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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第1章 死後生前編

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第00話 片道切符

 社会人二年目の夏、唐突に耳元で鳴り響くアラーム音に飛び起きる。


 冷房を効かせた部屋で布団に(くる)まり眠っていた僕は、布団を払いのけアラーム音が鳴る方へ顔を向ける。

 音が鳴っていたのは愛用のスマホからであり、僕は急いでスマホの画面に映る日付を確認する。


「はぁ……」


 一つ溜息をつき、スマホを手に取りアラームを解除した。

 今日は仕事が休みだというのに間違えてアラームを設定してしまっていたようだ。


 まだ時間は朝早く、二度寝をしようと布団に視線をやるが、先ほど起きると同時に払いのけてしまったので手を伸ばしても届かない位置にあった。

 冷房の効いた部屋で布団もかけずに寝ると風邪を引いてしまうかもしれない。

 冷房を切ると暑いので設定温度を上げるためリモコンを探そうと部屋中を見回すが、リモコンは電池が抜けて布団の上に転がっていた。

 先ほど布団と一緒に払いのけてしまったのだろう、そして電池が飛び出してしまったみたいだ。


 取りに行くためには立ち上がらなければならい。

 どうせなら立ち上がるのなら、二度寝は諦めて起き上がることにした。


 冷房の風を直に受けながら手を組んで伸びをし、思い切り口を開けて欠伸(あくび)をする。

 欠伸(あくび)に寝起きのエネルギーを持っていかれたので立ったまま呆けていると、体が小刻みに震え――


「ブェックショ」


 くしゃみが出た。


 さすがに体が寒いと悲鳴を上げているのでリモコンの傍まで歩き、電池を()め直して設定温度を上げる。


 アラーム音と伸びで目が覚め、部屋が適温になって活動がしやすくなった。

 それに早起きは三文の徳というし何かしなければ勿体ない気がしたので、寝起きで考えの纏まらない頭を巡らせる。


 …………っあ。


 しっかりと目覚めていなかったようで、立ったまま目を閉じて寝ようとしていた。


 寝ぼけ眼を擦りながら取り合えずスマホでSNSを起動し、適当に趣味にまつわる情報に目を通す。


 僕の趣味、好きなことはアニメ、漫画、ゲームである。

 今週配信されたアニメは昨日仕事終わりに全て見終わっており、漫画は新刊がまだ出ていない。

 ならばゲームをしようとライブラリを眺めるが、今持っているゲームは飽きてしまい、やる気が起きない。


 ステータスのカンストや隠しステージを全てクリアしたというわけではないが、ゲームはメインストーリーが終われば飽きてしまう性分であり、新しいソフトが欲しくなってきた。



 というわけで猛暑の中、往復一時間、最近発売されたばかりのゲームソフトを買ってきた。


 このソフトの制作会社はあまり有名ではないが、個人的には名作揃いだと思っている。

 今回購入したゲームの名は「Mythology(ミソロジー) violator(ヴァイオレータ―)re(アールイ―)」。

 これはフルダイブゲームが主流となった現代で僕が人生において一、二を争うほどおもしろいと思った神ゲー、「Mythology(ミソロジー) violator(ヴァイオレータ―)」通称ミソバの三作目なのだ。


 タイトルがre(アールイ―)なのに三作目である理由は、「Mythology(ミソロジー) violator(ヴァイオレータ―)another(アナザー)」なる二作目がすでに世に出回っているからだ。


 一作目も二作目もゲームとしてはそこまで捻りがあるわけではない。

 何の変哲もない少年が百折不撓(ひゃくせつふとう)して神様を倒す壮大なアクションRPGだ。

 このゲームのポイントは、ゲームとは思えないほどの臨場感が味わえるところである。

 草木やモンスターが本物であるかのように一切ポリゴンが見えず、物を触ったときの感触も本物なのだ。

 そしてこの会社のソフトを絶賛している最大の理由が、ありとあらゆる物に味と匂いがあることだ。


 他社のソフトでこの二つを違和感なく再現できている作品には出会ったことがない。

 どうやら味覚と嗅覚は意外にも個人差があるらしく、五感として正確に認識できていても感情の部分で大きく感じ方が違うこともあり、個人個人の感性を再現することはとても難しいようだ。

 といっても、味も匂いも全体的に薄いため完壁に再現はできていない。

 それを踏まえてもやはり他社に比べて頭一つ抜けている印象が強い。


 そんなこんなでre(アールイ―)にも期待大だが、ここで期待し過ぎるのも良くない。

 いざやってみるとおもしろいが、期待ほどではないなどざらにあることだ。

 そんな事態に陥れば名作を駄作と言わざるを得なくなる可能性も出てくる。

 そんなのはゴメンだ。


 とはいっても、やはり期待は抑えられない。

 諦めてこの思いを心ですくすくと育てつつ、ゲームの準備をすることにした。


 ゲームパッド程度の重さのVRヘッドセットにソフトを差し込む。

 世間ではダウンロード版が普及しているがパッケージ版の方がゲームを買った満足感と、家に帰るまでの間にごちそうを目の前に「待て」を受ける犬のような胸の高鳴りがあって好きなのだ。


 まぁダウンロード版はお店に買いに行く手間が省けてソフトの入れ替えをしなくてよいので、利便性に優れておりたまに購入しているが……


 そんなことを考えていたら、いつの間にかゲームの準備が整っていた。


 この言い方だと他の人に準備をしてもらったように聞こえるが、慣れてしまった行動というのは無意識下で行われ、物事を俯瞰して見てしまうモノだろう。

 準備といってもゲーミングチェアに座り、VRヘッドセットを装着しただけだ。


 ちなみにこのゲーミングチェアは長時間同じ体勢で座っていても体を痛めない、超がつくほどの優れものである。

 ゲームをプレイするときはもちろん、家にいる間はほとんどこの椅子に座っている。

 ミソバは長編ストーリーゲームなので、とてもありがたい必需品だ。


 ではさっそく、このゲームをプレイするために、


 大きめのアニメポスターが一枚貼られた白の壁紙。

 畳むことさえされていない不憫な布団。

 数冊の漫画とノートパソコン一台が置かれた机。

 僕の体を優しく包み込んでくれているゲーミングチェア。

 この特になんの変哲もない八畳ほどの部屋に別れを告げるように瞼を閉じて一言――


Travel(トラベル) on(オン)


 その言葉が耳に届くと同時に、僕の身体は力を失った。

 身体が羽のように軽くなるのを感じた。

 頭の中が空っぽになるのを感じた。

 それでも胸の鼓動が鳴り響くのを感じる。


 青い閃光が辺り一面に迸り、僕の身体を過ぎ去っていく。


 何度も起動してきたにも関わらず初めて経験するようなこの感覚は、僕をバーチャル・リアリティという名の異世界へ誘なう、最高の旅客機だ。


 そんな思いを胸に僕は、非現実世界へ行くための切符を切った。







 これは、愛を失った神の、自殺志願記である。

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