4.カフェイン
用事が終わって陽泰の家に帰ると、リビングでは睦が鏡で自分に見惚れていた。
「じ……」
「顔は見てないから」
先手を打たれ、口を閉じた。
「どうした」
「ここ数ヶ月間染めてないけどさ。まったく黒が生えてこないと思って」
「髪? そりゃストレスしかない生活してんだから当たり前だろ」
「いやー恋弥は死んでも白くならないのにね」
「俺は元気だから!」
「ね〜馬鹿ほどクソ元気だねぇ」
「頭潰すぞこの野郎」
二人の戯れの声を聞きながら陽泰も帰ってきて、相当疲れたのか、リビングの入口にいた恋弥を突き飛ばすように退かすと床に倒れた。
「おつかれ。大丈夫?」
「気持ち悪い……」
「怪我した?」
視下ろすと、軽傷の怪我よりも低血圧が酷かった。
とりあえず、水を飲ませる。
スポドリもどきを作りながら、血圧上げる方法を考えるが、下げる方法しか知らねぇや。元々血圧低い方だし起立性の立ちくらみとか失神とかあったけど放置してたからなぁ。
「恋弥、これ飲ませて」
「何この濁った水」
「言い方を考えろボケ」
「しっろ」
恋弥のせいで陽泰が飲むのを嫌がり、それでも恋弥は力でねじ伏せ無理やり飲ませる。
こういうところに性格が出るんだろうな。
睦は冷蔵庫を開けて、冷凍庫から見付けたアイスを一人で頬張る。
「うま」
「一人で何食ってんだ」
「脳之輔さん血圧計持ってるかな。てかこの世界にあんのかな。見たことないけど」
「何ケツアツケイって」
「血圧計測するやつ」
「ふーん!」
恋弥は陽泰の上から退き、陽泰は妙に甘いそれを飲み干した。
「……なにこれ?」
「塩と水混ぜたいわゆるスポーツドリンクと呼ばれるもの。熱中症対策とかによく飲まれてる」
「……ふーん」
「お前理解してないだろ」
「する必要性とは」
「せめて炎天下で仕事するなら塩分と水分の必要性は覚えときなさいね」
「はい」
恋弥と陽泰が揃って返事したので、睦は床に座ってアイスを食べた。
「うま」
「見てるだけで寒い」
「寒いの?」
「別に寒かねぇけど」
「脳死でしゃべらないでくれるかな」
三人で各々時間を潰しながら、睦が仕事をしていると恋弥が寄ってきた。
抱えていた膝を伸ばせとでも言うように叩かれ、ソファの上から引っ張ったブランケットにまるまって眠り始める。こいつ、ほんとよく寝るようになったな。
眠れないよりもマシかもしれないが、決していいということはないので。
「……睡眠日誌でも付けさすかな 」
「睡眠日誌?」
「日々の睡眠時間の記録。生活リズムとかこの時間が眠たくなるとか睡眠時間の周期とかがわかったりするから」
「へぇ」
睦が恋弥の頬をふにふにして遊んでいると、突然頬をつままれた。
見ると、陽泰に撮られる。
「……なんだいいきなり」
「高値でさばける」
「お前の刀売りさばくぞ」
「画集出したら印税で生きていけそう」
「たぶん俺の保護費と病院代で溶ける。……陽泰最近写真にハマってるね。全部俺だけど」
「うん」
「うんじゃねぇ」
見ると、物の見事に睦一色だった。
たぶん睦の母の写真を見せたからだろうな。ほんとにもう、睦しか撮ってない。たまに恋弥が割り込んでツーショットとかあるけど。
「自分を撮りなさい?」
「美男を撮ることに意味がある」
「ほらこっち向いて」
「嫌」
頬をつねると、無理やり引っ張って向かせて撮った。
いい絵だなぁ。
「いらい……」
「なんでつねってなおイケメンなんだろう」
陽泰が睦と恋弥の写真を撮っていると、家にインターホンが鳴った。
当たり前のように居留守を使おうとする陽泰を行かせ、睦は恋弥のネズミを取りに行く。
寝室から出ると、陽泰が玄関で誰かと話しているのが見えた。
邪魔しないようにと思ったら、ハッと振り返り視線が合う。
「睦、脳之輔さんが呼んでるって……」
「すぐ行く」
案内された病棟に行くと、数人が重体だったのか手術室は全て埋まっていた。
「脳之輔先生は……」
「まだ手付かずの患者の場所教えてください。一人に二人非効率です」
「は、はい……」
カルテに目を通し、諸々を確認すると切れた腕や穴の空いた腹を閉じ、それを二人治した。
あと二人というところで、脳之輔からヘルプに呼ばれる。
「睦さん、先生が……!」
行くと、台に乗っていたのは見覚えのある人だった。
「管理人……!?」
「怪我は処置したんだけど痙攣と不整脈が収まらない」
「……中毒症状かもしれません。前に摂ると救急搬送になると言っていたので」
「胃洗浄?」
「雨々驟さんは?」
「隣の部屋で死にかけてるよ」
「水分入れて排出と低濃度化を促しましょう。たぶん脱水にもなりつつあるので輸液も」
「わかった」
「お願いします。雨々驟さん診てくるので」
「あぁ」
ちょっとここに管理人と雨々驟がいるっていう情報が欲しかった。医者がやぶなのは重々承知だが、看護師も役に立たないのか。
普通下っ端と二大巨頭が死にかけてたら二大巨頭助けるだろ、普通は。
常識が通じないってやだなぁ。
雨々驟は普通に失血で死にかけていただけだったので輸血して傷口閉じて、二十分ほどすると目を覚ました。
「うッ……!……痛ッ……」
「大丈夫ですか」
「睦さん……!?」
「トライト本部の病棟です。管理人は何でカフェイン摂取したんですか」
「管理人……」
「生命維持装置で死んではいませんから」
「摂取……わ、わかりません…………。えと、ご家族と一緒にいて…………奥様……娘様は……!?」
「家族と一緒にいたんですか?」
「車で! 三人を庇って管理人背中に怪我を……!」
「怪我は脳之輔さんが全て治療したそうなので大丈夫です。今治療中ですし、しばらくすれば目を覚ますと思います」
「……はい……」
娘たちが来ているのか。奥さんとは数回しか話したことないが、子供たちは話聞けるかな。
三人もトライトが守って客間にいるらしいので、そちらに案内してもらった。
ノックをして、声をかける。
「失礼します。睦です」
「あ、来た」
扉が開いたと思ったら、恋弥が顔を出した。睦が真顔になる。
「何故ここに」
「トライトの中で唯一管理人の家族と接触したことある奴ってことで」
「……サインッ……!」
こいつ俰盤の趣味の対象者か。
「まぁいいです。入らせて」
中に入ると、恋弥の後ろから俰盤と、こっちもいる。陽泰の膝に疓憝が座っていた。
母親は片腕を怪我していて、包帯が巻かれている。
「失礼します。管理人の状況を説明しに来ました」
「どう……! 雨々驟さんも……!」
「雨々驟さんは治療し、今は目を覚ましています。管理人はおそらくカフェイン中毒によるショック症状が出ているので、今毒を抜いている状態です。おそらく夕方頃には目を覚ますでしょう」
母親は力が抜けたのか勢いよく立ち上がってから床にへたりこみ、疓憝は心配そうにそちらに寄った。
俰盤は恋弥の後ろから出ると、睦を見上げた。
「お父さん大丈夫?」
「大丈夫だよ。死ぬことはない」
「記憶喪失とかやめてね」
「……怪我してないことを祈ろう」
俰盤は不安そうにして、母親の元に歩いて行った。
母親は二人を抱き締め、その間に疓憝の相手で疲れたらしい陽泰がやってきた。
「体調大丈夫?」
「もう全然」
「立ちくらみとかは?」
「特には」
「よかった。また気分悪くなったら水分と塩分取るように」
陽泰が頷くと、恋弥が腕を組んで何かを考え始めた。
睦も、三人をぼんやりと眺めながら管理人について少し考える。
管理人は常用している面からもわかるように、秘密主義かつとても用心深い人だ。何をする時も石橋は叩き、不安に思うところがあるなら別の手法を。その頭のキレで、保守派ながらに今の今まで生き残ってきた。
自らの弱点、少し摂取しただけで救急搬送になるような決定的な弱みを、睦に話しただけでも驚きなのに。それも量や経口、経皮、発症、症状等は何も言わなかったのに。
どこから漏れたのかな。
家族は、管理人のことだ。スイハ以外の関係は断ち切っているだろう。子供たちも父親のことをベラベラ話すようなガキじゃない。
組織内の裏切り。違う、スイハは全員が課に別れている。全員が全員の同行に目を光らせているので、裏切り行為は実行前に密告されるはずだ。
課の裏切り、それも違う。頭脳で戦うスイハの人たちは、管理人を殺すか裏切りを殺すかならどちらがより優位に立てるかなど一目瞭然。それをわからないはずがない。
漏洩場所不明。
狙われた原因、は、まぁ狙われて当然は当然だが。
御三家の最古参一角を、かつて最大勢力とも言われたスイハの頭を潰そうとする奴ら。誰だ。
ピステルじゃない。律は、こんなヘタクソなことやらない。
トワイライトでもない。協力体制にある今、天獄が下手な戦争を仕掛けるとも思えない。なにかトラブルがあった場合、まず睦の目に映る。
管理人も、トワイライトと全面戦争するほど意固地にはならないだろう。
直近であったこと。イノンダイ、ミハット、ニーズによる市場独占計画の阻止。
または、逆の過去の恨みつらみとか。
管理人の遍歴も知らないし今スイハが何をどうしているのか、大きく動いている話は特に聞かない。
過去の恨みの場合は、管理人が管理人となる前に情報を掴んでいた可能性がある。
それなら、情報漏洩場所が『過去』として話が付くんだよ。管理人にも一人は育ての親的な人がいたはずだから。
管理人はイノンダイを潰し政府に収めさせようとしていた。まだ動きはないが、イノンダイが勘付いて殺られる前に殺れの精神で動いたとしたら。
不確定だな。
あの人謎すぎて対処しようにもどうにもできない。
スイハにまで首突っ込んだら、小雨さん胃ちぎれちゃうかなぁ、なんて。既に片足突っ込んで血管破裂しそうになってたからなぁ。
「恋弥、ここ任せた」
「おう」




