13.アイス
眉間を撃ち抜き、脳容量を破壊し、自害させる。
それを、何千と繰り返した。
風呂から出ると、脱衣場の外に恋弥がいるのに気付いた。
「どうした」
「暇!」
「うるせぇ夜中だ」
「ボスから俺に帰還命令が出たん」
「帰れば? 陽泰のやつもやらないとだし」
「あいつ最近機嫌いいなぁ!」
「たぶん俺が諸々片付けてるせい」
「……ちぇ。まいいや。帰還命令が出たからさぁ」
「うん」
「可愛い後輩の体育祭のためにイノンダイ一掃作戦に参加します!……って言っちゃった」
扉が開き、色男が顔を出した。
「てことで睦、俺もやるんで」
「酔ってんの?」
「酔ってねぇよボケナス」
「いやいやいやスイハとピステルの均衡を保つための協力体制なのにトライトが介入したら意味ないじゃん。上から押し潰そうとすんなよ」
「トライトの名前は使わねぇって話。ほら、あくまでも俺個人のさ、まぁスレッドに依頼だとでも思って」
「思わねぇよ拒否する」
「だって帰還命令とか!」
「帰ればいいじゃん。仕事してこい」
「せめて陽泰は持って帰りたい」
「寂しいのか」
「うるせぇ口引き裂くぞ」
「しゃあねぇな、俺から天獄さんに適当に連絡しとくよ」
「やたー!」
「ただし陽泰が戻るならお前も戻って向こうから参加にしろよ。後輩ぐらい守ってやれ」
「わーってるよ。負った責務は果たすのが筋だ」
目を覚ますと、既に睦がベッドに座ってスマホで何かをしていた。
微かに目の下が黒くて、寝ていないのがわかる。
「……あ、おはよ」
「おはざす…………」
「まだ眠い?」
「いや……」
まだ眠そうな陽泰はのろのろと起きると、あくびをした。どこまでも顔面いい奴。
ハッとして口を閉じ、身支度をした。
「睦、恋弥さんは?」
「別室で天獄さんと電話してるよ」
「帰還命令ですか?」
「帰りたくないから拒否してるんだって」
「え」
「陽泰が戻れないから寂しいんだよ。お……」
睦の言葉を掻き消すほどに廊下が騒がしくなり、間もなくノックもないまま扉が開いた。
律と帝翔と貝寄が押しかけてきて、陽泰は洗面所に逃げていく。
「睦くん出かけよう!」
「アイス食いに行こー!?」
「貝寄退いてッ……!」
「貝寄そのまま押し潰せ」
そんなことを言ったあとに、三人は睦の冷ややかな笑顔に気付いた。
背筋が縮み、ひゅっと喉が締まる。
「わかりました。三人ですか?」
「こ……子供たちも、連れてこ……?」
「わかりました。恋弥と陽泰にも声かけます?」
「うん……」
部屋にノックをして、中に入った。
ソファに座って足を組んで、机に置かれたHgを見下ろしていた恋弥は顔を上げる。
「なんだー」
「律さんたちが出かけようって」
「五人で?」
「皆。六人と子供たちと」
「ん。……じゃボス、そういうことで」
『はぁい…………』
通話を切り、Hgを消した。
ソファの後ろに立った睦を見上げると、少し顔色が悪かった。
「熱出るぞ」
「栄養摂ってるし大丈夫だと思う。寝不足だから」
「出かけんの大丈夫か?」
「平気平気。調子悪いってわけじゃないし」
子供たちは最年少組だけ。スレッドは誘ったら断られたんだって。釣れない子たちですみませんね。
律は祉夏を、睦と恋弥が疓憝と俰盤を。
帝翔は貝寄で必死だし、ライムは律で必死なので。まともな未成年組を見習ってほしい。
「どっか行きたい店あるの?……お前に聞いてんだぞ貝寄!」
「ない! アイス食べたい!」
「俺も知らんのに……」
「俰盤ちゃん、いつもどこ行ってる?」
「Glace mortってとこ」
「物騒……」
「高級なとこだ」
「そうなんですか?」
「祉夏アイス食べる?」
「いえ……」
「甘いの嫌いなんだよねぇ」
グラースモルト、フランス語で直訳したら死のアイスクリームだ。ネーミングセンスの気が知れない。
「参界者が開いた店なんだよね。世界で一番有名なとこじゃない?」
「本店がある」
「本店ここなんだ」
睦も恋弥も視線を通わせて、首を横に振った。聞いたことも見たこともない。いや見たことぐらいあるかも。初耳の店。
陽泰も律も貝寄まで知ってるようだし、ほんとに有名ではあるみたいだけど。
「疓憝ちゃんもアイス食べる?」
「パンがいい」
「アイスいらないの?」
「両方いいの?」
「いいよ。勉強頑張ってるしご褒美」
「じゃ私アイス二個」
「食べ切れる?」
「無理だったら疓憝にあげる」
「えッ」
睦の膝に座っている疓憝は固まって、俰盤は恋弥を見上げた。
「恋弥さんはアイスは?」
「食べるよ?」
「何?」
「なんにしよ。なんか良さそうなの決めて」
「んーと」
俰盤が悩んでいる間に睦は俰盤に菓子パンをどこで買っているか聞き、好きな菓子パンの話も聞く。
スティック状のメロンパンが好きなんだって。
「あるといいねぇ」
「うん。……睦さんは何が好き?」
「菓子パン?」
「なんでも。好きな食べ物」
「……何かなぁ」
「お前魚だろ」
「まー魚は好きだけど。うーん……魚かなぁ。びっくりするでしょ?」
「うん……」
こっちの世界は魚を食うって文化がないもんね。
「魚……って、美味しいの……?」
「美味しいのはね」
「なんで魚食文化ができなかったんだろ。普通にいんのに」
「知らん」
恋弥にタブレットを渡された睦はそれを見下ろすと、額に青筋を浮かべた。
やりすぎてデータオーバーしかけてるし。
設定から容量を開けて、睦は荷物からスマホを取り出した。
「……誰かピン持ってません?」
「陽泰ピン」
「太さは?」
「一番細いやつ」
陽泰はどこからか何かを差し出し、慣れたように細長いピンを出した。まち針並みに細い。
「なにこれ。ありがと」
「ピッキングの針」
「優秀だね。助かった」
スマホのSDカードをタブレットに一枚移した。三枚入ってるので。
タブレットに移ってしまったデータをスマホに戻し、タブレットを恋弥に返した。
「睦くんそれ前の世界の通信機器?」
「そんな感じです。来るときに全部持ってこれたので」
「わりと私物持ってきてる人多いよね? 全部持った状態で死ぬの?」
「俺は自室で首切ったので部屋にあった諸々は持ってこれました」
「じゃ、死んで気付いたら異世界ってわけじゃなかったんだ?」
律の問いに、睦はどうだったかなと思い出す。いや、いやぁ……?
「…………いや、そんな感じです! 欲しいもの聞かれて脊髄反射でスマホタブレットパソコンって答えてたみたいで」
「へぇ……? 恋弥君は?」
「俺は落ちて即死だったんで、そもそもまともに意識ない状態でしたし」
「自殺だよね?」
「うーん……まぁ、死ぬ意思はあったんでしょうけど正直ハッとしたのは落ちてからと言いますか」
「ふーん? 心身の限界だ」
「まー死にかけて病院に搬送されてからの自殺ですし、そんなこともある……んじゃ、ないですか? 知りませんけど!」
「死ぬ前に気絶してたらこんなことになってなかったのにな」
「うるせぇ」
けらけら笑う二人に皆が顔を引きつらせ、帝翔が律を睨んでいると車が停まった。
三十分ぐらい走っただろうか。
「人多い……」
「陽泰は留守番しとけ。お前は来い」
「えー囲まれる」
「黙れ来い」
「寂しんぼか?」
「撃ち殺すぞ」
睦は肩にかかっていた外套を脱ぐと、恋弥とともに疓憝と俰盤を連れて車から降りた。
帝翔は貝寄の首根っこを掴んで、律は祉夏に甘くないクレープを買うために。
「……わー」
「どうした?」
「雪として知り合った人が山のようにいる」
「大丈夫だろ! 髪ちげぇし!」
脳天に手刀が落ちた恋弥は頭を押さえ、皆で中に入った。
子供たちが危なくないように抱き上げると、睦と店員の目が合った。途端、店員が口をあんぐり開けた。
睦は顔を逸らし、思わず疓憝を恋弥に押し付けた。
「雪君ッ!?」
「あッ雑用係ッ!」
「ヤバい……!」
睦は店の外に逃げていき、数十人があとを追いかけた。
子供たちは愕然とし、疓憝は恋弥を見上げる。
「な……何……?」
「廃教会の頃に知り合った人たち。あいつ佚世に名前バレても参界者ってことで雪ですごしてたから」
「すごい人」
「な〜。人少なくなったし今の間に注文しよう」
「チョコバニラといちごチョコにする。恋弥さんチョコチップね」
「んーと…………じゃあ、キャラメルアーモンド」
「僕やってくるよ。君ら前出たら最悪なことなりそうだし。祉夏君は?」
「ハムチーズのクレープがいいです」
「はーい」
帝翔が注文している間は端で待っていると、睦からHgで、帰れないと連絡が来た。アホめ。
「恋弥さん、睦さん大丈夫?」
「うーん、アイス受け取ったら迎えに行ってくる」
「うん……」
睦と恋弥は椅子に倒れ、俰盤たちは睦と陽泰の間に座って食べる。
結局回収するのに十分ぐらいかかって、睦は瀕死。
「数千人いた患者の名前とか覚えてない……!」
「俺まで死ぬかと思った」
「毎日顔変えようかな」
「やめろ陽泰が人間不信になる」
「だめだぁ……」
外套をまとった睦は落ちると、そのまま椅子に突っ伏した。
起き上がった恋弥が睦の頭にフードをかけ、座り直して足を組む。
「俰盤ちゃん俺のアイスちょうだい」
「恋弥俺にアイス買ってきて」
「お前甘いの食わねぇじゃん」
「甘くないの買ってきて」
「十万」
「払ったら作ってでも持ってこいよ、甘くないアイス」
「いいぜ。佚世が作る薬って全部苦いじゃん。良薬口に苦しだっけ?」
睦が黙ったので恋弥はアイスをかじる。
陽泰は、珍しく睦が負けた口喧嘩に少々びっくり。
ストレスのせいかな。




