第19話 希少魔術所有者
「ウオリャアアアアアア!!」
野太い声と共に振り上げられた斧が、重量を乗せてアクアウルフの頭蓋を砕く。
男は毛髪のない頭を流れる汗を布で拭う。
「だいぶ奥まで来たが、こいつらって普段、こんなに多かったか?」
「そうっすよね。かれこれ八つぐらいの群れを相手にしてますよ。全員で来ておいてよかったっすね」
同じように額に汗を流す猫背の男の発言に、スキンヘッドは小さく頷いた。
「俺たちも大狼に近づいてんだろうが……先行してったギルドの奴らが大狼のとこに辿り着けてんのかすら怪しいな……」
「あの人数で行ってるんすから、さすがに大丈夫でしょ。クランの連中、性格はいけすかねぇですけど、実力はありますんで。それより他の冒険者が心配っすよ」
スキンヘッドはその言葉に軽い衝撃を受け目を点にし、猫背男に疑問を投げかける。
「お前、他人の安否を気にするようなやつだったか?」
猫背男は素っ頓狂な顔で答える。
「何言ってんすか? 俺が気にしてんのは、そいつらが失敗して俺たちが尻拭いをする羽目にならないかだけっすよ」
「そりゃそうだな!」
バン!
スキンヘッドに背を叩かれ、猫背男はその背を直立にし手を当てて苦悶を顔に浮かべる。
「ちょ、痛いじゃないっすか!」
「ああ、わりぃわりぃ。それより、俺たちも大狼の討伐に向かうぞ」
計画にないスキンヘッドの言葉に、猫背男は眉根を寄せる。
「は? 何言ってんすか? あいつらと共闘でもするつもりですか? 無理っすよ、考えただけで鳥肌ヤバいっすもん」
スキンヘッドは忌避する物を見るように顔を顰める。
「ちげぇよ。あんな奴らと組むなんて反吐が出るわ。利用すんだよ。お前も言ったろ、あいつら腕は確かだ。大狼が瀕死になったところを俺たちが横取りよ!」
ニカっと悪い笑みを見せるスキンヘッドに対して、猫背男は首を横に振る。
「そんなことしたらクランに恨まれますよ。あいつらに付き纏われちゃ、まともに依頼受けられないんすから。俺は反対っす」
「バカか、大狼を相手にすんだぞ? 無事で済むわけねえ。確実に何人かは死ぬだろ。俺たちはあんな奴ら助ける義理がねぇからな、それまで様子見よ」
鼻高々に計画を語るスキンヘッドに、猫背男は感嘆を零すが懸念を口にする。
「なるほど。そりゃあいい考えっすね! でも、ギルドが何て言うか……」
「ギルドの姉ちゃんもあいつらのこと嫌ってるっぽいし、上手く報告してくれんだろうぜ」
「クックック。頭も悪いっすねぇ」
猫背男が周囲の仲間たちへ視線を向けると、そこには十数人の冒険者がいた。
スキンヘッドたちは自身たちの安全を最優先に置き、ギルドの立てた計画とは異なる人数で行動していたのである。
「お前ら聞いたか! 俺たちは今から大狼を潰す。できるだけ体力を温存しながら戦え。つーわけで頭、一発お願いします」
猫背男に促されスキンヘッドは右手を握りしめ力強く拳を天高く突きあげ、声を張り上げて音頭を取る。
「テメぇらぁ! 派手に暴れんぞ!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
▽▽▽
「アルビウス、これを観てどう思う?」
フラナの目の前には――
枝の一本すら綺麗さっぱりに燃え尽きた焦げ跡が、半径二十メートルを超える真円状のクレーターとして広がっていた。
アルビウスは眉間に皺を寄せて知恵を振り絞る。
「ここ数日にできたモノですね。この規模で精密な円を作る技量、魔物ではなく誰かの仕業でしょうが検討が付きません。こういうのは師匠の方が詳しいのでは?」
アルビウスから返って来た質問に、同じように眉間に皺を寄せてフラナが答える。
「ただ燃やすだけなら、できそうな奴は何人か知ってる。だが、こんな綺麗にクレーターを造れる奴なんて知らねぇな」
普段の飄々とした態度とは打って変わって、顔を引き締めたフラナの発言は場に緊張を生む。
アルビウスは唾を飲み込み、フラナに問いかける。
「このクレーターを造った人は、敵でしょうか?」
フラナは首を横に振って、考え込むように口を開く。
「どうだろうな、わからねぇが、強ぇことだけは確かだ。最低B……いや、Aランク以上だと思った方がいい」
Aランク以上、それはアルビウスや大狼より強いということである。
僕とリイシャでは逆立ちしても勝てない実力者だ。
僕とリイシャはもちろん、アルビウスですら顔を強張らせてフラナの話に耳を傾ける。
「クランにも冒険者にも、そんな奴はいなかった。全くの部外者だ。今まで大人しかった大狼が暴れ、凶悪な魔物の噂が流れ、高ランクの実力者が樹林にいる。偶然とは思えねぇなぁ」
フラナは再度考え込むように口を閉じると、一拍開けてはっきりと告げた。
「バブリビオススが樹林にいる」
僕とリイシャ、アルビウスは息を呑んで目を見開いた。
最強と謳われる魔物が実際にどれほど恐ろしい存在なのか定かではないが、フラナの真剣な面持ちに不安を駆られる。
「本来バブリビオススがこんなとこにいるわけねぇし、クレーター野郎も普段はここにいないはずだ。俺が存在を知らねぇってことは、表立って活躍をしてこなかった、もしくは人里離れたとこで暮らしてる奴なんだろぉしよ。てなると、クレーター野郎がバブリビオススをここまで連れてきた。そう考えるのが一番しっくりくる。だがバブリビオススが人の言うことを聞くと思えねぇから、敵対はしてるだろうな。もし既に戦闘が始まっててバブリビオススが怒り狂ってたら、この国は終わりだ。どうにかクレーター野郎に押し付けて、一緒に帰ってもらわねぇと」
フラナは自身の推理に合点がいったように頷くと、不安を顔に浮かべる僕たちへ視線を向ける。
「バブリビオススと戦う可能性を考慮したら、ほんの僅かでも体力と魔力を温存しておきたい。途中まで俺の代わりに戦ってくれねぇか?」
フラナからの頼みは、代わりにアクアウルフを討伐してほしいということだ。
フラナからすればアクアウルフの討伐など、赤子の手をひねる程度の作業に等しいはずだ。
それすらも惜しむとなると、話に聞いていた通りバブリビオススに勝てる見込みはないのだろう。
それでも危険を顧みず、バブリビオススに立ち向かう姿勢に僕は助力を申し出たく思うが、あまりにも危険が大きすぎてリイシャを守り切れない。
僕が受け入れられない旨を伝えるべく口を開くと――
「ねぇミル。私が冒険者をやってる理由は覚えてる?」
リイシャが力の籠った瞳を僕に向けた。
リイシャが冒険者をやっている理由――私にしかできないことを探したい、だったか……
僕は三年前のことを思い出して軽く頷く。
「うん」
「あのとき、お父さんには"できるだけ安全な旅をしたい"って言ったけど、今フラナさんを助けられるのは私たちだけなの。これは夢への一歩な気がする。私は夢に向かって進みたい。だからミルも、手伝ってくれない?」
惚れた相手の夢を応援しない人がいるだろうか……
僕は二つ返事で了承する。
「例えリイシャが世界の果てに行こうと、地獄の底に行こうとも僕はついて行くよ。だから僕のことは気にせず、好きなようにして」
リイシャは瞳を燦爛と輝かせて大きく頷く。
「うん。ありがとう!」
僕たちの会話を見届け、フラナは胸を張り親指で自身を指す。
「済まねぇな。だがバブリビオススはこの"人類最強"が絶対に食い止めるから、そこは安心してくれ」
「「はい」」
フラナの自信に溢れた言葉に僕とリイシャは軽い安堵を覚え力強く頷くと、フラナはアルビウスへと視線を移した。
「アルビウス、大狼は任せていいか?」
アルビウスは聞いてくること自体が馬鹿らしいと言いたげに、半目で口を開く。
「ここで引くようなら、あなたに教えを乞うわけがないでしょう」
「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」
フラナはニカっと笑いアルビウスの背を軽く叩くと、樹林の深奥へと目を向けた。
「それじゃ、行くか」
▽
道中に出てくるアクアウルフは全て僕とリイシャで倒すことにした。
フラナの体力温存はもちろんだが、大狼と戦うアルビウスの体力も温存しなくてはいけない。
フラナであれば大狼に楽々勝てたとしても、同じランクのアルビウスでは勝敗がどう転ぶのかは分からない。
フラナ同様に僅かでも体力は残しておくべきだ。
前を僕とリイシャが、その後ろをフラナとアルビウスが走っているとアクアウルフの気配を感じた。
走りながら周囲を見回すと、後方から七体のアクアウルフが追従してくる一方、前方からは五体のアクアウルフが襲い掛かってきた。
僕はリイシャと視線を合わせると頷き合い、その場で立ち止まって後方を振り返り中腰に槍を構える。
アクアウルフが牙を剥き出しにして飛び掛かってきた瞬間、『エレクトリック』を放つ。
電撃が広範囲に疾り群れの前方にいた三匹を焼き焦がすも、後方の二体は直撃を避け体を麻痺させ動きを止めるだけの結果となった。
動きの止まった二体の首を槍の穂先で素早く斬り裂き、赤い鮮血を迸らせる。
残りの二体は『エレクトリック』から完全に逃れて左右に別れ、それぞれがフラナたちに向かって駆けていた。
すぐさま『オーバードライブ』によって片側のアクアウルフに接近し、勢いそのままに槍で胴を貫く。
もう片割れのアクアウルフには掌を向けて『エレクトリックサンダー』を放ち、上体を焼き抉った。
この間、リイシャとフラナ、アルビウスは立ち止まることなく走り続けていた。
リイシャは前方から襲い掛かってきた五体のアクアウルフを『ウィンド』で押し返すと同時に、風を巻き上げ五体を一ヵ所に固めて動きを封じる。
背に担ぐ長剣の柄を握り締め、風で長剣を軽量化しつつ勢いと重さを増した一閃を浴びせて五体の首を同時に飛ばす。
しかし、身を隠していた二体のアクアウルフが木の上からフラナとアルビウスに飛び掛かった。
リイシャは二人の上空に手を向け『キルウィンド』でアクアウルフの胴を真っ二つに斬り裂き、死体を地に落とした。
僕とリイシャでアクアウルフを七体ずつ討伐する際の所要時間は、アルビウスが先刻のアクアウルフ討伐にかかった時間とほぼ同じであった。
アルビウスは素手だけで戦っていたとはいえ、Bランク冒険者と同じ討伐時間は客観的に見て相当速いはずだ。
少しだけ自分とリイシャが誇らしい。
僕がリイシャに追いつくと、脚を止めることなくリイシャが問いかけてきた。
「さっきの魔術何? いつ修得したの?」
リイシャの言っている魔術は『エレクトリックサンダー』のことだろう。
思い返せば『エレクトリックサンダー』を修得したのは、リイシャと離れていたときであり伝え忘れていた。
「リイシャと離れたあとの森で、いつの間にか使えるようになってた。言ってなかったね、ごめん」
「強そうじゃん」
「うん。『キルウィンド』が羨ましかったから、よかったよ……」
リイシャはあの戦闘中でも僕の動きを捉えていたのか……
もしかしたらリイシャの才能は魔術だけではなく、戦闘に関するモノ全てなのかもしれない。
僕が雑な相槌を打ちつつリイシャの天才力を噛みしめていると、リイシャが後方に視線をチラッと送り冷や汗をかいていた。
何か気になるモノでもあるのだろうか?
僕もリイシャに倣って後方をチラッと見ると、フラナとアルビウスが信じられないモノでも目の当たりにしたかのように、リイシャを見つめていた。
その表情は昨日の夕飯時に、フラナが僕に向けたモノと似ており、少しだけ怖くなり委縮してしまう。
何か気分を害するなことでもしてしまったのだろうか?
眉根を寄せてリイシャが僕に首を傾げてきた。
どうやら同じことを思っているらしい。
リイシャの何が良くなかったのか頭を巡らせていると、フラナが脚を止めることなく問いかけてきた。
「今の魔術、誰に教わった?」
僕とリイシャは言葉の真意がわからず、お互いに眉尻を下げて顔を見合わせる。
僕たちの心情を察して、フラナが言葉を続けた。
「『キルウィンド』だ」
『キルウィンド』は誰かに教わった魔術ではなく、リイシャが自発的に修得した魔術である。
教わった記憶などないリイシャは、嘘偽りなく答えることにした。
「誰かに教えてもらったとかはないです。『ウィンド』と『タクイタル』って魔術を練習してたら使えるようになりました。何かおかしいんですか?」
リイシャがハの字に眉を下げると、フラナが大きく頷き眼光を鋭くさせた。
「ああ。『キルウィンド』は希少魔術だ。使える奴なんて一人しか知らねぇぞ。今二人に増えたがな」
希少魔術という言葉を聞いた事はないが、リイシャ以外で修得している人物が一人だと聞いて、僕たちは驚愕に息を呑んだ。
フラナは僕たちの心境を気に留めず、鋭い眼光のまま『キルウィンド』の解説を続ける。
「その魔術は、俺でさえ特殊な武具がないと防げない殺傷能力がある。その武具が無い限り対処法は避けるしかねぇ。『キルウィンド』の存在自体ほとんどの奴は知らねぇが、知ってる奴からすれば喉から手が出るほど欲しい魔術だ。中には手段を択ばない奴もいる。できるだけ人目があるときは使うな。わかったな?」
フラナの初めて見せる刺すような目つきに、リイシャはおずおずと答える。
「は、はい……」
フラナはリイシャの返事をしっかり聞き取ると、今度は僕へ同じ眼光を向ける。
「『キルウィンド』ほどじゃないが『エレクトリックサンダー』も使用者の少ない希少魔術だ。威力も『キルウィンド』より低いが欲しがる奴はいる。あまり使うなよ?」
僕もリイシャと同じように声を震わせて首を縦に振る。
「はい……」
『キルウィンド』と『エレクトリックサンダー』を初めて見たときから高威力な魔術だとは思っていたが、まさか希少魔術と呼ばれる類だったとは……
魔術は原理さえ理解できれば誰でも使えるという。
使用者を捕まえて修得方法を吐かせることができれば、高威力の魔術を持つ兵隊を量産できるかもしれない。
僕もリイシャも修得方法を知らないのだが、手口に拘らない奴らはそんなこと信じないだろう。
これからは慎重に魔術を行使する必要がありそうだ。
「ク゛ル゛ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
僕が思考を整理していると、耳を劈くほどの咆哮が樹林に響き渡った。
あまりの轟音に僕とリイシャ、アルビウスは立ち止まり耳を塞いで辺りを見回すも、周囲には何もいない。
耳を塞ぐことなく遠くを見据えていたフラナが独り言のように呟く。
「大狼だな。あと五百メートルってとこか……」
立ち止まったフラナは僕たちへ視線を向けて口を開く。
「行くぞ」
この言葉には話し合った内容の確認の意味も含まれているのだろう。
それを受け取り、僕たち三人は力強く頷く。
これが大狼の咆哮であればその名に恥じない巨体を持ってるはずだ、果たしてアルビウスに勝機はあるのだろうか……
加えて、フラナ曰く惨羊は樹林にいるとのこと、一時も油断はできない。
僕は咆哮のした場所へと駆け出すとともに、改めて気を引き締めた。




