第14話 ありがとう
目を開けて一番最初に目に映ったものは、木目の天井だった。
とても長い期間眠っていた気がする。
あの十数年がまるで夢のようで。
ベッドで横になる僕は上体を起こして、隣の椅子に座る女の人に視線を移した。
その人は椅子に腰かけたまま朝日を浴びて、うつらうつらと眠っている。
つい昨日、町中で会ったばかりだがその顔を観るのは久しぶりに思えた。
僕の看病でもしてくれていたのだろう、起こすのは忍びなかったが声をかけずにはいられなかった。
「リイシャ、おはよう」
その一言でリイシャは一瞬だけ狼狽をみせたあと、僕の目を睨みつけて少し怒り口調で問いかけてきた。
「おはよう、ミル……何か言うことあるんじゃない?」
そう、僕はリイシャに言わなければならないことがある。
リイシャを置いて自分の弱さから逃げ出してしまったあの日を思い返し、眉尻を下げて頭を下げる。
「その……ごめん。殴ったあげく、逃げちゃって……」
「そんなことはいいの、ミルは悪くないから。もう傷は治ったし。まぁ奥歯は無くなったままだけど……私が聞きたいのは別。こうして探しに来てもらった相手に、他にないの?」
「他に?」
「そう」
謝る以外に何か言葉があるのだろうか?
リイシャへの贖罪?
だがリイシャがそれを求めているとは思えない。
今も"そんなことはいい"と言ってくれたばかりだ。
わからない。
怖くてわからないんだ。
リイシャが僕のことをどう思っているのか、わからなくて、嫌われてしまったのではないかと思えて怖い。
この場に来てくれている時点で、そんなことはないとわかっていても……
僕は不安と焦燥で潰れそうになり、目を伏せて視線を合わせないようにした。
そんな僕を見てリイシャが大きなため息をつき、呆れ顔で目を細める。
「はあ、まったく。なんでこんな人を好きになっちゃったんだろう……」
声量は小さいがこの距離だ、聞き取ることができてしまって同意せざるを得ない。
しかし、彼女の言葉は僕の心に潤いをくれた。
「ありがとう、でしょ」
ありがとう……
なぜそんなありきたりな言葉が咄嗟に出てこなかったのだろう。
いや違う、頭には浮かんでいた。
ただ、僕が使っていい言葉ではない気がした。
だから口に出さなかった、でもリイシャがその言葉を求めているのなら、使ってもいいと言ってくれるのであれば……
想いを込めて。
「ありがとう……」
枯れたと思っていた僕の瞳からは一滴の涙が流れた。
リイシャは僅かに口角を上げて白い歯を小さく見せる。
「どういたしまして」
リイシャは椅子から腰を上げて僕の座るベッドへと腰かけた。
「にしても元気そうでよかった。ちょっと肩押しただけで倒れちゃったときはビックリしたんだから。二週間でおじいちゃんになっちゃったのかと思ったよ」
リイシャはこの世界に来たばかりの僕と出会った状況を、肩を押す軽いジェスチャーを交えて口にした。
一拍置くと僕の手を握り、瞳を見据えて言葉を続ける。
「てか会うまでは、もしかしたら死んじゃってるかもって思ってたし。本当に……本当に……会えて、よかった……」
言葉を震わせながら涙を流すリイシャを見て、行き場のない思いが芽生えた。
幻影でみた涙とは違う、悲しみではない、安堵の涙を見て。
僕はリイシャを軽く抱きしめ、一人の男に誓った。
「うん。僕も会いたかったよ」
君の代わりに僕がリイシャを守り、愛し抜くよ、必ず。
この身体の本来の持ち主である、
本物の”ミル・ノルベル”に……
▽▽▽
今、僕たちはフォザファタを出て馬車で北東へと向かっている。
理由としては、噂されている森で見られた人型の魔物が僕だと思われるためだ。
この世界に来て図書館に籠っていたから気がつかなかったが、どうも討伐隊を組む予定らしい。
正体がばれたとしても僕が討伐対象になるとは思えないが、迷惑をかけたことに変わりはない。
であれば何日も居座ったら非難を浴びせられる機会が来ることになっただろう。
それを甘んじて受け入れる覚悟はあるが、リイシャにも向けられるかもしれないということが決め手となった。
もちろん、このことをリイシャには言っていない。
迷惑といえば、レカーナさんには知らず知らずのうちに多大な迷惑を掛けてしまっていたのだろう。
守衛所では注意喚起を、ギルドで冒険者風の男二人組と話していたのは討伐隊についてだったに違いない。
そんなレカーナさんに別れを告げず町を出てきた。
親切にしてもらったというのに恩知らずではあるが、やはりバレないことが優先だ。
いつか恩を返そう。
それにしても”ミル・ノルベル”としての夢の中では僕の考えが反映される場面が少なからずあった気がするのだが、気のせいだろうか?
などと物思いにふけっているのだが実は今、馬車の中でリイシャに説教を受けている最中なのである。
危ない魔物が近くの森にいるからという理由ですぐに出発しようと提案したところ承諾してくれたのだが、何の当てもなく、何の準備もなく町を出てしまっており、この状況に至っている。
「確認しなかった私も悪いけどさ。御者のおじさんの話じゃ、まともに依頼を受けられそうな町までこの馬車で三週間はかかるっぽいじゃん。これからどうするつもり!?」
そうリイシャの言う通りファザファタから次の大きな町エウィジスまで三週間はかかる。
正確にいうとファザファタを出発して一週間経っているので、あと二週間だ。
リイシャは僕に、その二週間をどうやって生きていくか考えはあるのか問いただしている。
道中、小さい村はいくつかあるみたいなのでどうにかなるとは思う。
一週間経つまでこの現状に気が付かなかったリイシャもどうかと思うが、僕が言えた立場ではないので口が裂けても言えない。
「ちょっと聞いてるの! パストで稼いだ分は馬車代で使っちゃったんだから、今あるのはお父さんたちから貰った分だけなんだよ!」
リイシャは起こっているといっても、他の乗客に迷惑にならない程度の声量で口調を強めているだけである。
だが怒り心頭であることは明々白々なため、謝罪を入れて案を出す。
「ごめん。途中の村で少しでも稼ぐし、節約もするから……」
「はぁ、まったく……わかった。その代わり、もう絶対一人でどっか行かないでね」
膨らませた頬を作り、仰々しく腕を組んだリイシャに不安混じりの言葉を投げかけられた。
僕は迷惑をかけ、怒られている状況であるにも関わらずリイシャの姿に心を奪われる。
えっ?
かわいすぎない?
これがツンデレってやつ?
いやツンデレではないか、別に僕への好意を隠してるわけじゃないし。
ただ純粋に心配してくれいるのだろう。
最高じゃん。
僕は誓いを守ることはもちろん、ただ単純に心の底から思ったことを口にした。
「うん、約束する。絶対にリイシャから一生離れないよ」
あれ?
これって一種の結婚してください的なプロポーズなのでは?
もちろんリイシャとは生涯をともに過ごしたいと思っているが、こんな状況で言うなんて僕も結構大胆だなぁ。
などと思いほんのり顔を赤くしている僕に、
「約束ね」
とリイシャは強い眼差しを向けて返してきた。
この二十年弱の付き合いでわかる。
この反応、リイシャはこの言葉の意味を理解していないのだろう。
気が付いていたら絶対に顔を真っ赤にしているはずなので断言できる。
まあ言った僕本人ですら、言い終わってから気が付いたことなのだし、このプロポーズは無効だろう。
というより、このプロポーズはカッコ悪いので無効であってくれないと困る。
この旅が終わったら正式にプロポーズをしよう。
となると、早くても一年後ぐらいになるだろう。
それまでにリイシャにはもっと僕を好きになってもらうためにも、強くてかっこいい男にならなければ……
ならなければならないのだが……
この状況の原因は僕なのだしこのまま足を引っ張り続けてしまうと、愛想を尽かされてしまいそうで心配だ。
まずはこれからの二週間を生き抜くことを一番に考えなければ。
それから僕は細々とした日々を過ごした。
ある日はお腹の虫が鳴り止まず夜寝付けなかったり。
ある日は体臭のせいで他の人たちに避けられたり。
ある日はボーッとしすぎて馬車に乗り遅れたり。
たまにリイシャが僕を軽蔑の目で見てきたりと、心苦しい二週間が過ぎとうとうエウィジスの門前まで来ることができた。
門には守衛が数人立っており町に入るにあたって検問をしているそうで、ちょうどリイシャの番が終わり、僕の番となる。
「次の者。レコードカードの提示をって臭っ! 臭い臭い臭すぎる! お前なんでそんなに臭いんだよ!」
「すみません。五日間ぐらい体を洗っていなくて。あっこれ、はい」
守衛は鼻をつまみ僕からレコードカードを受け取り、顔をしかめながらボードを突き出してきた。
「認証してくれ」
認証とは本人確認などを行う際にレコードカードの情報と本人が同一か確かめることをいう。
これはレコードカードの発行時に行ったように、ボードの黒い楕円に親指の腹を当てればよい。
僕は言われたとおりに認証を行った。
数秒して楕円が一瞬淡く光る。
それを見て守衛はレコードカードを僕に返しつつ門の方を指差した。
「よし、本人確認完了だ。さっさと行ってくれ。門を潜って右を少し行けば湯屋がある。じゃあ次の者」
言葉は少し荒いが優しい性分なのだろう。
僕は心の中で感謝を述べ、リイシャとともに湯屋に行くことにした。
道中リイシャが僕と距離を置いていた気がするが一生離れない約束をしたのだし僕から歩み寄ると、脱兎の如く湯屋に逃げられた。
▽
体を洗い、湯に浸かる。
何日も湯に浸かっていなかったため久しぶりのお湯は身に染みて、身体の疲労が抜けていくのをしみじみと感じた。
風呂から上りに何を飲もうか迷っていると、フルーツをふんだんに使ったジュースらしきものが目に入った。
しかし財布の中身は空っぽなので鉄貨一枚分の水購入し、腰に手を当てて勢いよく喉を潤す。
ゴクゴクと音を立てていると、風呂上りのリイシャが呆れた顔をしていた。
「何その飲み方……ダサいからやめて」
日本の古き良きをダサいとは、リイシャにはこの良さがわかないようだ。
まあ、僕もなんとなくやってるだけで、このポーズにどんな意味があるのか知らないが……
それにしても風呂上りの女性とはなぜ艶やかに見えるのだろうか?
着ている服は先ほどと同じもの、髪が少し濡れて湯気が体から少し上がっているだけなのだが。
いや、よくよく見ると頬が少し火照っており、湯に浸かることに慣れていないこの世界の人というのもあり、赤みが強く出ているところが色気を増しているのだろうか?
リイシャの姿に目を奪われていると、当人から訝し気な眼差しを向けられた。
「何? ジーッと見て。なんか付いてる?」
「リイシャがかわいすぎて見とれてただけ」
「あっそ。じゃあそんなかわいい私のために、稼ぎのいい依頼でも探しに行こっか」
リイシャは僕の言葉を適当にあしらって出口へと歩を進めた。
リイシャはこの程度のセリフでは、恥ずかしがらなくなってしまったようだ。
ま、まさか、リイシャは僕のことを好きじゃなくなってしまったということはないだろうか?
ありえない話ではない。
なんせ僕は家を出てからいいところは一度もなく、情けないところしか見せていないのだ。
ありうる。
もうただの旅仲間としか思ってないかもしれない。
やばい、やばいぞ、どうにかしてカッコイイところを見せなければ……
そういえばミルもリイシャにカッコつけようとしていた気がする。
元から性格に違いがあったとは思わないが、しばらくの間ミルの中で生きていたので、というより夢を見ていたからか、思考が限りなく近くなった気がする。
だからといってリイシャを好きな気持ちが偽物だということはなく、本物だ。
あの二十年弱に僕の意思が大きく反映されていなかったとしても、一緒に過ごしたことに変わりはない。
だからリイシャのためにも一刻も早く金欠問題をどうにかしなければ。
僕は拳を強く握りしめ、堅い決意を胸に秘める。
胡乱な目をしたリイシャには気が付かなかったことにしよう。
▽
湯屋を出てこの町のギルドに向かっていると、いたるところに冒険者らしき人たちが目に入り、リイシャは眉根を寄せた。
「この町は冒険者稼業が有名なのかな?」
「どうだろ? 見たかんじ、フォザファタよりも冒険者が多く感じるけど」
町はフォザファタと同じぐらいの大きさだが、冒険者の割合が多いのは間違いないだろう。
冒険者になったばかりの僕たちには知識が足りず、リイシャが疑問を口にする。
「冒険者が多いってことは、この辺りは凶暴な魔物が多いとか?」
「単純に依頼が多いのかも。町って呼べるぐらいの集落はこの近くにはなかったし、遠征依頼なんかもあるんじゃない?」
「それだけならいいんだけど。こうも冒険者が多いと、いざこざとかも多くてめんどくさそう」
リイシャが半目でため息交じりに肩を落とす。
今のところでは悪辣な冒険者に出会ったことはないがリイシャの言い分に納得し、僕は大きく頷いた。
「確かに。僕たちみたいな新人はいいカモだろうしね」
「まっ、私たちが負けるとは思わないけどね。Eはあるってお父さんが言ってたし」
たしかEランク冒険者はプロ級だったか……
僕は図書館で調べた記憶を思い返し、独り合点がいく。
たとえ喧嘩を売られても、ある程度は勝てるだろう。
その後に復讐として高ランク冒険者を連れて来られたら危険だが、Dランク冒険者以上は数が少ないと聞く、雑に絡んでくるようなガラの悪いチンピラにはそうそういないだろう。
ギルドも喧嘩など求めていないだろうし、止めに入ってくれるだろう。
それにいざとなれば『エレクトリック』で足止めをして、『オーバードライブ』とリイシャの『ウィンド』で逃げることぐらいはできると思う。
最悪、リイシャの『キルウィンド』で……
いや、それは辞めておこう。
リイシャに人の命を手に掛けるようなことをしてもらうぐらいなら、僕がやろう。
僕は独りで頭を整理してリイシャに向き直る。
「だね」
「じゃあ、さっそく入ろっか」
ギルドまで辿り着いた僕たちは会話を中断して、両扉を軋ませながら開放した。
そこには所狭しと十人弱の冒険者が椅子に腰を下ろしていた。
しかし、僕はギルドの奥にいる槍を担いだ黒髪軽装の男がすぐに目に入り、目を合わせることとなった。
それと同時に彼が只者ではないと、この人とだけは絶対に敵対してはならない確信を持った。
ご愛読、ありがとうございます。
1話と2話を読み返していただくと、13話と14話をより一層楽しんでいただけます。
お手すきの際に、一読してみてください。




