第28話 あの日の頭痛
リイシャの長剣が身を真っ二つに斬り裂き、左右に体を分けたそれは血を迸らせ地面に倒れこむ。
「ゴブリンがあの程度だったんだしわかってたけど、インプって想像以上に弱いね」
リイシャは数時間前に討伐したゴブリンたちを思い返しながら、目の前に転がるインプの死体に視線を落とした。
ランクはG、体長三十センチ程度、爪が鋭く二足歩行の小型の魔物。
ダンジョンの薄暗さで正確には分からないが、緑に近い黒のような色合いをしている。
暗い色が壁と同化し見つけづらかったが本体の知能指数が低く、その強みを活かすことなくギャーギャーと騒いでいたため視力に頼ることなく討伐できた。
リイシャの発言したとおり一匹一匹は非常に弱く、槍の一撃でその命を奪うことができてしまうほどで、あっという間に僕たちはインプを討伐してしまっていた。
「ゴブリンと違って二、三匹が一緒に襲ってくる程度で数も多くなかったしね。それにしてもリイシャって剣振るときいつも『ウィンド』使ってるよね。魔力尽きないの?」
僕が同意を示しつつリイシャの魔力効率の高さに感嘆すると、リイシャは考え込むように眉間に皺を寄せる。
「うーん。尽きる気はしないかなあ。さすがにずっと使い続けたら話は別だけど」
僕は三年前にリイシャのアドバイスのおかげで『エレクトリック』を修得できるようになった日々を思い返す。
「リイシャはやっぱり魔力子の使い方が上手いんだろうね。また今度教えてよ」
リイシャは口元を波状に歪め、自慢げに腕組みをして鼻をフンっと鳴らす。
「いいよ。魔術でミルに負けたことないからね!」
「ありがとね」
リイシャのニンマリとした笑みに、魔術に関しては惨敗してばかりの苦くも甘い日々に耽る。
リイシャを横目に歩を進めると、目の前に下へ降りる階段を見つた。
「リイシャ、階段があったよ。降りる? 結構歩いたし野宿する?」
「もう階段まで来ちゃったんだ。うーん、まだまだ体力は残ってるし、進める内に進んでおかない?」
「そうだね」
僕は小さく頷き、リイシャとともに階段へ足を踏み入れる。
リイシャは両手を組んで軽く伸びをすると階段を一段一段降りながら、隣で同じように階段を降りる僕に質問をなげかける。
「野宿って、どんな場所にするつもりなの? 前はどんな感じにしたの?」
僕はリイシャと離れ離れになった森での苦痛の日々を思い返して応える。
「あの時は適当に寝てただけだし当てにならないかなぁ。でも狭い一本道が良いかなって思ってる」
「なんで?」
「大勢の魔物に襲われるようなことがあっても一体ずつ処理できるし、逃げるとき迷わないと思うから」
リイシャは反論する素振りを微塵も見せず、軽く口調で同意する。
「じゃあ、その案で行こっか」
「それと、寝るのは交代の方がいいよね?」
「おっけ」
今後の方針を簡単に決め階段を下り終えると、ダンジョンの奥からいくつかの足音が聞こえてきた。
それに応えるようにリイシャは先ほど背に担いだばかりの長剣の柄に手を添え、僕は槍を抜き放ち構える。
「リイシャ」
「うん。この不揃いだけど綺麗な足音、ゴブリンではなさそうだしインプにしては大きすぎる。オークって可能性もあるけど、多分……」
僕とリイシャは顔を見合わせお互い頷くと構えを解いて、足音のする方を見据える。
そこからは四つほどの影が徐々に近づいて、
「おお! 見ない顔だが新人か?」
気さくに話しかけてきた。
僕は愛想笑いを浮かべて、淡々と答える。
「はい。今日この町に来たばかりです」
「はっはっは。ってことはインプかゴブリンの討伐か……ん? ここは中層だぞ? もしかしてオークの討伐か? 俺たち丁度帰るところだったんだが、新人なら大変だろ、手を貸すぜ?」
そこにいたのは短い髪を逆立てた身長百九十センチ程度で、両刃の大斧を持ったゴツイ男。
後ろには気だるげで両耳にピアスを三つずつ着けた二枚目。
前髪で両目を隠し銀色の小笛を首から下げた陰鬱そうな男。
露出の目立つ腹と太もも、肩を出し薄い赤髪を後頭部で団子に結んだ女が一人のパーティだった。
「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝します。では」
根拠はないが、関わっても良いことはないだろうと思い、リイシャの手を引いて急く。
その場を去ろうとすると、短髪の男が無遠慮に僕の肩に腕をかけ、団子結びの女がリイシャの手を引いてきた。
それでも僕はリイシャから手を離さない。
短髪の男はニタッと悪い笑みを浮かべる。
「まぁまぁ。見たとこ二人だけじゃねぇか。大変だろ? 俺らが協力してやるって言ってんだ。遠慮すんなよ」
「いえ、本当に大丈夫なんで」
僕の断りを受け、男は僕だけに聞こえるような声量で囁く。
「彼女にいいとこ見せただろ? オークはゴブリンやインプとは比べモンになんねぇぜ? 新人には荷が重い、無様は晒したくねぇだろ? 悪いようにはしねぇからよ。護衛料をほんの少しもらうだけだ」
僕は肩に乗っている男の腕を払い、レコードカードのランク表記を男の目の前に突き付けて見せる。
「ありがたいお話ですが、僕も彼女もFはありますのでご心配なく」
男は僕のレコードカードに記されたFの文字を見て目を点にする。
「これは驚いた、いや失敬失敬。さっきのは許してくれ。俺はジャッジャ、そこの女はヘイナ、前髪がうざってぇのはフォルス、ピアス付けてるのはロットってんだよろしくな」
僕は覚える気がなかったため男のパーティ紹介に耳を傾けることなく、訝しげな眼で睨みつける。
男は愛想笑いを浮かべ、口調を和らげる。
「そんな顔すんなよ。ほんと悪いと思ってるって。侘びと言っちゃあなんだが護衛をさせてくれ、もちろんお代はいらねぇ」
「いいえ、結構です」
僕はリイシャの手を握ったまま先へと足を速めた。
手を握る力が強くなり、痛みを覚えたリイシャの声が耳に届くことはなく――
「ついて来ないでくれますか?」
僕は後ろから歩いてくる先ほどの四人組へ振り返り、語気を僅かに強めて言葉を放った。
男は白々しくも嘘を吐く。
「いや、俺たちもこの道だからよ」
「さっき帰る途中みたいなこと言ってましたよね?」
「あれ? そうだったか? 細かいことは気にすんなよ」
「じゃあ、お先どうぞ」
僕はリイシャの手を引いたまま壁際に身を寄せ、四人組に道を譲った。
それを見て男たちは戸惑いながらもお互い顔を見合わせる。
「なぁ本当に悪いって思ってるからよ。ちょっとした小遣い稼ぎみたいな気持ちだったんだ。許してくれ。それにほら俺はFだ。あ、ロットもFだから役には立てる」
男はそう言うと自身のレコードカードを見せ、それに並ぶようにピアス男もレコードカードを見せてきた。
どうやら二人ともFというのは本当らしい、だからといって信用するわけではない。
僕は眼光を鋭くさせて、男の目を見据える。
「新人を揺すったことを誰かに言いふらしたりするつもりはないので、もう関わらないでください」
「…………」
男は口を結び僕に視線を落とし、何も言い返してこない。
僕も口を開くことなく静観を続ける。
そんな沈黙を破ったのはピアス男の気だるげな声だった。
「なぁジャッジャもういいじゃねぇか。帰ろうぜ。俺、疲れたよ。いつものことだ。誰もこいつらの肩なんか持たねぇよ。もしものときは黙らせりゃいいじゃねぇか。Fだとしても俺たちには勝てねぇよ」
ピアス男の言葉に短髪男は反応を示さない。
が、意を決したようで白い歯を見せてニカッと笑って見せる。
「もしまた会うようなことがあったら気兼ねなく頼ってくれよ。じゃあな」
そう言うと踵を返して上層へ上がる階段へと帰って行った。
男たちの姿が見えなくなったところで、リイシャが眉間に皺を寄せて僕に質問を投げかける。
「ねぇ、どうしたのいきなり? 何か変なことでも言われたの?」
短髪男――ジャッジャと呼ばれた男の僕を揺する声はリイシャに届いておらず、僕の苛立ちに心当たりがない。
僕はジャッジャの発言から推測できうる可能性を早口で説明する。
「あの四人は初心者を騙してお金を巻き上げるような人たちなんだよ。いや、正確には騙してはないんだろうけど、無理やり恩を売ってくるような感じかな」
「どうしてそれがわかったの?」
「リイシャには聞こえないように言ってたけど、あの人、僕に自分からそんなこと言ってきたんだよ」
リイシャは考え込むように眉間に皺を寄せると疑問を口にする。
「直接言ったらバレバレじゃん。そんなこと言うとは思えないけど……」
「普通はね。僕たちはある程度実力があるからいいけど、本当の初心者の人たちにとっては直接言われるからこそ、断りづらいところがあるのかもしれないよ」
「でも初心者ならお金を払ってでも経験者に付いて来てもらうことって、悪いことじゃないと思うけど?」
僕の言い分はリイシャの正論で砕かれかける。
普段の僕ならこの程度のいざこざ気にも留めない。
なんならエウィジスでスキンヘッドからバカにされたときの方が癪に障るほどだ。
しかし、何かが心を蝕んでいるように感じて口調が荒くなる。
「だから! そういう初めての人がいいカモなんだよ! あんなのを野放しにしてるここのギルドは信用出来ないかもしれない!」
僕自身気が付いてない情緒の不安定さに、リイシャは眉尻を下げて弱弱しく僕の瞳を見つめ返す。
「ミルどうしたの? なんかきつそうだし、そんな怒ってらしくないよ。気張り過ぎじゃない? 初めてのダンジョンで疲れちゃったんだろうし今日はもう寝る? 丁度あの辺りよさそうだし」
リイシャが指を差した場所は当初予定していた野宿に見合った場所ではなかった。
しかし僕自身、今の僕がおかしいことはなんとなくわかっていたので、心を落ち着かせるためにもその提案を受け入れることにした。
「そう……する」
壁際に荷物をまとめ硬い地面に横になり、先に睡眠を取ることにした。
「じゃあ、ごめんけど、先に寝るね」
僕が自責の念に駆られてかすれた声に、リイシャは屈託のない笑みを浮かべて見せた。
「うん。気にしないで」
僕の安心させようと、僕を元気づけようと見せるリイシャの眩しい笑顔が、心に深く突き刺さる。
なぜ僕はあの程度のことで怒っているのか……
あの四人に会ってからどこかで体験した嫌悪感に、脳を抉られるような頭の中を殴られているような不快感に心を押し潰されそうな気がした。
それから頭がおかしくなった気がする。
これは言いがかりかもしれない。
考えれば考えるほど、自分がおかしくなりそうになり僕は考えることをやめた。
それでもしばらくの間は眠りにつけず、数十分経った後に僕の意識は途絶えることとなった。




