であることをこの目に焼き付け、直ぐさま『オーバードライブ』でオーガたちの許へ飛び込んだ。
今の僕はリイシャの命を脅かしたオーガたちへの怒りで、リイシャの魔術がオーガたちに効かなかったことを忘れていた。
フィカが相手をしているオーガに飛び乗ると同時に『エレクトリックサンダー』を放つ。
雷撃はオーガの頭を抉り、一つの死体を焼き上げた。
オーガを殺した刹那で我に返り、なぜ僕の魔術だけがオーガに届いたのか疑問が頭を過る。
しかし真横にいるオーガがの薙ぎ払った金棒を避けるため後方に飛びのく。
最初にリイシャが殺したオーガと僕が今殺したオーガ、それと他三体のオーガを見比べてある違いに気が付いた。
「みなさん! ネックレスを着けてる個体だけ魔術が効かないのかもしれません。他二体は僕とリイシャで倒します!」
ゴソトと鍔迫り合いをしている個体のみが金色のネックレスを着けていた。
僕の考察を聞いてリイシャが直ぐに、フランネルと切り結んでいるオーガに向けてランネルに攻撃が当たらないよう風の刃を縦に細くして放つ。
「『キルウィンド』!!」
オーガの体は縦に真っ二つに裂けて地面に倒れこむ。
これを見てゴソトと相対しているオーガに向けてマイトが矢を放ち、フィカが短剣を構え突撃し、フランネルが刀を鞘に納めて抜刀の体勢をとる。
ジャッジャは体力の限界が来たのか、大斧ごと金棒で潰されそうになっており片膝を着いていた。
ジャッジャを助けるべく僕が勢いよく投擲した短槍(折れた槍)の穂先がオーガの腕に刺さり、オーガは片腕に力が入らずだらんと腕を垂らす。
それでもジャッジャの劣勢が覆ることはなく、ギリギリと歯を食いしばり耐え続ける。
しかしリイシャの放った風の刃がオーガの首を斬り飛ばし、その体は地面に倒れこむ。
潰されかけていたジャッジャは大斧をその場に置き、四つん這いの体勢で濁流のように流れる汗を拭って呼吸を整える。
僕は残り一体、ネックレスを首に掛けているオーガに向き直る。
ゴソトがオーガから距離を取り呼吸を整えている中、マイトの援護を受けつつフランネルとフィカが一撃離脱戦法でオーガを徐々に追い詰めているが有効打に欠ける戦いを繰り広げていた。
オーガの腕に刺さった短槍を手に取り、ぶり返す横腹の痛みに顔を歪めながら走る。
そんな僕の横を、剣柄に手を添えてリイシャが並走する。
オーガは僕とリイシャが援護に来ていることを察知し、金棒を大きく薙ぎ払いフランネルとフィカに距離を取らせて、上半身を護るように金棒の槌頭に手を添えて防御の構えをとる。
オーガに魔術が効かないだけで、僕たちが魔術を使えなくなったわけではない。
僕は地面すれすれを『オーバードライブ』で滑走しオーガの片足の甲に短槍を突き刺すと同時に、短槍を軸にして勢いそのままにもう片方の足に蹴りを入れてオーガを転倒させる。
地面に背を打ち付け仰向けに横たわる無防備なオーガの頭に狙いを定めて、リイシャが長剣を振り下ろす。
オーガは頭頂部から勢いよく血飛沫を迸らせ、目の光を失い動きを止めた。
魔術が効かない相手というモノは想定しておらず、予定以上に苦戦を強いられたが、なんとかオーガを倒せたのも束の間。
「ふざけんなよ! もう、無理だって!」
大声で絶叫するロットの視線の先では、『エレクトリック』により体を硬直させていた後方のオーガたちが一斉に動き始めていたのである。
「嘆く体力があるなら走れ! 僅かだが松明の明かりが見えるぞ!」
ゴソトは目尻に涙を浮かべるロット、戦いが終わってその場で倒れそうになる面々に活を入れた。
壁を越えて掲げた松明は新エリアを隔てる壁の手前の一つだけ、ゴソトの視線の先にある小さな光点が松明であることを確信させゴールは目前。
本音を言えばゴソト自身もその場に倒れこみたかった。
しかしそんなことをしていては生き残ることができる確率は0%、ゴソトは少しでも確率を上げられるように必死に頭を回し、プルプルと震える脚に力を入れ駆け出す。
ゴソトに置いて行かれまいと全員がなりふり構わず走り出した。
あと五十メートルを切ったとき、みなの目に松明の火がくっきりと見て取れた。
その目が希望の光を映し、輝きに満ち溢れる。
みな息が切れ切れで口の中が乾燥し唾が絶えず分泌され続けていたが、振り絞った最後の力を脚に入れて今まで以上の無茶をする。
その中、ヘイナだけががその場で膝から崩れ落ちるように座りこんでしまったのである。
「あれ……?」
ヘイナは立ち上がろうとしているが、プルプルと脚が震え立ち上がれないようだった。
しかし、みな走る脚を止めることなくヘイナを一瞥するだけ、ヘイナの瞳からは一瞬で輝きが失われ眉間には深い皴が寄り、重たい影を顔に落として半開きの口からは息が零れる音だけが聞こえた。
そして背後には数体のオーガが佇み、金棒を振り下ろそうとしている。
「まっ……」
ヘイナが何か言葉を発する瞬間、一つの影がその場で足を止めて魔術を唱える。
「『ウィンド』!!」
突如巻き起こった風はフィカを持ち上げ、走る面々を過ぎ去り松明の奥でヘイナを地に落とす。
この間僅か三秒。
しかしオーガがリイシャを射程の範囲に捉えるには十分な時間であり、数体のオーガが金棒をリイシャ目掛けて振り下ろす。
「リイシャ!!!!」
僕は急いで踵を返して視界に映る全てを捉えられるように、掌に魔力を籠めて広範囲の『エレクトリック』を放つ。
リイシャならオーガの一撃を防ぐことぐらいできるだろうが、その一瞬でオーガの群れに囲まれることは容易に想像できた。
そのためリイシャを巻き込んでしまう可能性もあったが狙いを定めている余裕などなく、リイシャを殺さないように出力を絞った『エレクトリック』を放つ他なかった。
しかしリイシャは僕の叫び声を聞いて直ぐに身を屈め、『エレクトリック』から免れてオーガだけが硬直する結果となった。
やった!
間に合う!
リイシャが残ったことに気が付いたときは最悪なイメージが頭を過ったが、間一髪のところで無事に帰ることができそうだ。
この瞬間、僕は今までリイシャと多くの信頼関係を築き上げた僕自身と、僕のことをどんな状況でも信頼してくれているリイシャに感謝した。
ここを出たら、もう冒険者は辞めよう。
たったの数ケ月だったけど十分に旅をして、いろんなモノを見てこられたと思う。
リイシャは自分自身にしかできないことが見つかってないだろうけど、村に帰ってからゆっくりと考え直せばいい。
それだけの貴重な経験は積んできた。
危なっかしい日々だったから、村に帰れば刺激の少ない毎日が続くかもしれない……
それでも僕はリイシャと一緒に居られるなら、最高の人生だと胸を張って言い切ることができるし、リイシャが退屈しないように、いつだって手を取って笑い合える家庭を築き上げてみせる。
そのためにも、おじさんとおばさんにはリイシャとの婚姻を認めてもらおう。
子供は何人がいいかな?
前世の僕には妹が一人いたし、リイシャと僕も小さい頃は姉弟のような関係だったから、僕たちも子供は二人がいいかな?
男の子と女の子とか?
生まれてくる子たちはどんな性格かな?
昔の自分を思い返すと父さんと母さんにはさんざん迷惑をかけてたし、産まれてくる子供たちもたくさん世話を焼くことになるかもしれないなぁ。
でもリイシャとの子供なら絶対かわいいだろうなぁ。
元気に泣いてくれる、優しい子なんだろうなぁ。
そしたら何回でもあやして、たくさん遊んで、たくさん叱って、たくさん仲直りして、たくさんかわいがって……
幸せでいっぱいの家族になろうね、リイシャ……
「戻って!!!!」
リイシャは身を屈めた体勢から手で地面を押すようにして立ち上がると同時に、眉間に深い皴を寄せ口を歪めて大声を張り上げる。
なぜ悲壮に満ちた表情をしているのかが分からない。
オーガは『エレクトリック』の直撃を受けて五、六秒は確実に動けない。
ゆっくりとはいかないが、もう安全は確実になったようなモノ、特段急ぐ必要もないというのに……
しかし僕の想いなど蛆虫でも踏みつぶすかのように、背後からゴゴゴゴゴとダンジョンに軽い振動を与えながら何かが下りている音が聞こえてきた。
振り返るとエリアを隔てる壁が半分ほど降り切っていた。
壁の向こうには壁を開閉するレバーがあるであろう穴に腕を突っ込んでいるゴソトがおり、その隣ではジャッジャに羽交い締めされ身動きがとれないフランネルが涙を濁流のごとく流しながら、僕たちへ何かを呼びかけていたのである。
その光景を見て、呆けた声が漏れてしまう。
「は?……!!」
事の重大さに気が付き、立ち上がったリイシャの手を握りしめ、大地を力強く踏みしめる。
しかし壁は目の前で隙間を閉ざし、僕とリイシャを希望の光から隔てた。




