14.噂
夜中、いつも子供たちがお茶会をしている部屋に珍しく睦もいて、スレッド水入らずで。
響皐月は睦の膝に座ってお菓子を食べて楽しそう。
「どうしたの? 聞きたいことがあるって」
「管理人さん? から、聞いたんですけど、廃教会の話を聞いてみたいと思って」
「つまんないよ」
「じゃあ佚世さんの話」
「佚世さんの話ねぇ……イケメン?」
「お前他人紹介する時とか容姿の話からするタイプか」
「だってそれ以上詳しいこと話せないもん。えーと、性格はものすごく大雑把でかつ努力家です」
「睦さんは研究所から逃げた時に拾ってもらったんですよね?」
「あーそう、第二の研究所壊したの、佚世さん、小雨さん、律さん、帝翔さん、貝寄さんの金の世代の五人だよ。俺と恋弥は対象として中にいたけど、陽泰も来てくれたし」
「そうなんですか?」
ミヤ以外驚いたように目を丸くし、よくわかっていないミヤは首を傾げた。
「研究所は皆がいた施設だろう?」
「そうそう。一回移転しててね、移転する前に俺が逃げ出して。移転したあとに俺がまた誘拐されたから金の世代の人たちに助けてもらったの」
「へぇ」
「佚世さんねぇ、金の世代の統率者というか、飛び抜けた才能と実力で常に筆頭を飾ってたからさ。顔よし性格よし頭よしで人望も厚かったし」
そりゃあ、そんな人の代わりになれと言われたら社長もやめたくなるわな。
ミヤは微かに顔を引きつらせ、それに気付いた睦は首を傾げた。
「どしたのミヤ」
「……お前のその多才さはお師匠様から引き継いだってことだな」
「引き継げてるといいけどねぇ。……皆は管理人からどんなこと聞いたの?」
「スレッド設立時に小雨に洗脳かけられたって話」
「わぉ。なんてホラを」
「あと恋弥がお前が多重人格にならないか心配してた」
「あー、それは大丈夫だよ。別にストレスから逃げたいと思ってるわけじゃないし」
「その喋り方の時点でグレーゾーンじゃないか」
「ミヤは気を付けなね。俺は異能のおかげで異変があったらすぐにわかるから」
「まー」
睦は響皐月を下ろすと立ち上がった。
「じゃ、俺は寝るよ」
「お前いつかストレスで難聴になるぞ」
「そうなりゃ識別で会話できるよー」
そう言いながら、睦はふらっと部屋を出ていった。
ミハットとニーズを潰し、市場は少々混乱気味だが想定通り。
午後から帝翔と貝寄がスイハの幹部数人とともにイノンダイの幹を削りに行ってくれるらしい。律は現在ピステルを動かしてイノンダイの資金源を削り奪ってくれてるそうなので、睦は葉を枯らさないと。
葉。光合成を行い、酸素を取り込み、老廃物を排出するもの。
光を遮断し、毒素を吸わせ、不純物も全て溜め込ませる。
そのためには周囲との関係性を全部断ち切り、噂を流し、反抗者すら受け付けない外界を作らないと。
うん、決定。
「終わったよ」
「助かる」
「ほんと刀好きだねぇ」
「武器が好きなだけだ。人を殺して自分を守れる」
「自衛してくれるなら何よりだよ」
陽泰の刀の鞘の紐を編んでいた睦はそれを陽泰に渡した。
恋弥は睦の隣でタブレットとにらめっこ。子供たちは庭で走り回っているので今は三人だけ。
「さてと、じゃあ俺は出かけてくるんで」
「イノンダイ?」
「そ。律さん動いてるのに俺が動かないわけにもいかないし」
「行ってらっしゃい」
「子供たちよろしく」
闇の世界の暗黙の了解として、敵意のない民間人を殺すのは人道を外れるとして軽蔑視される。
ピステルに喧嘩を売り、スイハの領域に手を出し、トワイライトの反感を買い、政府に睨まれ、その不平不満全てがスレッドに集結した。
結果、スレッドのとある社員が交流のある御三家と協力体制を了承し、現在五大組織のうち四大組織に睨まれている。
それだけを、らしいですよで喋りまくれば噂は勝手に伝播する。
三時頃に来て二時間ほど喋って、三時間ほどカフェで時間を潰した。
また街に噂を聞きに行けば、瞬間広まっている。
五大組織に喧嘩を吹っ掛けて、スレッドが統率し、地区イノンダイが組織イノンダイから解放されるのももう少しだ、と。
この噂の勢いのまま暴動が起こったら、小雨は体育祭に来れないかもしれない。それは、確実に睦にゲンコツが降るので。
スレッドがやってくれるらしい、そういえばスレッドって政府(とトワイライト)が作った政府だったよね。
てことは政府も動いてくれるんじゃない?
体育祭も近いし、それまでに解決したら、中央に通ってる子たちも安心だよねぇ。
政府の筆頭は、金の世代の一人だもんね。
きっと、最善の行動をしてくれるよね。
そんな淡い期待を振り撒き、煽りまくった。
Hgで管理人と律に連絡を入れる。
政府を煽ってもいいかと聞いたら、二人とも『損より得で』と。
政府が代用品を使ってスイハたちを潰せないぐらい街の反感を示せってことね。
代用品ができないように、政府の手が世界に及びきりらないように。
タクシーを拾い、後部席に座る。
「お疲れ様です春雨さん」
『小雨です。最近元気になってきましたね。今どこにいるんですかお転婆野郎』
「子供たちと小旅行中です」
『……まぁ危険がないなら止めませんが』
「それで少し相談がありましてですね」
『なんですか?』
「イノンダイの街保護しません?」
『小旅行ですって?』
「こわーい。子供たちは一切関わらせていませんよ」
『あなたの話ですが!』
「俺は元気にやってます。……やってくれませんか」
『やりますよ!? やりますがね!? 今すぐ帰還命令を出します! スレッド本部に戻りなさい!』
「ありがとうございます。お願いしますね」
『わかりましたから今すぐッ……!』
通話を切ると、小雨に体育祭までに動かないと過労で死ぬよと送っておき、管理人と律にも連絡してからHgを閉じた。
鏡越しに、その会話を内容を気にするようにチラチラ見てくる運転手ににこっと笑った。男でも顔を赤らめるんだから便利かつ危険すぎる顔だわ。
「つ、着きました……」
「ありがとうございました」
後ろから頭を撃ち抜き、車を降りた。
さてと、帰って風呂入って寝よう。最近人を殺しすぎてる気がする。別にいいけどさ。
銃をしまいながら館内に戻ると、エレベーター前で祉夏と枯梨が待っていた。
「おかえりなさい、睦さん」
「おかえりなさい」
「二人ともどうしたの、帰る連絡してないのに」
「上から見ていたら帰ってくるのが見えたので」
「父が反応したので」
「律さんのアンテナは未だ健在かー。お父さんみたいな依存気質になったらだめだからね。皆を平等に愛せるようにね」
「浮気気質ですか?」
「どこでそんな言葉覚えたの。奥さんも子供も平等に愛せるようになりなさいってことだよ。ただしその愛を他人に向けたらそれこそ浮気になるから殺されるよってこと。……律さんが奥さんに向ける愛情は異常だからさ」
「気を付けます」
「不安になったら誰でもいいから相談するんだよ。そのために信頼できる人を見付けられる審美眼を磨きなさい」
「はい!」
エレベーターに乗って、ふと枯梨の左耳を覗いた。
「裂けたところ治ってきた?」
「あ、はい! もう全然痛みもなくて」
「よかった。ちょっと見せて」
手術してから一ヶ月ほどが経とうとしているし、手術後の炎症や癒着等もないし、いい経過。
「これならそろそろピアスの穴開けられるかな」
「あ、穴開けるのって、痛いですか……?」
「怖かったら麻酔して開けてあげるよ。やりたいことやるために無理する必要ないからね」
睦が頭に手を置くと、枯梨は少し嬉しそうに笑って頷いた。
エレベーターが開くと、前には律が立っていた。
帝翔と貝寄はまだ帰ってないのか。
「おかえり睦くん」
「息子を取られたからといってそんな怖い目で睨まないでください。怖いです」
「おいでなつ」
「はい父様」
祉夏が近付くと、律は祉夏を抱き上げた。
エレベーターから降りた睦は枯梨を先に帰らせ、ずっと睨んでくる律に首を傾げる。
「なんですか?」
「別に。なんで祉夏にばっか構うのかなと思って」
「自分の子供に嫉妬しないでください」
「嫉妬は誰に対してもあるよ。俺は睦くんにも嫉妬してるからね」
「その嫉妬がある限り佚世さんに振り向いてもらうことはできませんよ」
睦は子供たちがいる部屋の中に入り、飛び出してきた響皐月を抱き上げた。
中には管理人夫婦と疓憝と俰盤、雨々驟とライムもいる。
「律さんずっとここにいて奥さん大丈夫ですか?」
「今入院中だからさ。面会もできないし」
「そうなんですね」
「睦くん、今日は何人殺したの?」
「一人だけですよ」
「そのカウント消さない?」
「……また帝翔さんと大金賭けたんですね」
「うん。だからさ。睦くんは別に殺した人間の数とかどうでもいい人でしょ?」
「それはそうですが。前回も前々回もその前の前も律さん外しているのでいい加減諦めろという意も込めて拒否します」
律が項垂れると、その話にミヤが反応した。
「お前殺人できるタイプか」
「うん? 俺の中で死は救いだからね」
「救いて」
「皆非日常感のある娯楽を求めるでしょ。俺は日常のストレスを解消する最大の武器こそ死だと思ってるからさ」
「教祖になれるな! 私は死んでも入らないが!」
「入れと言われて死んだら俺の思うつぼだよ?」
「クソだな」
「参界者なんて皆そうでしょ。死に救いを求めたからこそ死んだあとに異世界に招かれてんの」
「お前作詞家になった方がいい」
「曲は作ったことあるよ。二曲だけだけど。どっちも配信二週間で世界ランキングトップスリーに入りました」
「死ねよ」
超人すぎる睦のマウントにミヤのシンプルな罵倒嫌悪が現れ、景矢は少し眉を寄せた。が、それを気にしないように睦はけらけらと笑う。
「才能が有り余るからさ! なんでも手出てかじってはやめてを繰り返してんだよ」
「生まれた時からの使命がない奴って生きるの面倒臭そうだな。私は無理だ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ健康児」
二次元でも三次元でも、何かしらを世界に発信し続けた末が『完璧』にも『出来損ない』にも『普通』にもなれない空虚感溢れる奇人。
全部に手出して全部を褒め称えられて全部をやめて、残るものは続けていればという後悔と、続けていても何もないとわかっているが故の空虚感。
大人はなんでもやってみなさいと言うが、それよりも、使命で、責任で、仕事でこう動けと言われていた方が、好きも嫌いもない神童には合っていたらしい。その結果が廃教会だから。
「さて、俺も寝るよ。祉夏君、お父さんが嘘つかないように見張っててね」
「は、はい」
「睦くーん……! 二億かかってんだよー……!」
「奥さん入院してんのに賭博で遊んでるご自分のせいですよ」




