10.日記
イノンダイ側に管理人の行動不能が回ったにも関わらず、一週間経っても動きが見えなかった。
熱もすっかり収まり、エネルギーを常人の三倍以上消費しながら思考を回している。
ソファに座って天井を仰ぎ、イヤホンと目に乗ったタオルで外からの情報一切を遮断して。
同じような状態で、隣室に管理人がいる。
こちらもこちらで永遠に思考を止めないので消費カロリー量で言えば、たぶんスポーツ選手より多い。
色々色々、たくさん考えた結果、考えすぎてわからなくなってきた。
街がいらないなら街ごと潰すのもありなんだけど、そうなると今度ピステルとの衝突が始まりかねない。
政府に一枚噛んでもらおうか。
スイハは政府とは結託してるわけでも牽制しあってるわけでもない。政府がスイハを潰すと残りのトワイライトとピステルが動き出しかねないから潰せていないだけで、スイハの代用品ができたら即潰れる。中立組織として、それは駄目。
こっちから動くと、たぶん相手の思うつぼなんだよなぁ。
相手を動かす方法。相手を動かし、突っ込んできたのを喰い潰す方法。
削るか。
別に相手の思うつぼにハマって内側から喰い荒らすのもいいけど、スイハの評判落ちたら管理人との仲割れそうだもんなぁ。
とりまミハットとニーズ潰して、できるならピステルに協力仰いで経済的に削って。
戦力削って、どうしようか。まず下っ端全部潰すか。幹をかじって、んで葉を消して、最後に根を喰えば残るは花だけだもんな。実を付ける前に喰い尽くさないと。タイムリミット一週間ね。体育祭前には終わらせるから。
無理だった場合、リミット二日切った場合は、実力行使でいいよね。
横にぐだぁっと倒れ、空腹に鳴る腹を押さえた。まだ胃になんか入ってんのにお腹空いた。
雨々驟になんか持ってきてもらおうか、なんかなぁと思っていると、部屋に雑なノックが鳴った。
起き上がると、恋弥が入ってきた。
「終わってんじゃん」
「めっちゃ空腹」
「だろうな。子供たちがおやつ食ってるけど」
「米食いたい。白米」
「……お菓子なわかった」
「内耳抉り取るぞ」
恋弥に引きずられかけたのでおとなしくついて行く。
子供たちのいる部屋に行くと、扉を開けてすぐに焼き菓子の甘い匂いが鼻をついた。
「ほら食え」
「いらん……」
「陽泰、睦が米食いたいだってさ」
「俺に言われても……」
「買ってこい」
「恋弥さんパワハラです」
「悪の御三家筆頭トワイライトの幹部がパワハラとか言ってんじゃねぇ」
「別に自分で買ってくるしいいけど」
「いいよ行ってくる。だからこれ剥がして」
恋弥は陽泰の首を絞め、睦が恋弥を剥がした。
陽泰は逃げるように出ていき、睦は部屋の隅にあるソファに座った。
「睦さん食べますか?」
「いらない」
「糖分不足してるんだろう?」
「今は甘くないものの気分」
てかそもそも甘いものを好き好んで食べることってほとんどない。
廃教会、主に脳之輔の影響でフルーツはよく食べるようになったけど、焼き菓子とか滅多に。
食えって言われたら食うし作れって言われたら作るしあげるって言われたら空気読んで貰うんだけど。
だから永遠にガリの部類なんだろうね。
睦がスマホでプログラミングをやっていると、恋弥が隣に座った。
それを覗き込む。
「何?」
「プログラミング」
「ホロは?」
「使いにくいんだもん」
「暇なんだけど」
「タブレットどこやった」
「忘れてきた!」
「アホ。諦めろ」
「陽泰帰らせるか」
「だからこれ剥がしてとか言われるんだぞ」
「黙れ二十面相」
「陽泰帰ってくる前にお前の顔面変えようか」
「やめて」
二人の戯れで雨々驟が過呼吸になりかけ、やってきた帝翔が血文字を残して倒れていると陽泰が帰ってきた。
部屋に入り切る前に倒れている帝翔を見て警戒心を示し、それを避けて中に入る。
中に戻って、ソファの上で睦に馬乗りになっている恋弥とまるで気にせずスマホをいじっている睦に視線を向けた。
「睦さん……」
「助けてほしい」
「俺は悪くない!」
恋弥の極端な言い訳に顔が引きつっていると、睦が恋弥を退かせて起き上がった。
肩痛そう。
「陽泰おにぎりちょうだい。低血糖で視界が白飛びしてるの」
「せめて飴とか食べとけばいいのに……」
「そろそろ帰ってくるかなーと思って。ありがと」
陽泰が袋を渡すと、睦はそれを嬉々として食べ始めた。
「いくらだった?」
「別にいらん」
「あそう? じゃお言葉に甘えて」
「そういや陽泰お前貯金がどうとか言ってたけど」
「え陽泰貯金の話すんの?」
数個あるおにぎりの一個を当たり前のように食べ始めた恋弥が陽泰を見上げ、睦も驚いたように目を見開いた。
席に戻ろうとしていた陽泰は振り返って首を傾げ、席に向かうのをやめる。
「……あぁ、貯金全部盗られた話ですか? 戻ってきてませんよ」
「えー盗られたの? 銀行?」
「まぁ組織潰したんでいいかなと思って」
「組織内の口座になかったの?」
「諸々買い漁るための詐欺だったのか零だった。仮に回収できても組織の資金に回るのがオチだし」
「いつの話?」
「……三……ヶ月、ぐらい前?」
「ん〜、ユグドラシルの動き初めかバスキのあとぐらいだったもんな」
「それぐらいあれば貯金ぐらいすぐ貯まるでしょ?」
「こいつの散財やべぇよ?」
「恋弥さん」
「まじ?」
恋弥はおにぎりを食い終わると、どこからかなにかのノートを取り出した。
曜日感覚が狂うので、前の世界の曜日日付感覚で付けている日記的なもの。
「うーん! 直近三ヶ月で刀一本二千万の買って三千万ちょっとかけて一本修理して、ホロも新調してるし」
「恋弥さんッ」
「こいつ銃とかホルターとか意味わからんもん収集する癖あるからさ」
「恋弥さんッ!」
「収集癖か、ちょっと意外だな」
「な〜なんにも興味なさそうな顔して」
「まぁ三ヶ月で資産零からそこまで豪遊できるなら安心ではあるけど」
陽泰は恋弥に掴みかかったが、恋弥は陽泰の首に腕を回すとそれをひょいっと避ける。
「お前これ読める?」
「単語は読めるけど理解はできない。単語の意味わかればまぁ」
「どこだっけ、どっかの世界と同じなんだろ」
「景矢だな。ねぇ景矢、これ読める?」
睦が呼ぶと、景矢は首を傾げながらやってきた。
「読めますよ。読め……すっごいこと書いてる……」
「何?」
「いや……」
「俺は誰も読めないのを知ってて書いてるからさ!」
「よくもまぁ見せれましたね……」
「ちょっとしたストレス発散!」
睦はにこやかに笑って景矢に見せる恋弥からそれを取り上げると、識別で日記を読んだ。
追いかけてくる恋弥から逃げ、ちょうど部屋に入ってきた管理人の後ろに隠れる。
恋弥は固まって、帝翔を回収した管理人は首を傾げた。
「どうしたの」
「恋弥に下す刑罰を熟考しています」
「エレベーターにでも乗せたら。疓憝、俰盤、お母さん来たよ」
「おとーさんアイス食べたい! クッキー入ったやつ!」
「パンにアイス乗せるー」
「お母さんに言ってごらん」
睦が逃げる恋弥を引きずっていくのも無視して、管理人は帝翔の首根っこを離し駆け寄ってきた娘二人を抱き上げた。
それを見て、枯梨が景矢を見上げる。
「お父さんってあんな感じなの?」
「さぁ? 俺親いなかったから」
「父親なんて殴ってなんぼじゃないか?」
「えーそんな構われないよー?」
「殴られるの? じゃいなくてよかったかも」
「俺は無視されてた」
「それはそれでやだな……」
子供たちの会話が危ない方に行っているのを察知した陽泰が管理人を見ると、管理人は少し呆れたような表情になった。
「親なんて人それぞれだよ。皆お母さんは?」
「いなかったです」
「俺も見たことないです」
「うーん、メールはしたことあるが顔は知らない」
「おかーさん……知らない、死んだんじゃない?」
闇深い家庭しかない子供たちに、管理人が陽泰に助けを求めた。陽泰は口元に手を当て、麗しい顔で不思議そうにする。
「残念ながら俺は孤児院育ちです」
「……えでも親は知ってるって言ってたよね?」
「まぁ知ってますが。両方死んでますよ?」
「相当美麗な夫婦よね?」
「はい。死んでますが」
「こんな美形が生まれる夫婦なら噂にあると思ってたんだけど……」
「まぁいいとこ取りでもしたんじゃないですか。知りませんけど」
陽泰がソファに座ると、ちょうど睦が顔面蒼白で色々と引きつっている恋弥を連れて帰ってきた。
結構早かった。
「何の話?」
「親の」
「ナイスタイミング。祉夏君、お父さんから連絡来たよ」
「本当ですか!」
「おいで」
睦は恋弥をソファに捨てると祉夏を連れて部屋を出ていき、やっと睦から解放された恋弥は腕を突いて必死に体を起こした。が、視界が白く散って、崩れかけるのを陽泰が支える。
「何書いたんですか、睦があんなに怒るって」
「……日々の恨みを延々と」
「俺のも?」
「お前は俺の言いなりじゃん」
「えぇとても不本意ですが」
「死ぬかと思ったてか死にかけた」
「ゴマでもすることですね」
「嫌!」
「睦〜!?」
恋弥が陽泰の口を押さえて押し倒し、陽泰が喚いていると、祉夏を置いて睦が帰ってきた。
「管理人は娘の見学ですか?」
「ううん、陽泰君のリスト完成したよの報告。あとあっちどうするかなと」
「恋弥、陽泰とリスト確認しといて。……そっちはちょっと予定外が起きそうなので」
「うん。私も参加するよ」
「お願いします」




