3.オクリモノ
車に揺られ、小さくあくびをした。
今、向かいには睦と恋弥がいる。
恋弥が睦の膝に寝転がって、睦が恋弥の体の上に寝転がって、眠っている。恋弥も寝てるが、寝顔がとても辛そう。重いのかな。
それと、二人の足の間に茶トラの猫もいる。睦に勝手についてきたようで、恋弥がふざけて連れて行こうと提案した。
今はトワイライト本拠地に向かっている最中。
脳之輔から睦が呼び出しを食らい、恋弥も休みたいと言ったので。で二人がいなくなるとボスから守れなくなるという理由で、陽泰も。
「陽泰さんは眠らなくて大丈夫ですか」
「まぁ……眠くなったら寝る」
「着いたら起こしますのでいつでも眠ってくださいね!」
運転手にそう言われ、目をぎゅっと閉じた。じゃあ、寝ようかな。
最近、エリオムが過度に接触してくるせいでボスに睨まれている。それと同時に前から、反逆者佚世の部下として、この歳の幹部として、面食いのボスの贔屓だとか佚世の権力がとか言われていたのがさらにエリオムに手出そうとしてるとかボスに喧嘩ふっかける気だとか言われて、正直心身の回復場所がない。疲れた。
ボスは陽泰が本部に帰らぬようエリオムと接触せぬよう延々と仕事を入れ、それでもエリオムは帰った隙を狙ってなのかいない時も来ているのか知らないが陽泰の元に来る。
ほんとに、自分が戦争の火種になることを自覚してほしい。エリオムが火種になったら、政府は確実に天獄とエリオムに付くんだから。
なんで、なんでこんなどうでもいいことに巻き込まれなければならないんだろう。
エリオムはボスの愛人兼秘書だ。愛人なら溺愛されるのがわかっていただろう。秘書ならそばにいるのが普通だろう。
何故大人に助けを求めない。何故立場も力もない俺に。
好いていると言うなら、それはほかの女子と同じ。ただの迷惑で、ただ邪魔なだけだ。
目を覚まし、車が停まっているのに気付いた。
体を起こすと、向かいではまだ恋弥が眠り、睦は恋弥の上でHgを触っていた。
「……おはよ」
「……おはざす……」
「ちょっとは寝れた?」
小さく頷くと、睦は少し安心したような表情になった。
陽泰は水を飲むと、また寝転がった。
現午前五時。夜中の三時に出たので、あと一時間ぐらいか。
「運転手が飲み物と朝ごはん買ってきてくれるって」
「それで……」
「小休憩って感じ」
五分するかしないかの頃に運転手が帰ってきて、睦に袋を渡した。
「お好きなの食べてください!」
「ありがとうございます」
「おはようございます陽泰さん。すごくうなされてたけど大丈夫ですか?」
「……うなされてた?」
「ちょっとね」
「……たぶん大丈夫」
二人でパンを咥え、睦がスマホを取り出して眺めていると、背に睦の肘が刺さっていた恋弥が寝返りを打った。
いてぇとでも言うように睦の肘を押し返し、足を上げて陽泰に背を向ける向きになる。
「重た……」
「睦が寝転がってる時恋弥さんしかめっ面だった」
「ざまぁみろ」
陽泰が呆れていると、恋弥が目を覚ました。
体を起こして、ぐでっと睦を押し潰すほどにのしかかる。
「重い……!」
「ねむぅい〜」
「まだ寝といたら……!?」
「おめぇの肘がいてぇんだよ背中に穴開ける気かこの野郎」
「えへへ」
恋弥が睦を押し倒して首を絞めていると、茶トラ猫も動き出した。
二人が遊んでいるのを見ると、陽泰の隣に飛び上がる。巻き込まれたらかなわん。
鳴いて睦に声をかけると、睦は恋弥の顔面を掴んで起き上がった。
「餌持ってきてないよ。勝手についてきたんだから」
「猫って言葉理解するん?」
「これはわりとする」
これが変なんだけどな。
猫は不機嫌そうに睦を睨んで、机に飛び乗った。
「あこら」
捕まえる前に袋に頭を突っ込んで、中に入っていた蒸し鶏を取り出した。
食わせろとでも言うように目を輝かせて睦を見上げる。
睦は、至極面倒臭そう。
「恋弥やる?」
「陽泰にやらせようぜ」
「部下をからかうんじゃない」
睦はそれを開けると、膝に座った茶トラに一枚食べさせた。
少しして、車が走り出す。
上機嫌に蒸し鶏を食べた猫はもういらないとでも言うように睦の膝に丸まって、尾を緩く振った。
「ほんとに人間みたいだな」
「言葉も理解するし文字もある程度は読めるし、賢い猫にしては異常というか」
「なんかの能力?」
「ほんとにそうかもしれない」
「監視されてたらどうするよ」
「えー目的によっては殺すか神迎に引き渡す。でも六年間ぐらいはいなかったわけだし」
「物陰からさ」
「んなもん気付くだろ」
「まそれもそうか」
小一時間ほどするとトンネルに入って、本拠地に着いた。
恋弥は車から降りると腕を伸ばし、陽泰は刀が入っている袋の口を締める。
「袋に入れてるの?」
「鞘にヒビが入って修理中だから。別の刀」
「別のもあるんだ……?」
「前に買った。質屋に売られてて」
「へぇ」
「すぐ錆びるから抜けないように抜かないように」
三人が駐車場から出て一階に行くと、すぐに人が見に来て女子たちは頬を赤らめた。
大人二人はまるで気付いていない陽泰を見下ろす。
「……いっそ陽泰を別の人間とくっ付けたらエリオムさんが遠のくのでは?」
「それだなぁ?」
「え?」
「お前女の子のタイプは?」
「え?」
「タイプとかどうでもいいでしょ。静か系な女子」
「の方が気合うし下手なこと言わんな。じゃそれ頼んだ」
「恋弥はエリオムさん頼んだ」
「よし」
瞬間練られた作戦に二人は拳を握り、陽泰はぽかんとしていたが、なんか解決しそうなのでもういいやと聞くのをやめた。
陽泰の家に荷物と恋弥を置いてから、脳之輔のいる一応病院と呼ばれる病棟に向かった。
十五階までエレベーターで上がり、行列ができている部屋に向かう。
外にベンチ設置されてんだけど、でも立ってる人が多い。だってベンチ空いてない。
陽泰がいたからか奇妙な目では見られたものの呼び止められることなく、扉にノックした。
「失礼します、脳之輔さん。睦です」
「あちょうどよかった! 入って!」
「失礼します……」
なんでそんな元気なんだと扉を開けると、中には患者が三人ぐらいいた。
「やっといて! 朝ごはん食べ損ねてさ!」
「え」
「棚とか全部一緒だから、よろしく!」
勢いで押し付けて逃げていった脳之輔を見送ると、睦はため息をついた。
外套を脱ぐと陽泰に持たせ、袖をめくり、ゴム手袋をつけた。
机に並べてあったカルテに全て目を通すと引き出しから道具を出して縫合を始める。
「陽泰、ちょっと積んであるカルテ机に並べてくれる? 左上から番号順で」
「わかった……」
皆陽泰が手伝うことにもギョッとして、いつの間にか自分の傷が縫われ終わっていたのにもギョッとして、睦は脳之輔の時よりも効率的に患者を処置し始めた。
これはもうほんとに、佚世と廃教会に鍛えられた賜物。脳之輔よりもたぶんこなした数で言えば多い。大きな手術とかは佚世の代わりに脳之輔がとかあったけど。
三時間もすると、ほとんど患者はいなくなった。
「はい終わりです。水もかけないでください。汗は濡れたタオル等で軽く拭くだけ、除菌もしないでください」
「あ、あざした……」
「お大事に」
最後の患者が出ていくと、睦はすぐに立ち上がった。
「脳之輔さんッ! 手伝うために来たんじゃないですからね!」
「いやぁ助かったよ。ほんと永遠に人が来てさ」
「まったく……で要件なんですか?」
「小雨千譜結君から手紙が来てね」
「小雨さんから?」
睦が目を丸くすると、脳之輔は二人を裏の部屋に案内した。
鍵のかかっていない金庫に入っていた封筒を渡され、それから手紙を取り出した。
一枚だけ、電気を付けてかざすと、中に薄い何かが入っていた。
「盗聴器ですね」
「……金庫に入れといてよかった。爆発したらどうしようと思って」
「小雨さんはそんなことしませんよ。やるなら取っ捕まえて拷問です」
「怖いなぁ……!」
「佚世さんの居場所を調べまくっていたので、たぶんそれ関連だと思います。俺が脳之輔さんも場所を知ってると言ってしまって」
「あー、なるほどね。あの子イツ君と仲良かったもんねぇ」
脳之輔に返すと、脳之輔はそれを丁寧に畳んだ。
「じゃ、君にはこっち」
「……誰からですか?」
宛名も差出人の名前も書かれていない、蝋封で綴じられただけ。
「読めばわかるよ」
首を傾げたが、読めばわかるならここでは絶対に言わないだろうし、おとなしく受け取っておく。
「用事これだけですか?」
「んー、この手紙の正体聞きたかっただけだからさ」
「Hgでいいのに……」
「管理人の様子どう? 最近忙しくて連絡取れてないんだよ」
「知り合いだったんですね。特に変わった様子はありませんでしたよ。相変わらず娘溺愛で」
「奥さん美人だからなぁ! 今度睦君主催で強化合宿やるんだろう? 予定空いてるし顔出そうかな。皆行くなら患者は減るだろうし」
「ぜひ。俺を帝翔さんと律さんから守ってください」
「あはは、あの子たちも元気そうでよかった」
少し世間話をしたあと、ほんとに用事はそれだけらしいので陽泰の家に戻った。




