第31話 不安な人選
「本当ですか? 壁が動くようなギミックは聞いたことがありませので、新エリアの可能性がありますね」
ギルドのお姉さんは僕たちからの報告を聞くと、百鬼迷宮のマップであろう一枚の紙とにらめっこを始めた。
今の時間帯はちょうど朝日が昇り始めたぐらいか。
あれから僕たちは、行きと同様帰りに魔物と出くわすこともほとんどなく。
体力が有り余り、一睡の必要もなく無事に帰って来ることができた。
ダンジョンにいた時間は初日に半日、二日目は丸一日といったところか。
今はギルドで、ダンジョンで知り得た情報を大雑把にではあるが説明していたところである。
そしてお姉さんが言う新エリアとは、リイシャのペンダントが吸い込まれた、大きな壁で隔てられていた通路のことだ。
「うん。やはり、その道はまだ見つかっていない場所で間違いありません。依頼内容とは異なりますが、新エリア開拓としてお二人にいくらか報奨金が贈呈されますので、二日ほどしましたら、また受け取りにいらっしゃってください」
ただあったことを報告しただけなのだが、お金がもらえることはありがたい。
思いもよらない収入に少し心が弾むが、僕たちにはやらなければならないことがある。
「それって早めに受け取ることってできますか? 僕たち大切なペンダントを失くしちゃって、今夜にはダンジョンに入りたいのですが」
僕の問いにお姉さんは目を見開き捲し立てる。
「今夜ですか!? それはいくらなんでも早すぎます。道具の補填をしなければいけないでしょうし。何より疲れも取れませんよ。お二人はダンジョンを舐めすぎです。お話を聞く限り上手くやってこれたみたいですが、本来はもっとたくさんの魔物と遭遇するものです。今回が異常なだけですよ。それにお二人がオーガを討伐できるほど強いとはいえ、それ以上進むのは危険だと判断したから、引き返したのではないのですか? であれば募集をかけてパーティで行くべきです。自殺志願者というわけではないのですから。ペンダント探しだってその方が捗ります。いいですね?」
「あ、じゃぁお願いします」
お姉さんの尤もな意見に、僕もリイシャも反論することなくその提案を受け入れることにした。
「わかりました。では一つギルドからお願いがあるのですが、お二人は探し物に行くのですよね? でしたらついでに、エリア調査の依頼を受注していただけませんか? これといった発見がなくても、ちゃんと報酬は出ますので」
ペンダントを探していれば嫌でも新エリアの調査はすることになる、僕たちからすればただで報酬がもらえるようなもの、一石二鳥であり断る理由がない。
「わかりました。受けます」
「では明日の朝にこれから募集をかけた方々と一緒に、一週間程度の調査をしていただくということでもよろしいですか?」
お姉さんの提案に僕は目を丸くする。
「えっ!? そんなにですか? 確か勇者様がもうすぐ帰ってくるから、町から出ないといけないんですよね?」
「もしお二人の帰りが遅くなるようでも、今回はギルドからの正式依頼です。この依頼に関しては例外とします。気になるようでしたら住民権の発行をいたしますか? お二人のように優秀な方々は大歓迎ですよ」
お姉さんはウキウキと鼓動を高鳴らせて戸籍の変更を持ちかけた。
僕もリイシャもこの町に留まるつもりはない。
加えて僕はできるだけ勇者などの高名な人物との接触はさけたい。
僕は愛想笑いを浮かべて断りを入れた。
「ありがたい話ですが住民権の発行は遠慮します。できるだけ早く帰ってきますね。募集お願いします」
お姉さんは僅かに眉尻を下げて、承諾する。
「かしこまりました。何名の方に集まっていただけるかわかりませんが、腕のあるかたのみを対象にさせていただきますので、今夜はゆっくりお体をお休めください」
「わかりました。じゃあ明日の朝にまた来ます」
「お待ちしております」
お姉さんとのやり取りを終え、僕たちは消費した物資の買い出しを済ませ、適当な宿を一泊だけ取り早めに寝ることにした。
僕もリイシャも体力には自信があったため一日程度の徹夜はなんともないものだと思っていたが、布団に入るとお互い激しい睡魔に駆られた。
自分たちが思っていたよりも疲れが溜まっていたのかもしれない。
お姉さんの言うことを聞いていてよかったと思うと同時に、僕たちは気を失ったかのように眠りについた。
▽▽▽
昨日よりも少し遅い時刻。
日が昇り終えて少し肌寒い薄明かり。
空気は澄み水色の空が視界を埋め尽くし、苛立ちを覚えていれば溜飲が下がっていただろう気持ちの良い朝。
僕の隣では、周りの目など気にせずに思い切り伸びをするリイシャがいた。
周りの目を気にしないといっても僕とリイシャ以外に人はいないが、その豪快っぷりを見てるだけで僕の心も清々しい気分になる。
「にしてもいい朝だね」
頭を空っぽにした僕の発言に、リイシャが同意を示しつつ僅かに肩を落とす。
「ねー。昼は暖かくなるだろうし、こんな日はのんびり日向ぼっこでもしてたかったけど……」
「帰って来たら何時間でも付き合うよ」
「何時間でも? 絶対嘘でしょ。ミルってさ”なんでもする”とか誇張するのが癖になってるんじゃない?」
頭に脳みそを詰めていない僕の言葉を、リイシャは胡乱気に問いただす。
僕は冷や汗をかいて、必至に頭を巡らせる。
「あ、いや、まぁね。でもそれくらいの心意気ではあるって意味だから、あくまでも比喩表現みたいなものだから、ね?」
「わかってるわかってる。ただそういうの真に受けちゃう人もいると思うから、気をつけた方がいいって言いたいだけ……今から一緒に依頼を受けてくる人たちが、どんな人たちかもわからないしね」
「さすがに会ったばっかの人には、そんな安売りしないよ」
「どうだか……」
冷ややかな目が僕を射抜き耐えられない、この状況を打破すべく僕は強引ではあるが話題を切りギルドの扉に手をかける。
「じゃあ、開けるよ?」
リイシャの返事を待たずに開けた扉の向こう、そこには……
「あれ? 誰もいなくない?」
「もしかして、誰も集まらなかったとか?」
僕たちが誰もいないギルドの扉の前で佇んでいると、奥から受付のお姉さんがひょこっと顔を出した。
「あ、ノルベルさん、フレイスさん! おはようございます」
僕は軽く会釈をして受付へ歩を進める。
「おはようございます。他の人たちはどうなりましたか?」
「ちゃんと集まりましたよ。ただ、普段はこんなに朝早くからクエストに行くことなどないもので、誰もまだいらしておらず……申し訳ありません」
お姉さんは眉尻を下げて目を細めた。
昨日の自身の手際の悪さを思い出し、僕は首を横に振る。
「時間を決めてたわけじゃないですしね。それよりも、どんな人たちが来るんですか?」
「お二人含めて、計十名の参加となっております。ご紹介は皆様が集まってからと考えております。それと、あちらのテーブルにある物は、ご自由にお持ちください」
「ありがとうございます」
僕たちはお姉さんが指し示したテーブルまで足を運び、テーブルの物色を始めた。
ポーションに携帯食料、縄、松明、マント、ブーツ、ポーチに大きめの鞄、その他諸々ダンジョン探索に役立ちそうな物が所狭しと並んでいた。
リイシャは感嘆するように息を吐く。
「へぇー、なんでもあるね」
「そうだね。ここで立ちながら考えるのもなんだし、一回座って足りない物を確認しよっか」
僕とリイシャは端の席に腰掛け、不足している道具の確認することにしたが、昨日買い足したばかりで特に足りない物はなく、他愛ない話で時間を潰すことにした。
それから数十分経ったころ、三人組みの冒険者がギルドの扉を開け入って来た。
「じゃまするぞ。ってあれ? もういるじゃないか。早いな」
扉の前には剣を腰に携えた男が一人、その後ろに弓を背に担いだ男と棍棒を背に担いだ女が立っていた。
先頭の男は僕たちに向けてニカッと笑みを見せ少し離れたテーブルに着き、二人も同じテーブルに腰を下ろした。
男の笑みに僕たちは軽く会釈をしてみせると、そのすぐ後に四人組みの冒険者がギルドに入って来る。
僕はその冒険者たちには見覚えがあり、それはリイシャも同じようで僕に耳打ちするように確認を取ってきた。
「ねぇミル、あの四人って……」
「うん、ダンジョンで会った人たちだ」
ギルドに入って辺りを見回していた大斧を背に担いだ男が、僕たちを見つけて話しかけてくる。
「おう、お前らもこの依頼受けるのか。この前はすまなかった。今回は仲良くしようや」
まだこの人たちのことは苦手だが今から一週間も一緒に過ごすのだ、出発前から一悶着起こすわけにはいかない。
そうわかってはいるのだがどうしてもいい顔はできず、僕は素っ気ない態度でしか言葉を返すことができなかった。
「はい、よろしくお願いします」
四人はこちらの意図を汲みこれ以上話す気はないようで、僕たちと離れた席に腰を下ろした。
席に着いた後、先に入って来ていた三人と何やら話し始めた。
お互いに知り合いなのだろうが僕は興味がないので聞き耳を立てることなく、最後の一人を待つことにした。
それから少し経って一人の女性がギルドに入って来た。
身長は僕より数センチほど高く、透き通るような白肌に青みがかった薄紫の髪をポニーテールに結び、腰に剣を一本携え、凛とした印象を抱かせる。
「綺麗な人……」
ポニーテールの女性を見てリイシャがポツリと呟き、それに僕は半無意識的に肯定で答える。
「そうだね……」
「ちょっと!」
僕の言葉が気に食わなかったらしく、リイシャは僕だけに聞こえる声量で少しドスの効いた声と共に僕の足を机の下で踏みつけた。
僕は弁明を図るべく、足の痛みを我慢して口を開く。
「いや、リイシャが綺麗だって言うから、別にあの人に何か恋愛的な感情を持ったわけじゃないよ」
「それでも付き合ってる人の前で、他の人を褒めたりしないでしょ」
「ご、ごめん。気をつけるよ」
理不尽な気もするがリイシャが他の男を褒めるようなところは見たくない、これは僕に非があったのだろうと一言謝罪を告げた。
僕たちのひそひそ話が自分のことなだとわかってか、ポニーテールの女性は僕たちの方を一瞥してから空いている席に腰を下ろした。
受付のお姉さんは全員がそろったことを視認すると、ギルド内にバラバラに座っている冒険者計十人へ届くように声を少し張り上げる。
「皆さんお集まりいただきありがとうございます。今回のクエストは百鬼迷宮における新エリアの調査を行ってもらいます。情報によりますとオーガの出没が確認されており、一筋縄ではいかないことは明白です。そのため、このクエストはオーガ討伐の経験がある方のみを対象とさせていただきました。皆様この場で初めて会うという方もいらっしゃると思いますので、私から軽く紹介をさせていただきます」
一呼吸してお姉さんは僕たちの方を手で示し紹介を始める。
「では端から順に、あちらのお二人が今回新エリアを見つけた、リイシャ・フレイスさんとミル・ノルベルさん。お二人ともランクはFですがたったの二人でオーガを討伐できるほどの実力があります。ですが、ダンジョン経験は本日で二度目となっております。皆さんご協力のほどお願いします」
紹介を受けて僕とリイシャは軽く会釈をし、お姉さんは僕たちに一番近いテーブルに座っていた三人組の紹介に移った。
「お隣はゴソト・クーレさんEランク、マイト・ノイートさんFランク、フィカ・ノストさんFランク。こちらのお三方は、百鬼迷宮を下層までたどり着くほどにこの迷宮を知り尽くしており、クラン勇石の剣でも頼りとなる方々です」
お姉さんの紹介に僕は一つ不安を覚える。
知り尽くしてると言っても、僕たちが見つけるまで新エリアのことを知らなかったのだ。
頼りになるとは思えないが……
そんな僕の思いを知る由もなく、お姉さんは紹介を続ける。
「次にジャッジャ・ゼジャルさんFランク、ロット・アスさんFランク、フォルス・ライアさんGランク、ヘイナ・アフォートさんGランク。こちらの皆さんは他の冒険者の方々と協力してクエストを達成した数が多く、大人数でのクエストではよい潤滑油となってくださるでしょう。それとこちらの二組は同じクランに所属されている方々ですので、今回のクエストでも連携の取れた行動を期待しております」
潤滑油か……
僕にとって一番気がかりな四人組みの紹介に不満を抱くが口出しするつもりはなく最後の一人、ポーニーテールの人物の紹介を聞くことにした。
「最後はフランネル・リンドウさん。パーティ経験は少ないですがEランク冒険者で経歴も素晴らしく、数多くの魔物の討伐実績があります。間違いなくこのパーティの主戦力となる方でしょう。以上が今回のパーティメンバーとなります。何か質問がある方はいらっしゃいますか? なければクエストの説明に移りたいと思います」
お姉さんはフランネルの紹介を終え軽く周りを見渡し自分の言葉に反応を示す者がいないことを確認した後、クエストの説明を口にし始めた。
「ないようですので説明に移らせていただきます。事前にお伝えしていた通り、本クエストにおける目的は百鬼迷宮の新エリア調査です。概ねの予定では往復で三日、調査自体に四日を当ててもらい計七日間の長いクエストとなります。中層までの主な魔物はインプ、ゴブリン、オークとなっておりますが、新エリアにはオーガの出没が見られています。決して油断のないようにお気をつけください。調査内容は新エリアに関することでしたらどんなことでも大丈夫です。道の構造、魔物の種類、落ちていた物品など、些細なことでも多くの情報をお願いします。報奨金は皆さんそれぞれに金貨三枚となっていますが、情報の重要度によってより多くの報奨金をお支払する予定です。では改めまして全体を通して質問はありますか?」
お姉さんの投げかけに、弓を担いでいるマイトが口を開く。
「一つ質問がある」
「なんでしょう?」
「情報による追加の報奨金ってのは全員にか? それともその情報を見つけた奴だけにか?」
「全員が均等になるようにさせていただきます。もし金銭的に不満があるようでしたら、皆さんで話し合ってから決めてください」
「おっけーだ」
「他に質問のある方は…………いないようですね。それでは本クエストにおける説明を終了させていただきます。皆さんのご武運、心より願っております」
お姉さんの言葉を皮切りに、ゴソトが席を立ち一つの提案を口にする。
「では、各々最終チェックもあるだろう。二時間後にダンジョン前に集合ってことでいいかな?」
「「「…………」」」
「じゃあ各自、万全の状態で挑むように、一時解散」
いきなり仕切りだしたゴソトの言葉に反応を示す者はいなかったが、ゴソトはそれを肯定と受け取ったのだろう、一時解散を促し同じ席にいた二人と共にギルドを出た。
その後ろ姿を目で追っているとジャッジャたちが僕たちの席まで歩いて来た。
「俺たちのことを信用しろって言っても簡単には信用してもらえないだろうから、ダンジョンでその信頼を勝ち取るつもりだ。そんじゃあな」
ジャッジャはそれだけを口にして踵を返し、四人揃ってギルドを出た。
ジャッジャの真摯な面持ちで放たれた言葉でさえも僕は信用することができず、だからこそジャッジャの言葉が現実となることを切に願った。
そんな僕の願いは露知らずジャッジャたちが出て行った後、ギルドに残った最後の一人フランネルと呼ばれた人物が僕たちの方へと歩み寄ってきた。
「少し話があるんだけどいい?」




