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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第3章 百鬼迷宮編

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第32話 拙い笑み

 背筋をピンと伸ばし堂々とした態度で、厳かな印象を抱かせる一人の女が佇んでいる。

 そんな見るからに一匹オオカミです感満載のフランネルから話しかけられるとは思ってもおらず、僕とリイシャは数秒程呆けてしまった。


「ねぇ、聞いてる?」


 眉間に小さなしわを作ったフランネルの一言が、僕とリイシャの意識をはたと戻す。


「あ、はい、聞いてます」


 僕が一瞬言葉を詰まらせて、フランネルは訝しげな表情を見せる。

 しかし気に留めないことにしたようで話を切り出す。


「さっき紹介があったけど、あなたたちが新しいエリアを見つけたというのは本当なの?」


 フランネルの眼光が鋭く見えて、僕はおずおずと答えた。


「はい、そうですけど……」


 フランネルは眉間に皺を寄せて、自身の過去を振り返るように口を開く。


「私は一ヶ月前にこの町に来たばかりだけど、ダンジョンにはもちろん潜ったしオーガも倒したわ。でも、その時は隠された場所があったなんて微塵も気が付かなかった。少なくとも、この町にギルドが建てられてからは見つかってないはずよ。それを来てすぐあなたたちが見つけたことが気になって……どうやって見つけたのか聞いてもいいかしら? 言いたくないなら別にいいのだけど」


 少し興奮気味なフランネルの早口に僕は怖気づいて、リイシャに縋るように話を振る。


「別に言いたくないわけではないですけど……リイシャ、どうする?」


 リイシャは僕とは裏腹にフランネルに物怖じせず、口を開く。


「えっと、リンドウさん、ですよね? なんか私たちだけ座ってるのもなんですし、掛けていただけますか?」

「それもそうね。上から話かけてごめんなさい」

「いえ、そういうつもりで言ったわけではなくてですね。その……」


 リイシャが言葉を濁すと、フランネルは首を横に振って


「そんな気を張らなくてもいいわよ。それと私のことはフランネルって呼んで」


 フランネルはリイシャの目の前の席に腰を下ろすと、意外にも気さくな提案を持ちかけてきた。


「で、あなたがリイシャで、そっちの彼がミルだったかしら?」

「はい」


 はきはきとリイシャは返事をするもその声からは緊張が見て取れ、それを察してかフランネルが一つため息をつく。


「はぁ、ごめんなさい。私あまり笑顔を作ったりするのが得意じゃなくて、会う人みんなに気を遣わせてしまうみたいなの。そんな誰かと一緒にいると、私も疲れちゃってね。面倒だし、一人の方が気が楽だからあまりパーティは組まないの。自分でも変えたいのだけど上手くできなくて、本当にごめんなさいね」


 先ほどまでの凛とした姿勢からは想像がつかない程に覇気のない声で、過去にあったであろう苦い経験を振り払うかのように苦笑いを浮かべた。


 その笑みは口角がほんの少し上がった程度で、目は軽く湾曲していた。


 そう本人はもちろん苦笑いのつもりだった。

 いや笑ったつもりすら無かったのかもしれないが、整った顔立ちのせいか。

 泣きじゃくる赤子をあやすかのように優しく微笑みかけられたとすら感じられ、僕とリイシャは見蕩れてしまいしばしの沈黙が流れた。


 沈黙を不安に思ってか、フランネルがおずおずと口を開く。


「な、何か私の顔に付いてる?」

「いいじゃないですか!!」

「え、え?」


 リイシャが唐突に瞳を輝かせてフランネルは軽く引いてしまうが、リイシャはお構いなしにフランネルの手を取り顔を近づける。


「いいですよ! よかったですよ! 今の笑顔! すごくかわいかったです! 最初は綺麗系かと思ってましたけど、笑顔はかわいい系なんですね」


 リイシャが独りで小刻みに首を縦に振っていると、フランネルは僅かに頬を赤く染める。


「い、いや、そんなことない。私なんて普通だし、リイシャの方こそ愛らしく、かわい気があり、上品な顔立ちをしていると思うぞ」

「謙遜しないでくださいよ。その笑顔があれば誰とでもすぐ仲良くなれますよ」

「い、いや、そんなこと……」


 リイシャにべた褒めにされてフランネルは一層頬を赤くした。

 リイシャは歯止めが利かなくなった車のようにフランネルに懇願する。


「もう一回笑ってみてください、ね?」

「む、無理だ。そんないきなり言われても笑えない」

「さっきみたいに軽く笑うだけでいいですから。お願いします」


 リイシャの瞳から輝きが薄れることはなく、フランネルは押されるように意を決する。


「じゃ、じゃあ。ニ、ニコ~……」

「「…………」」


 その笑みは先程の心が浄化されるような柔らかで美美(びび)しいものではなく、吊り上がった口端(くちは)がピクピクと痙攣し両の目は横に薄く開き焦点が会ってないように見え、お世辞にも見ているこちらに癒しをもたらすものではなかった。


 フランネルの微笑みが歪なモノとなり、リイシャは口籠る。


「あーその……」


 リイシャの態度から察して、フランネルは気を落とし目の前にいる僕たちでやっと聞き取れる程の声量で、ボソボソと呟き始める。


「やっぱり、私には向いてないみたいね……」


 リイシャは反応を間違えたと刹那で理解し、冷や汗を流して捲し立てる。


「いや、でも多分、慣れてないだけで、練習すればきっと、素敵な笑顔が作れるようになりますよ。実際、さっきの笑顔は本当によかったですから。なんなら今から私たち練習に付き合いますよ。いや、付き合わせてください!」


 フランネルは再燃したリイシャを気に留めず、肩を落としたまま口を開いた。


「そんなことしなくていいわよ。練習する気もないし。というかこれからクエストでしょ。早く行かないと遅れちゃうわよ」

「じゃあこのクエストが終わったら練習しましょうね」


 リイシャの熱にフランネルは断りを入れて立ち上がる。


「だからしないわよ。せっかく新エリアを見つけたんだから、こんな無駄なことに時間を費やす暇なんてないのに……って、あっ」


 唐突に口を半開きにして固まるフランネルに、リイシャは小首をかしげる。


「どうかしましたか?」

「私があなたたちに話しかけたのは笑顔どうこうのためじゃなくて、新エリアを見つけた方法を聞きたかったからだったのだけど……」

「あ、ちゃんと話します」

「とりあえずダンジョンに向かわない? その道すがら教えてくれるかしら?」



 リイシャは話の本筋を折ってしまったことに心を痛め、席を立ちあがった。




   ▽▽▽




「なるほど『ウィンド』と『タクタイル』でそんなことができるのね。どちらもスカだと思われているから、風系統の私たちは不憫ってのが世論なのだけど。どんなモノでも使い方、使い手次第ってことなのかしら? 勉強になったわ、ありがとう」


 僕とリイシャは少し早めにダンジョンへと足を運び関所で検問を受けた後、小さなベンチに座りダンジョンで隠し通路を見つけた時のことを事細かにフランネルに話していた。


 フランネルからの感嘆の言葉に謙遜していると、リイシャは頭に疑問符を浮かべる。


「いえいえ……え? 私たち?」


 フランネルは小さく頷いて口を開いた。


「私も風系統なの。といっても、あなたのように風主体の魔術は修得していないけれどね。それにしてもペンダントが強風にさらわれたってのは、少し腑に落ちないわね」


 顎に手を当て考え込むようにして放たれたフランネルの言葉に、僕は疑問を口にする。


「どうしてですか?」

「ダンジョンで人が飛ばされる強い風が吹いたなんて、聞いたことないわ。私が知らないだけで、そういう現象は起こりうるのかもだけど……気をつけた方がいいかもしれないわね」


 フランネルの発言は、ダンジョンで強風が吹くことは自然現象ではないと言っているようなモノである。

 すなわち、人道的なモノかもしれないと……


 僕は息を呑み、口を開く。


「それってつまり、誰かの仕業かもしれないってことですか?」

「あくまで可能性の話よ、それにさっきも言ったでしょ。あなたたちが見つけた場所は、ギルドが建てられてからは誰も見つけていないの。ただ、気をつけるに越したことはないって、言いたいだけよ」


 僕とリイシャは冒険者になってまだ三ヵ月程度、冒険者になる前はずっと村にいたのだし誰かから恨まれるようなことはしていないはずだ。

 だとすればフランネルの予想が当たっていた場合、無差別な犯行だったのかもしれない。

 なおのこと当事者にメリットがあるようには思えず、フランネルが思っている以上に人為的なモノだということはない気がする。


 フランネルの言葉から自分なりに考えをまとめ終えた時、僕の肩をリイシャが軽く叩いた。


「ねぇ、来たみたい」


 そう告げたリイシャの視線の先には、今回クエストを受ける残り七人が検問を抜けて来た姿があった。

 そこでも先頭を歩く男、ゴソトが僕たちの方へ向け手を振り駆け足で声を張り上げ向かってきた。


「おーい! すまない、すまない。待たせてしまった」


 僕はゴソトの後ろに続く、ダンジョンで出会ったジャッジャたち四人を一瞥して、淡々と言葉を綴る。


「いえ、まだ時間ではないので大丈夫ですよ」


 僕の淡泊な言葉に勘違いをしたゴソトはニカっと白い歯を見せて笑顔を作る。


「なんだ? 緊張しているのか? 安心してくれ。俺たちは自分で言うのもなんだが結構できる。大船に乗ったつもりでいてくれ」


 ゴソトは胸を張ると周囲を見回し、十人全員が集まっていることを確認する。


「それでは……うん。皆揃っているみたいだしさっそくだがダンジョンに潜るとしよう。俺たちは冒険者なのだし、魔物の討伐ついでに自分の得意、不得意も含め、改めて自己紹介でもしていこうと思うのだが、どうだろう?」


 ゴソトはギルドの時同様、唐突に進行を始めるがそれを止める者は誰もいない。


 僕自身、リーダーシップを取ることは得意ではないのでありがたいことではあるが、見ず知らずの人の言うことに従うというのには抵抗がある。

 だがゴソトは自分勝手に物事を進めるのではなく度々、僕たちに意見を聞いている。

 個を生かすというよりグループを活かす気質なのだろう。

 きっと僕がリーダーに立候補しても、それを承諾するかどうかは別として無下に扱うことはない。

 だからこそ僕は意見を口に出すことなく、彼の問いに肯定の意を持ってベンチから立ち槍を手に取る。


 他の面々も特に反対することはないようで各々が別々の反応を示し、そこには僕と同じく肯定の意があるのだろう。

 リイシャもベンチから立ち上がり脇に置いていた長剣を背に担ぎ、フランネルもその場を立ち剣を脇に差す。


 マイトは左手に弓を持ち少しずれていたのか大きめのリュックを背負い直し、フィカは腰に差している短剣を右手で滑らかに抜き取り刃こぼれを確認する。

 ジャッジャは得意げに大斧を肩に担ぎ、ロットは腰に差した剣の柄頭を肘かけにしてもう片方の手でピアスをいじる。

 フォルスは80リットルは入るだろう登山時にでも使われていそうなリュックを重たげに背負い直し、ヘイナは腰の後ろに携えている一本のメイスを愛おしそうに撫でる。


 みなの反応を見届けたゴソトは大きく頷き、腰に差した剣の鍔とベルトでカチャカチャと金属からなる小さな接触音を鳴らしながら歩を進め扉に手をかける。


「うん! よさそうだな! それでは行くとしよう!!」


 溌剌としたその言葉を先頭に僕はダンジョンの扉を潜り抜け、二度目となるダンジョン”百鬼迷宮”へと足を踏み入れた。

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