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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第1章 死後生前編

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第09話 純愛

 初めて狩りを行った日から一ヶ月が経過した。

 今となっては日常の一部となった狩りを終え、おじさんとリイシャと僕の三人は一匹ずつイノシシを食料庫に収納した。


「うし、もう二人に教えることは何もないな。魔術も形になってきたし、大きな怪我をすることはないだろう」


 おじさんは体に付いた返り血を拭い、僕たちへ向き直った。

 リイシャは腕を組み鼻を鳴らして、自慢げに顎を上げる。


「まぁね。この村で私とミルより強い人っていないんじゃない?」

「確かに、もう俺よりも強くなっちまってそうだしな。親として情けねぇ。はっはっはっは」

「全然情けなさそうじゃないけど」


 訝しげな目を向けるリイシャに、おじさんは白い歯を見せて答える。


「狩りを教えたのは俺だからな。俺は自分が誇らしいね」


 おじさんの指導の賜物ではあるが、それを本人たちの目の前で言ってしまうとこがおじさんらしい。

 苦笑いで誤魔化す僕をを尻目に、リイシャが突拍子もないことを口にした。


「じゃあ私、冒険者になりたい」

「いきなりどうした?」


 そうだ、いきなりどうしたんだ。


 会話の流れに合わないリイシャの発言に、僕とおじさんは目を点にする。

 僕もおじさんも困惑を隠せないでいるが、リイシャは気にもかけずに答える。 


「なんていうか魔術を使い初めて思ったの。私の力って、もっと使い道があるんじゃないかなぁって」

「たとえば?」


 おじさんが眉間に皺を寄せて考え込む一方、リイシャは胸を張って堂々と答える。


「私たちってこの村か、パストしか行ったことないでしょ? もっといろんなものを見て、私にしかできないことを探したいの」

「それで、冒険者か?」

「冒険者はあくまで手段。いろんな場所へ旅に行きたいだけ。別に狂暴な魔物を倒したいとか思ってないよ。できるだけ安全な旅をしたいとは思ってる」

「なるほど……」


 リイシャの言い分をおじさんは一度呑み込んだ。

 その後、リイシャと僕へ交互に視線を注ぐ。


「リイシャ一人で行くのか?」


 リイシャは心苦しそうに眉尻を下げて、弱々しい瞳で僕を見つめる。

 その顔には"付いて来て"と書いてあった。

 もちろん、今のは比喩表現で本当に書いてあるわけではないが、僕には書いてあるようにしか見えなかった。


 冒険者になりたいとは一度も聞いたことなかったが、僕も冒険者には興味がある。

 何よりリイシャが行くのであれば、僕は論を()たず共に行くに決まってる。


「あーそうですね。僕も冒険者には興味があるので、一緒に行きます」

「その言いぐさ。二人で話し合ったわけではないんだな?」


 おじさんは眉間の皺を一層深めて瞳を閉じ、腕を組んで考え込む。


 嘘をついてでも話し合っていた末に出した願望だと思わせた方が良かったかもしれない……

 確かに、今即興で決めたというのはいささか印象が悪い。

 安全な旅を心がけると言っても冒険者はもっとも命を落とす職業の一つだろう。

 それを考えもなしにやろうとするのは、親として見過ごせないか……


 数秒経ち、目を開けてリイシャの瞳を見据える。


「母さんと話をさせてくれ。そのあと四人で話そう。それでいいか?」

「うん」


 リイシャが大きく頷くと、おじさんは少し顔を綻ばせてみせた。

 

「じゃあこの話は一旦保留ってことで。それに俺はリイシャの剣を作るために必要な素材採取の依頼と、工房の掃除をしなくちゃならん。二人にはこれから今以上に畑仕事と狩り、母さんの手伝いをしてもらうことになるが大丈夫か?」

「私の剣を作ってもらうんだし、私はいいけど。ミルは大丈夫?」

「いつもと大して変わらないし、大丈夫」

「ありがと」


 リイシャのためになる行動に苦は感じないので礼はいらないのだが、リイシャの小さく歯を見せた微笑みに礼を貰えて俄然やる気が漲った。


 我ながらちょろいものだ。


 僕の漲る想いは露知らず、おじさんが口を開く。


「それと、リイシャは欲しい剣のイメージはしっかり持っておいてくれ」

「えっ? 私がイメージした通りに作れるの!?」


 リイシャが驚きを露わにした。


「限度はあるが、できるだけ要望には応えるつもりだ」

「じゃあ、凄いカッコイイの考えとく」


 おじさんはリイシャの輝く瞳に、力こぶを作って応えてみせる。


「おう、その方が父さんも燃えてくる。じゃあ、さっそく準備に取り掛かるな。なにかあったら工房に来てくれ」

「わかった」

 

 おじさんはそう言い残して工房へと去って行った。

 僕はおじさんの後ろ姿が見えなくなるのを待って、リイシャに切り出した。


「今日ってもうやることないよね? まだ一冊読んでない教本があるし、一緒になにか修得しない?」

「いいけど、また私に負けても泣かないでね」


 リイシャはグイッと僕に体を寄せて軽く肩をぶつけた。

 魔術の修得をリイシャに越された際に涙目になっていたことを思い出し、赤く染まった頬を誤魔化すために声を上げる。


「いや、僕泣いてないよね!? 勝手に記憶を捏造(ねつぞう)しないでよ。それにこれはリベンジだから、負ける気はないよ」

「期待しててあげる」


 目を弧に細めて僅かに口角を上げたリイシャの悪戯な笑みに、今度こそは負けないと闘志を燃やす。


 僕はリイシャが誇れる彼氏になるんだ!


 というか泣いてたのはバレてたのか、はずかしい……




    ▽▽▽




 居間の椅子に腰かけ僕とリイシャは三冊目の教本「戦闘時の立ち回りに役立つ魔術」を読んでいる最中なのだが、どの魔術を修得するかで迷っていた。

 先天魔術の系統によって修得しやすい魔術が変わるらしく、自分の欲しい魔術と修得しやすい魔術が違うからだ。


 僕の先天魔術は『エレクトリック』なので雷系統の魔術を最初から持っていたことになり、雷系統の他に加速系の魔術が修得しやすい。

 だが槍をメインに使って『エレクトリック』はサブウェポンとして使うつもりなので、膂力を上げる魔術を修得したかった。

 加速が悪いわけではないのだが、これでは決定打にかける。


 リイシャは『ウィンド』なので風系統魔術の他に、感覚系魔術を修得しやすい。

 感覚系魔術は、自分もしくは相手の五感に影響を及ぼすのだとか。

 ここだけ聞けば、漫画などでラスボス級の敵が使ってくる強そうな魔術である。

 だが実際は相手の五感に干渉することは難しく、視界を少し朧げにしたり、多少耳鳴りを錯覚させる程度のことしかできないようだ。


 そのため自分の五感を強化する魔術で特に動体視力を上げる、聴覚を強化するなどが推奨されていた。

 効力は一定時間しか保てないため魔力子循環トレーニングも推奨されている。


 ちなみにリイシャは僕と違って大きな長剣を使っての戦闘なので、大振りとなる剣の隙をカバーできるように加速系が欲しかったらしい。

 適性無視で自分の欲しい魔術を修得しようかと考えたが、本には強い反対が記述されていた。

 そのため、諦めて適性から一つの魔術を修得することに決めた。


 僕は魔術速度の上昇、俊敏性の上昇、走力の上昇、この中から一つを選ぶことにした。


 魔術自体は雷なので速度を上げる必要性はあまり感じられない。

 俊敏性と走力で迷ったが、長物を使うので俊敏性を上げれば懐に入られたとき対処しやすいのでは?

 と思い至り、一瞬で数メートル先へ跳躍できる『オーバードライブ』という魔術を修得することにした。


 リイシャは触覚を向上させる『タクタイル』という魔術を修得するそうで理由を聞いてみると。


「味覚と嗅覚は上げる意味ないでしょ? 聴覚を上げてもうるさくなりそうだから視覚と触覚で迷ったんだけど。触覚を上げれば風の流れとか読みやすくなって、もっと上手に風を操れるんじゃないかなぁって思ってさ。面白そうだからこれにしたの」


 と言っていた。


 僕は臨機応変に対応するために視覚を上げることを推奨したが、リイシャは強い意志で決めたようで変えるつもりはないようだった。


 お互い欲しい魔術が決まったので、今日から約二カ月(概ねの二つ目の魔術修得期間)でどちらが早く魔術を修得するかの競争だ。


 僕もリイシャも一つ目の魔術は平均を軽く凌駕する早さで修得したため、今回も早く終わると踏んでいたのだが甘かった……




    ▽▽▽




 あれから一ヶ月半でやっとリイシャが『タクタイル』を修得した。

 これでも早い方なのだろうが、一つ目と比べて遅く感じてしまう。

 ちなみに僕はまだ修得していない。

 そう、また負けたのだ。


 リイシャが嬉しそうに僕の頬をつついてきたので、軽く叩き返したら声を上げて痛がり涙目で睨んできた。

 触覚を向上させるという『タクタイル』は本当に成功していたらしい、だが今回僕は悪くないので謝らなかった。




    ▽▽▽




 半月後やっと『オーバードライブ』を修得した。


 これほど時間を要するのなら、三つ目の修得には聞いていた通り一年かかるだろう。

 魔術はこの二つだけで十分だ。

 リイシャが頬をつついてくるが無視して帰路に着く。


 家に帰るとおじさんとおばさんが神妙な面持ちで席に着いていた。


「おかえり。待たせちゃったわね」


 待たせる?

 特に何かを待っていた記憶がなかったのでリイシャに無言で視線を移すが、リイシャもわからないようで首を横に振る。


「冒険者になることについてだ」


 僕たちの表情で察してくれたのだろう、おじさんが口を開いた。


「許してくれるの!?」


 二ヶ月も空いたので、てっきり許可してくれないのだと思っていた。

 リイシャもあの日以降、冒険者になりたい旨の話題を出すことはなかった、心のどこかで諦めていたのだろう。

 おじさんの言葉に勢いよく飛びついているのが何よりの証拠だ。


「条件つきでな」

「どんな条件?」


 おじさんはリイシャの疑問に目を見据えて口を開いた。


「まずこれからの約三年間、リイシャが成人するまではダメだ。その日が来たら二人には試験として俺とサシで戦ってもらう。その結果Fランクは実力が堅いと判断できたら許可しよう」

「なんでFランクなの?」

「冒険者は依頼をこなして生計を立てるだろ? 一般的な依頼ってのはほとんどがFランク以下でEランクがそこそこ、たまにDランクを見かける程度だ。つまるところ、Fランクあれば生活に困らない」

「じゃあ、私たちがFランクかどうかは依頼を受けるんじゃダメなの?」

「怪我をしないように安全を考慮して、俺と戦う方針に決めた」

「お父さんに勝てばいいの?」

「いいや、勝つだけなら今でも可能性はある。だから、俺を納得させることが判断基準だ。ちなみにお父さん昔はEランク冒険者だったから、遠慮はせず魔物だと思ってかかって来い」


 リイシャとおじさんの問答が一通り終わり、僕は眉間に皺を寄せて考え込む。


 おじさんを納得させるなど、おじさんの気分一つで全てが決まってしまう。

 遠回しに諦めろと言っているようなものだ。

 依頼を受けさせない本当の理由は、僕たちがFランクの依頼をこなしてしまえば認めざるを得ないからだろう。

 リイシャのことが心配なのはわかるが、他にやりようはあっただろうに……

 何が何でも冒険者がしたいわけではないが、(たち)の悪さを見ておじさんに少し幻滅した。

 許可を出したくないなら正面切って断れば、リイシャも僕も無理に懇願しない。

 それはこの二ヵ月間の沈黙が証明していたはずだ……


「おじさん、いくらなんでもそれは――」

「わかった」


 僕の抗議は味方であるはずのリイシャの声に遮られた。


「リイシャ意味わかってるの? さすがに無理だよ」

「無理じゃないよ。私たちならできる」


 リイシャのどこから来ているのかわからない自信に、僕は食って掛かる。


「じゃあ、どうやって納得させるの?」

「お父さんが参ったって言うぐらい強くなる。そうすれば許可を出さないって言えないでしょ?」


 言い分はわかる。

 おじさんに圧倒的な実力差を見せつけることができれば、冒険者になる許可を出さざるを得ない。

 しかし仮にもおじさんは元Eランク冒険者だという。

 これからの三年間で必死に鍛錬を積んだとしても、そこまでの実力を身に着けることができるとは思えない。

 無理矢理認めさせるとなれば、おじさんを全力で攻撃する必要性が出てくるだろう。


「リイシャはおじさんに斬りかかることができるの?」

「できるよ」


 僕の問いに即答するリイシャが試験の最も恐ろしい可能性に気が付いていないように見えて、少し意地悪な質問を口にする。


「簡単に納得してくれなかったら最悪、腕を切り落とすぐらいしないとダメかもよ?」

「っ――」


 リイシャは応えるために一度開けた口をぎゅっと結んで唾を飲み込んだ。

 みなが応えを待つ中、リイシャは目尻から涙を零して鼻をぐすぐすと鳴らした。


 僕はリイシャの頬を流れる雫を目にして、質問の仕方に毒があったことを悔やみ焦燥に駆られてリイシャに謝罪の言葉を――


「ミルの言う通りだ。俺のことは魔物だと思えと言ったはずだ。魔物相手に躊躇うようじゃ許可は出せん。リイシャはそれでいいのか?」


 威圧するようにドスを利かせたおじさんの声が鼓膜を刺激した。

 リイシャは流れる涙を袖で拭って顔を伏せる。


「そんなこと、できない……」


 ドンッ!!


 おじさんは机を力いっぱいに叩くと、声を張り上げる。


「その程度の覚悟で、ミルを連れ回すつもりだったのか!!」


 おじさんから見た僕の立場は、リイシャに口裏を合わせてあげて我ままに付き合わされていることになっているのだろう。

 僕は自分の意思でリイシャと冒険に行きたいと思っているが、僕の心情を無視した結果だけを見ればおじさんからの視点は否定できない。

 おじさんからすれば、魔物の命を取る覚悟すらないリイシャが僕の命を蔑ろにしていると映ったのだろう。


 この九年間、いや記憶を遡った十数年間で一度も聞いた事のない怒声をおじさんはリイシャに浴びせた。


 だがリイシャには命を取る覚悟がなかったわけではない、命を取らない覚悟があったのだ。


「私は! めちゃくちゃ強くなって! お父さんに怪我させずに、納得させてみせる! 掠り傷一つでも付けたら諦める。それだけの実力があれば問題ないでしょ!」


 目尻からボトボト涙を零しつつ鼻を詰まらせた声で、おじさんに負けない声量を出した。

 リイシャの顔は涙と鼻水でくしゃくしゃになっており、おじさんはもちろん、おばさんと僕もリイシャの覚悟の強さを思い知る。


 だがこのままではリイシャの目標が遠のいてしまっただけだ、感情だけでおじさんが動いてくれるとは思えない。

 僕たちが怪我をせずに勝つならまだしも、おじさんに怪我をさせずに勝つなど不可能に近い。

 今は理論建てた話し合いをする必要がある。


 僕はリイシャにそっと歩み寄り、背中を押すために考えを共有する。


「リイシャ、おじさんにお願いして、少しでも譲歩してもらお?」


 だが精神的に不安定な状態のリイシャにとって僕の発言は、不可能の印を押し付けて裏切る言葉に聞こえたのだ。


「ミルは私のこと、応援してくれないの? 告白してくれた気持ちは嘘?」

「違うよ!」


 僕の気持ちは全く逆の意味に捉えられて、頭の中が真っ白になり考えが纏まらなくなる。

 それでも、誤解されたくないリイシャへの想いが、リイシャの言葉を否定した。


 リイシャは僕の声量に肩を跳ね上げ、半目で弱弱しくも僕の瞳を見据える。


「何が違うの? 振った私が可哀そうだから同情しただ――」

「リイシャのことが大好きで。誰よりも、何よりも大切で。今までも、これからも愛するからこそ応援してるし、心配もしてるの。確かに僕の言い方が悪かった、謝るからさ……僕の気持ちを、信じて欲しい」


 理論ではなく、感情を、今のリイシャには心の奥底を知ってもらいたかった。

 その一心で言葉を紡いだ僕の呼吸は乱れ、固唾を呑み込みリイシャを見つめる。

 リイシャは止まらない涙とともに、はにかんだ微笑みを浮かべる。


「私の方こそごめん。何があってもミルのこと、信じるね」


 僕は胸を撫でおろして、柔らかな微笑みを返した。


 泣いている姿も絵になっていたが、リイシャには笑った顔が一番似合っている。

 これからはこの笑顔を守れるように強くなろう。


 僕の決意を知ってか知らずか、おばさんのウッキウキの声が部屋に響き渡った。


「お互いを思う気持ちよーくわかったわ。それで、二人はいつから付き合ってたの? 詳しく聞かせてちょうだい」


「ちょ、お母さん!」


 リイシャの叫び声も十分に響き渡ったみたいだ。




    ▽▽▽ 




 僕とリイシャは魔術の特訓に武器を使っての摸擬戦を導入し、より本格的な鍛錬を積むようになっていた。

 そんな日々が五ヶ月経ったころ、リイシャの武器が出来上がった。

 以前の剣と比べ数センチ長さくなり、三倍ほど分厚くなっている。


 この五ヶ月間、リイシャはおじさんと理想の剣についてイメージを擦り合わせるため週二、三回ほど工房に顔を出しており、僕と話す機会が減っていた。


 今となってはおじさんに嫉妬しているわけではない。

 自分の彼女が彼女のお父さんと話す機会が増えることは、家族仲が良好な印であり喜ばしいことだ。


 決して嫉妬などしていない。


 強いて言うなら、僕を彼氏扱いしてほしい。

 付き合い初めて約八ヶ月……


 えっ!? お前ら付き合ってんの?


 と言われそうなほど何も進展がない。


 毎日一緒に畑仕事や狩りをして、ご飯食べて、特訓をして、お互いにアドバイスを出し合う。

 暇になれば森まで特訓に出かけ、付き合う前とほとんど同じ生活を送り、彼氏彼女らしいことは何一つしていない。


 もっと二人で手を繋いで色々なところに行ったり、同じ布団で一緒に寝たりしてみたいものだ……


 あれ?


 手を繋いで(手を引っ張られ特訓のために)色々なところ(森や川)に行ったり、同じ布団(疲れたときは居間)で一緒に寝たりしてきたぞ……


 もしや!


 僕たちって前から恋人みたいな生活を送ってきていたのか!?

 な、なんということだ……

 まさかこんな落とし穴があったとは……

 だ、だが、僕たちにはまだ恋人らしい出来事が一つだけ起こっていない、それは……



 夜のラブラブ大運動会だ!!



 僕たちは今まで幼馴染のような距離感だったが今は恋人同士、ということはそういうことをしてもいいということ!


 そうだ、そうに違いない!

 なんせ恋人なのだ、そういうことをしたくない人と恋人にはならないはずだ!

 うん、間違いない。

 じゃあ今日にでも切り出すか?

 いや、いきなりすぎるな……

 第一、リイシャからそういったお誘いを受けた記憶が微塵もない。

 これは僕が気が付いていなかっただけだろうか?


 違う気がする……

 たまにリイシャが何を言いたいのかわからないことはあるが、そういう気があるなら少しくらい色っぽい雰囲気を出していたはず。

 記憶も含めれば約十数年は一緒に暮らしてきたのだ。

 この八ヶ月間で何か変化があれば、さすがに気が付くだろう。


 ということは、リイシャにその気がないということだろうか?

 まさか僕のことはお遊びだったりするのか?

 そ、そんなことはないはずだ。

 リイシャはそんな悪い子じゃない、リイシャはとても良い子だ!


 そうリイシャはとても良い子なのだ、あの純真無垢なリイシャが人の気持ちを(もてあそ)ぶような悪魔のわけがない。

 何か理由があるんだ、きっと! 


 まて……純真無垢……?


 も、もしかしてリイシャはそういうことを知らないのではないか!?

 ありえる、ありえるぞ!

 実際リイシャと暮らしていて、そういうことを耳にする機会は度もなかった。

 それにここには、なんでも調べられるスマホやパソコンもない。

 おじさんとおばさんも二人目は要らないみたいだし、そういうことを知る機会がなかったように思える。


 あ、いや、おじさんとおばさんに関しては僕を二人目として育ててくれたのだろう、感謝しか出ない。


 だが、こうやって振り返ってみてわかったぞ。

 リイシャは僕とそういうことがしたくないのではなく、そういう知識がないだけなのだ!


 そうか、そうに違いない。

 ならば同じ環境で育ってきた僕も知らない設定で行くしかない。

 それにおじさんとおばさんが居る場所でできるはずもないし、二人がそういうことを教えていないのなら教えたくないということ。

 ずっとお世話になってきた二人を裏切れないし、大人の階段はリイシャの準備が整ってから一緒に上るとしよう。


 なに焦ることはない。

 僕たちはまだ若い、これからだ!


「ねぇミルってば!」


 肩をポンと軽く叩かれ、驚きに肩を跳ね上げてしまう。


「えっ! 何!?」


 振り返ればリイシャが訝し気に僕の顔を覗き込んできた。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫。考え事してて」


 熟考していたせいか、リイシャの呼びかけに気が付かなかったようだ。

 以前のように口に出ていなかったようで、独り胸を撫でおろす。


「じゃあ、相談なんだけどさ。お父さんが言うにはね。剣を分厚くして鈍器として扱う人もいるらしくて、凄く重い代わりに凄く頑丈なんだって。私は風を使えば重さを軽減できるから試しに造ってもらったけど。やっぱり剣なら切れ味が良いい方がいいよね?」


 リイシャは分厚い剣を片手で軽々と顔の前に持ち上げて見せる。

 体捌きや魔術はお互いに意見を出し合っているが、剣に関して僕はいつも蚊帳の外であった。

 リイシャの求めている剣の姿はわからないが、以前"見た目で選ぶ"と発言していたことを思い出す。


「リイシャはカッコいい武器を使いたいんでしょ? ならカッコイイ剣にしてもらえばいいんじゃない?」

「確かに、じゃあやっぱり、切れ味がいい方にしてもらう。ありがとね」


 リイシャは笑顔で僕に手を振り、工房の方へ去って行った。

 

 造ったばかりでやり直しを要求されるおじさんが少し不憫だが、おじさんも楽しんで製作に取り組んでいるだろうし何も言うまい。

 リイシャは特に何も考えていないのだろう、その純粋さを見習うべきかもしれない。


 そんなリイシャを見ていると、先ほどまで必死になってアホなことを考えていたことが馬鹿らしく思えてきた。 

 本音を言うと、不満がないと言ったら嘘になる。

 それでも――

 リイシャと一緒に過ごす時間を大切にしよう。

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