第01話 バグってる世界
ゴキッ
首の辺りから鈍い音が聞こえた。
気になって首を摩ろうとしたとき、頭の中が揺らいでいる感覚に陥った。
もう数時間も前に起きたというのに、まだ寝起きのように頭に靄がかかる。
しかし口の中に異物があることに気が付き、異物を吐き出すため頭の靄が晴れる。
「べっべっ。土? なんで?」
僕は地面に顔を擦り付けるようにうつ伏せに眠っていたらしく、口の中に入り込んでいた少量の土くれを吐き出した。
脳の具合が悪かったのは体勢のせいだろうか?
体を起こし幾度か瞬きをして視界を良好に保ち辺りを見回した。
ていうかここどこ?
さっきまで部屋にいてゲームを起動させたあとだから、ここはゲームの世界ってことでいいんだよね……?
その割にしっかり土の味がしたなぁ……
っていうかこの服なに?
ボロボロじゃん!
僕の着ている服は泥にまみれ所々破れており、他には僅かに赤い斑点、血のようなモノがついた、見るからに軽装で遭難した人の恰好である。
だが一つ不思議なことに僕の体そのものはあまり汚れてなく、傷一つなかった。
体はたいして汚れてないけど初期装備がボロボロの服って何?
聞いたことないんだけど。
いやあるな……
死にゲーと名高い某ゲームを思い出し、この装備に対する不満を押しとどめ、もう一度辺りを見回す。
まぁいいや、そこは百歩譲ったとしてマジでここどこ?
僕の後ろには高層マンションを軽く超える高さの断崖絶壁があり、前方は木が生い茂った森であった。
スタート地点おかしくね?
相変わらずポリゴンはないし、さっき口に入った土の感触も味も本物と言っても過言じゃないし、とうとうゲームの限界を超えた技術に涙が出そうなくらいの感動もあるんだけどさ……
設定画面は?
OPムービーは?
せめてキャラメイクぐらいさせてよ!
名前すら決めてないんだけど!
性別は女でいきたかったのにこの体、感覚からして男だし。
いやまぁ絶対に女がよかったってわけじゃないから別に男でもいいんだけど。
ってアホなことに不満たらしてる場合じゃないな。
これ……バグ?
とりあえずゲームリスタートしてみないと仕様かどうかすら分かんないし、こんなことならちゃんと説明書読んでおけばよかった……
普段から説明書は読まずに、とりあえず触ってから確かめる悪い癖が如実に出てしまった。
そんな後悔が頭を過るが、今更だとゲームを楽しむことにする。
いや、どうせなら少し探索してからリスタートにするか。
次プレイするときのヒントになるし。
でもこの装備で森を歩くのはやばいよなぁ。
防御力とか低そうだし……
僕は何か持ってないかインベントリの中を見るために、まずはメニューを開くことにした。
メニューオープン
……
メニューオープン
……
ん、ん゛ん゛ん゛
「メニューオープン!!」
……
「はぁ?」
眉間に皺を寄せて、思わず間抜けな声を出してしまった。
なぜかメニューが開けない。
本来フルダイブゲームは頭の中の思考を読み取り、考えただけでメニューを開いたり、スキルを発動できたりする、一部発音しなければならない作業もあるが……
しかし、この会社のゲームは二つプレイしてきたがどちらも頭の中で考えるだけでよかった、いきなりその仕様を変えるとは思えない。
それが利便性を向上させるためならば分かるが、この仕様変更は明らかに不便になっている。
不満が頭を過るがそんなことはどうでもよい。
フルダイブゲームは手持ちコントローラーがないため思考を読む機能がないのであれば声に出した指示で開くはず、だが今はそれでもメニューが開く様子はない。
利便性云々の問題の話ではないのである。
これもバグか?
これじゃゲームをやめることすらできない。
やばくないか?
頭を過る不安は増す一方だが、ふと一つのことを思い出した。
フルダイブゲームは脳への負荷がTVゲームなどよりも大きく、異常をきたしてしまう可能性の考慮から、長時間のプレイは強制ログアウトがゲーム機本体に義務付けられている。
つまりメニューが開けなくとも、この問題は時間が解決してくれるのだ。
というわけで、強制ログアウトまで気楽に遊ぶことにした。
それでもメニューが開けないことで、できることが極端に減る。
他のプレイヤーと出会うことができれば、このバグについて話を聞いてみよう。
もちろん、こんないかにも危険地帯と言わんばかりの場所で何度辺りを見回しても誰一人見当たらない。
プレイヤーがいそうな場所に行かないと……てなるとどこだ?
とりあえず町らしきものを探すか……
そうなると、この崖を登るのは無理そうだし、森を適当に歩くしかないかな?
それだけで強制ログアウトされそうだけど……
期待に胸を膨らませて始めたゲームの初動が心を不安で埋め尽くすことになった僕は、唾を飲み込んで森の中へと歩を進めた。
▽▽
緊張が走った初動とは裏腹に意外にもすぐ町に着くことができた。
すぐといっても一、二時間は歩いただろうが、右も左も分からない状況からしてみれば早い方だろう。
途中、人と同じ大きさのイノシシ型の魔物らしき生物に追いかけ回されたが、なりふり構わず全力疾走で逃げているといつの間にか消えていた。
魔物とエンカウントしても逃げ切ることができるゲームは神ゲーだ。
だが困ったことに森で全力疾走していたこともあって、ある程度整っていた髪は荒れ、肌も土埃で汚れてしまった。
このままプレイヤー探しなどしていたら間違いなく奇行の目が僕を射抜くだろう。
たとえ相手がNPCであっても恥ずかしいし気持ちは拭いきれない、プレイヤーに見られるのならなおさらだ。
しかし替えの服は持っておらず、持ち物は腰にぶら下げられていた腰下げ袋のみ。
その中には幸いお金らしきものが入っており、急いで服屋を見つけて服を一式買うことを決意する。
ちなみに、お金と一緒に身分証のようなカードも入っていた。
裏面は何も記載がなかったが表面には既に名前が書いてあり、他に「G」、「冒険者」という文字と黒色の楕円が記載されていた。
やはりキャラメイクはもう無理のようだ。
名前は「ミル・ノルベル」というらしく、少し言いづらい。
それとこの「G」はどうせ冒険者ランクとかそんな感じのやつだろう。
僕は自身の持ち物を確認したのち、目の前にある町の入り口に視線を向けた。
町の門の傍らには守衛所のようなものがあり「フォザファタ」と書かれた看板が立てかけられていた。
この町の名前だろう。
そして守衛所の窓口らしきところで何やら真剣な面持ちで守衛と会話をしている柔らかい雰囲気を漂わせる金髪のお姉さんがいた。
町に入りたいので守衛と話したかったが二人が話しているところに割って入るわけにもいかず、お姉さんの後ろに順番待ちで並ぶ。
しかし二人の会話は僕が並ぶタイミングでちょうど終わりを迎えたようで、お姉さんが僕の存在に気が付いた。
ただお姉さんの僕を見る目は、眉尻を下げた訝し気なモノだった。
「ひどい恰好ですけど、追剥にでもあわれましたか?」
この人、プレイヤーかNPCか分からないけど、僕みたいな恰好の人によく話しかけられるなぁ。
汚らしい恰好でいる僕のことなど無視してしまえばよいのに、優しさか、ただの世話焼きかわからないが、今の僕にとってはありがたく、困り眉とともに愛想笑いを浮かべる。
「森で道に迷っちゃいまして、新しい服が欲しいんすけど、安くすむお店知ってますか?」
「ああ、そういうことでしたらいい場所がありますよ。案内しますね。わたし今からそこに帰るので」
お姉さんは丁度よかった、と微笑みを浮かべ、ありがたい提案を持ち掛けてくれた。
僕は右も左もわからぬ状況から、自分で探す手間が省けたとこに喜びを隠さず謝礼を述べる。
「本当ですか! ありがとうございます! 今は何も持ってないですが、いつか必ずお礼はするんで!」
「いえいえ、気にしないでください、ついでなので。それよりもあなたは、冒険者の方ですか?」
冒険者かどうか……
キャラメイクをしていないため自分の職種が何なのかわかっていないが、最初から持っていたカードに書かれた「冒険者」の文字を思い出して、とりあえず肯定することにした。
「はい、ミルっていいます」
「わたしはレカーナです。冒険者ギルドの受付をしています」
「へ~、あ、じゃあ今から向かうところって……」
「はい、冒険者ギルドです」
偽名とも取れる「ミル・ノルベル」の名前を使って自己紹介を終え、レカーナと共に冒険者ギルドへ歩を進めた。
町は木造やハーフティンバーが主流で、中世ヨーロッパに建築されていそうな建物ばかりが目に入った。
現代日本では見慣れないも「ミソバ」シリーズでは見慣れた光景である。
建築物の出来の良さに感嘆していると、通りを行き交う人々が僕を小汚いモノでも見るかのような冷たい視線を浴びせてきた。
この服装ではそれも仕方なく、僕はできるだけ人の目を見ないようにしてレカーナの後に続いた。
▽▽
レカーナに連れられてギルド内に入ったが、ギルドを見ての第一印象は"綺麗"だ。
外観にもいえることだが、全体的に掃除が行き届いている。
二階建てで入ってすぐは吹き抜けになっており、上階にいくつか部屋があるみたいだが狭さを感じさせない造りになっている。
装飾は気持ち程度に抑えられており、シンプルではあるが趣がある。
冒険者ギルドといえばもっと荒くれているイメージだったのだが、どちらかというと少し高め宿屋のような印象を受ける。
知らずに入ったら勘違いしてもおかしくないほどだ。
奥にはカウンターのようなものもあり、こちらは昼にやっているバーのような雰囲気がある。
「こっちですよー」
ギルドの内装に気を取られていると、上階に続く階段の脇からレカーナが片手をメガホン代わりに口端に添えて僕に呼びかけていたため、駆け足で向かう。
「すみません」
「薄々思っていましたが、新人さんですか?」
「は、はい……」
どうやら、おのぼりさん丸出しだったらしい。
僕は頬を僅かに赤らめたが、レカーナは気にする素振りを見せず笑顔で姿勢を正す。
「分からないことがあればなんでも聞いてくださいね。みなさんをサポートするのが私たちの仕事ですから。っとその前にお洋服ですよね。階段を上って突き当りの部屋が被服室となっています。そこのお洋服から好きなものを貰っていってください。受付にいますので着替え終わったら来てくださいね」
「はい、ありがとうございます」
レカーナのギルド職員然とした対応に、僕は軽く会釈をしてから階段を上り被服室へ向かった。
被服室といえばミシンや裁縫道具などが規則正しく並んでいるイメージだが、ギルド内の被覆室はそういった機器等はなく、アパレルショップのように服がずらりと陳列されていた。
アパレルショップというより衣装室といった方が正確かもしれない。
服の種類としてインナーはもちろん、コートやマント、レザージャケット、ライダースーツ、重そうな金属製の防具まである。
全てに目を通せないほどの量だが、そのほとんどは白を除けば黒や茶色など地味な色をしている。
他には赤や青、緑と多様な種類が少しばかり見受けられるがすべてに共通して色が少し暗い。
目立つ色があまり好きではない僕には寧ろありがたいラインナップである。
服を物色していると姿見を見つけたためなんとなく覗き込んで、僕は衝撃の事実に気がついてしまった。
「えっ、ウソ!? マジ……?」
衝撃の真実とは、髪と目の色である。
今まで自分の服のボロボロさや、スタート地点のおかしさ、特にメニューが開けないバグのせいでまったく気がつかなかったが。
目は黄色で、髪は紫色だった。
光の当たり具合によって目の色は金色にも茶色にも見えなくはないが、それにしても黄色と紫は想定外である。
髪は正確にいうと薄い紫色をしていて、藤紫色といわれる色に近いかもしれない。
紫は嫌いではない、むしろ好きだが髪色となると話は別だ。
髪色に衝撃を受けているともう一つの事実に気がついてしまった。
「身長が……低い……」
現実では身長が低くそんな自分が嫌いで、ゲームをするときはいつも高身長キャラを使っていた。
初めは身長差に慣れないこともあったが今では気にならなくなっていた、それでもどこかに違和感はあった。
だが今は違う。
違和感がまったくない、現実と同じ身長だということだ。
ちなみに身長は160ちょうどぐらいか。
酷く悲壮感に苛まれはしたが救いはあった。
今の僕はイケメンなのである。
もしかしたら現実の顔とのギャップでそう見えているだけかもしれないが、ブサイクではないことはたしかだ。
姿見の中の自分は中性的な顔立ちをしていた。
どちらかというと男顔だが化粧をしたり、女性用の服を着て黙っていれば女性にも見えるかもしれない。
不満はあれどバグが直らなければどうしようもない、切り替えて服の物色を続けることにした。
服にはこだわりがないのですぐに選び終わった。
動きやすい服が欲しかったのでヒラヒラのマントやコートではなく、焦茶色のレザージャケットを選んだ。
革製品なので可動域が制限されて動きづらいかもしれないと思ったが、意外にも柔らかく体に馴染んだため即決した。
それに革製品は耐久面に優れていると聞いたことがある。
一応僕は冒険者なのだから、悪くはない判断だろう。
中には濃い緑――青漆色――のインナーを着て、パンツは肌に張り付いた締め付け具合が苦手なので、動く際に邪魔にならに程度に少しぶかっとした黒を履いた。
きっと今の僕の姿に言いたいことがある人は多いだろう、そしてみんなが言いたいことはもちろんわかる。
お前センスなさすぎじゃね?
こう言いたいのだろう?
そんなの自分が一番理解している。
というかオタクに服のセンスを求めてはいけない、これは暗黙の了解だ。
▽▽
被覆室を出て階段を下り、レカーナの言っていた受付に向かうと、冒険者らしき二人の男とレカーナが何か話していた。
話の内容を聞く限り、近くの森で電撃をまき散らしながら暴れている人型の魔物(?)の目撃情報があったらしい。
近くの森って、僕のスタート地点の森のことかな?
森ではイノシシっぽい魔物を見ただけなので今の僕には大して関係ないし、割って入るわけにもいかないのでぼんやりと三人を眺めていると話はすぐに終わった。
男たちはレカーナに軽く手を振り礼を言うとどこかへ行ってしまった。
レカーナはこちらに気が付き、僕に微笑みかけてくれた。
軽く会釈をしてレカーナのところまで駆け足で向かう。
「お似合いですね」
僕の服装を見てレカーナが柔らかな声音で感想を述べてくれたが、僕自身客観的に見ても褒められるような恰好でないことはわかっているので、疑問を口にする。
「そうですかね? センスないと思いますが」
「わたしは好きですよ」
相も変わらず自然な微笑みを浮かべてくれるレカーナに、僕は少し頬を赤に染める。
「ありがとうございます」
くっ!
わかっている、わかっているさ。
レカーナさんはギルド職員、冒険者の斡旋や後始末、やる気を出させることが仕事なんだから僕に言った言葉だってお世辞。
それがわかっていても美人なお姉さんに優しくされて悪い気になる奴なんかいないだろ!
今さらだけどレカーナさんはNPCなんだと思う。
いくら自由度が高いといってもプレイヤーがギルドの受付嬢になるなんて聞いたことがないし……
となるとこれは叶わぬ想い、諦めがつくってもんだよね……
プレイヤーだったとしても現実の顔も名前も知らない人に想いを抱くのはあまりよろしくないしな。
そんな想いを悟られぬよう、何食わぬ顔で話題を反らす。
「えっと……聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。そのためにここへお連れしたようなものですし」
ここで聞くことといったらもちろん。
――彼氏いますか?
などと無粋なことを聞くつもりはない。
「この辺りに図書館とか、何か調べものができる場所はありますか?」
町を行き交う人々は一見しただけではNPCとプレイヤーの判別ができず、本物のプレイヤーを探すことが面倒に感じたので、強制ログアウトまでの時間潰しとして図書館で調べ物をすることに舵を切ることにした。
「図書館でしたらここを出て右にしばらく行くと着きますよ。ギルドより大きく、他に大きな建物はないので見ただけでわかると思います」
手で右の方角を指し示し笑顔で図書館の場所を教えてくれたレカーナに、僕は軽く会釈をする。
「ありがとうございます」
「今は忙しいので少し難しいですが、行き詰ることがありましたら、遠慮なく聞きに来てくださいね」
「はい、そのときは頼りにさせてもらいます。それでは」
「はい、がんばってくださいね」
これ以上優しくされたら僕の心がレカーナに奪われてしまいそうなので、レカーナに別れを告げ図書館に行くためにギルドを出た。
この世界のバグは時間が解決してくれるだろうと、楽観的な気持ちのままに……
このときの僕は知らなかった。
一人の少女との出会いが、僕の人生に消えない影を落とすことを……




