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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第2章 大狼樹林編

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第18話 Bランク冒険者

 グルルルウウアアア!!


 アクアウルフが鋭利な牙を剥き出しにし、僕の頭をめがけて飛び掛かって来る。

 牙を槍の柄で受け止め、牙から大量のよだれ分泌ぶんぴつされていることに気が付く。


 アクアウルフが噛んで離さない槍をそのまま勢いよく振るってアクアウルフを吹っ飛ばし、後方にいた別のアクアウルフにぶち当てる。


 手にぬめを覚え視線を手元に落とすと、アクアウルフのよだれが槍を伝って僕の手を濡らしていた。

 僕はよだれの付いた手に異常がないか二、三度開閉し臭いを嗅ぐ。


 臭いがしない……

 それに槍で牙を受け止めたとき、衝突音がまったくなかった。

 このよだれのせいだろうか?

 詳細はわからないが特段戦闘に支障をきたすモノではないと判断し、戦いに集中する。


 リイシャは飛びかかってきたアクアウルフを一刀両断し、続いてきたアクアウルフの噛みつきを躱しその体に一閃を入れた。


 僕もリイシャもできるだけ魔術は使わない方針で戦うつもりだ。

 樹林に何体アクアウルフがいるかわからず、もし噂の魔物が惨羊であれば逃げるための魔力は残しておく必要がある。

 なんせフラナとアルビウスですらまったく歯が立たない相手なのだ、用心に越したことはない。


 僕が逡巡する間にアクアウルフが口を開けて飛び掛かってくるも、その口を槍で突いて命を奪い払い飛ばす。

 その一瞬の隙をつくように別のアクアウルフが襲い掛かってくるが、下顎を蹴り上げて仰け反らせる。

 その間、リイシャの長剣は一体のアクアウルフの首を斬り落とし、一体のアクアウルフの胴を斬り落とした。


 こんなにも頼もしい背中はそうあるものではない。


 リイシャが側にいてくれてよかったと思うと同時に、間違って僕が斬られないか少し心配で冷や汗が頬を伝う。


 槍を握る手に力を入れ直し、僕の蹴りを受けてよろめくアクアウルフの頭上から槍を突き刺し頭部を貫通させる。


「グルルアアア」


 次の瞬間、咆哮とともに最後の一体と思われるアクアウルフが僕に飛び掛かってきた。

 迎撃するために今しがた串刺しにしたアクアウルフの頭から槍を引き抜こうとするも、手に纏わりついているアクアウルフのよだれで手がすべって槍が抜けない。

 牙が僕の顔に届く寸前、アクアウルフの胴に蹴りを入れる。

 咄嗟のことで踏ん張りを利かせておらず、バランスを崩し仰向けに倒れそうになる。

 槍を抜き取ることを諦めすぐさま両手を地面後方に着けて後屈の体勢をとる。

 同時に、蹴りだけでは倒しきれなかったアクアウルフの反撃に対処すべく、体勢を維持したまま今度は力を込めた足で蹴り上げ――


「伏せて!」


 その言葉に従い足を出さず、地面すれすれまで後頭部と背中を低くすると、目の前を長剣が閃光のように疾り僕の前髪が数本宙を舞う。

 同時にアクアウルフの頭も空中に跳んだ。


 背中を地面に付けて恐る恐る見上げると、リイシャがドヤ顔で僕を見下ろしていた。


「今の、僕が避けてなかったら、死んでたと思うんだけど……」

「でも、そうならなかったでしょ? ミルなら大丈夫って信じてたから。てか助けてもらってその態度?」

「ごめん、ありがとう」

「うん!」


 助けてもらわずともアクアウルフを倒すことはできたが、リイシャのご最もな発言に感謝を述べつつ、差し出された手を取り立ち上がった。

 僕が立ち上がるといつのまにか傍まで来ていたフラナが、肩を組み称賛を口にする。


「なかなか良かったじゃねぇか」

「ありがとうございます」


 僕が礼を述べると、フラナは横に佇むアルビウスへと視線を移す。


「なぁ、アルビウス。やっぱGじゃねぇよ、Eはあるな。ミルの方は少し手こずってたが、アクアウルフの体液は初見じゃ引っかかっても仕方ねぇしよ。それに最後も独りで捲れたっぽいしな」


 フラナはアクアウルフの特性を知っていたようで、うんうんと頷いていた


 アクアウルフのよだれ、と言うより体液はぬめがとても強かった。

 槍は刺突がメインの武器であり蕪巻かぶらまきが付いていない僕の槍では、流れてきた体液で手がすべってしまうことは避けられなかった。


 もっとも次からは戦い方を変えれば良いいのだが……


 そして最後の一匹との戦い。

 あれを傍から見れば僕は無様をさらし、一瞬の時間稼ぎしかできずリイシャに助けられたように見えていたはずだ。

 しかしフラナには、僕が反撃の準備までしていたことを見抜いていた。

 刹那の状況で分析を終えたフラナは観察眼に長けているのだろう。


 フラナにはフェイントや騙し討ちが通用しないタイプの人物だ。

 ”人類最強”まだ信じ切れていないが、始めて見たときの僕の感性は間違っていなかったのだと改めて確信した。


 思考する僕を尻目に、フラナはアクアウルフに刺さった槍を抜き取り僕に返してくれた。


「で、どうだった? アクアウルフは」


 質問に対して謝罪の言葉を述べつつ槍を受け取る。


「ありがとうございます。そうですね、一体一体は弱かったですが群れでは連携が取れていたのでやりづらかったです。特に体液が嫌いでした。リイシャはどうだった?」


 僕の横で血振りをし、刃に着いた汚れを布で拭き取っているリイシャに視線を移す。


「対面するまでは気味が悪いぐらい音がしなかったけど、実際戦ってみればそこらの狼と大して変わらなかったかな。その体液は私に影響なかったし」

「リイシャはほとんど一撃だったからね。多分、音がしなかったのは、あの体液のおかげだと思う。牙だけじゃなく爪にもたくさんついてたし」


 戦闘中は爪による攻撃がなかったので無視していたが、アクアウルフの爪にも体液が付着していたことを思い返しつつ、リイシャの強さに感嘆した。


「へー。そうだったんだ」


 リイシャは合点がいったように口を半開きにして相槌を打った。


「うん。リイシャは早めにけりをつけてたから、気づけなかっただけだよ」


 リイシャは至って真剣な表情で、淡々と自慢げな言葉を発する。


「つまり私が強すぎたってわけね」


 リイシャが威張らなかった理由、それは僕とほぼ同時に何かを感じ取ったからであった。

 背後に複数の気配を感じ、僕はもう一度武器を構える。


「また来たね」


 リイシャも長剣を構え直し、気配のする木陰を睨みつける。

 そんな僕たちに静止を促し、フラナとアルビウスが前に出る。


「樹林に入る前はあんなこと言ったが俺たちは臨時パーティだ。犬っころ相手にもちゃんと戦ってやるよ。二人はゆっくり休んで、任せな……アルビウスに!」


 いや、あんたじゃないのかよ!


 まるでバラエティのように膝を崩して、心の中でツッコミをいれてしまう。

 リイシャもなぜか僕と同じように膝を崩している。


 もしかしてこれは人体に仕組まれた心理なのかもしれない。


 アホらしいことに頭を巡らせる僕には見向きもせず、さもありなんとばかりにアルビウスがさらに一歩前に出た。

 本当に一人で相手をするつもりのようだ。


 Bランク冒険者がどれほどの実力なのか知れる機会であり、僕らも休息が取れるためありがたく任せることにした。

 アクアウルフの群れが同族の死体に目もくれず姿を現す。

 それに対峙するかたちでアルビウスはボクサーのオーソドックスのように、脇を閉め、右手は頬の近くに、左手はその少し前にし、左足を一歩踏み出した構えをとる。


 この世界にもスポーツはあるのだろうか?

 それとも、人は相手を殴る際に自然とあの構えをとるものなのだろうか?


 久々に見た元の世界の一片に驚きを覚えてしまう。

 そんな僕を尻目に戦闘が始まった。


「「グルアアアア!!」」


 二匹のアクアウルフが同時にアルビウスに飛びつく。

 アルビウスは左手によるただのジャブで一匹を鈍い音と共に顔面を埋没させ、右手のアッパーでもう一匹を宙高く舞い上げて二つの命を奪った。

 その後、アルビウスは間隙を感じさせることがない速度でアクアウルフの群れに突っ込み、右足で一匹を真横に蹴りとばし、その隣にいたアクアウルフごと数メートル先の木までかっ飛ばし、二体を肉塊にする。

 その右足は勢いを殺すことなく一回転し、近くにいたアクアウルフを頭頂部から地面に叩きつけ頭蓋が割れる音を響かせた。

 アルビウスとの力量を悟ったのか残りの二匹は踵を返し樹林の奥へ逃げようと試みるも、逃げ遅れた片割れの尻尾をアルビウスが掴む。

 アルビウスはアクアウルフの尻尾を掴んだまま一回転して、逃げた片割れにプロ野球選手バリの豪速で投げつける。

 投げ飛ばされアクアウルフと衝突した片割れは、自身と同じ重さの物体が時速160kmを越える速度でぶつけられたことで同時に再起不能となった。


 こうして瞬く間にアクアウルフの群れを討伐したアルビウスは、汗一つかいておらず涼しげな顔で僕たちの許まで歩いて来た。


 強い……

 これがBランク冒険者……

 他の冒険者の戦闘を見たことがないので正確にはわからないが、僕たちも素早くアクアウルフを討伐できていたと思う。

 そんな僕たちよりもかけた時間は圧倒的に短く、一切の隙を見せることがなかった。

 もし戦うことになったら、何もできずに負けてしまいそうだ……


 驚愕する僕を気に留めずフラナがアルビウスの背中を軽く叩く。


「おう、アルビウス良くできてたじゃねぇか!」


 叩かれた衝撃で少し前かがみになりつつ、さも当然と言いたげにアルビウスが答える。


「この程度。あなたに教えを乞えば誰でもできますよ」

「んなこたねぇよ。俺は教えるの、得意じゃねぇしな」


 フラナが飄々と笑みを零すとアルビウスは小さく頷き返す。


「確かに得意とは言えませんが、あなたといるだけでも自然と伸びるものですよ。それにタナトさんのような強い方の指導もしていたのですから、自信を持ってみてはどうですか?」


 戦闘面とは裏腹に指導は自信がないフラナは眉根を寄せて腕を組む。


「あいつは元から強かったからなぁ」

「ですが、ご本人も兄も言っていることですよ」


 アルビウスに根負けしたのか、はたまた眠たいだけなのか、フラナは欠伸をして適当に返事をする。


「じゃあああ。そういうことにしとくか」

「はい、そういうことにしておいてください」


 僕は二人の会話を聞きながらアルビウスの戦いっぷりに頭を巡らせていると、ふとしたことに気が付き質問を口にする。


「そういえば、アルビウスさんはフラナさんの弟子なのに、槍を使わないで戦うんですね……ていう発想は安直すぎますかね?」


 自分で言っていて、途中から安易な発言だったと思い直る。


「まぁ安直だが一理あるな。ただ、アルビウスが俺に教わりたいのは、槍捌きじゃなくて体捌きだから、槍にこだわる必要はねぇのよ」


 アルビウスが小さく頷いて相槌を打つ。


「ですね」


 フラナは話が一区切りついたと判断すると、伸びをして飄々と話題を変えた。


「それはそうと、もっと奥まで行くか。本当にバブリビオススがいるなら昨日言った通り、怒らせる前にさくっと大狼やって、周りの奴ら撤退させねぇといけねぇしな」

「はい。わかりました」


 フラナの言葉に僕たち三人は力強く頷き、樹林の奥へと足を進めた。

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