2.茶トラという猫
政府本部の中央館に行くと、小雨の部下の降水に案内されその部屋に行く。
ノックすると、小雨の声が返ってきた。
「はい」
「管理官、睦さんがお着きになりました」
「どうぞ」
扉が開き、中に入ると、中には先日のパーティーでオークションにかけられていた女性が着物を着て座っていた。
机の前には折り紙があって、鶴やうさぎ、風船、花など色々折られていた。
机から視線を上げ女性を見ると、女性は日本人らしい黒い目を大きく見開いて驚いた様子だった。
「……睦君……!?」
「知り合いですか?」
「えーと……」
睦は前の世界では、今のようにフレンドリーだとか人と気軽に話すようなタイプじゃなかった。そもそも病み属性というのもあって、底なしに笑ったりにこにこしている人が好きじゃなかった。
まぁ自殺したのであれば似た属性の人だった場合もあるが、相当相性がよくないと病んでいる人もウザいと思って関わってこなかったので、友人はネットや海外ぐらいにしかいなかったんだけど。
明らか日本人だし海外にいる友人なら覚えているし、違う。
ネットの友人はまぁリアルで会って知っている場合もあるが、女子は二人しか知らないうち二人ともこんな清楚系じゃないし。ガッツリ地雷。
親戚は父方が多すぎて、一回会ったとか顔合わせただけとかじゃまるで覚えていない。
さー誰だ。
「なんで、ずっと前にいなくなったのに……!」
「まぁ、端的に言うと自殺に失敗しました」
「失敗とか言わないでください」
「俺からすれば失敗です」
とりあえず女性の向かいに座ると、女性は混乱しながらも、思わず口を押さえていた手をいそいそと下ろした。
「あの、私、覚えてるかな……丹璐で、父と未優さんと日蔓さんでよく会ってたの……」
「あぁ〜! あ〜、あ〜? えーなんでいるのー」
睦の間延びた驚きに小雨は首を傾げ、しかし睦はそれも気にせず暗い顔をした丹璐に首を傾げた。
「線路に飛び込んで」
「ふーん? 界魔いなくなったんでしょ、いいじゃん」
「別に界魔がいてもいなくても変わらないよ……。私は実際いなくなった世界で自殺したんだし、死ねなかったけど」
「ご両親は?」
「……遺書は、部屋にあるから」
「あそー。……なんで自殺したの?」
「ストレス」
「仕事?」
「仕事も人間関係も、趣味も上手くいかないし……!」
「料理好きって言ってたじゃん。美味しかったし、それ頑張ってたの?」
「料理人は諦めたの……! 好きなことして生きてけるのは睦君みたいな才能ある人だけで……!」
「じゃー丹璐は生きてけるね。良かったじゃん、運が巡ってきたよ」
「え……?」
戸惑ったような表情をする丹璐に笑いかけると、それ以上何も言わず頬杖を下ろした。
「なにかあれば連絡ください。依頼なら受けますので」
「少し休んでいきますか?」
「大丈夫です。さっさと帰ります」
「また追って連絡します」
睦は立ち上がると、小雨に会釈してから中央館を出た。
小雨はそれを見送ると、睦が座っていた席に座った。
「すみません、彼と知り合いなら彼の自殺する前の事情を教えてくれませんか」
「え、と……」
「本人が気丈に振る舞うせいで踏み込めるラインがわからずいまだ詳しい情報は入ってないんです」
「……睦君のご両親は前の世界にいた化け物に殺されて……」
丹璐が話し始めたのを聞いて、足音を消し廊下を歩いた。
駄目だなぁ。まだ、前の世界の話を聞いたら気分が悪くなる。
もっと耐性を付けないと。
人混みに行きたくないので、久しぶりに歩いて帰ることにした。
そうしたら、無意識にここに帰ってくるんだけども。
もうその無意識にも驚かず、当たり前のように扉を開けた。
茶トラ猫がソファで尾を振り、睦の肩に乗った。
老朽化の気配がない階段を上がって、久しぶりに屋根裏に上がった。
使われなくなった大型道具や捨てるのを面倒くさがって残っているものが全部押し込まれている部屋。
ガラスのない窓の真下にしゃがみこんで、抱えた膝に頭を乗せた。
茶トラが鳴き、睦の傍に伏せて睦を見上げる。
その頭を撫でてやると、隙ありとでも言うように、睦の足と胴の間に飛び入ってきた。
猫は液体とは言うものの、なまこ並に溶けるのはどうなんだろうか。
茶トラを抱っこして、背に顔を埋めた。
久しく見ていない、太陽の匂いがする。
てってってっと、弾みそうなほど軽快な足取りで歩いている恋弥が見えた。
「お疲れ様です」
「おー。仕事帰りか?」
「今から寝ます」
「残ってんなら回してくれりゃやってやるよ」
恋弥が陽泰の頭に手を置き、陽泰が頷くと同時に、下から下に頭を押された。
「縮めこんちくしょう」
「痛い痛い痛い……!」
「背骨一個切り刻むぞ」
「やめてください……!」
本気で首が折れそうな陽泰は恋弥から逃げ、恋弥は陽泰を睨んだ。
「お前足の骨でも削ったら?」
「やりませんよ……! 恋弥さんが伸ばしてくださいッ……!」
頭を抱えしゃがみ込んだ陽泰の横を通り過ぎ、外に出ると鷹憬とは別方向に向かった。
扉を見上げ、久しぶりだなぁと少しわくわくしながら扉を開けた。
当然無人でしんとしているが、小間もソファも変わってない。睦が定期的に掃除に来ているので埃もそこまで酷くないし。
スレッド設立当初は睦が泣きによくここに来ていたなぁと思いながら二階に上がると、二階の、そのさらに上から猫の鳴き声が聞こえてきた。
頭に疑問符が浮かんで、掴んでいたドアノブを離す。
今、猫の声聞こえたよな。
まぁ入ってもおかしくはないが、三階の屋根裏部屋って侵入経路あったっけ。
警戒しながら屋根裏に行くと細く扉が開いていた。古くなったんだろうか、餓鬼のイタズラかと訝しみながら半開きの扉を開けた。
突然猫が飛んできて、慌てて抱き留める。
「お前、睦の……!」
いつもの呑気な様子とは違う、にゃあと鳴いてなにかを知らせるような声に眉を寄せ首を傾げた。
猫が飛んできた方に行くと、睦が窓際の壁に沿って倒れていて、恋弥は慌てて駆け寄る。
駆け寄って熱や脈を測ったが、特別おかしいところはない。ほんとに、ただ寝ているだけ。
人騒がせなやつだなぁとため息をつくと、猫がなにかを咥えてやってきた。
真っ黒に、青緑の刺繍が入った外套。
「これ……どっから見つけてくんだよお前は……」
佚世が、恋弥を拾った頃に使っていた外套、というか、その時はほとんどブランケットや隠れ蓑のように使っていたけど。
得意げに胸を張る猫に呆れながら、その外套を広げた。
ほつれや変色どころか、埃も虫食いもなっていないバカ綺麗な外套。
よくもまぁと思いながら、それを睦にかけた。佚世のなら古くても喜ぶだろ。
恋弥も仕事明けで疲れていたのか、来てしばらくすると寝落ちてしまった。
耳を動かして、近付く足音を確認する。
いつも聞こえる足音、逃げる足音、追う足音、迷う足音、子供たちの足音。
睦のそばに寄り、そこに寝転んだ。
撫でてくんないかなぁ。




