15.父親
睦が頼んだ翌日には小雨が動いてくれたようで、組織イノンダイに動きがあった。
正しく、政府と対立したというもの。
足を組み、カフェでコーヒーを飲む。
向かいに誰かが座って、顔を上げた。
「こんにちは」
「こんにちは、黒幕さん」
「レイと呼んでください」
「わかりました。あまり過度に接触してくると殺しますよ、黒幕さん」
「物騒ですねぇ」
「俺の能力知っていますか」
「知りません。まるで興味もない」
「魔法印の使用が限られるこの世界でよくもまぁ首を突っ込める。馬鹿犬の下手くそな芸より酷い」
「おやバレている?」
「……あなた方が何を企んでいようと、たとえ誰が死のうと。こちらの勝利は確定していますので」
「何の話ですか」
「未来の話です。あなたじゃその身を賭しても勝てない方が、こちらにはいるので」
「その方を取り込んでしまえば?」
「有り得ませんね。馬鹿に付くほど無駄な時間はないと考える間もなく断言できる聡い方なので」
睦が立ち上がると、相手は睦を見上げた。
ゾッと、周りの客すら喋るのを躊躇うほどの明確で、冷たい殺意を圧にして乗せる。
「子供たちに手出すなら殺します」
別のカフェに移動すると、相手が既に来ていた。
向かいに座り、フードを脱ぐ。
「お待たせしました」
「いきなり場所変更とは驚いた。どうかしたか」
「黒幕に接触されまして。あまり接触してくるなら殺すと言ってきました」
「若いなー」
「歳関係なくないですか」
「うーん若い。若い若い」
事実上、イノンダイ先代頭。酸雨、一族名を、イノンダイと言う。
「まさか甥の成長を見に来たら元いた組織が馬鹿やってんだからさ。びっくりだよ」
「ほんとに。トワイライトに甥がいることがびっくりですよ」
「わりと新世代組すごい出生の子たち集まってるよ? ジュワルパの王族末裔と参界者二人に未来予知、トワイライト先代ボスの嫡男」
「ちょっと黙ってください」
「え酷い」
「まだ事は解決してませんよ。何の用ですか」
「どうかなと思って」
「まぁ着実に落ちてはいますよ。……元率いた者として寂しいですか?」
「別にぃ。甥っ子に会えただけで満足です」
「それはそれは。じゃあ帰っていいですか」
「冷たくないかい」
睦が睨むと、酸雨は敵わないと思ったのか、ため息をついた。
この子適当に突っかかると怖いんだ。
「管理人にさ、そろそろ安心していいよって伝えてほしいんだよ」
「やっぱり情報流したのあなたでしたか」
「上手く溶け込むために致し方なくね。……彼の、父である先代から彼のことはよく聞いていたから」
「管理人ブチギレていましてよ。自分に関する怪我や毒等はともかく、奥さんが腕を怪我したので」
「……それ私のせい?」
「十中八九そうでしょうね」
「今度直々に頭を下げるよ。墓参り来てね」
「甥が死んだら同じ墓に埋めてあげます」
「不謹慎ッ!」
「うるさい」
睦は本日四杯目のコーヒーを眺める。正直いらんけど。
「スイハ先代が管理人の実の父親というのは本当ですか」
「うん。だから子供をいい学校卒業させるために一旦捨てて入学後にまた連れ戻した。まーその頃には父親とも母親とも性格的にまるで似てない子になってたようだけど」
「三歳頃までは一緒にいたんでしょう?」
「すごく不器用な人だったから。……死ぬ前に、家族として打ち解けたかっただろうよ。ずっとそればかり嘆いていた」
「管理人に似てすごく天才的な方だったとか」
「うん。頭はいいくせに性格は最悪。愛情表現は不器用で、わかっているのにできない奴だった。唯一汲み取ってくれる妻が代わりに伝えていたようだけど。子供は女性恐怖症的なとこがあったからさ」
「今は家族全員女なのに」
「愛してしまえば可愛いんだろうよ。……逆に言えば、母が母として母らしい愛を優しく教えてくれたからこそ、ちゃんと人を愛せるんだろうね。孤児院でも学校でも、酷い扱いを受けていたようだし」
睦も管理人の話は、佚世からしか聞いたことがない。佚世も前社長から、前社長も先代秘書が管理人の母と話したのを聞いたらしいし。
でもこれだけ人伝てに聞いてもなんの違いもないのは、それだけ真摯で誠実な人が多い証拠なんだろうな。
「親友の唯一の息子を、いくらその子のためでありその子が命に執着しないのを知っていたとはいえ、こんな形で手にかけようとしてしまったことに罪悪感がなくならない。元々苦渋の決断ではあったが、私からいきなり申し訳ないと言っても受け入れてはもらえないだろう。……だから睦、頼む」
「別に頭なんか下げてもらわなくても伝えはしますけど」
よくもまぁ他人のためにこんな真摯に向き合えるよね。睦は絶対無理。
「必ずご自分でも連絡を取ってください。俺を介してじゃ伝えられないことが山ほどあるでしょう。……お父上の苦悩も、教えてあげてください。あの人は、ずっと家族に囚われているように見えます」
「わかっている。……あの子のことは、親友に、あの子の両親に頼まれている。私にとっても大切な子供だ」
昼前に睦がスイハに帰ると、部屋ではミヤと貝寄が談笑していた。
帝翔は律の首を絞め、祉夏は顔面真っ青。
「おかえり睦くんッ!」
本棚から本を取って、帝翔の頭を横から殴った。
帝翔は頭を抱えて丸まり、律は勢いよく咳き込む。
「父様……!」
「スイハの教育理念には子供にトラウマを植え付けるのが必須なんですか? いらんところまで管理人に似てますよ、帝翔さん」
「ごめんなさい……」
「祉夏君ちょっと見せて」
多少脈は狂っているが意識や言葉も記憶の混濁等も見られないし、ほんとに変にもがかず失神していなかったのが救いかな。
うん、たぶん大丈夫。
「問題なさそう。部屋まで支えてあげて」
「はい……父様、大丈夫ですか……?」
「平気平気。泣かないで」
律は半泣きの祉夏を抱き上げようとしたが祉夏はそれを拒否し、律を支えた。
二人が部屋を出ていったのを見送り睦は周囲を視回す。
管理人は、家族といるのか。タイミング悪いな。
「どうしたの睦くん」
「いえ。出先で黒幕に接触されました」
「ほぇ! 誰?」
「参界者……というか、世界の境界を自力で越えた人間です。景矢と同じ世界の人間でした。……イノンダイはたぶん、俺たちの出方を見るお試しだと思います」
「第二弾が来るってことね」
その第二弾が、世界の地雷を踏み抜く二回目にならないといいんだけども。
「……近いうちに必ず……」
「睦くん大丈夫、顔色悪いよ?」
「また熱が出るんじゃないか」
「……少し、休みます」
そう言って立ち上がる前に、睦は気を失い倒れた。
佚世と小雨が見えた。
そのあと二人が小さくなって、カメラがルーズするように引いていき、かと思えば真っ黒に、金の筋が見えた。
蜃のスケッチブックにこんな絵があったなぁと思い出し、ハッと目覚ました。口を押さえてうずくまるとすぐに背が支えられ、口元に袋が置かれ、そこに盛大に吐く。
なんだろう、カフェイン中毒かな。
「おぇッ……!」
「よしよし」
「……きもちわる……」
「大丈夫か?」
恋弥は袋の口を縛って捨てると、うずくまった睦の背を撫でた。
まだふらふらなのを支えて洗面所で口をゆすがせ、ベッドに戻ると、ミヤが作ってくれたスポーツドリンクを飲む。
「……どんぐらい寝てた?」
「もう夜。帝翔さんと貝寄さんは作戦仕上げに行った」
「……大丈夫そう……?」
「管理人は順調だって」
「ならよかった」
管理人に、酸雨からの伝えなきゃいけないのに。
「……死ぬ」
「大丈夫か? いきなりぶっ倒れたって聞いてビビった」
「ホロある……?」
「ん」
小雨に連絡すると、すぐに連絡が付いた。
蜃のスケッチブックにある、黒に黄色の線が描かれた絵を送ってもらう。
やっぱり、同じの。
この超記憶的な能力は母からの遺伝かつ親戚にそういう能力持つ人が多々いるので遺伝だと思うのだが、たぶん予知夢も母からの遺伝なんだよなぁ。
これに関しては母は大人になる前になくなったと言っていたが、何故だろう。血による異能だろうか。筋力増強と筋力移動も母からの血だもんな。
三つの異能が影響しあって、強くなり続けているのか。
脳が壊れないといいけど。
「もっかい寝とけ。夕飯ときに起こすから」
「そーする……」
「ネズミいる?」
「いらん……」
扉に小さな音が鳴り、恋弥は扉を開けそれを見下ろした。
猫は止まることなく睦のベッドに飛び乗ると、睦の顔の方に潜り込んだ。
「お前どこいってたん……」
にゃあと鳴いて心配しているのかうるさいと言っているのか、茶トラ猫は睦が眠るのを見守った。
体を揺すられ、目を覚ます。
茶トラ猫が擦り寄ってきて、それを撫でた。
見上げると恋弥が管理人に代わり、睦は首を傾げる。
「恋弥は?」
「夕飯取りに行ってるよ。大丈夫?」
「だいぶんマシになりました。……たぶん能力フル活用したのでそのせいです」
「マジで大丈夫?」
「マジで大丈夫です。よくあります」
起き上がると、茶トラ猫が膝に礼儀良く座ったので背を撫でた。
「……今日酸雨さんと会ってきましたよ」
「えッ?」
「イノンダイに取り入るためとはいえ情報を流したのを申し訳ないと言っていたのと、お父上様のことも少し」
「えー…………?」
「今度連絡が来ると思います。俺が伝えたあとにまた自分で謝って、お父上様が伝えられなかったことも伝えたいと言っていましたし」
「伝えられなかったことってなんだよ。全部母親任せだったくせにさ」
「とても不器用な方だったそうです。……最後、亡くなる最後の最後まで息子に何もできなかったと後悔されていたそうですよ」
「それ聞いても変わることはないし」
「聞くだけ聞いてあげてください。……管理人の家族思いなところはお父上様に似たんでしょう。それにお母様の愛情表現方法が加わっただけです」
管理人は少し不貞腐れたような表情になったが、睦は気にしないように茶トラ猫を撫でた。
「……睦君は、ご両親どうだった? 好きか嫌いか、嘘なしで」
「嘘なしですか。何故? 綺麗なこと並べた方が管理人は聞きに行くでしょう?」
「君嘘しか言わないからつまんないんだもの。私の父親のことを聞いたんなら君のご両親のことも聞かせて」
「親は好きですよ」
「嘘」
「じゃあ嫌いです」
「……嘘」
「面倒くさッ。それ娘にやったら鬱陶しがられますよ」
「ねぇそれ今関係なくない? ねぇ今睦君の話だよね?」
「管理人の話に変わりました」
「ねぇ」
睦は茶トラを抱っこすると管理人に背を向けて寝転がり、管理人は睦の背を揺すった。
睦は顔を背け、睦の腕から抜けた茶トラ猫は管理人の手を押し退けた。
ニャアと鳴いて、触るなとでも言うように、睦の背のそばに座り管理人を睨んだ。
「家族は好きだったんですよ。……ほんとに」
睦はそのあとになにか言おうとしたが黙ってしまい、そのあとに、他の言葉が続くことはなかった。




