第24話 お願い
ギルドを出た僕たちは、宿屋の一階で昨日のようにテーブルを囲んで少し遅い昼食を取っていた。
「てかアルビウス。お前、灰道をそのまま残しててくれたら、俺も帰ってきやすかったってのによぉ。律儀に全部戻すなよ」
怪我をしていない手で口に骨付き肉を頬張りながらフラナは、樹林でバブリビオススから僕たちが逃げるときにアルビウスが行っていた、特異な能力によってできた道を元に戻していたことについて文句を垂れていた。
「無駄に自然を荒らす趣味はありませんので」
アルビウスはフラナと違い、口に含んだ物を飲み込んでから口を開いた。
モグモグと口を動かしながらも器用に聞き取ることができる発音とともに、フラナが半目でアルビウスを見つめる。
「無駄って、俺は死ぬかもなぁって思ってたんだぜぇ」
「強かったですか?」
「当たり前だろ。俺の攻撃じゃ傷一つ付かねぇってのに、あいつは腕を軽く振るだけ地面を割るようなバケモンだぞ? 生きた心地しなかったってーの」
僕は戦闘を見たわけではなかったが、フラナの言葉を欠片も疑うことはなかった。
ただ数秒ほど歩いている姿を見た、それだけでバブリビオススからは圧倒的な暴力を感じ取れた。
それほどの威圧を放っていた。
そしてリイシャも感じていたようで、バブリビオススについて気になりフラナに質問を始める。
「そんなに強いあれから、どうやって生き延びたんですか?」
「まぁ極端な話、生きてさえいればいいだけだしな。何かしようとしたらそれを阻止するために動き、攻撃を阻止できなかったら遠ざかる。結局はあいつが本気じなかった、本命と出会えたから見逃してくれただけだ」
相変わらず飄々と応えるフラナにリイシャが眉尻を下げて疑問を口にする。
「そんな簡単にいくとは思えませんけど……」
「そうだな、一撃もらっちまったし。普通の奴ら、てか世界全体を見ても生き延びれる奴なんて僅かだろうよぉ」
「フラナさんと同じで人類最強と呼ばれる二人だとできそうですか?」
「さぁなぁ。万全の準備をしてたら行けんじゃねぇかなぁ……」
考え込むように眉間に皺を寄せつつも、肉を頬張る手を止めないフラナ。
対するリイシャはカトラリーを止めて、フラナの目を見据える。
「私たちの誰かが戦うことになったら、どれぐらい健闘できそうですか?」
「誰かってより、三人で戦っても遊び相手にすらなれねぇだろうなぁ。あんな奴と戦うなんて今後ねぇだろうし、考えるだけ無駄だぜ? もし二人が少しでも強くなりてぇってんなら、一ヵ月間だけ鍛えてやらんでもないがな」
フラナとアルビウスが僕たちを鍛えることにどんなメリットがあるのか見当がつかず、手に持っていたスープをテーブルに置き、質問する立場をリイシャから譲ってもらう。
「話って、そのことですか?」
リイシャはカトラリーを動かして皿の上に乗る肉を切り分け口に運ぶ。
僕の質問を受けてフラナは、可食部の無くなった骨を皿に乗せる。
「まぁそんなとこだ。俺の見込みでは二人とも才能がある。変な癖がつく前に戦闘のイロハを軽く伝授してやろうと思ってなぁ」
「なんでそんなことしてくれるんですか?」
フラナは骨付き肉を手に取り、カッカと笑って僕とリイシャに視線を送る。
「ダイヤの原石は磨きたいって、おせっかい焼きのおっさんの趣味みてぇなもんだ」
フラナの見た目年齢は三十歳前後である。
加えて、大怪我をして疲れ果てているにも関わらず、肉を頬張り続ける元気の良さ。
おっさんというほどの歳ではないと思うが……
その容姿と豪快な食べっぷりを見て、率直な感想が頭を過る。
僕がフラナの発言を気に掛けていると、リイシャが顔を覗き込んで聞いてきた。
「どうするミル? 私は強くなりたいし、お願いしたいんだけど」
「そうだね」
僕はリイシャに同意すると、視線を目の前に座るフラナとアルビウスに移した。
「フラナさんとアルビウスさんが迷惑でなければ、ぜひお願いしたいです」
「じゃ、明日の朝、飯を食い終わってから詳しいことは伝える。今日はもうゆっくり休みな」
「はい、明日からよろしくお願いします」
僕が頭を下げると同時にリイシャも頭を下げ、僕らは席を立ち部屋へと戻った。
今日は身体的な疲労よりも精神面での疲労が溜まっており、僕たちは日が落ちていないにも関わらず、すぐに眠りにつくこととなった。
▽▽▽
明朝、町の外れにある平野――
この一ヵ月間で行う特訓の詳細をフラナが口にする。
「昨日アルビウスと軽く話しあってな。ミルは俺と同じで槍と『エレクトリックサンダー』を使うから俺が担当。リイシャは筋力が足りてないからアルビウス考案の筋トレをしてもらうためにアルビウスが担当する」
『エレクトリックサンダー』は希少な魔術らしい、だがフラナが使えることに僕が驚くことはなかった。
初めて耳にしたときは僕専用魔術のようで嬉しかったが、樹林を走っている際に雷が落ちたような音が反響して聞こえたときから察しはついてた。
それでもアイデンティティを取られた気分で、少しの物悲しさが残る……
「それで、僕たちは何をすればいんですか?」
「ミルは体捌き、それに合わせた魔術の使い方、後は模擬戦だな。リイシャはアルビウスから聞いてくれ、頼んだ」
フラナは僕への簡易的な説明を終えると、アルビウスへ視線をやってリイシャの特訓を委ねた。
「任せてください。それでは少し移動しましょうか」
「はい!」
アルビウスは頷きリイシャと共に数十メートルほど僕たちから離れた場所まで移動した。
僕は二人の背を見届けて、フラナに向き直り目を見開いて口を開く。
「僕は旅に出てからリイシャの足を引っ張ってばかりで弱いです。バブリビオススを倒せるようになれるとは思っていませんが、少しでもお二人に近づけるのなら、なんだってします!」
決意の籠めた僕の言葉に、フラナは顔を訝しめた。
「焦ってんのか? リイシャよりも自分の方が弱いかもしれねぇって……はっきり言うがな、魔術の使い方はリイシャが上だ。だが、武器や体捌きに関しちゃぁミルが上だぞ」
僕は樹林でのリイシャの活躍ぶりを思い返し、眉間に皺を寄せる。
「でも、リイシャはアクアウルフを一刀両断できるぐらいには、正確に長剣を使えてますよ? 比べて僕はアクアウルフの体液で一度ミスをしてます」
「あれは自分でカバーできる範疇だったろ? ならミスの内には入らねぇよ。それにリイシャはほぼ全部一撃で倒してたから上手く見えただけだ。自分より相手が弱ぇからできること。同等以上の敵と戦うときは役に立たねぇ技術だ。軍配はお前に上がると思ってるぜぇ。だがリイシャは間違いなく天才だ。追いつかれねぇように頑張ろうや」
フラナはケタケタと笑いながら怪我をしていない手で僕に握手を求めてきた。
もちろん、その手を拒む理由はなく僕は力いっぱいに握り返した。
「はい!」
僕が手を離そうとしてもフラナが強く握り締めるため、離すことができない。
不思議に思い問いかけてみる。
「あ、あのー。手、離してもらってもいいですかね?」
「そうだな、その前に一つ忠告だ。今から戦おうって相手の手を、無作為に握り返すもんじゃねぇぜ?」
「え?」
フラナの言葉を完全に理解したとき、僕は宙を舞っていた。
僕の頬を冷や汗が流れ、背中が地面に叩きつけられる寸前のところで『オーバードライブ』を使い、一気にフラナから距離をとる。
その一連の動作にフラナは感心したように言葉を並べる。
「おお! まさか今のをしのぐとは思わなかったなぁ。俺の想像以上にセンスあるぜミル。これは鍛えがいがあるってもんだ」
フラナの嫌な笑みに、僕は凍りついた表情で返すことしかできなかった。
「ハッハッハッハッハ。安心しろ。これ以上卑怯なことはしねぇよ。でも、気が引き締まっただろ?」
「はっはは……そ、そうですね……」
「じゃあ、行くぜぇ!」
目の笑っていない僕の笑みはなんのその、フラナの俊足が火を噴いた。
▽▽▽
「はぁはぁはぁはぁ……」
視界にオレンジ色の空が広がる夕暮れ時。
僕は休むことなくフラナと戦い続けていた。
といってもほとんどあしらわれていただけなのだが……
「なんだぁ、疲れちまったか? まぁ昼は食ってねぇし腹減ったよなぁ。ちょうど晩飯の時間だし、今日はもう終わりにするか」
軽く伸びをして、フラナは仰向けに倒れていた僕に左手を差し伸べてくれた。
「すみません」
僕はその手を取り起き上がる。
こんなに疲れたのは久しぶりだからか、膝がプルプルと笑っており上手く直立姿勢を保てなかったが、どうにか立ち続ける。
「おーい! アルビウス! 帰るぞぉ!」
遠くにはアルビウスとリイシャが見えた。
二人は僕たちと同じようにアルビウスが倒れているリイシャに手を差し伸べていた。
手を取りやっとの思いで立ち上がったのであろうリイシャは、僕と同じで膝を笑わせながらこちらに向かってくる。
「ミルゥ、疲れたぁぁ」
リイシャは情けない声を出しながら僕に倒れこんできた。
僕も立っているのがやっとなので支えきれそうになかったが、頼ってくれたことが嬉しく少しばかり元気が戻り、ギリギリでリイシャを受け止めることができた。
「おっと……リイシャ、僕も疲れたよ」
お互い汗だくで泥まみれだというのに抱き合う光景は、少し汚らしいかもしれない。
だが僕の鼻にはかぐわしい香りが充満していた。
昔から思ってたけど、なんでリイシャって汗かいててもいい匂いするんだろ。
僕の変態的な思考は露知らず、フラナは宿屋に帰るよう僕らに促す。
「帰るぞ」
「え、ちょっと休憩させてくださいよぉ~」
泣き顔で懇願するリイシャはとても可愛らしく、甘やかしてあげたい気持ちは山々だが、ここで休むよりも宿屋で休む方が良いことは明白なので僕からも帰るように促す。
「リイシャ帰るよ。肩貸すから、ね?」
渋々と言いたげな顔でリイシャは僕の背中に倒れこむ。
「え? 僕肩を貸すって言ったんだけど……」
「昔は私がおんぶしてあげてたんだし……あ、じゃあ、あのときのお願い今一つ使うってことでいいでしょ?」
「はぁ、わかったよ」
随分前の約束事を持ってこられたが、約束は約束なのだし拒むつもりはない。
というより、願いを使わなくてもリイシャの頼みなら自分の身体に鞭打っておんぶぐらいはしてみせるのだが、リイシャの甘い香りをより近くで感じられて僕的には最高なので、俄然やる気になれた。
そんな変態的な思考のままリイシャを担ぎ、僕たちは宿屋へと帰った。
それから毎日のように朝から夕方までみっちり鍛えられ、いつしか修行最終日となっていた。




