第15話 黒と灰
「どうしたのミル?」
「えっ? あ、うん。なんでもない」
ギルドに入ってすぐ、軽装の男の目から視線を外すタイミングを見失っていたが、リイシャからの呼びかけを好機とみて目を逸らす。
金欠を解消すべく受付へ一直線に歩を進めていると、周りの冒険者たちが値踏みでもするかのような視線を浴びせてくる。
視線は気になるが実害は皆無であるため、受付のお姉さんに依頼について尋ねる。
「すみません。僕たち金欠で、一度で稼げる依頼ってありますか?」
「初めてお目にかかりますが、お二人はこの町に最近いらっしゃいましたか?」
お姉さんは眉尻を下げて困惑を浮かべた。
町に来るタイミングで何か不都合なことでもあるのだろうか?
どういった意図があるのかわからないが、取り合えず正直に答える。
「はい、今日来ました」
「でしたら、この町の現状はご存じありませんよね?」
お姉さんが心苦しそうに顔に影を差したので、僕は眉間に皺を寄せて町に入って感じたことを結びつける。
「冒険者がやたら多いことと、何か関係があるんですか?」
お姉さんは小さく頷くと町の現状を口にする。
「はい。この町の近隣に大狼樹林と呼ばれる森があるのですが、そこの長――大狼が狂暴になっていると、先日報告がありまして。15年前の魔物同士の抗争以降はおとなしかったので、刺激しないように気を付けていたのですが……放置しておくわけにもいかず、明日に討伐を予定しております」
大狼という魔物に町の安全が脅かされるので明日に討伐すると……
なるほど忙しいタイミングで来てしまったようだ。
僕が独り合点がいき小さく頷くと、お姉さんは言葉を続けた。
「それに加え、見たことのない凶悪な魔物が出たという噂もあります。大狼の討伐だけでも最低Bランクになる案件です。そのため、国のクランにも援軍要請を出しておりまして。フリーの冒険者の方々と共に討伐に向かわれる予定です」
Dランク冒険者でも国で有数の実力者と聞く、大狼のランクがBであり国への援軍も要請しているとなれば、想像以上に深刻な状況なのだろう。
眉間に皺を寄せて静かに聞いていると、お姉さんは心苦しそうに眉をハの字に下げた。
「大狼は大量のアクアウルフの群れを複数従えておりますので、冒険者の皆さんは群れの討伐を。クランの皆さんには大狼の討伐を行ってもらいます。依頼を探されているのでしたら、是非手を貸してくださると、ありがたいのですが……」
僕はやっとお姉さんの困り顔や、冒険者たちの視線に納得がいった。
僕とリイシャが明日の討伐クエストで役に立つのか気になったいたのだ。
本来はBランクの魔物がいるクエストなど断るところだが、大狼はクランが相手をし、冒険者は取り巻きのアクアウルフを討伐するだけでよいと。
であればアクアウルフのランク次第では、引き受けてよいかもしれない。
「そのアクアウルフのランクは、どれぐらいなんですか?」
「アクアウルフはのランクはGですが、常に五~七匹の群れで行動しております。たくさんの方々が依頼を受けてくださっていますので、最低五人のパーティを組んでいただき、お一人につき一匹を相手にしてもらう。これを数回行っていただきたいと思っております」
Gランクの魔物相手なら僕とリイシャが負けることはないだろう。
しかし魔物がGランクだと言っても僕たちもGランクで冒険は初心者だ、伝えておく責任はあるだろう。
了承する旨を伝えると同時に、念のためランクの自己申告をすることにした。
「なるほど……僕たちのランクはGなんですけど、それでもよければ」
お姉さんは瞳を輝かせて大きく頷く。
「はい、もちろ――」
「おいおい、姉ちゃん、さすがにそれはないだろ。どうせこいつらGでも下の下、冒険者になりたてのただのガキだろ? 完全に足手まといじゃねぇか」
お姉さんの言葉を遮るようにガラの悪いスキンヘッドのおっさんが横やりを入れた。
スキンヘッドは僕とリイシャを見てニヒルな笑みを浮かべると言葉を続けた。
「どうせ俺たちのおこぼれでも狙ってんだろ。お前らは使えねえからすっこんどけってちゃんと言ってやらねえと。こいつらのためにもならないぜ」
「そりゃちがいねぇ」
「「「あっはっはっはっは」」」
スキンヘッドに釣られるようにして周りの冒険者たちは声を上げて嗤い始めた。
リイシャが不機嫌を隠すことなく眉根を寄せて目を吊り上げたので軽く肩を叩いて宥める。
スキンヘッドの味方をするわけではないが、戦えることは証明した方が話がスムーズに運ぶだろう。
僕はスキンヘッドたちのことを無視してお姉さんとの話を再開する。
「一応僕たち、バウファウの討伐をこなしたことがあるんですけど。それじゃだめですかね?」
スキンヘッドは無視されるとは思っていなかったようで、ハトが豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
お姉さんも同様に呆気に取られていたため、呼びかけてみる。
「あのー、すみません」
「あ、はい、そうですね。でしたらレコードカードのご確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「お預かりします」
僕とリイシャがレコードカードをお姉さんに手渡し数秒すると、お姉さんが疑問を口にした。
「確かにバウファウの討伐依頼は達成しておりますが、ノルベルさんだけ薬草採取が失敗となっていますね。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あーそれですか、えーっとですね……」
蝙蝠に襲われて僕だけが逃げた依頼について深掘りされ、当時の記憶が蘇り冷や汗をかく。
説明が少々難しいので、適当に誤魔化すことにした。
「その、お、お腹が急に痛くなって、僕だけ棄権したんですよ」
僕の説明に反応を示したのはお姉さんではなく、スキンヘッドであった。
「途中で変なもんでも食ったか!? 腹を壊して女に尻拭いてもらうたぁ、こいつは傑作だぜ! ぶぁっはっはっはっは」
スキンヘッドの嗤い声が僕たちに当時の苦痛を彷彿とさせ、リイシャの堪忍袋の緒が切れた。
額に血管を浮かび上がらせ、頭から湯気が出ているのではないかと錯覚させるほどの怒りを露にする。
「ちょっと、あんた! 何も知らないくせに!!」
リイシャが振り返りスキンヘッドを射殺さんばかりに睨みつけた。
スキンヘッドは蔑むような眼をリイシャに向ける。
「なんだ小娘、やる気か?」
喧嘩をしに来たわけではないのだ。
僕のために起こってくれるのはありがたいが、一触即発は避けたい。
僕はできるだけ柔らかい声音でリイシャを宥める。
「ちょっ、リイシャ大丈夫だから、ね?」
「おうおう、意気地のねぇやろうだな。依頼の失敗も本当は途中で会った魔物にビビッて逃げ出したんじゃねぇのか!? お前みたいなやつはお家に帰ってママのおっぱいでも吸ってたらどうだぁ? その方がお似合いだぜ。ぶぁっはっはっはっは」
「「「あっはっはっはっは」」」
「あんたらねぇ!!」
スキンヘッドの止まらぬ煽りとそれに乗っかる取り巻きの嗤い声に、リイシャは我慢がならず背に担ぐ長剣の柄に手をかける。
このまま戦闘になれば、いよいよ収拾が付かなくなる。
僕はリイシャの両肩を掴み無理矢理僕と向き合わせ、今一度柔らかな声音で宥める。
「リイシャ、ありがとう。僕は気にしてないから」
「でも……」
「もうこの依頼は諦めるからさ。他の受けよう?」
「ミルがいいなら」
リイシャは横目でスキンヘッドを睨むと、長剣の柄から手を離してくれた。
気にしていないと言ったら嘘になるが、そう言わざるを得ない。
嘘を心に留めて、受付のお姉さんに向き直る。
「すみません。他の依頼ってありますか?」
お姉さんは困り眉で僕を上目遣いで見つめる。
「それがですね。ギルマスから大狼討伐まではこの案件に専念するよう言われておりまして。他の依頼の受注は一時中断とさせてもらっております。申し訳ございません」
依頼が受けられないとなると今日と明日は稼ぎがゼロということになる。
所持金は一泊分しかなく、野宿をしたとしても全くお金が足りない。
一日二日食事を取らなくても死ぬことはないが、リイシャにひもじい思いはさせたくない。
妙案が思いつかず、お姉さんへ便宜を図ってもらえないか尋ねてみる。
「どうにかなりませんか?」
「現状はどうすることも……」
「そうですか……」
お姉さんは目を瞑り首を横に振った。
討伐依頼でなく皿洗いや雑用でもよいので、誰かに日雇いで働かせてもらうことはできないだろうか?
僕が金策に頭を悩ませていると、一人の男が声をかけてきた。
「なぁ、君たち。そんなに依頼を受けてぇのか?」
そこには僕がこのギルドに入って、いの一番に警戒を余儀なくされた男が立っていた。
先刻は座っていたのでわからなかったが、男の身長は190強あり、ショート丈のジャケットに黒のコンプレッションシャツ、服の上からでもわかる無駄をそぎ落とし鍛え上げられた肉体、それでいてゴツゴツした印象はなく引き締まった体をしている。
話し合いに夢中で途中から警戒を怠っていたため、近づいて来ていたことに気が付いておらず、緊張で口の中が一瞬で乾燥しきる。
それでも敵対意思はないことを証明するために、一呼吸を挟んで黒髪の男の質問に答える。
「は、はい。今、金欠、なので……」
自分ではいつも通り答えたつもりだがどうだっただろう、声が震えていたかもしれない。
僕たちに対して悪い印象を持ってほしくないのだが……
「なるほど。この町の近くには稼ぐ場所が少ないので、金欠というのは新人らしい失敗ですね」
合点がいったような発言をした人物は黒髪の男ではなく、その隣に立っていた灰色の髪を持ち、端正な顔立ちの男だった。
中性的な顔立ちをしており一見判別がつかないが、女性にしては少し肩幅が広く声も少し低いことから男であると推測できる。
灰髪の男の身長は僕と同じぐらいなため、灰髪の男の生気のない眼がちょうど僕の視線と重なる。
黒髪の男にばかり目が行っていたので灰髪の男が喋るまでその存在に気が付かず、驚きに眼を見開いてしまう。
僕が灰髪の男に釘付けになっていると、黒髪の男が自身の胸を親指で指して受付のお姉さんに頼み事をする。
「お姉さん。この二人のことは俺たちが面倒を見るから、依頼受けさせてやってくれねぇか?」
お姉さんはキョトンとした顔を作り、黒髪の男と灰髪の男に視線をやる。
「えっとですね。お二人はまだ依頼の受注をされていませんよんね? まずはレコードカードの提示からお願いしてもよろしいでしょうか?」
「え?」
黒髪の男もキョトンとした顔を作ると、隣にいる灰髪の男に視線を落とす。
「アルビウス、お前まだやってなかったのかよ。俺が来るまでに済ませとけって言っただろ?」
灰髪の男――アルビウスは半目で黒髪の男に胡乱気な視線を送る。
「言ってましたけど、師匠も受けるんですよね? だったら一緒にしないと二度手間じゃないですか。もしかして、僕一人だけにやらせようとか思ってませんよね?」
黒髪の男は冷や汗をかいて明後日の方向に視線をやって口を開く。
「お、思ってねぇよ? まったく師匠を疑うたぁ、教育のなってねぇガキだな」
「あなたたちのせいなんですけどね」
「俺をあいつと一緒にすんなよ」
「というわけで、僕たちもその依頼受けます」
二人は言い合いをしつつレコードカードを受付台に置いて、依頼を受注する意思を見せた。
「はい、お預かりします。少々お待ちください」
レコードカードの確認を始めたお姉さんは唐突に声を上げて、ギルド中の視線を集めた。
「え!? Cランク!?!?」
椅子に腰かけている冒険者たちがざわめき始めた。
かく言う僕も、お姉さんの発した言葉に耳を疑った。
Cランク冒険者など、普通に生きていたらお目にかかれるかどうか怪しいほど数が少ないはずだ。
というか、他人のランクをギルド中に響き渡るような声で言ってはダメなのではなかろうか?
僕の認識は間違っていなかったようで、冒険者たちの反応を見て自分が口を滑らせてしまったことにお姉さんが気が付き、黒髪の男に頭を下げる。
「も、申し訳ございません。け、決してわざとではなく、その……」
黒髪の男は手をひらひらと軽く振って、柔らかな口調で口を開く。
「あぁ、いいよ。別に気にしてねぇから。それよりアルビウスのランクも、こいつらに教えてやってくれ」
お姉さんは眉尻を下げ困惑を浮かべアルビウスのランクを確認し、驚愕に息を呑んだ。
「え!? いいんですか!?」
「僕は構いませんけど」
対してアルビウスは淡々と応え、困った素振りを見せない。
お姉さんはゴクリと唾を飲み込み一度深い呼吸をして、冒険者たちに聞こえるように腹に力を入れた。
「わかりました。僭越ながら、アルビウス・グレイフォードさんのランクを、発表させていただきます。ランクは……Bです」
アルビウスのランクを聞いて冒険者たちは言葉を失った。
しかし、スキンヘッドの男が椅子を蹴って勢いよく立ち上がった。
「ま、まて。Bランクだって? んな嘘、誰が信じるかよ! Bっていやぁ、国家の懐刀、王直属の近衛騎士レベルじゃねぇか! 大狼を一人で討伐できるってことだろ!? ありえねぇ!」
スキンヘッドはズンズンと受付台へと歩を進めアルビウスを睨みつける。
身長は黒髪の男とほぼ同じであり、アルビウスを見下ろす形となる。
しかしアルビウスは身長差に怯むことなく、淡々と応える。
「同じランクでも勝てる保証はありませんよ。ただ、僕は同等と思われる力を持ってるだけです」
「そんな嘘ついてまでこの二人に依頼を受けさせたいのかよ!」
「嘘じゃないですよ。なんなら見てもらっても構いません」
アルビウスが自身のレコードカードを顎でしゃくると、スキンヘッドは受付のお姉さんが手に持つアルビウスのレコードカードを奪い取る。
「く、寄こせ!」
「あっ」
お姉さんの一瞬抵抗は虚しくレコードカードは手を離れた。
スキンヘッドはそこに記されるBの文字を見て、眉をピクピクと痙攣させる。
「な、なるほど、これ自体が偽物ってわけだ。じゃねぇとこんなのありえねぇ……」
「レコードカードの不正利用は過去に事例がございますが、偽物が作られたことはございません」
お姉さんの指摘にスキンヘッドは"そんなことわかっている"と言いたげに顔を顰め、勢いよくレコードカードを受付台に叩きつけた。
「くそっ! そいつらが足を引っ張るようなことがあれば、あんたらに責任を取ってもらうからな!」
スキンヘッドは捨て台詞を残してギルドを去り、続いて取り巻きの冒険者もギルドを離れた。
冒険者たちがギルドを去ることを見届け、黒髪の男がお姉さんに謝罪を述べる。
「わりぃな。迷惑かけちまった」
お姉さんは柔和な笑みを浮かべて応える。
「職業柄なれておりますので、気になさらないでください。それよりノルベルさんとフレイスさん、こちらで話を進めてしまいましたが、よろしかったのでしょうか?」
僕とリイシャにお姉さんの視線が戻り、僕は笑みと困惑を浮かべて黒髪の男を見上げる。
「ありがたいんですけど、どうしてお二人は僕たちを助けてくれるんですか? 初対面ですよね?」
黒髪の男は少し考え込むように腕を組むと、にやっと笑みを見せて応えた。
「なんとなくってのが理由だけどそれじゃあ納得しねぇよな。他に理由を上げるとしたら、そうだなぁ。君、ギルドに入ってからすぐに俺を危険視してたろ?」
ギルドに入ってすぐ、この男に警戒を向けていたことを当てられ、小さく肩が跳ね上がる。
目が合っていたのだしバレていて当然だったのだが、僕の体に緊張が走る。
「あ、いや、それはですね。その……」
声を震わせる僕の肩を優しくポンと叩き、目を見つめてきた。
「関心したんだ」
「関心、ですか?」
黒髪の男は飄々とした笑みを作って胸を張った。
「ああ、自分で言うのもなんだが、あの場で一番に警戒すべきは俺だ。真っ先に目を付けたことはすげぇと思ったよ。だからちょっと興味が湧いて、その流れでって感じだ」
「あ、ありがとうございます?」
助けれくれた理由にしっくりこないが、褒められたことに取り合えず礼を述べた。
黒髪の男は僕の胸に拳を軽くポンと当てた。
「まぁ明日はよろしくな。何かあったら助けてやるから心配すんな。っても、君たちは多分強いだろうし、杞憂なんだろうけどよ」
黒髪の男は先刻から心を見透かしたような発言が多く、僕は眉尻を下げる。
「僕たちはGランクですよ? どうしてそう思うんですか?」
「勘だ。言っとくが勘ってのは以外と馬鹿にできねぇぜ。経験を積めば尚のことな。つーわけで、じゃぁな」
黒髪の男はアルビウスを連れてギルド出口へと歩を進めた。
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
僕が二人に頭を下げると続いてリイシャも頭を下げた。
それに答えるように黒髪の男とアルビウスはギルドを出た。
つかみどころのない人物ではあったが助けてもらったことに変わりはなく、明日依頼を受けられることに胸を撫でおろした。
あっ、名前聞けばよかった……




