佚世.10
階段を降り、扉を開けた。
「先生、俺そろそろ帰るよ」
ここはヴァイオレット所有のレッドグレイヴの館。
本を読みながら紅茶を飲んでいた、見た目が1ミリも変わっていないその幼女は顔を上げた。
二歳分ほど身長が伸びた佚世に目を止め、微かに首を傾げる。
「もう?」
「あとはルアに任せて大丈夫だし、アーネストも落ち着いたし。あとはお役御免だよ」
「ずっといればいいのに」
「無理。子供たちが危ない」
ヴァイオレットはため息をつくと、ティーカップを置き、本を閉じた。
「私の管轄下にいないんですからそばにいてください」
「俺がしでかす前提で話すのやめてくれる」
佚世が睨むと、ヴァイオレットは薄く笑った。目が、事実だろと圧をかけてくる。事実でも言っていいことと悪いこと、言いたいことと言いたくないことがある。
「別になんもやんないよ…………」
「なんて?」
「なんかやったら責任は取るから!」
「やってからじゃ遅いんですよ?」
「どっかの有名人も過去は変えれて未来は不確定ってなんかそんなようなこと言ってたよ!」
「いいえ過去も未来も不確定です。あなたに関してはほんっとに」
佚世はウッと息を詰まらせたが、首をぶんぶんと横に振った。
「んなことはどうでもいいのッ!」
「最重要ではないでしょうか」
「帰るからさ。身長戻して」
「………………仕方ありませんねぇ」
「やった」
ヴァイオレットは本を置くと立ち上がった。
ヴァイオレットと佚世二人で個室に向かい、ヴァイオレットは部屋の床に魔法陣を展開する。
「時の力よ、死の女神の名に命ずる。展開せよ」
杖を突くと、赤紫の魔法陣が展開された。
佚世は中央に立ち、ヴァイオレットは小さくため息をついた。
「……ほんとに帰るんですか?」
「くどい」
魔法により身長が伸び、佚世はホッとした。ちびっ子姿で子供たちに会うわけにはいかないからね。
そう思ったが、本来なら二十前後の姿になるはずが、その魔法は途中で止まった。
佚世は自分の成長が止まったのを確認し、首を傾げる。
「終わり?」
「まだです」
ヴァイオレットはもう一度杖を突いたが、魔法陣は展開はされど発動しない。
魔法陣に手を触れても、発動しなかった。
「……邪魔された」
「えなに」
「ニーミスに。時の力への干渉を絶たれました」
「はぁ!?」
「あなたの力は後に残しておきたいので……少し待ってください」
ヴァイオレットは魔法陣を閉じると本を読んで色々と確認するが、やはり時の力から直接引っ張る他、異世界人の佚世を成長させる方法はない。
「……やはり無理ですね」
「どーすんの……!」
「……でもあなた十六ぐらいからほとんど見た目変わってませんよね?」
「身長ッ! 低いのッ! 伸びたのが数え二十一だからッ!」
地団駄を踏んで癇癪を起こす佚世に困り果てていると、部屋にノックが鳴った。
「お嬢様、失礼します。エリック様がいらっしゃいました」
「ちょうどいいですね。この手のことは私より彼の方が詳しい」
ということで二人で下に降りた。
ミシェルとエリックは佚世を見て唖然とし、ノエルはどこかとても残念そうな顔をしている。いつまでも子供を愛でれると思うなよ。
「ということでもう少し送りたいんですが」
「そのままでもいいのではありませんか?」
「あなたの私利私欲はどうでもよくてですね」
ノエルは残念そうなまま首を傾げ、佚世はノエルになんとかしてと頼む。
「……思い当たるものはありませんね。こーゆーのはシュキルヴェートの秘術だったりしますので」
「アーネストーッ!?」
佚世が半狂乱で館の中から探し出し、アーネストは客間まで引きずられた。
「なんです……」
「成長を早める魔法を」
「知りませんありません。そもそも時を操ったり死因なく死をもたらしたり種なく命を創り出すのは生命の理に反するとしてレッドグレイヴ、シュキルヴェート、ウェストウィリンドの三家は特に! 禁忌とされてるんです。それを……」
アーネストが顔を逸らしているウィリアムを睨むと、ウィリアムはその殺気を感じ微かに身震いした。
「なんでお前が知らないんだウェストウィリンド次期跡取りのくせしてッ!」
「痛ッ……! 知らねぇもん……! 俺は婿入りするからいいのッ!」
「レッドグレイヴも変わらんわドアホッ!」
アーネストはウィリアムを殴り、言い返せないウィリアムはなんとか抵抗する。
ここしばらくで、アーネストを力で制圧するとヴァイオレットからメンタルお仕置されるというのを学んだらしい。手が出ていない。学べたんだね。
「……まぁ元気組は置いといて。育っても戻る時にまた縮むでしょう?」
「失効の印はできてるの」
「魔法印で引き伸ばせばよいのでは?」
「使えない。刻まれすぎて成長加速無効になる」
くよくよして机に突っ伏す佚世に呆れていると、そこにルーメルウスがやってきた。
フードを脱いで、珍しく外套も脱ぐと本を一冊取って椅子に座る。
「……どうしたの佚世?」
「身長が伸びないっていう」
「……成長期終わったんじゃない!」
「ぶち殺すぞ」
「ニーミスに力の干渉を遮断されまして。参界で縮むことはなくなったそうなんですが、どうにも魔法印だと成長印は無効になるそうです」
「へー。全部失効して伸ばしてから描き直したら」
「んなことしたら身ズタズタになるわ。なんのために四歳の頃から頑張ったと」
「知らなぁい。変な印を忘れて参界した自分を恨むんだねぇ」
「興味なさそうですね」
「……なんなら成長するまでここにいようかな。アリヴァンはまだ熱狂的ファンやってくれてるし弟子でも取ってさ」
「ねぇ僕はッ!?」
「良いのでは。しばらくこの館は貸しますし」
「ねぇ嫌味!?」
ルーメルウスが怒っていると、佚世の頭に手が乗った。
見上げると、いつの間にかノエルがあっちからこっちにいる。
「なぁに」
「聞いてみてあげましょうか」
「ん?」
「あなたの患者二人目に」
佚世は首を傾げたあと、目を見開いてノエルの手を取った。
「持つべきものは恩売った友達だ!」
「その言い方やめてください。あくまでも聞くだけですよ」
「聞いてできてでもやらないはやめてねどっかの薬に毒混ぜるからね」
「それはやりませんが……」
ノエルは本気の声で脅してくる佚世に顔を引きつらせながら、とりあえずそれは安心させておく。さすがに恩人にそこまでやるようなクズじゃない。腐っても誇りのあるクズだ。
「できるかどうかは話が別ですよ」
「いいよぅ! 助かるー!」
浮遊感の直後体の力が抜けて、地面に座り込んだ。
脱げたフードを被り直していると、後ろから足音が聞こえる。
「あぁ? いい歳のガキがいるじゃねぇか」
知らない場所だし、いっか。
近付いてきた大男二人の頭を潰し、女を見下ろした。
情報提供されても面倒だし、いらないし。やっとこ。
表通りに出て、周囲を見回した。
突然肩を叩かれ、振り返った。
「なにかお困りですか?」
日傘をさしている背丈がさして変わらない女性に声をかけられ、フードを押さえる。
「すみません、バスで寝す過ごしてしまって。この街ってどこですか」
「まぁ大変……! ここはテシィという街ですよ。この道を真っ直ぐ行くと綺麗な海が見えるんです」
テシィ、テシィね。まずいなぁ。
「テシィって、ピステルの本部がある……」
「そうですよ! でも今は政府が守ってくださるので危険は特になくて」
「ならよかった」
「あなたはどこから?」
「鷹憬という街からです。ご存知でしょうか、政府直轄の街」
「もちろんもちろん! スレッドがある街ですよね!? 私、いつかスレッドの社長様に会ってみたくって! あ、もう交代したので、今は平社員という立場でしたね、あなたは見たことありますか? スレッドの先代社長様!」
知らない組織できてんなぁ。
ここまで拡がってるなら相当大きな組織だろうか。
「いえ、住む場所とは少し離れていて」
「あらそうなんですね……! 失礼しました、興奮してしまって……」
「いえ。……すみません、そろそろ」
「戻り方はわかりますか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
踵を返し、フードの先を押さえた。
さて、戻るのに一苦労しそうだ。
とりあえず空腹なので、りんごを買った。
「兄ちゃんイケメンだねぇ。まけといてやるよ」
「あざーす」
「あの人にそっくりだ、中央街で廃教会やってた佚世さん」
「へぇ」
「……ほんっとに、あの人の若い頃にそっくりだ。いやまぁ最後に見た時も二十歳ぐらいだったけどな!」
「若い頃知ってるんですか?」
「俺ァ昔トワイライトっつー闇組織に食材仕入れてたからよ! 遠目だが何回か見たことあんだけどな、ほんっとにありゃあ子供百人いても不思議じゃねぇ美男子だぞ」
「そんなに」
んなにいねぇよ。
「皆死んだ死んだって言うけど、あの人は絶対生きてるね!……でも生きてるなら、ほんとに律さんと同じぐらいだろうから三十近いなぁ。ありゃあ歳取ってもイケメンだろうけど!」
「生きてるといいですねぇ」
「な! 会ったらたぶん佚世さんも驚くぞー!」
若い姿を知ってる人がいることに驚いてるよ。
「まぁ俺はもうちょっとイケメンになる予定なので」
「ははは! そうなってからもっかい来てくれや!」
「もちろん」
りんごをかじり、海沿いに出た。
多くの人が行き交う中でフェンスにもたれ、りんごをかじる。
近いのはピステルかガンラン、二つとも危ないな。
少し通り過ぎるが、スイハに行こうか。
いや、まずは先生のとこだな。教会、残ってるだろうか。




