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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第1章 死後生前編

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第10話 別れの日

 一年半が経過したある日。


 リイシャは魔術を体内の魔力が二、体外の魔力が八の割合で行使できるようになっていた。

 「風魔術の基礎」の教本には体内が八、体外が二の割合で行使できれば一人前と書いてあったので、風魔術師としてのリイシャはプロ顔負けの実力者である。


 リイシャの成長はそれだけではない。

 触覚を数分間強化する魔術『タクタイル』によって、風と魔力子の流れを完璧に掴み『キルウィンド』なる新しい魔術を修得した。


 『キルウィンド』は魔術教本に載っていない魔術なので基礎レベルを超えた魔術、上級者向けなのだろう。

 魔術は修得方法を知らず偶発的に修得できてしまうこともあるみたいだ。

 教本に記載がなかったところを見るに、このような現象は稀なのだろう。


 僕はリイシャに連れられて『キルウィンド』の試し打ちに森まで来ていた。

 今日までイノシシや鹿、ときには熊なども狩ってきたが命の危険が及ぶ場面はなかった。

 この程度の日々で『キルウィンド』を修得できたことは、リイシャが天才だからなのだろう。


 『キルウィンド』――ただの『ウィンド』に"キル"が追加された魔術。

 名前だけを見れば、殺し特化の魔術のように思える。


「その魔術、名前からして殺傷能力高そうだから気をつけてね」


 僕はリイシャの試し打ちの被害にあわないよう、リイシャから数メートル離れた位置で注意を促した。

 大木を目の前に佇むリイシャは、斜め後方にいる僕へと顔を向けて口角を上げる。


「わかってる。ていうかミルが気をつけててね。私が制御できなくて怪我するのミルなんだから」

「一応離れてるし、僕なら避けれると思うけど」

「『オーバードライブ』結構役立つもんね~。私も欲しかったなあ」


 リイシャは指をくわえるようにして僕との摸擬戦を振り返る。

 一瞬で数メートル先へ跳躍できる魔術――『オーバードライブ』の汎用性は高い。

 初手の奇襲や緊急回避、拮抗状態を崩す際に距離を詰めて無理矢理主導権を握るなど、多岐に渡った運用方法があった。

 『オーバードライブ』のおかげで僕はリイシャに食い下がることができている。

 魔力子の運用がリイシャほど器用でない僕は『エレクトリック』以上に、『オーバードライブ』を重宝していた。


 対するリイシャは『タクタイル』が戦闘で役に立たず、『ウィンド』だけで僕と拮抗、いや僅かに上をいっている。

 『ウィンド』自体で僕に損傷を負わせることはできないが、『エレクトリック』を防ぎ、人ひとりを赤子のように軽々と持ち上げ振り回す風を巻き起こすことができる。

 しかしリイシャ自身は『ウィンド』で飛んだり浮かぶことができない。

 自身を持ち上げている感覚と頭で思い描く浮遊感、それと実際に体で抱く浮遊感が頭で乱れて気分が悪くなるらしく、自身の体と武具を軽くする程度にしか扱えない。


「風で移動できたらよかったのにね」


 リイシャは『ウィンド』で浮かんだ感覚を思い起こし、苦虫を嚙み潰したような表情を作る。


「何かきっかけがないと、あの感覚には慣れない気がする。代わりってわけじゃないけど、この魔術には期待してるんだ」

「強そうだし、早く使ってみてよ」

「せっかちだねぇ、じゃあ見せてあげる。いくよ」


 リイシャが手に魔力を籠めて大きく息を吸う。

 風が揺らぎ、掌に吸い寄せられるように収束した。


「『キルウィンド』」


 スパンッ


 発声と同時に、空を鞭が走ったのではないかと思わせるほどの鋭い音が森に反響した。


 気がつけば、大木は上半分を地面に落としていた。

 リイシャの手から放たれた風は大人十人分は余裕である太さの大木を、包丁で豆腐を切るかのようにあっさりと両断してしまったのである。


 間違って人に当てたら確実に殺してしまいそうな切れ味に、僕は固唾を呑み恐る恐るリイシャへ視線をやると。


 リイシャはニヤリと、得意げに口角を上げて僕に振り返る。


「ねぇミル」

「な、なに?」


 僅かに寒気を覚え、つい声を上ずらせてしまう。


「これからは私のこと、先生って呼んでもいいよ」

「あー……考えとく」


 魔術に関してはリイシャには勝つことはできないだろう、呼ばざるを得ないかもしれない。




    ▽▽▽




 十ヶ月が経ち僕は十八歳に、そしてリイシャは十九歳、成人になった。

 そして今日が待ちに待った試験日。


 試験の前に成人したお祝いとして、おじさんとおばさんからプレゼントがあるみたいだ。


「リイシャ、お前の要望通りの最高傑作だ。これを俺からの成人祝いとさせてくれ」


 おじさんは今にも折れてしまいそうなほど細く、全長が160センチもある長剣を重そうにリイシャへ手渡した。


 一見するとレイピアのようにも見えるが、それは長さが別格で剣身だけでも130センチ半ばはあるせいであり、細さも薄さも通常の剣と同程度である。

 それにこの武器は刺突性はほとんどなく、斬撃特化型となっている。

 長さと薄さのバランスが合っておらず一振りで折れてしまいそうな見た目だが、魔力を籠めることで強度を増す鉱石を素材にしており、魔力が尽きない限り折れることはない。


 この剣は二週間ほど前からリイシャが試用していたので、僕もリイシャも性能は把握している。

 試験当日に出来立ての武器を渡すような卑怯なマネはしないということだ。


 というか、おじさんもおばさんも普段以上に決意の籠った瞳をしている。

 不正など一切考えていないのだろう。

 おじさんが試験を不当に扱うと気構えていた僕は、胸に針を刺すかのように自分を咎めた。

 試験に対するおじさんの気持ちを信じきれなかったことを心から謝罪しよう。

 そして、おじさんに認めてもらおう。


 僕が正式に、リイシャの彼氏だということを!


 してもいない約束を果たすべく意気込んでいる僕に気が付く素振りのないリイシャは、瞳を輝かせて長剣を受け取る。


「ありがとう、お父さん! 一生大切にするね!」

「大切にしてくれるのはありがたいが、ちゃんと使ってくれよ? じゃないと造った意味がないからな」

「わかってる。大切に使い倒すから安心して」


 大切に使い倒すなど聞いたことないが言葉と共にリイシャは顔を綻ばせ、剣にべったり今にもキスしてしまいそうな勢いである。


 なんか彼女を取られた気分だ。


 剣相手に嫉妬って、我ながら女々しすぎる。

 そんな女々しい野郎を気にも留めず、おばさんが一歩前に出る。


「リイシャ、これは私から。少しボロボロだけど私の母さんの形見で、ペリドットって宝石のお守りみたいなもの。特に何かが籠められているわけじゃないけど」


 おばさんは首にかけていたペンダントを取り外し、両手で優しく包み込む。


「いいの? お母さんの大切なものじゃないの?」

「リイシャに持っていてほしいの。おばあちゃんが守ってくれますようにって」


 おばさんはリイシャの首に手を回してペンダントの留め具をカチッと鳴らす。


 混じり気のない澄みきった柔らかな緑の輝きは、まるで太陽を思わせ、僕とリイシャは魅せられて息を呑む。


「ありがとう、お母さん」


 リイシャは柔らかな微笑みを浮かべて、首に下がる輝きを優しく指で摩った。


 二人のやり取りから一拍置いて、おじさんは眉を僅かに吊り上げる。


「成人祝いもこのへんで、お前たちにはやることがあるよな?」

「もちろん。お父さんを認めさせてみせる」


 先ほどの慈悲に溢れたような面持ちとは打って変わって、獲物を狩る肉食獣のように眼光を尖らせるリイシャ。

 

 いよいよか。

 おじさんには悪いけど、どんな手を使ってでも認めさせる。


 僕とリイシャは覚悟を決め、力強い眼差しでおじさんを見据える。


「どうやら二人とも覚悟はできているみたいだな、俺も安心できる。ではこれより、試験を始める!」


 おじさんは声を上げて試験の開始を告げた。

 しかし、僕たちの思いとは裏腹におじさんは笑みを零して言葉を続けた。


「と言いたいところだが、試験はしない」


 その一言に僕はもちろん、リイシャも鳩が豆鉄砲をくらったように目を点にさせる。

 だがリイシャは間髪を入れずに声を上げて抗議する。


「はぁ? ちょっとお父さん、どういうこと!?」


 マジか、僕のさっきした謝罪を返してほしいもんだ。

 いや、正確には謝罪してないんだけどさ。

 というか、このやり方はさすがに納得できない。

 せめて試験ぐらい受けさせるべきだ。

 

 リイシャに続いて異議を唱えようとしたが、僕はおじさんの一言で黙りこくってしまう。


「二人は合格とする」

「え? どういうこと?」


 試験を始めてすらいないにも関わらず"合格"と言われて、喜んでいいのか判断に困りリイシャが首を傾げた。

 おじさんはリイシャと僕に微笑みかけて、思いを告げる。


「この三年間。いや、今までの十九年間を見て、二人なら立派に冒険者ができるだろうと思っただけだ」

「いいの?」


 傾げた首を縦に戻して瞳を輝かせるリイシャに対して、おじさんは大きく頷く。


「あぁ、実力はEランク冒険者にも引けを取らないだろうし。二人はもう大人だ。自分たちの人生を父さんたちがとやかく言うことじゃな……ん?」


 おじさんは途中で何かに気が付いたようで目を見開き、僕へ視線を向けて言葉を続ける。


「いや待て、ミルはまだ十八歳じゃないか! やはり後一年」

「お父さん……」


 リイシャの冷めた目が、おじさんの捲し立てる勢いを打ち消した。


「わ、わかってるよ。約束だもんな」


 観念したように眉尻を下げるおじさんを見て、僕は胸を撫でおろして笑みを零す。


 締まらない人だなぁ。


 二人の会話に微笑みを零した人物は僕だけではないようで、おばさんも目を和らげて僕にチラッと視線を移した。


 年齢のことは気付いていたにも関わらずおじさんに黙っていたのだろう、相変わらずな人だ。


     ▽


「明日は二人の出発の日。一緒に晩御飯を食べることもしばらくないでしょうし、今日は腕によりをかけて作ったの。たくさん食べてね」


 四人で囲んだ食卓には、見たことがないほどの豪勢で美味しそうな料理がずらりと並んでいた。


 ちなみに僕の作ったトマトスープもあるのだが、何の遜色もなく堂々と陳列されている。

 いや、遜色がないというのは嘘だ。

 パンや、肉、揚げ物に果物など子どもの好物ばかりで逆にトマトスープが異彩を放っている。

 それでも美味しそうに見えるのだから、食事というのは一皿だけではなく食卓すべてで完成されるモノなのだと思わされる。


 さっそくリイシャが肉を口に頬張り、幸せそうに舌を唸らせる。


「うぅぅん。おいしぃぃ~。これもそれもあれも、全部おいしい!」

「そんなに喜んでもらえて母さんも嬉しいわ。ほらリイシャ、トマトスープはミルくんが作ってくれたのよ」

「どれどれ~……うぅん! おいしい! 昔は嫌いだったけど、ミルのおかげでトマト大好きになっちゃった!」


 リイシャは頬を落としそうにして舌鼓を打った。

 リイシャにとっては何気ない発言が僕の心に染み渡り、それを悟られないよう意地の悪い笑みを浮かべる。


「それはよかったよ。でも、他の野菜も好きになってくれたら、もっとよかったんだけどね」

「玉ねぎと人参は食べられるし。ミルがこれからも頑張ってくれたら好きになれるかもね」


 リイシャはトマトスープに入っている玉ねぎと人参をスプーンで掬い口へ運ぶ。


「それは長い道のりだなぁ。トマト一つで十数年かかってるんだし、僕には荷が重いかも」

「ミルにできないなら諦めるしかないね」


 リイシャは目を細めて眉を上げ、勝ち誇るように僕を横目で見た。

 しかし今まで頬を綻ばせながらパンを頬張っていたおじさんが、リイシャの発言に顔を引き締めて口を開く。


「リイシャ。これからの食生活は今まで以上に気をつけないとやっていけないぞ。冒険者はいつでもぐっすり眠れるわけではないんだし、食事を取れないことだってある。日々の良好な生活習慣が明日の生きる可能性を飛躍的に上げるんだ。これからもちゃんと野菜を食べなさい」

「わ、わかってる……」


 目を伏せて罰の悪そうな顔でリイシャが言葉を返した。


 おじさんの言っていることは何一つ間違っていない。

 成人したというのに野菜嫌いで怒られていることに恥ずかしさもあるのだろう。


 にしてもせっかくの美味しい晩御飯だというのに少し空気が悪くなってしまった。

 仕方ない、ひと肌脱ぐとするか。


 僕はカトラリーをテーブルに置き、胸を張っておじさんへ視線をやる。


「安心してくださいおじさん! 僕が責任をもって野菜を食べさせますし、ちゃんと熟睡できるように子守唄も歌います! リイシャが成人していて、僕が成人していなかったとしても。ちゃんと今まで通り、僕が守り続けますんで!」

「はっはっは! それなら安心できるな」

「ちょっと! 私の方がお姉さんなんだけど!」


 胸を張る僕と腹を抱えて笑うおじさんに、リイシャが頬を膨らませて鋭い眼光を送る。

 僕とおじさんを宥めるようにおばさんが眉間に小さい皴を作った。


「こら二人とも、リイシャがかわいそうでしょ。もう成人したんだから野菜ぐらい一人で食べられるわよ! ね? リイシャ」

「う、うん……もちろん」


 味方をしてくれると思ったおばさんからのキラーパスにリイシャは苦笑いで応えた。

 おばさんは小さく頷くと、おじさんと僕へ視線をやる。


「ほらね。リイシャもこう言ってるんだし大丈夫よ。もしリイシャが野菜を食べられなかったらミルくん、リイシャを連れて帰ってきてね」

「ちょっ、お母さん!?」

「あら、何? 食べられるんだったら別にいいわよね?」


 わざとらしく困り顔を作るおばさんに、リイシャは口籠るが意を決したように顎を上げる。


「あ、いや、その……も、もちろん、それでいいけど!」

「よかった。それなら明日にでも帰ってきそうね」

「もう! どういう意味! お母さん!」


 リイシャの怒声が叩きつけられるも、それをかき消す三つの笑い声が響き渡り、次いでもう一つの笑い声と共に食卓を囲った。


 僕の目に映る三人の眩しい笑顔が、今日を忘れられない特別な一日にしてくれた。




     ▽▽▽




 明朝――


 僕とリイシャは当分の生活資金、数着の着替え、日持ちする食糧の入った肩掛け袋と腰提げ袋、各々の武器を担いで門扉の前に佇んでいた。

 そして目の前には僕たちを大切に育ててくれたおじさんとおばさんが、眉尻を下げて不安げな表情を浮かべていた。


 おじさんが僕たちの荷物へ視線をやって口を開く。


「他に必要なものはないか?」

「パストには半日あれば着くし、足りなかったらそこで揃えるから大丈夫。もう子どもじゃないんだから」


 リイシャが目を細め、呆れるようにして応えた。

 続くようにおばさんがおじさんへ視線をやる。


「そうよ父さん。なんだかんだいって二人に甘いんだから」

「母さんの方が甘いだろ」


 おじさんが聞き捨てならないようで反論をするも、おばさんは無視して僕とリイシャへ視線を移す。


「もし何かあったら、いつでも帰って来ていいからね」

「おい、無視するなよ」

「ははは……何かあったら帰ってきますね」


 言いたいことだけを言っておじさんを無視するおばさんを見て、やはりこの人は嗜虐趣味の持ち主なのではないかと疑ってしまう。

 嗜虐趣味は言い過ぎか、サディストといった方が正確かもしれない。


 おじさんは溜息をつくと、瞳に力を入れて僕に視線を移した。


「はぁ、まったく母さんは……ミル、リイシャはまだ少し子どもっぽいところがあるから、よろしく頼む」

「はい、任せてください」


 僕も瞳に力を入れておじさんに頷き返すと、眉間に皺を寄せたリイシャが割って入る。


「ちょっと! 聞こえてるんだけど。昨日もそうだったし、お父さんは私のことなんだと思ってるの!?」

「悪い悪い。じゃあ、リイシャはミルのことを頼む」

「任せて、守りきってみせるから!」


 リイシャは眉尻を上げて自信に満ち溢れたドヤ顔を作るが、おじさんとおばさんにはやはり不安が残るようで対照的に眉尻を下げている。


 二人が安心して見送ることができる言葉はないものか。

 頭を巡らせる僕を尻目に、唐突にリイシャが背に担ぐ長剣の柄を握った刹那――


 腰に届くほど長い紺色の髪を勢いよく切ったのだ、なんの躊躇いもなく。

 あまりにも突然な出来事に僕はもちろん、おじさんとおばさんも顔に驚愕を浮かべて呆然とする。

 しかしリイシャだけが、瞳を輝かせていた。


「そんな心配そうな顔しないで。私は強いから、大丈夫!」


 なぜ髪を切ったのか定かではないが、リイシャにとって決意の表明なのだろう。

 凛々しく、燦爛としたリイシャの横顔がそれを物語っていた。


 リイシャの瞳を見ておじさんとおばさんの顔からは憂いがなくなり、我が子の成長を喜ばしく思う優しい微笑みが零れていた。


「ちょっと待ってなさい」


 そう言うとおばさんは家の中へ入り、手に鋏を持ってすぐに戻って来た。


「そんな乱れた髪じゃ恥をかくわよ。おいで」


 手招きをされてリイシャは言われるがまま、おばさんに髪を委ねる。


「リイシャったら、もう少し女性らしく振舞いなさい。じゃないとミルくんに愛想尽かされるわよ」


 溜息交じりに口を開くおばさんに、リイシャは僅かに口角を上げて胸を張る。


「大丈夫。ミル、私のこと大好きみたいだから」

「外に出れば凄く強くて綺麗な女性だっているし、ミルくん取られちゃうかもしれないわね」


 リイシャは動揺を顕著に顔に浮かべて、冷や汗せを流す。


「……ミルは私のこと、好きでいてくれるよね?」


 今更何を心配しているのかわからないリイシャに溜息を零しそうになるも、微笑みを浮かべて応えてみせる。


「リイシャのことは、これからもずっと好きだって言ったでしょ。安心して」


 というか、逆に僕がリイシャに愛想尽かされないか心配になってきた……


 僕が憂いていることなど露知らず、リイシャがおばさんに力強く抗議しようとして――


「ほ、ほら大丈夫、だから――」

「わかったから、動かないで。危ないでしょ」


 おばさんは鋏を持つ手を離して、もう片方の手でリイシャの頭を押さえた。


 リイシャが少し膨れた顔でボソボソ何かつぶやき始めるも、おばさんが髪切りを再開すると心地よさそうに目を閉じた。

 髪を切る音だけが僕たちの耳に届き、それがどこか安らぎを感じさせる。  


「はい、できた」


 あれだけ長かった紺色の髪は、毛先が首筋を撫でるミディアムショートに様変わりした。


 リイシャはどんな髪型でも似合うんだなぁ。


 凛々しさを増し溌剌さが加わったリイシャを見ていると、あることに気が付いた。


 今のリイシャは僕が初めて会った時と、ほとんど同じ格好をしていることに……


 僕がこの世界に来た当初を思い出していると、リイシャは深い呼吸をしておじさんとおばさんを一瞥して門扉に手をかける。


「ありがとう。それじゃあ、私たちもう行くね」

「ああ、必ず帰ってこいよ」

「二人とも元気でね」


 おじさんとおばさんが柔らかく、暖かい笑みを浮かべて手を振った。

 僕もリイシャに次いで門扉に手をかけて、リイシャと共に開け放ち笑顔で振り返る。


「「行ってきます!!」」


 その言葉を最後に、

 今日が僕とリイシャの、旅立ちの日となった。

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