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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第1章 死後生前編

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第11話 浮いた宿代

 昨日おじさんとおばさんに別れを告げ無事に隣町パストへ辿り着いた僕たちは、一泊してギルドへ赴いた。


 冒険者登録と初依頼を受けるために来たのだが、受付のお姉さんは三年前と同じ人物のようだ。

 向こうは僕たちのことなど覚えていないだろうが……

 お姉さんへ声をかけると――


「すみません。冒険者登録をしたいのですが」

「あー! あなたたちは、三年前に親御さんとレコードカードの発行に来られましたよね!?」


 お姉さんは手を叩いて目を見開いた。


「えっ、はい。よく覚えてますね」


 僕たちのことを覚えられていたとは思っておらず、どもってしまう。

 対してお姉さんは興奮気味に目を輝かせた。


「あの歳でレコードカードを発行される方はそこまでいませんので」

「戦闘職の子は来るんじゃないんですか?」


 成人するまでに魔術を覚えなければならない家系もあるだろうと、僕が質問をするとお姉さんは早口で答えてくれた。


「昔はそうだったんですけど、どうせ先天魔術しか使えないんだから魔術は成人してからでもいいや、って思う人が増えたみたいで。魔術師かエリートの生まれの子ぐらいしか来ないんですよ。それにお二人のお父さんは狩人としても働いてらっしゃるのでしょうけど本業は農家でしたよね? そんな子連れの人は初めて見ましたし結構印象強くて、来るならそろそろかなぁとか思ってたんですよ」

「なるほど」

「あ、すみません、冒険者登録でしたね。ではレコードカードのご提示をお願いします」


 お姉さんは勢いの余った早口に羞恥を抱いて頬を薄く染めると、レコードカードの提示を促した。

 僕とリイシャはお姉さんの羞恥を刺激しないように微笑みを作ってレコードカードを手渡した。


「お願いします」

「ではこちらのボード中央の楕円に、親指の腹を当ててもらっていいですか?」

「はい」


 言われた通りに指を当てると楕円が淡く光った。

 確か図書館でも行い、三年前にレコードカードの発行時にも行った光と同じだ。


「ねぇお姉さん、これってなんのためにやってるんですか?」


 図書館で調べたことのある僕の中では完結した本人確認だが、リイシャはよくわかっていないらしく質問を投げかけた。

 当然といえば当然か。

 

「これはレコードカードが作られた当初、他人になりすます事件が多発しまして、それの防止のために行っております。これからこの指紋認証装置を見ることがたくさんあると思いますが、ギルドの管轄でない場所では偽物の可能性が高いので気をつけてください」

「それが偽物だった場合は?」

「その場合指紋が取られてなりすまし、情報漏洩などの被害に遭われるかもしれません。はい、冒険者登録できました」


 え、そうなの?

 初めて聞いたんだけど。


「お姉さん、それって三年前に言っておかないといけないことじゃないんですか?」


 僕がレコードカードを受け取り胡乱な目をお姉さんに向けると、あたふたしながら弁明してきた。


「す、すみません! お二人の様な方が珍しく、地に足が付いていなかったのかもしれません」

「別にそんな攻めるつもりで言ったわけじゃないので大丈夫ですよ」

「すみません、本当にすみません」


 責め立てるつもりはなく、ただの確認だったのだが謝る姿勢を崩さないお姉さんにリイシャが気を利かせる。


「私たち本当に気にしてないから、顔上げてください。それより、さっそく依頼を受けたいんですけど、おすすめはありますか?」


 家では少し子どもっぽいところが抜け切れていない感が否めなかったが、外に出ると頼りになるなぁ。

 いや、リイシャは冒険のノウハウなんかこれっぽっちもわからないだろうし、ゲームで培ってきた知恵を持って僕が先導しなければ。

 しなければいけないのだが……


「あ、依頼ですね。それでしたら、バウファウの狩猟などはいかがでしょう? ランクはGです」

「バウファウってなんですか?」

「体長二メートル弱ほどで二本の角を持った四足歩行型の魔物です。力はありますが鈍足なので冷静に対処すれば狩れると思います。ですが、命の危険はもちろんあります、油断はダメですよ。狩ったあとは依頼主のところまで運んでこの紙にサインをもらってきてください」


 お姉さんが注意喚起とともに一枚の書類を取り出す。

 リイシャは書類に視線を落とすと質問を続けた。


「それは何体狩ればいいんですか?」

「一体毎に銀貨六枚となっております。数は決まっておりません」

「じゃあ、それ受けます。ミルもいいよね?」


 リイシャは小さく頷き依頼を引き受ける旨を伝えると、僕へ確認を取った。

 何から何までリイシャに任せてしまい、歯切れの悪い返事をする。


「あ、うん」

「了承しました。では明後日までにサインをもらって来られなかった場合は失敗となりますので。あっ、そういえば三日ほど前に、町の周辺で見たことのない蝙蝠型の魔物が目撃されたとか。バウファウの生息地とは異なりますが気をつけてくださいね」

「はい、ありがとうございました」


 せめて、依頼は僕が頑張ろう。




    ▽▽▽




 僕たちは今バウファウの生息地であり、以前魔術練習をした更地の奥に来ていた。


 依頼内容を見たときはGランクの割に報奨金の大きさに疑問だったが、これだけ町から離れているのなら運ぶのが面倒だろうし納得だ。

 それでも一体銀貨六枚はありがたい。

 なんせパストは平均して一泊あたり銀貨二枚、一食あたり銅貨五枚なのだ。


 この世界(ゲーム)では鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、純金貨の五種類の硬貨があり、それぞれを日本円換算すると十円、百円、千円、二万円、二十万円程度の価値がある。


 純金貨があるのなら純銀貨や純銅貨などもありそうだが何故だか純金貨しかないようだ。

 ちなみに一般的な魔術教本は銀貨九枚を超えるぐらいの値段だ。


 報奨金の値段に独り納得していると、岩影から一体の牛のような生物が雑草を食べながら出てきた。

 見た目はバイソンと呼ばれる動物と酷似しているが少し小さいかもしれない。

 現実の記憶と照らし合わせつつ簡単に討伐方針を相談する。


「あれだよね、どうする?」

「私たちには気づいてないみたいだし、一撃で仕留めちゃった方がいいと思う」

「だね。じゃあ僕がやるよ」


 背に担ぐ槍に手を添えると、リイシャが首を傾げた。


「えっ? なんで? こういうときは私が首を両断してきたじゃん。その方が上手くいくと思うけど」

「あの巨体を普通に持ち運ぶのはキツイでしょ? それに数体は狩りたいし、リイシャの魔術はそのときまで温存しておいてほしいから」


 バウファウを持って町へ帰るにはリイシャの『ウィンド』に頼る必要が見えたので、戦闘は買って出ることにした。


「なるほどね。じゃあ任せよっかな」


 リイシャが小さく頷き、僕は槍を構えた。


 数体は狩ってお金を少しでも貯めたいので、リイシャだけでなく僕も体力は温存しておきたい。

 となれば一撃で仕留めたいが、あの大きさの生き物を槍の一撃で仕留めるのは無理だ。

 無難に戦うならヒットアンドアウェイが一番なのだが、一撃で仕留めようと思うとなれば『エレクトリック』を使うしかないだろう。

 あまり魔術は使いたくないが仕方ない。

 

 肩の力を抜き、身を屈め、抜き足差し足で死角から接近する。


 槍四本分ほどまで近づいてバウファウに気がつかれたらしい、こちらを振り向いたが同時に僕はバウファウに向けて駈け出した。

 バウファウは少し肩を跳ね上がらせて身構えたがもう遅い、僕の槍の先端は横腹を突き刺していた。

 もちろん、この程度では死なないことは明白なので、予定通り魔術を唱える。


「『エレクトリック』」


 槍を伝ってバウファウの体内に電撃が疾る。

 バウファウが一瞬光を放ち、パァンと甲高い音が鳴り響く。

 そこには丸焦げになった死骸が一つ横たわっていた。


 リイシャが眉間に皺を寄せてバウファウの死体に視線を落とす。


「ねぇミル。これって焦がしてもよかったの?」


 倒すことしか考えていなかった僕は依頼の内容を思い返して答えた。


「何も言われてないし、いいんじゃないの? 一応次からは威力抑えるよ」

「わかった。『ウィンド』」


 リイシャは頷くと数百キロを超えるバウファウの巨体を風を使って難なくと持ち上げた。

 リイシャの『ウィンド』は"風を起こす"の次元を遥かに凌駕している。


「重いかも」


 余裕じゃなかったようだ。


 顔を顰めるリイシャに余力を問いた。


「あと何体ぐらい持てそう?」

「町まで帰らないといけないし三体ぐらいかなぁ」

「余裕じゃん」

「いや、重たいって。それにこれ結構集中力いるから他には何も出来そうにないし。できるだけさっさと終わらせたいかも」

「なるほどね。とりあえずあれを狩ろっか」


 仲間の死を感じ取ったのか『エレクトリック』の音のせいか、少し遠くからバウファウが一体走ってくる。

 鈍足と言われていたが本当らしい、僕たちが会話を始める前から走って来ていたのに距離がやっと十数メートルといったところだ。


 さすがに正面からぶつかるのは危ない。

 だが後ろにはリイシャがおり、避ける気がなさそうである。

 仕方ない。

 今度は槍を構えずに背中に担ぎ、直進してくるバウファウが五メートルを切ったところで片手を突き出す。


「『エレクトリック』」


 掌から電撃が疾り、バリバリと空を裂く。

 突進してきたバウファウは一瞬痙攣した後、膝から崩れ落ちて転倒し、僕のちょうど目の前に横たわる形となった。

 魔力を多めに消費したが、さきの経験を踏まえ出力を調整したことにより、バウファウに欠損は見られず綺麗に仕留めた。


「今度はいいでしょ?」


 二体目のバウファウを風で浮かせて顔を顰めるリイシャ。


「ありがと、じゃあ次探そ。やっぱり重い」


 僕は疲れを見せるリイシャに代替案を出す。


「そんなに重いなら、ここで待っててもいいけど」

「ってなるとミルがここまで運んで来ることになるけど、大丈夫?」


 リイシャの不安に、僕は一度考え込む。


「確かにキツいね……でも持てなくなりそうだったら言ってね。一体ぐらいなら持てると思うから」

「わかった」


 辺りにはもうバウファウはいないようだし、もう少し奥の方に行ってみるか……




 十数分は歩いただろうかというとき、とうとうリイシャが弱音を吐いた。


「ごめん、さすがにキツくなってきた」

「それなら帰ろうか。二体で銀貨十二枚、十分な額だしね」

「ありがと」


 想像よりもリイシャの消耗が早く、僕は眉間に皺を寄せて頭を巡らせる。


「にしても結構楽な依頼かと思ってたけど、普通の人じゃこれ無理だね。なんか銀貨六枚ってのが安く感じてきた」

「ほんと、ね。みんなはどうやって運ぶんだろ、あっ」

「どうしたの? あっ」


 リイシャが横を向いたまま固まったのでその方角を見てみると、そこにはバウファウ二体が仲良く眠りについていた。


 絶好の機会ではあるが、リイシャの体力が心配だ。

 声を潜めてリイシャの体調を伺う。


「まだ持てる?」

「多分……」

「持てなかったら置いて行こうか」


 弱きなリイシャの言葉に小さく頷いて、バウファウへ視線をやる。


 二体が寝ている間に同時に仕留めたい、となると一発ドデカイ『エレクトリック』を放つしかないだろう。

 だが近づいてる間に一体は起きるかもしれない。

 面倒だし一気に接近してから放つのがベストだな。

 一撃で仕留められなかったときのために槍を構えて、身を前のめりにしクラウチングスタートのような体勢をとる。

 一呼吸してから二体を視界に納め――


「『オーバードライブ』」


 一息に二体の頭上まで飛び上がり、すかさず掌を下へ伸ばし――


「『エレクトリック』」


 轟音と閃光を発する電撃を浴びせ、その光を最後に二体は寝た体勢のまま黒焦げとなった。


 仕留めた二体から視線を外し、遠慮がちにリイシャに向き直る。


「お願いできる?」

「はぁ、任せて……」


 溜息をついて疲れを露にするも了承してくれるリイシャ。

 リイシャの負担を少しでも減らすため、提案を口にした。


「やっぱり一体持つよ」

「結構重いよ?」

「それぐらいしないと」

「じゃあお願い」


 宙に浮いているバウファウを一体リイシャから預かりその巨体を背に担ぐも、あまりの重さに片膝を地面に付いてしまった。


「あっ」


 やば……

 想像以上に重たいわ。


 無様な僕の姿を見て、リイシャが不安気な声音で語りかけてくる。 


「大丈夫?」

「だ、大丈夫……さ、行こっか」


 振るえる膝でどうにか立ち上がり気丈に振舞ってみせた。


 今度は探索系の依頼にでもするか……




    ▽▽▽




 町中を歩いていると行き交う人々に物珍しい目を向けられた。

 会話から察するに、バウファウを背負いながら歩いたり、宙に浮かせながら歩いている僕たちは異常だったらしい。


 依頼主にサインを貰いに行った際も、


「兄ちゃん力持ちだねぇ。てかそっちはどうやって運んでんの?」


 と依頼主ですら感嘆を零していた。


 何が正解だったのかわからないまま依頼達成の報告するためにギルドへ向かった。


 ギルドの受付には依頼を受けたときと同じお姉さんがいたので、サインを貰って書類を手渡した。


「依頼おわりました。確認お願いします」


 お姉さんは書類に視線を落とし小さく頷くと、脇から銀貨を取り出した。


「はい、バウファウ四体の狩猟確認しました。報奨金の銀貨二十四枚です。お確かめください」

「はい、ありがとうございます」


 銀貨を受け取り軽く会釈をすると、お姉さんは興味深げに僕たちに視線をやる。


「それにしてもお二人、結構噂になっていますよ」

「みたいですね……」

「そんなにおかしいことなんですか?」


 僕の苦笑いに次いでリイシャが首を傾げた。


「ええ、バウファウ一体を持って帰るのも一苦労だというのに、それを四体同時ですからね。あと宙に浮かせてたとか、普通は荷車なんかを使うんですけど……あっ、私言ってなかったですね! すみません、すみません、本当にすみません!」


 なるほど、他の人たちは荷車を使うのか。

 それでも一体運ぶ労力が銀貨六枚だと安いように思えるが、命の危険が限りなく低いGランクの魔物だからだろうか?


 疑問が減ったり増えたり頭を巡らせていると目の前で何度も頭を下げるお姉さんの所作に忍びなく思い、苦笑いを浮かべる。


「気にしないでください。聞いてても使ってたかどうかわからないですし、そういう発想にならなかった僕たちも悪いですから」

「そうですよ、気にしないでくださいお姉さん」

「お二人はお優しいですね」

 

 うぐうぐと鼻水を啜りながら、ハンカチで涙を拭うお姉さんを見てメンタルの脆さに心配になる。


「あっ、いつもは泣いたりしてないんですよ。お二人があまりにも優しくて、つい泣いてしまっただけですから」


 この程度の事で優しいだなんて、普段の応対が気になり逆に心配になる。

 しかし、ここで言葉をかければきっとまた泣いてしまうと思われるので話題を広げるつもりはない。

 今日は疲れたので宿屋を探すことにしよう。


「じゃあ、僕たちそろそろ行きますね。ではまた明日」

「あっ、待ってください」


 用は済んだにも関わらず呼び止められ、困惑に眉尻を下げて振り返る。


「どうかしましたか?」

「宿はもう決まってますか? もし決まってないようでしたらギルドの二階をお使いください。もちろん無料でご提供させてもらいます」

「えっ、本当!?」


 リイシャが敬語を忘れるほどに食いついた。


「はい、いろいろとご迷惑をお掛けしました」

「ありがとうございます!」


 リイシャは一度使い忘れた敬語を使って感謝を述べた。


 これはありがたい話だ。

 宿代が浮くだけでなく、今すぐ体を休めることができるのだ。

 僕も体の節々に疲れが出ていたし、リイシャも今の反応を見てもわかる通り相当疲れが溜まっていたらしいからなおさらだ。

 今日は厚意に甘えてゆっくり休むことにしよう。

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