第30話 砕けた想い
大きな壁と隔離された通路に入って数十分、風に飛ばされたにしては見つからないペンダントを不思議に思い周囲を見回す。
壁を過ぎてからは、それまでどこにでもあった小さな穴はなくなっており、どこかに挟まっていたり、隠れてしまっていることはなさそうだ。
それよりも探している道自体が間違っているのではないかと、壁を過ぎて直ぐ横にあった脇道を思い出す。
僕もリイシャも武器は長物のため、幅の広い道を選んだが逆だったかもしれない。
以降もいくつか枝分かれした道を進み続けて来た、もし引き返すならまだいってない広い道からだろうと考えを改め、脇道のことを忘れることにした。
それにしても最初に壁を上げた時だけ突風が吹いた原因が分からない、その原因さえ掴むことができればどの道にペンダントが飛ばされたかも推測できるかもしれないというのに。
ペンダントが飛ばされた時の突風について考えていた僕に、頬を伝う汗を拭いながらリイシャが問いかけてきた。
「にしても、ここ少し暑くない?」
僕は自身の頬を伝う汗を拭って肯定する。
「そうだね。緊張してるからだと思ってたけど、少し暑いね。暑いって言っても少し汗ばむぐらいだけど」
「なんかジメジメしてるし」
リイシャの発言に、僕は一つ閃き口を開ける。
「あっ!」
「どうしたの?」
「壁を上げた時、なんで一回目だけ風が吹いたのかわかったよ!」
僕が瞳に光を灯すのとは裏腹に、リイシャは適当な返事をする。
「あーあれ、考えてたんだ」
「えっ!? 考える必要なかった?」
「いや、そんなことないけど、通れたからいっかなって思ってた……で、どうしてだったの?」
興味の無さげにリイシャが質問を投げかけてくれる。
だが僕は折角導き出した答えを秘めるつもりはなく、揚々と口を開く。
「こっちの空間は壁を挟んだ向こう側に比べて少し暑いから、風が入り込むように吹いたんだよ」
「なんで暑かったら風が吹き込むの?」
リイシャが頭に疑問符を浮かべたので、僕は人生経験から来る勘を頼りに説明を続ける。
「えっ……原理は知らないけど、そういう経験したことない? 例えばさ、めちゃくちゃ寒い日に扉を開けると外の冷たい風が中に入ってくるとか。それと同じだと思ったんだけど」
僕の言いたいことは理解してくれたようだが、納得がいかないようでリイシャは小首をかしげる。
「それがあんな突風になるの?」
リイシャの疑問が指し示すように、僕も扉を開けただけで突風が吹いた経験はなかった。
日本で聞き流していたニュースの情報を朧げに答える。
「なんか気圧の関係とかでなるんじゃない? 台風とかそんな感じでしょ?」
「私そういうの詳しくないからわかんないけど……」
「ごめん。僕も詳しいわけじゃないから勘……」
僕の中途半端な知識のお披露目により少しの気まずさが場に漂う。
数秒の沈黙の中、リイシャと目を見つめ合わせる。
そんな沈黙を破ったのは、暗闇から聞こえてくる複数の足音を耳に入れ、僕に注意を促すリイシャの言葉だった。
「まぁ、通れたんだし理屈はいいでしょ。それよりも何か来るみたい」
パンパンに詰め込まれた米俵を地面に叩きつけているのではないかというほどに重たい足音が、徐々に近づいてくる。
「三体ぐらいかな? 足音からしてオークと同じぐらいの体格っぽいね」
「この刺々しい圧、あの壁を抜けてから私たちに目をつけてた奴かな?」
「かもね……リイシャ気をつけなよ。今までのとは明らかに別格みたいだし、魔術もガンガン使っていこう」
「おっけ」
会話を続けながら僕は中腰に槍を、リイシャは脱力した両手で長剣を切っ先が地面に軽く着くよう持ち、それぞれ武器を構える。
息を呑み通路の奥を見据える僕らの視界に、三つの影が姿を現す。
その姿は赤黒い色で肌を染め、額には個体別に本数の違う角を生やし、吊り上がった鋭い目に鋭く尖った犬歯を持つ、オークと同程度の背丈に金棒を片手に持った筋骨隆々の肉体。
中層にいるはずのないオーガの鋭い眼光が僕らへ注がれる。
「あれがオーガ……ダンジョン探索二日目にして目玉モンスターと遭遇って、運がいいのか悪いのか……」
僕のぼやいた言葉にリイシャは反応を見せず『ウィンド』によって自身と剣の重量を軽減し、辺りに微風を吹かせる。
「悪いでしょ。行くよ」
どうやらリイシャは無視をしたわけではなく、集中力を高めていたらしい。
独り言のようなものだったので無視されてもよかったのだが、わざわざ反応をしめしてくれたことを少し嬉しく思い、僕は首を縦に振りいつも通り先行することを告げる。
「じゃあ僕が一気に攻めるから、リイシャはフォローよろしく」
「まかせて!」
リイシャの力強い返事を合図に、僕は『オーバードライブ』で真ん中のオーガまでひとっ跳びで到達し、オークの時と同様、追い越す勢いのまま空中でオーガの顔面に石突を勢い良く打ちつける。
が、オークの時とは異なりオーガは軽く顔が弾かれた程度しかダメージを受けた様子がなく、間髪入れずに金棒を振り切ってきた。
それを僕は顔面ギリギリで避ける。
地面に着地をする直前に横にいたオーガの金棒が、腹部を目がけてバッターのスイングの如く僕を襲う。
槍の柄で受けきるも後方に吹き飛ばされ、オーガに向けて駈け出していたリイシャとすれ違う。
僕がぶっ飛ばされることなど想像していなかったのだろう、すれ違った瞬間リイシャは驚きに僕の方を振り返ってしまう。
その背後には金棒を振り上げたオーガの姿があり、僕は受け身を取らずに注意を促す。
「後ろ!!」
刹那、リイシャは振り下ろされた金棒を紙一重で避け、長剣の切っ先をオーガの足先から頭のてっぺんに滑らせるようにして疾らせる。
大きな斬り傷をつけオーガを後退させるも、出血は少なく致命傷には程遠いようだ。
僕はそれを見届けながら地面を転がり、吹き飛ばされた勢いが消えた瞬間に地を力強く蹴り足を速めてリイシャの横に並んぶ。
そんな僕にリイシャが感謝を述べる。
「い、今のはやばかった。ありがと」
「いいよ。それよりあいつら、本当に強い。気を抜くとマジにやられる」
「吹っ飛ばされた人の意見は説得力凄いや」
リイシャの発言は僕をからかったように聞こえるが、彼女の頬に伝う汗、オーガから外すことのない鋭い視線、それらが先ほどの発言が冗談交じりの煽りでないことを示唆していた。
僕はそれでも心に余裕はあった。
いや、肩に力が入り過ぎているリイシャを見たからこそ、心に余裕ができたというべきか。
なんの憂いもなくオーガたちを倒すとなれば、リイシャに速攻で『キルウィンド』を使ってもらうことが一番だろう。
だがあの魔術は人目のあるところでは使ってはいけないモノ。
今、周囲に人がいなくとも、今後オーガと戦う際には使えるとは限らない、『キルウィンド』に頼り切るのはよくないだろう。
だからこそ、今何が通用するのか実験しておくべきだ、もちろん負ける気はない。
「今度は初っ端なから『エレクトリック』で行くから」
「おっけ」
緊張交じりの返事を耳に入れ、僕は槍を持たない左手を前に突き出し一つ魔術を唱え駆け出す。
「『エレクトリック』」
掌から放たれた電撃は、眩い閃光を放つ。
薄暗いダンジョンの中では目潰しとしても活用できる一際明るい光は、一瞬でオーガ三体の目を眩ませると同時に体を痺れさせる。
僕がオーガたちを焼き殺す勢いで放った『エレクトリック』はオーガたちの皮膚を焦がした程度のダメージしかでなかった。
予想外のオーガのタフさに動揺するが、『エレクトリック』を放つと同時に駈け出していた足を止めることはなく、槍を持つ手に力を入れ、槍投げの要領で一体のオーガの顔面目がけて槍を投擲する。
正確には投擲というより思い切り突き刺すようなかたちとなった。
目が見えず体を動かすこともできないオーガは、槍の一撃を顔で受け頭を貫かれる。
僕に続いてリイシャが無駄に力むことなく、普段通りの滑らかさで一体のオーガの首を綺麗に両断。
僕は残ったもう一体のオーガも殺すべく頭から槍を抜き取り、横なぎに振るうとオーガは金棒でそれを防ぐ。
は!?
もう体動かせるの?
早くない?
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
僕は目を細めて金棒を振り切ってくるオーガの一撃を後方に避け、オーガが金棒を構え直す間に懐に潜り込み槍を横腹から突き刺す。
が、オーガは僕の攻撃をわざと受けたのか腹部に刺さったままの槍を掴み、金棒を振りかざす。
槍を引き抜いて逃げようとするも、一瞬の隙だけでは僕の力でオーガから槍を奪い返すことはできず、槍を諦め振り下ろされた金棒を避けて距離を取る。
武器を失った僕を守るようにリイシャが僕とオーガの間に入り、長剣を少し斜めに傾け中段に構えを取り心配からか僕に言葉をかける。
「大丈夫?」
「大丈夫、だから僕一人でやるよ」
「どうやって? 『エレクトリック』は致命傷にならないし槍は取られた。武器を持ってるオーガに素手で戦うの?」
リイシャの最もな意見に僕は首を横に振る。
「僕にはもう一つ魔術があるでしょ。まぁそれが効かなかったらごめんけど、リイシャのフォローに徹するよ」
「……わかった」
リイシャは横に除け僕に前を譲る。
オーガは腹部に刺さっていた僕の槍を取り、右手に金棒、左手に槍を持ち構え僕へ目がけて猛進してくる。
オーガへと僕は掌を向け、僕の誇る最大の一撃を放つ。
「『エレクトリックサンダー』」
雷は直線を疾り、瞬きする間にオーガの上半身が取れそうなほどに大きな穴を腹部に空ける。
オーガはその場で力を失い、うつ伏せに倒れ砂埃を上げた。
後方で構えていたリイシャはオーガの死を見届けた後、長剣を鞘に納める。
僕は数歩足を進めオーガの落とした槍を拾いリイシャに向き直った。
「『エレクトリック』が少しの時間稼ぎにしかならなかったのは予想外だったけど。『エレクトリックサンダー』はちゃんと効いたみたいでよかったよ。逆に言えば『エレクトリック』は強い相手にも時間稼ぎができるってわかったしね」
僕は手に残った雷の感覚を握り締めて、戦闘を振り返った。
対するリイシャは眉間に皺を寄せる。
「それにしてもじゃない? あれで死なないってなると、今後オーガと戦うときは相当きついよ。魔術なしじゃ、一体相手にするのも骨が折れそう……」
「まぁね。でもオーガはEランクだし、『エレクトリックサンダー』一発で倒せたことを喜ぶべきだと思う。それに『キルウィンド』でも間違いなく一撃だろうからね。出来るだけ人前では使いたくないけど、危ないと感じたら迷わず使っていこう」
注意喚起とも取れる僕の提案にリイシャは力強く頷くと、突拍子もない発言を口にする。
「それが一番いいか……じゃあ少し早いけど、もう帰ろ」
「えっ? なんで? まだペンダント見つけてないじゃん」
僕の当然の疑問はリイシャの続く言葉に勢いを失くす。
「ミルもわかってるでしょ。このまま進むと、またオーガと戦うことになる。それに、これだけ探しても見つからないなら別の道だった可能性もある。今からまた探し直すわけにはいかないし、私たちは帰るための余力も残しておかないといけないでしょ。何回もオーガを相手にできないよ」
「そうかもだけど、リイシャはいいの?」
「別に諦めたわけじゃないからさ。また一緒に探しに来てくれる? 長丁場になるだろうけど」
そう告げたリイシャの表情には隠しきれない哀愁が見て取れた。
ダンジョンに入ったのは今回が初めてだが、一度失くした物を後日見つけられるほど狭くもないし優しくもないはず。
そしてリイシャもそれをわかっていながら、おばさんから託された大切な想いを後回しにすると言うのだ。
リイシャの意思を尊重する他ない。
だからこそ、またここに来るときは全身全霊で力になろう。
「もちろん!」
僕の言葉に、リイシャは僕が何と返事するかわかっていたかのように、屈託のない笑みで僕の目を見据える。
「ありがとう!」
リイシャの笑顔は、どんなときでも僕に力をくれる。
覚悟を心に決めて僕は槍をその手に、ダンジョンを後にした。
▽▽▽▽▽▽
「大切そうにしていたので、追いかけて来ると思ったのですが……こんなことなら、もう少し強引にしてもよかったかもしれませんね」
男は混じり気のない澄みきった柔らかな緑の輝きを放つ、まるで太陽のようなペンダントを、ダンジョンの薄明かりに照らし、一つ呟く。
「これはもう、いりませんね」
手に持っていたそれを地面に投げ捨て、踏み砕く。
その一連の動作からは、微塵も慈悲を感じさせずに。
「それにしても、あの状況で生きていたのはなぜでしょう?……まぁ、あのお方のお暇を少しでも潰せているのです。よしとしますか」
男は喜々として首から下げている銀色に指を添え、ダンジョンの暗闇へと姿を消した。




