第02話 大切な人
ギルドを出て二十分ほど歩くと少し古びた建物が目に入った。
ギルドより一回り大きく、レカーナの言う通り見ればすぐにわかった。
ここが図書館かな?
中に入るとすぐに受付があったので尋ねてみた。
「すみません。ここって図書館であってますか?」
「はい、あってますよ。ご利用されるようでしたら、レコードカードのご提示をお願いします」
レコードカード?
受付のお姉さんが優し気な笑みで聞いた事のない単語を口にしたので、一瞬呆けてしまうが腰下げ袋の中に入っていたカードのことを思い出す。
今、僕が持っている唯一のカードは名前などが書かれた身分証のような雰囲気の物一つだけなので、それのことだろうと思い受付のお姉さんに手渡す。
「これですか?」
「はい、ではこちらに指の腹を当ててください」
お姉さんはレコードカードを受け取ると、受付台に設置されている薄い板を手のひらを上に向けて指し示した。
言われた通りに薄い板の中央にある黒い楕円に人差し指の腹を当ててみると――
「申し訳ございませんが、親指でお願いします」
「あ、すみません」
知らなかったこととはいえ少し恥ずかしく、頬を薄赤に染める。
そんな僕にはおかまいなしに楕円が淡く光った。
楕円の光を見届けたお姉さんはレコードカードを丁寧に両手で持ち、僕に手渡す。
「はい、認証完了いたしました。本日の閉館は二十時となっておりますので、お気をつけてご利用ください」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
受付の近場にある時計台を確認すると今は十四時であった。
時間はたっぷりあるが、最初に調べるものはもうすでに決まっている。
先ほど僕に恥をかかせた”レコードカード”についてだ。
受付でこれと親指の指紋の確認が取られたということは、想像通りこのカードは身分証のような役割を果たすはずだ。
それならきちんとこのカードについて理解しておく必要がある。
本棚は綺麗に本が陳列されているため、目当ての本がとても探しやすかった。
手に取った「冒険者の基礎」と書かれた本の目次には、「レコードカードについて」の一文があったので、本を片手に椅子がある場所まで移動した。
ちなみに言語は設定もできていなかったため文字が読めない可能性もあったが、日本で生活しているときのように平仮名、片仮名、漢字、その他には英語などが混在しているだけのようで、杞憂に終わった。
元々レコードカードと門の傍らにあった看板は読めたのだし、今更だったことは言うまでもなかったのだが……
僕は言語の壁という既に答えのあった疑問に対して独り恥ずかしくなり目を伏せて椅子に身を委ね、本棚から取って来た本のページを開く。
本にはレコードカードの説明が記載されており、
レコードカードとは――
全世界共通で利用可能な身分証である。
表面上部に所持者の氏名、左にランク、職業、所属が、右には指紋認証を可能とする黒の楕円模様が記載されている。
なお登録のされていない項目に関しては空欄となる。
表面の楕円模様に親指でタップすると、一定時間裏面の記載が閲覧可能となる。
裏面にはワンタップの場合、自身が今受けている仕事内容と、過去一定期間内に受けた仕事の成否であるタスク一覧が表示される。
仕事やタスクは業種によっては依頼と呼ばれる場合もある。
またダブルタップの場合、自身の所有するマジックレコード、スキルレコードからなる特異技能一覧が表示される。
と書かれてあった。
なるほど、これが身分証なのであれば冒険者ギルドの職員は市役所などの仕事も兼任しているのかもしれない。
それと裏面に何も記載がなかったのは、特に重要なこと(?)が記載されているからロックがかかっていただけだったようだ。
レコードカードの表面を見ると先刻確認したときと同じで、名前「ミル・ノルベル」、ランク「G」、職業「冒険者」が記載されており、所属が記載されるであろうはずの欄は何も記載されていなかった。
このゲームは始めたばかりでどこにも所属したいないのだから当然である。
楕円をワンタップして裏面を見てみる。
何も依頼を受けてないので、これも空欄だろうと思って見たら、一つの依頼の達成と一つの依頼の失敗が記載されていた。
目を疑った。
僕はこのゲームは始めたばかりで何も依頼を受けてないのだから。
意味がわからないが、このようなことを調べるために図書館に来ている。
目次に戻り、依頼について書かれているページを探す。
「依頼は……あった!」
すぐに目次に記載されていたページを開く。
依頼とは――
クエストとも呼ばれ、主にギルドで受注することができる要望や要請のことである。
依頼によっては何組でも受注が可能なものと、組数が制限されているものがある。
依頼を達成すると報酬として金銭を受け取る場合が多いが、依頼によっては金銭でないモノになることもあるので受注する前に必ず確認すること。
今受けている依頼内容と、今までに受けた依頼の成否はレコードカードの裏面に記載されている。
と書かれており、受けた覚えのない依頼については一切の言及がなかった。
無駄足を踏み空虚な感情が芽生えるも、他にも調べたいことがあるため一度保留にして後でレカーナに聞いてみることにした。
先ほどはレコードカードの表面の楕円をワンタップしたので、次はダブルタップをして裏面を見てみるとそこには――
マジックレコード
・エレクトリック
・オーバードライブ
・エレクトリックサンダー
スキルレコード
・
クレイジーレコード
・命
の文字が記載されていた。
マジックレコードは三つ持っているが、スキルレコードは一つも持っていないようだ。
取得した覚えはないが最初から何個か技を持っていることは珍しくない。
まぁそこも気になるが、一番気になるのは下部の単語だ。
クレイジーレコードって何?
あるならあるって最初から書いておいて欲しいんだけど……
解のでない疑問が積み重なり、眉間に皺をよせて、目次でクレイジーレコードを探す。
「ない……」
目次にクレイジーレコードの記載は一切なかった。
この本は基礎中の基礎しか記載されていないのだろう、あまり役に立たないかもしれない。
僕は椅子から立ち上がり、本棚へと足を進めて適当に本の物色を始めた。
しかし、どれだけ探してもクレイジーレコードのことが記載された本は見つからず、仕方がないのでこれもレカーナに聞くことにした。
ただマジックレコードとスキルレコードについては記載されている本を見つけたので、それだけでも目を通しておくことにした。
マジックレコードとは――
任意で体内外の魔力を用いて超常を引き起こすことができる能力の総称であり、一般的には魔術とも呼ばれている。
体内の魔力が枯渇すると一定量回復するまで体を動かすことができなくなったり、意識を失うことがあるので、行使には注意が必要である。
大半のマジックレコードは、原理を理解することで誰にでも行使可能であるが修得には多大な時間を要する。
種類や効力については、魔術百科事典や魔術教本を推奨する。
スキルレコードとは――
ある条件が満たされた際に自動的に超常を引き起こす能力の総称である。
マジックレコードとは性質が異なり、魔力を用いない種類もある。
また、意識して修得することが不可能であり、独りでに取得する他ない。
魔力とは――
魔術を使用する際に必要となる極小の物体である魔力子の集合体である。
魔力が空気に溶けた気体を魔素と呼ぶ場合もある。
また、エネルギーの役割も担うため、過度な消耗は命の危険を招く可能性もある。
と書いてあった。
マジックレコードとスキルレコードはよくゲームで見る魔術とスキルと似たようなモノらしく、問題が積み重ならないことに独り胸を撫でおろす。
あとはランク、職業、所属についてだが……
僕は「ミソバ」をプレイするときはいつも冒険者を選択していたので、今回も冒険者として生きていくつもりで他の職業についてはあまり興味がない。
他者と関わることが得意ではないので、どこかしらの組織に入るつもりもないから所属も気になる部分はない。
そのためランクだけが気になり、別の本を手に取り調べることにした。
ランクとは――
個人や魔物の力量、クエストの難易度などを表すものであり、何かを成す際の目安となる。
G~Aの七段階で区分されており、クエストをこなす、魔物を討伐する、また専用の試験に合格するなどでそのランクを容認されることがある。
討伐クエストのランクは、討伐対象内の最高ランクの魔物と同じランクとなるため、依頼内容は正確に確認するべきである。
と書かれていた。
他にはそれぞれのランク帯についての規格や基準が記載されていたので内容を要約すると。
Gは初級者から中級者、Fは上級者、Eはプロ、Dは国でも有数な実力者がほとんどなんだとか。
ちなみにC以上については明記されていない。
これについて、少し頭を悩ませることになった。
Aランクが最高なのにDランクで国でも有数な実力者っておかしくない?
考えられることとすれば、この世界の仕様は想像以上にシビアなものなのかもしれない。
Cランク以上についてはもう少し深く調べた方がよさそうだが、Gランクである僕には当分の間、関係がないかもしれない。
それならばと、このゲームの世界感についての常識を身につけることを優先し、いくつかの本を読み漁り、ある程度の事柄を知り得た。
この世界は球体状で円周が約二万km、ビグン大陸、ディザム大陸、ノーヴル大陸、罹災大陸の四つの大陸と広大な海からなる。
僕はビグン大陸と呼ばれる、固定電話の受話器のような形の大陸の北側にある法王国にいるみたいだ。
罹災大陸は北の極点を中心に置く大陸である。
大気中の魔素濃度が異様に高いため、魔物の一匹一匹がプロのパーティでも勝てないほど強い。
また気候の変動が激しいことに加え、七天災と呼ばれる神話級の魔物がいるのだとかいないのだとか、おとぎ話のような扱いで書かれていた。
総じて、決して訪れてはいけない大陸といわれているらしく、他の三大陸に九つの国をつくり人類は暮らしているらしい。
おとぎばなしとして他には五星宝と呼ばれる、理から外れた五つの宝が世界のどこかに眠むっているそうだ。
歴史に関してはあまり深いことは書かれておらず、宗教関連の話は一つもなかった気がする。
あまり面白そうな話はなく唯一気になったものは、約三百年前勃発した、わずか十四人の戦いによって何千万人もの死者を出した、堕天戦争というものぐらいだ。
堕天という響きがかっこいい。
天使とか悪魔とかが関わっていそうな名前だが、これもあまり詳しいことが書かれておらず、あとでネットで調べることにした。
「って忘れてた!」
とある事実に気が付いて、図書館という静寂を約束された空間でついうっかり声を張り上げてしまった。
幸いにも周りに人がいないことを確認して胸を撫でおろし、頭で考えを改める。
いろんなことを無我夢中で調べてたけど、ゲームのことはゲーム内で調べるより現実に帰って調べた方が断然効率いいじゃん!
早く帰って調べなおそ。
メニューオープン
……
帰れないんだった……
気を落として時計を見ると長い針が十二を短い針が七を指しており、約五時間も調べものをしていたことに気が付いた。
いや、めちゃくちゃ時間経ってない?
まだバグ直ってないの?
てか、こんだけ長い時間プレイしてたら強制ログアウトくらうはずなんだけど……
どういうこと?
これ、このまま帰れなかったら現実の体って餓えて死んだりする?
それに、尿漏れ、脱糞は絶対にしたくない。
もしそうなったら、もうお婿にいけない。
やばい、どうしよ……
とりあえず他のプレイヤー探して同じ状況なのか、あるいは、これが僕だけに起こったことなのか聞かないと。
もし僕だけならその人に頼んで、警察にでも家に押し入って助けてもらおう。
うん、そうしよう。
となれば、人がいっぱいいそうなギルドに戻るか……何かしらの情報も手に入るかもしれないし。
とりあえず急ごう。
忙しなく本を棚に戻し、駆け足で廊下を進んでいると一つの声が僕の足を止めた。
「ちょっとそこの方! 館内で走らないでください!」
「あ、すみません」
何度目かわからない羞恥心にさらされて、静かに図書館を出た。
▽
図書館を出て今は全力疾走中、ギルドに着いたらどうやってプレイヤーを探そうか……
図書館の受付に話を聞こうかとも思ったが、恥ずかしさのあまりすぐに出てきてしまった。
それに未だNPCとプレイヤーの区別がやはりわからない、それほどまでにゲームの作りが巧妙なのだ。
一人一人声をかけてみるか?
いや、そんな悠長なことをしている時間があるのか怪しい。
大声で叫んでプレイヤーを探してみるか?
恥ずかしいな……というかもしそれで「自分プレイヤーです」なんて言う人が現れても大声で叫ぶ変人に関わろうとするなんて、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
でもこんな状況だし恥ずかしがっていても仕方がない。
それに、いくら大声で叫んでいる変人とはいえ、その人が困っているのだと知って近づいてくれる人はきっと良い人に違いない。
覚悟を決めろ、脱糞するよりはマシだろ。
人としての尊厳について考えながら全力疾走をしている中、突如後頭部を強い衝撃が襲った。
「痛っ!」
くらくらする頭をよそに、慌てて後ろを振り向いた先には……
毛先が首筋を撫でる紺色のミディアムショートの髪に、宝石を彷彿とさせる紫紺の瞳を持った、僕と同じ背丈の美少女が、澄んだ緑の宝石が付いたペンダントを首にぶら下げ、コットンのインナーにサーコート、体にフィットしたパギンスに、背中には身長と同じ程度の長さの長剣と六尺ほどの長さの槍を担いで、目尻に涙を溜め頬を膨らませて立っていた。
「ねぇ! なんで無視するの! 私、たくさん探したんだよ! 心配したんだから!」
どうやら彼女は僕に呼びかけていたらしい。
考えごとをしていたせいか、はたまた「ミル・ノルベル」の名前に慣れていないせいか、呼びかけられても気がつかなかった。
無視をしていたつもりではなかったのだが目尻に涙を浮かべる彼女の顔を見て、罪悪感に苛まれていると、僕の手が勝手に彼女の目尻に向かって伸びていた。
彼女は僕の手に触れられることに抵抗はないようで一連の動作を呆けた顔で見つめていた。
やがて僕の手が彼女の目尻に溜まった涙を拭うと、彼女は慌ただしく両目を袖で擦り涙などなかったかのように胸を張る。
「さ、さっき欠伸したから、そのせいだから。あーあ、眠いなぁ、てか肩こったなぁ」
彼女は言い訳をしている子供のように頬をほんのり赤く染めてそっぽを向き、欠伸の真似事のように大きく開けた口を手で隠し、肩こりを強調するように首をゴキッと鳴らす。
フリにしてはいやに鈍い音ではあったが、彼女自身とくに気にしていないようだ。
それにしても何故だろう、彼女を見ていると無視してしまったこととは別に罪悪感が増していく一方、心がほっと安らぐ感覚がある。
目の前の見ず知らずの彼女への気持ちに温かみを感じていると、唐突に視界がぶれ目まいがした。
いや、先ほど後頭部を打たれたのだから唐突ではないか。
徐々に頭が回らなくなり、意識が飛び飛びになって立っていることも辛くなってくる。
「ちょっ、何か言うことあるでしょ!? なんで急にどっか行っちゃったの!? ねえ! なんとか言ってよ!」
彼女が何か言っているみたいだが、鼓膜に振動が伝わってもそれを脳が言葉として処理してくれない。
「何があっても信じるって言ったじゃん! ふざけないで!」
彼女は先ほど拭ったばかりの目尻から涙を流し、言葉とともに僕の肩を軽く突っぱねた。
意識が朦朧としていたせいか、軽く肩を押されただけで僕は地面に仰向けで倒れ、また頭を強く打ってしまう。
「え? ちょっ、ウソ? 私そんなに強く押してないよね? ねえ、ねえってば! もしかして、まだ治ってなかった? ごめん! ごめんって! 本当にごめん! 起きて!」
彼女はひどく焦った様子で謝罪を口にし僕の体を揺する。
「あっ、揺すっちゃダメか。てか、大声もダメか……えっと、取り合えず起きて、ねぇ、ミル」
彼女の不安に満ちた囁くような声が届くことはなく、僕の意識は既にそこになかった。
▽▽▽▽▽
<某所、某日>
一枚の大判用紙が貼られた白の壁紙。
乱雑に放られた人一人包めそうな布。
数冊の本と月明かりを淡く反射した一つの薄い長方形の物体が置かれた机。
人一人分の重量を支えている椅子が一つ。
この特になんの変哲もない八畳ほどの部屋には、物体の駆動音も生き物の息遣いも無く、ただ赤い血が椅子の上から滴る音だけが響き渡っていた。




