第25話 分岐点
一ヵ月が経ち特訓が最終日を迎えた。
毎日動けなくなるまで特訓に精を出し辛い思いもしたが、今日で終わりだと実感すると少し寂しいものがある。
そんな心境の中、僕たちはいつも通り朝食を食べ、いつも通り町の外れまで四人で行き、いつも通り二組に分かれた。
フラナは普段通りの飄々とした口調に、普段とは異なる鋭い目を僕に向ける。
「今日でお前らとの特訓の日々も終わりだなぁ。いきなり付き合わせちまって悪かった」
昨日までに変わった様子はなかった……
気が付かない内に気に障るようなことでもしたのだろうか?
覚えのない行動を振り返りつつ、フラナに感謝の気持ちを告げる。
「そんなことないですよ。寧ろ感謝しかないです」
「はっは、そう言ってくれるとありがてぇや」
フラナは乾いた笑いを上げると、目を細めて遠くを見据える。
「一ヵ月前、話があるって言ったの覚えてるか?」
バブリビオススから逃げた日、少し遅い昼食を取っていたときにフラナから言われた言葉を思い出し首を縦に振る。
「それはもちろん。今鍛えてもらっているんですから」
フラナは頬をポリポリと書きながら、眉尻を下げる。
「まぁなんだ……実はな、このことじゃなくてだな……」
「どういうことですか?」
フラナは首を傾げる僕の目を見据えて、口を開く。
「話ってのは特訓のことじゃなくてな。お前、レコードカードにクレイジーレコードって欄があるだろ?」
「あ、そういえば……」
僕はこの世界に来た初日、図書館で調べものをしていたときのことを思い出した。
以前、図書館でクレイジーレコードについて調べたが、どの文献にも記載がなかったので後回しにした。
あの日、僕は”ミル・ノルベル”の記憶を追体験することになった。
すっかり忘れてしまっていたレコードカードの詳細に記憶を掘り返して、レコードカードを懐から取り出す。
最後にレコードカードの特異技能一覧(マジックレコードやスキルレコードが記載された欄)を確認したときは、『エレクトリックサンダー』を使えるようになった際である。
だが、あのときはクレイジーレコードなどなかった気がするが……
あっ……
このとき僕は一つのことに気が付いた。
この世界に転生した自覚が芽生えてから一度も特異技能一覧を確認していないことを。
急いでレコードカードの特異技能一覧を確認する。
するとそこには、
マジックレコード
・エレクトリック
・オーバードライブ
・エレクトリックサンダー
スキルレコード
・
クレイジーレコード
・命
クレイジーレコードの文字が記載されていた。
そして下には『命』の文字が……
僕の見間違い、もしくは表記ミスだと思い込んでいた文字に、僕は一人合点がいった。
そうだ!
初めて見たときは図書館で、この文字が消えているとわかったのは記憶を追体験していたときだった。
なら”ミル”が自殺して、”僕”がリイシャに殴られて気絶した後、宿屋で目が覚めたときにはもうすでにこれは表記されていたはず。
なぜ気付かなかったのだ。
いや、あのときはリイシャのことで頭がいっぱいだったから、こんなこと忘れきってたのだろう……
僕は少しばかり自身に呆れ、クレイジーレコードがあったことをフラナに報告する。
「ありましたよ。下には『い」
「待て!」
『命』と書いてあったことを伝えようとした僕の言葉をフラナが遮った。
「それが何かわかってなさそうだし、まずは話を聞いてくれ」
普段は飄々としているフラナが真面目な声色で口を開いた。
つまりそれは、この文字はフラナが危惧するような存在だということだ。
だからこそ僕の質問する声はかすれて震える。
「これって、なんなんですか?」
「クレイジーレコードまたの名を”狂癲”って呼んでな。それを持った奴らのことをそのまま”狂癲持ち”って言うんだよ」
「きょうてん? ですか?」
耳にしたことのない単語に眉根を寄せると、フラナは小さく頷く。
「そうだ。狂癲ってのは簡単に言うと、魔術やスキルを超えた特異的な能力のことだ。樹林でバブリビオススから逃げるとき、アルビウスがしたこと覚えてるか?」
僕はアルビウスが樹林で行った地面を灰にして操り、大狼の死体や木々を退かしてコンクリートで舗装されたような道を作ったことを思い返す。
「地面を灰にして動かしてました」
「それが狂癲だ。狂癲は全部で百個あるらしい、その一つをアルビウスが持っている。アルビウスの狂癲は触れた無生物を灰に変え、自由自在に操る能力だ」
百という数字が多いのか少ないのかは分からないが、希少な能力なのだろう。
僕はレコードカードに記載されていた『命』の文字を思い浮かべ、フラナに問う。
「なるほど。それなら僕にも特別な力があるってことですか?」
「ああそうだ。でだ、狂癲は希少魔術と違って、原理さえ理解できれば誰でも使えるわけじゃねぇ。百個全てがオンリーワンの能力だ。国軍は強い駒を常に欲してる。狙ってくるから気をつけな」
国軍と言えば、オーザたちのような人物に狙われるのだろうか?
クランの一人ひとりは大したことはなさそうだったが、五十人を超える数で追われるとなれば易々と捕まってしまうだろう。
地理も詳しくない、見つからないことが先決だろうか?
僕は眉間に皺を寄せて対策に頭を巡らせつつ、フラナに問う。
「気を付けることって何がありますか?」
「そうだなぁ。目立たないこと、ランクをD以上に上げねぇこと、Dランク以上の奴とできるだけ関わらないことだな。一度目を付けられちまったら、逃げらんねぇだろうからよ」
「わかりました。ありがとうございます」
依頼のほとんどはEランクだと言う。
ランクをD以上に上げる必要はなく、Dランク以上の人物は市井で見かけることは少ないはずだ。
バレる可能性は低いのかもしれない。
僕が頭を巡らせつつ小さく頷くと、フラナは心の奥底を見透かすように覗き込みカッカッと笑い口を開く。
「普段通りにしてればバレねぇよ。それに国のトップは狂癲を一人で複数個持ってるし、狂癲を持ってる奴なんてほとんどいねぇよ」
「そうなんですね。なら僕も含めたらもう三人に会ってるんですし、これから会うことなんてなさそうですね」
僕が胸を撫でおろすと、フラナは眉尻を下げて疑問を口にする。
「三人? お前とアルビウス、後一人は誰だ?」
「え、フラナさんがいるじゃないですか」
僕が目を点にしてフラナに視線を注ぐと、フラナは合点がいったように小さく頷いて懐からレコードカードを取り出す。
「ほれ、見てみろ」
フラナは何の躊躇いもなくレコードカードの特異技能一覧のロックを外し、僕に手渡す。
そこには約十個のマジックレコードと数個のスキルレコードが記載されているだけで、クレイジーレコードの記載は一つもなかった。
マジックレコードとスキルレコードの多さにも驚きだが、あのバブリビオススから逃げ切る実力を持ちながらクレイジーレコードを持っていないことに驚愕し目を見開く。
「えっ!? 狂癲を持ってないんですか!?」
「そうだぜぇ」
「で、でも人類最強なんですし、惨羊の足止めもしてくれたじゃないですか!」
僕が強く訴えかけると、フラナは得意げに腕を組み胸を張る。
「俺はただの天才だからな、狂癲なんてなくても強ぇのよ」
「……」
狂癲という大きな能力を持たずして最強の座にいるフラナの存在に呆気に取られる。
そんな僕のことは気に留めずフラナは軽い口調で話を続ける。
「で、提案なんだが。俺たちと来る気はないか?」
「え?」
話の流れについて行けず驚きの連続で、素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
僕が回らない頭で質問の真意を思考していると、フラナが理由を口にする。
「お前、自分の狂癲がどんな能力かわかってねぇだろ?」
魔術にも言えることだが、レコードカードを見ただけでは能力の仔細はわからない。
僕は小さく頷き、フラナの目を弱弱しく見つめ返す。
「はい……」
フラナは半目で値踏みでもするかのような視線を僕に注ぐ。
「俺の知り合いに狂癲の能力がどんなのか分かるかもしれねぇ奴がいる。知りてぇなら連れてくぜ。俺たちと行動したら嫌でも目立つことになるが、俺の連れに手を出そうって奴はそういねぇ。それでも生きづらくなるが……どうするよ?」
つまり、国のお偉いさんたちが欲しがるような能力を僕は持っており、それを有効活用できるようにしてあげられるかもしれない、ということなのだろう。
能力の仔細を知ることができれば、僕にできることは増えてリイシャの夢の一助になるだろう。
だが、二人に付いて行くとなればバブリビオススのときのように大きな危険に出くわすかもしれない。
今回は助かったが次はどうなるか分からない。
リイシャの夢よりもリイシャの命を優先しよう。
僕は首を横に振って、断りを入れる。
「ありがたい話ですが遠慮しときます。リイシャのために冒険者をやっているみたいなものですし」
「そうか。じゃあ最後に一つ、聞きたいことがある」
フラナは僕が断ることをわかっていたかのようにすんなりと受け入れると、眉を顰めて真剣な面持ちを作る。
フラナの表情の変化に僕が固唾を呑むと、フラナは驚愕の言葉を口にする。
「お前、異世界人だろ?」
「…………え?」
フラナから散々肝の冷える話を聞いたが、僕はこの日、いやこの世界に来て一番の驚愕に目を見開いた。
口を呆けて固まった僕からの返事がないとみて、フラナは続けて言葉を紡ぐ。
「転生か転移か知らねぇが、こっちの住人じゃないだろ?」
僕は乾いた口をパクパクと動かし、震えた声を絞り出す。
「え、な、な、なんで? なんでわかるんですか? というか、異世界人ってもしかして他にもいるんですか?」
恐る恐る発した僕の問いに、フラナは淡々とありのままを口にする。
「他にもいるぜ。で、お前が異世界人だとわかった理由はな、初めて一緒に飯食ったとき、何か、いや、そんな曖昧じゃねぇな。どっかの神に懇願するみてぇに天を仰いでたろ」
フラナとアルビウスと初めてギルドで会った帰りの宿屋の一階で、一緒に食事をしたことを思い返す。
名も知らぬどこかの神様に願い事をした際に、フラナが今までに見せたことがない形相で僕を見ていた。
僕は小さく頷き声を震わせる。
「は、はい……」
「この世界はなぁ、お前らのいたところと違って神は唯一の存在なんだよ。そして神へ祈るなんて論外、神へは感謝を伝えるべきである。ってのが習わしだ」
フラナは一度言葉を切ると、普段の飄々とした口調を取り戻して続ける。
「つっても神の存在自体有耶無耶で信じてねぇ、というより知らねぇ奴ばっかだ。慣用句とかで出てくる程度で特に何も思ってねぇよ。でもな、その唯一の神を奉ってる宗教団体がある。そいつらからすれば他の神擬きを信仰してる奴らは有無を言わさず抹殺対象になるらしい。加えて異世界人は俺の知る限り全員が狂癲を持ってる。変に狙われたくなかったら、人前では気をつけな」
「そ、そうだったんですね。教えていただいて、ありがとうございます」
大して信じてもいない神様に手を合わせるだけで殺されてた可能性に恐怖を抱くと同時に、言い当てられて考えすらしなかった、僕が狂癲を持っていることを知り得た方法に胸の鼓動が速まった。
無知でいるだけで、僕は何度も死にかけていたのかもしれない、フラナと早々に出会えたことは奇跡だったと言えよう。
僕はフラナに出会たことに独り胸を撫でおろし意識をクリアにさせると、以前リイシャが口にしていた質問が頭を過った。
「なんでこんなに教えてくれるんですか? 趣味だからって言ってましたけど……」
フラナはニヤリと口を弧に曲げて肩を組んできた。
「初めて会ったときに言ったろ、お前に関心したからだ。そしたらお前が狂癲持ちだった。無所属の狂癲持ちなんて久しぶりだからな、興味が湧いただけだ。まぁ成り行きだな」
この一ヵ月間、毎日稽古をつけてもらってわかったことがある。
フラナは気分屋だ、この言葉は事実なのだろう。
フラナは修行から二日目で既に完治していた右手で僕の髪をくしゃくしゃと撫で、笑みを浮かべる。
「話は終わりにして体を動かそうぜぇ。ってことで最後の特訓だ、今まで以上に厳しくするぞ」
その日は宣言どおり、この一ヵ月で一番の過酷な摸擬戦が繰り広げられることとなった。
▽
「はぁはぁはぁはぁ……」
視界にオレンジ色の空が広がる夕暮れ時。
僕は休むことなくフラナと戦い続けていた。
そして特訓が終わると、フラナは僕に手を差し伸べてくれた。
だが一ヵ月前とは違い、僕は今もその足で立ち続けることができていた。
「最後までよく耐えたな」
「はぁ。あ、ありがとう、ございます」
息を整えて謝礼を述べ、手にべっとりと付いた汗を裾で脱ぐう。
今差し伸べられている手は僕の頑張りを評価してくれているものなのだろう。
僕はその手を初日以上に力強く握り返した。
そんな熱い握手を交わした僕たちから数十メートル離れたリイシャたちがこちらに向かって来ている。
どうやら向こうも終わったみたいだ。
普段通り、リイシャをおんぶすることになるだろうと逡巡していると、フラナはトボトボと歩いてくるリイシャの方を見て言葉を紡ぐ。
「俺たちは明日この町を出る。もしそれまでに気が変わるようなことがあれば遠慮なく言ってくれ。快くお前らを迎え入れるつもりだからな」
「わかりました。今日一日、改めてゆっくり考えさせてもらいます」
「おう」
フラナはニカっと白い歯を見せて笑みを浮かべた。
僕とフラナが会話を終えると、リイシャが今にも倒れそうな勢いで抱き着いてくる。
「ミルゥゥ!!」
体の疲れを訴えるリイシャの悲痛な叫び声が響き渡り、僕たちは宿屋への帰路についた。
▽▽▽
翌朝、僕たちは四人で最後の食事をとり、宿屋の前でフラナとアルビウスの見送りに集まっていた。
昨晩二人について行くべきか僕独りで考えた。
リイシャに相談しなかった理由は、僕のことを思って「行こう」と言ってくれると思ったから。
それでは意味がない、この旅は僕のモノじゃないのだから。
結果、考えは変わらず今にいたる。
せっかくの誘いを無下にしてしまうことに申し訳なさを感じていると、僕の心情を汲み取ったのか、フラナは僕を見て一つ頷いた。
そして笑みを見せ、活気の良い声とともに僕の背中を勢いよく叩く。
「じゃあな。また会ったら鍛えてやるよ」
「それでは」
続いたアルビウスの声は、濃密な一ヵ月間をともにしたとは思えないほど淡白なものにも聞こえたが、普段とは違う温かみを帯びた目が本心を告げていた。
この一週間、他者から見れば大したことのない日々だっただろうが、僕らは大きな成長を遂げた。
ギルドで僕たちを庇ってくれたこと。
樹林で味わうことのない経験を積ませてもらったこと。
弱い僕たちに稽古をつけてくれたこと。
無知な僕に多くの助言をしてくれたこと。
二人のすべてに感謝して僕は、僕たちは深々と頭を下げた。
「「ありがとうございましたぁぁ!!」」
徐々に二人の背中が小さくなり見えなくなると、僕とリイシャは踵を返し宿屋の扉を開け自室へと帰った。
後に僕はこのことを後悔することになる。
”狂癲”という強大な力があるにもかかわらず、
それを知ろうとしなかったことに。
それにこだわらなかったことに。
二人の背中を追いかけていれば、あんなことにはならなかったのだと。
このときの僕には、知る由もなかったのだ……




