第37話 足音
こちらの隙をつくオーガの判断力は野生の生物とは思えない速さだが、それを許すほど僕は警戒を怠っていない。
金棒を振り下ろすオーガと、その横にいるオーガを巻き込むように『エレクトリック』を放つ。
『エレクトリック』でオーガを倒すことができないことはわかっているが、一瞬でも時間を稼ぐことができればリイシャと二人で前方のオーガ二体は片づけることができる。
後方の二体はそれからでも遅くないだろう。
掌から放たれた電撃が眩い閃光とともに空を疾りる同時に、オーガへ追撃するために僕は駆け出した。
リイシャも半歩後ろを追随して剣柄に手を添える。
しかし、オーガは『エレクトリック』に直撃する直前に振り下ろしている最中の金棒を前方に放り、電撃は放られた金棒に誘引される。
「はぁ?」
予期せぬオーガの行動に間抜けた声が漏れる。
僕とリイシャは勢いそのままに足を止めることができなかったため、オーガにそのまま斬りかかる。
僕の槍の横薙ぎに対して武器を失ったオーガは両手を前方へ運び、体全体を守るように腕を固める。
オーガの筋肉は硬く分厚いため、槍の穂先では腕を数センチ斬りつけることしかできなかった。
腕からは止めどなく血が流れているため十分な損傷を与えることができたのだろうが、一撃で仕留めるつもりであった僕からすれば"浅い"意外の感想は出てこない。
半歩後方にいたリイシャは直前で僕と別れ、二体目のオーガに斬りかかっていた。
リイシャの相対するオーガは金棒を持ったままであり、リイシャの長剣は難なく防がれていた。
普段はその体躯からは想像もできないほどの規格外な一撃を放つリイシャだが、防御態勢万全のオーガには傷一つ付けられずにいた。
僕はリイシャを一瞥すると目の前のオーガに向き直り追撃を試みるが、オーガの剛脚が火を噴き僕の鳩尾に吸い込まれる。
間一髪、槍の柄で受け止めるも衝撃そのままに元いた場所まで蹴飛ばされる。
リイシャは今まで一撃で仕留めるか、一撃目で相手を怯ませて次の行動に繋げるスタンスばかりであったため、一撃目を完全に防がれたあとに何もできないこの現状に一瞬動揺が走りオーガの一撃を受け吹き飛ばされてしまう。
僕は空中を舞うリイシャを受け止め、その勢いを殺す。
幸いリイシャは長剣でオーガの一撃を防ぐことができていたため大きな怪我には至らなかったが、衝撃で痺れた手では上手く剣柄を握ることができず長剣を手から落とす。
リイシャが手を震わせる現状に、僕は心配から冷や汗を流して声を上げる。
「リイシャ! 大丈夫!?」
「大丈夫、剣は握れなくても、魔術があるから」
リイシャは『キルウィンド』で応戦するつもりだったのだろうが、僕は首を横に振って安静にするように伝える。
「いや、今は取り合えず休んでて。本当に危ないときまで温存お願い」
「わかった……」
勇者パーティと親交があるゴソトたちならば『キルウィンド』の存在を知っているかもしれない。
リイシャが『キルウィンド』を使えることがバレるわけにはいかないのだ。
リイシャは渋々と眉尻を下げるが、僕の気持ちを汲んで一歩下がる。
この攻防、僅か十秒にも満たない時間。
幸いなことに後方のオーガからの攻撃はなかったようで、尻もちをついたフォルスをヘイナが起こす。
二人を守るように佇むジャッジャ、後方のオーガから目を離せずにいるマイト、フィカ、ロットが緊張に固唾を呑む。
ゴソトとフランネルは僕とリイシャの戦いに目が釘付けになっていた。
僕とリイシャ以外は、まだ怪我を負っていないようだった。
僕は目の前のオーガから目を離さずに声を上げる。
「皆さん、こっちの二体は僕たちで倒すので、後ろの二体をお願いします!」
『エレクトリック』からの追撃が失敗した瞬間から誰かの援護をもらえることが最善ではあったが、みな異常事態に防御態勢を取るだけで精いっぱいのようだ。
本音を言えばそれでも援護は欲しいところだが、僕とリイシャは気が動転している彼らとの連携が上手くいく保障がない。
リイシャは『キルウィンド』があるので武器がなくてもオーガを倒すことは難しくないだろうが、目立ちたくない僕からすればできるだけ人前で使ってほしくないので、リイシャの手が治るまでは僕一人でこの二体を倒すつもりで戦うことに腹を決めた。
僕の声に間髪入れずに反応し、後方のオーガ目掛けてフランネルが駆け出す。
「すまない」
ゴソトは一瞬、僕とリイシャが負ける懸念が頭を過ったのだろう躊躇いが見て取れたが、フランネルの駆け出す姿を見て後方のオーガと敵対する意思を固める。
「ありがとう!」
ジャッジャとヘイナ、フォルスが戦闘に参加しなかったとしても、Eランク冒険者が二人とFランク冒険者が三人いるのだ、戦力は十分にある。
加えて後方の二体は前方の二体と連携が取れておらず僕たちの隙をついてこなかったことから、そこまで知能は高くないと推測できる。
これで後方にいるオーガの心配をすることはないだろう。
問題は前方の二体だ。
最初に僕の『エレクトリック』を金棒を放って防いだことは、以前のオーガたちからは考えられないような的確な行動であった。
個体によって知能の高さが違うのかもしれない。
そう考えると、目の前のオーガは僕たちが今まで直接戦ってきた魔物の中では一番の強敵である。
リイシャの前に立ち、槍を中断に構え腰を落とす。
『エレクトリック』を防いだオーガは金棒を拾い上げるも、腕に力が入らないのか金棒を落とす。
浅いと感じていた腕の切創部分は予想以上に深く、オーガの腕はあまり使い物にならないようだ。
しかし、もう一体のオーガがその金棒を手に取り、両手に金棒を携え前傾姿勢で僕の方へと駆け出す。
オーガとの力比べは勝てる確証がなく鍔迫り合いを避けるため槍を背に収め、『オーバードライブ』で空中を跳び金棒が扱いづらい距離まであえて距離を詰める。
空中でオーガの角を両手で掴み顔面に膝蹴りを直撃させ、角をへし折りオーガを仰け反らせる。
よろめき後ずさるオーガに追撃するため背の槍に手を添えて、もう一度距離を詰めるため地面を力強く踏み込む。
オーガの首目掛けて槍を突き刺すが、もう一体のオーガの上段蹴りによって槍の軌道をずらされ阻止される。
意図せずして槍を上段に構える体勢となり、横やりを入れてきたオーガへ槍をそのまま振り下ろす。
両腕を使い捨てにでもするつもりなのだろう、オーガは怪我で使い物にならに両腕を前方に持ってきて穂先による斬撃を防ぐ。
使い捨てで力が入らなくてもオーガの腕は分厚い筋肉の塊、盾としての機能は十分にあるようで手ごたえを感じない。
思い通りにいかず有効打に欠ける攻防に不機嫌を隠すことなく、苦虫を嚙み潰したような表情とともに次の一手を思案する。
さっさと一体は殺し切りたかったのに、カバーに入ってくるのが面倒臭すぎる。
オーガはこんにも仲間意識が強いのだろうか?
ならばゴソトの言ってた群れないという発言の信憑性は低い。
せめて一対一だったならば勝てるのだが……
金棒を持ってない今なら『エレクトリック』は有効打になるのだろうか?
それとも、もう一体が同じように防いでくるのか……
心なしか頭が良いのは一体だけな気がする。
無理してでも今攻めるしかない。
腕の怪我により金棒を持つことができず『エレクトリック』を防ぎようがないオーガが前衛にいる今、好機と見て掌を前方に突き出し電撃を放出するための魔力を込める。
『エレクトリック』が放たれる瞬間、前衛にいたオーガが勢いよく後退し、先ほど顔面に膝蹴りを受けよろめいていたオーガが猛進してくる。
そう、ポジションを入れ替えたのだ。
放たれた電撃は金棒を持ったオーガに直撃し体を焼き焦がし硬直させるも、後退したオーガには掠ることすらなかったようで硬直したオーガを蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたオーガは体の硬直が解け、勢いそのままに両腕を広げ二つの金棒を交差させるように横薙ぎに払う。
大柄な体躯のオーガの薙ぎ払いを躱しきるだけの隙間がなく、『オーバードライブ』で無理矢理上空へ飛び上がる。
オーガの攻撃を躱すことに成功するも『オーバードライブ』の出力を調整する余裕がなく、天井へ背中から激突し息を吐く。
「カハッ」
金棒を持ったオーガは僕を見失ったようで顔を左右に振るが、勢いよく走ってきた両腕の使えないオーガの踏み台にされて体勢を崩す。
両腕の使えないオーガはそのまま跳躍し体を反らせ、天井に激突し空中にいる僕へ目掛けて足を振り抜く。
すかさず体とオーガの蹴りの間に槍を挟み込み直撃を免れるも、勢いそのままに今度は顔から地面に叩きつけられる。
金棒を持ったオーガが地面にうつ伏せになる僕に気が付き金棒を振り下ろした瞬間、もう一度『オーバードライブ』を使い後退することで金棒から逃れる。
ふと気が付けば口に鉄の味が充満し、呼吸を塞ぐように鼻からは血が滴り落ちていた。
両腕の使えないオーガが地面に着地すると同時に勢いよく地面を蹴り爆進し、金棒を持ったオーガも追随してくる。
僕は先ほど同様に、掌を前方に突き出し魔術を放出するための魔力を込める。
これに気が付いたオーガは使い物にならない両腕を前方に出し防御の体勢を取りつつ、勢いを殺さず走り続ける。
オーガは既に『エレクトリック』の威力を看破しているのだろう。
このまま撃っても勢いを止めることはできず、大きな肉塊の衝突は免れない。
加えて真後ろを追随するオーガに被害が出ないように上体を上げている。
肉塊と衝突し動けなくなった僕の留めは、後方のオーガに任せる算段なのだろう。
肉を切らせて骨を断つ、いやこの場合は肉を焼かせて骨を断つとでも言うべきか、よく考えられた戦術だ。
しかしそれは表皮しか焼けなかった場合、僕には肉も骨も根こそぎ焼き抉るもう一つの魔術がある。
「『エレクトリックサンダー』」
掌から一つの閃光が疾った瞬間、追従して向かってきていたオーガは二体とも胸部から上が消し飛び、その場に倒れこむ。
口に溜まった血を吐き出し、鼻血を拭って眼下に視線を落とす。
そこには焼き焦げたことによって血すら流れ出ない二つの死体が転がるだけの結果となり、最後の瞬間だけを切り取って見ればあっけない幕引きであった。
予想以上に手こずった。
最初に『エレクトリック』を防がれた瞬間から、『エレクトリックサンダー』を使うべきだったかもしれない。
無駄に負った怪我と無駄に使った体力を体で感じ、この戦いの反省点の多さに顔を歪める。
ほとんど何もできなかったことが申し訳ないのだろう、自責の念に駆られ心苦しそうに眉を顰めるリイシャが暗い顔で傍に寄る。
「ごめん。私が役に立たないせいで」
僕は首を横に振って微笑みかける。
「大丈夫だから気にしないで。元はといえば『エレクトリック』が防がれたのが問題なんだし、僕の方こそごめんね。手はもう動かせそう?」
「持つぐらいならどうにかなりそう」
リイシャが長剣を手に持つことを確認して、僕は胸を撫でおろす。
「そっか、リイシャが怪我してなくてよかったよ」
しかしリイシャは尚も暗い影を顔に落とす。
「でも私、『ウィンド』だけでも戦えたと思うの。頭が回らなかったことが悔しくて……」
『ウィンド』はあくまで補助であり、ほとんど長剣を使って戦闘を行ってきた。
それでもリイシャの『ウィンド』であればオーガの一体や二体、どうとでもなるだろう。
僕もリイシャも自力はあっても、実践経験が格段に少ない。
咄嗟の判断にはまだ弱いのだ。
これ以上この話題を続けたらリイシャの表情が曇り続けそうな気がしたので、気になっていた残り二体のオーガの方へ視線を移す。
「リイシャは間違ってないよ。それよりも後ろのオーガは……片付いたみたいでよかった」
僕の視界にはゴソトがオーガの金棒を受け止め、その隙にフランネルがオーガの首を撥ねた瞬間が入り込んだ。
マイト、ロット、フィカ、ジャッジャはボロボロになりながらもその場で安堵の息を吐き尻もちをつく。
フランネルは刀を鞘に納め、ゴソトは剣を抜き身のままにし二人は直ぐに踵を返す。
「みんな、まだ終わっていない。残りの二体を……」
臨戦態勢を崩すことなく僕たちの方へ駆け出そうとしたフランネル、ゴソトと目が合う。
「お疲れ様です。無事、終わったみたいで何よりです」
僕の労いの言葉に二人は一瞬呆けるも、驚愕に目を見開く。
「もう終わったのか!? 二人だけでよくオーガを二体も倒せたものだな。俺たちも急いだつもりだったが……」
「運が良かっただけですよ」
僕が曖昧な返答をすると、ゴソトに代わってフランネルが穴を突くように疑問を口にする。
「運が良かったで片付くレベルではないわ。それに死体は相当損傷しているみたいだし、実力でしょ? 謙遜することないと思うけれど?」
僕は愛想笑いを浮かべて、淡々と答える。
「そうですね。結構頑張りました」
できるだけ詳細を伝えたくない僕の意図を汲み取ってか、フランネルは言及することを諦め俯き気味のリイシャの顔を覗き込む。
「じゃあ、そういうことにしておいてあげる。リイシャも無事?」
リイシャは顔に笑みを張り付け力こぶを作り、空元気で応える。
「ミルが凄い頑張ってくれたので、元気ピンピンですよ!」
「そう? ならよかったわ」
フランネルは訝し気な顔でリイシャを見据えるも、やはり言及するつもりはないようだ。
二人の会話に耳を傾けていると、一度拭った鼻血が再度流れてきてゴソトに治療するように促される。
「鼻から血が出てるぞ。今はロットの折れた腕を治療中だが、終わり次第フォルスに治してもらうといい」
「わかりました」
鼻血が流れ出ないように鼻を抓み、寄り添ってくれたリイシャと共にフォルスの許へ足を運ぶ。
ちょうどロットの腕を治療し終えロットが痛々しく片腕を包帯で包んでいた。
どうやら完全には治っていないようだ。
治療を終えたフォルスは手招きをして、僕に座るよう促す。
僕は相変わらず前髪で目が隠れているフォルスに視線を送り、その場に座ろうとすると脳を殴られ頭を殴られているような不快感に襲われ体勢を崩す。
すぐさまリイシャが僕の体を支えてくれたため怪我をするようなことはなかった。
「大丈夫?」
リイシャの不安の募った言葉に、僕は微笑んで見せる。
「うん、大丈夫。少し頭を打ったからだと思う」
リイシャに肩を借りてゆっくりと座ると、フォルスが考え込むように顎に指を添える。
「わかりました。それなら頭と顔を重点的に治療しますので、他に痛みがあったら教えてください」
「お願いします」
僕の容態を心配するフォルスに愛想笑いを浮かべ、治療を施してらもう。
「『ヒール』」
フォルスの掌から淡い光が放たれ僕の頭を照らす。
鼻血と口の中の切り傷が徐々に治っていくのを感じる一方、頭の中の不快感だけは残り続けていた。
いや、どちらかというと少しづつ増している気がするが、気のせいだろうと思い込むことにした。
このパーティメンバーで治療魔術が使えるのはフォルスだけであり、今騒ぎ立てるよりも帰ってきちんとした医者に診てもらった方が得策だろう。
僕が頭の中の不快感を気に留めないように意識を反らしていると、フォルスの掌の光が収まった。
「終わりましたよ。他に痛いところはありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
僕は心に蓋をしてフォルスに軽く会釈をし、リイシャに手を貸してもらいその場を他の負傷者に譲る。
まだ治療が終わったのは僕とロットだけのようで、順々に治療が施されていく。
端の方で壁にもたれ掛かり腰を下ろして休んでいると、地面を伝って何か振動のようなものを感じた。
「ねぇリイシャ、なんか揺れてない?」
「うん、なんだろう。この不規則で小刻みに揺れる感じ……」
隣で共に座っているリイシャと謎の現象について頭を悩ませていると、不安を煽り悲鳴を上げたくなるような、つい先ほど聞いたばかりの音が聞こえてきた。
パンパンに詰め込まれた米俵を地面に叩きつけているのではないかというほどに重たい足音が、徐々に近づいてきているのである。
それも多数の。
僕とリイシャは音の正体に同時に気が付き急いで立ち上がり、みなに注意喚起を促す。
「みなさん! またオーガがここに来ます! それも結構な数、早くここから逃げましょう!」
僕の声に様々な反応を示すが疑う者は誰一人おらず、治療もそこそこに忙しなく荷物を手に取り立ち上がる。
地面が振動しているにも関わらずすぐに気が付かなったのは、オーガの数が多すぎて規則性が皆無であったので、生物の起こしている現象だと思いもしなかったのだ。
ゴソトが来た道を帰るように先頭に立ち駆け出す。
「みんな、急ごう。エリアを隔てている壁まで戻るんだ」
ゴソトの提案に反対する者はおらず、後ろに追従する。
みなが駆け足で進む中、地面を伝う振動と音は徐々に大きくなっていることに気が付く。
全員が頬に冷や汗をかき、ただ走り続ける。
今まで道幅が狭いため後回しにしていた分かれ道からも足音が近づいてきており、最初より明らかに大きくなっていることがわかる。
しかし、誰もそれを指摘することはなく、ただがむしゃらに走り続けていた。
徐々に徐々に足音は大きく、多く、不揃いに、そして閉鎖的空間のダンジョン内では大量の足音は反響し距離の判別すらできなくなっていた。
まるでそれが真横から聞こえているのではないかと感じた瞬間、枝分かれしていた道の合流点で一体のオーガと鉢合いオーガの金棒が振り上げられる。
オーガの一番近くにいたロットが声にならない悲鳴を上げ、振りぬかれた金棒に頭を潰される直前。
オーガを眩い閃光が貫き、命を抉り焦がす。
これは、僕が『エレクトリックサンダー』を使った結果である。
『エレクトリックサンダー』を堂々と使った僕に、リイシャが不安の籠った声で呼びかける。
「ミル……」
「ごめん。もう、バレたくないなんて言ってる場合じゃない」
ロットが今にも泣きそうに歪めた顔で最後尾にいる僕に向き直る。
「あ、ありがと……」
「いえ、それより早く進みましょう」
ロットに先に進むことを促すも、全員が僕の方を、正確には僕の後ろを見て一瞬の間固まり、ジャッジャが腹に力を込め声を上げる。
「後ろだ!」
そこには殺気をまき散らしているオーガが毅然と立っており、オーガの金棒が僕へ目掛けて振り払われる。
槍を咄嗟に体と金棒の隙間に挟むも槍は折られ、骨の砕ける鈍い音と共に壁まで殴り飛ばされた。
横腹に強烈な一撃を受けた僕はすぐに立ち上がることができず、その場で吐血し膝をつく。
オーガは吹き飛ばした僕へ目掛け、助走を付けて金棒を振り上げる。
「ミル!!」
リイシャは僕の名前を叫ぶと同時に『キルウィンド』を放ち、僕へ襲い掛かってきたオーガの上半身を軽々と斬り飛ばす。
『エレクトリックサンダー』だけでなく『キルウィンド』もゴソトたちに見られることになったが、助けてもらった僕が何か言えるわけがない。
それに今考える余裕はもうない、対策はここを出た後だ。
僕たちが持つ希少魔術がバレたことについては考えることを辞め、折れた槍の穂先が付いている側の方だけを手に持ち立ち上がり、リイシャの許へ駆け足で向かう。
リイシャは眉尻を下げて、僕の横腹に視線を落とす。
「大丈夫?」
「大丈夫。それより、まだ足音は消えてない。寧ろどんどん大きくなってる。群れがすぐ側まで来てる。止まってちゃダメだよ、走ろう」
「――わかった」
リイシャは顔を歪めるも一瞬の沈黙のあと、言及することなく走ることを了承する。
僕たち二人以外はリイシャの放った魔術の威力に驚愕の色を浮かべ呆けていたが、ゴソトは直ぐに意識を戻し状況が状況だけに言及することはなく、声を張り上げて先頭を駆け出す。
「みんな! 急ぐぞ!」
ゴソトの声に当てられて、止まっていた全員の足が出口の方へと疾駆する。
横腹の痛みに耐えながら行動せざるを得ない僕の足は遅くパーティの最後尾を走ることになった。
そのためリイシャが『ウィンド』で僕の体を少し軽くし、横を並走してくれている。
他のみなも各々のポジションには付いておらず、ただ走ることだけを考えていた。
「ミル、痛むんだったら私が運ぶよ」
「ありがとう、でも魔力は少しでも温存しておいた方がいいと思う」
「さっきのオーガ二体は私何もやってないから、魔力に余裕はあるよ」
「それでもだよ……」
きっとリイシャの発言の方が正しいだろう。
傷を負って満足に走れない僕は今、足手纏いだ。
リイシャの『ウィンド』で運んでもらった方が効率はいいに決まっている。
だが僕がこの旅に付いてきたのはリイシャを守るためであり、リイシャに守られるためじゃない。
いざとなれば僕を置いていってでも、リイシャには生き長らえてもらいたい。
リイシャは優しいから無理にでも僕を助けようとするだろうが、そのときは『エレクトリック』で体の自由を奪ってフランネルに担いで逃げてもらおう。
是が非でもリイシャを生かして見せる。
あの日、僕はリイシャを守り抜くと誓ったのだ――"ミル・ノルベル"に。




