佚世.6
アーネストの部屋に行くと、アーネストは恨みがましい目で佚世を睨んだ。
部屋の中にいたヴァイオレットはアーネストの頭を撫で、そばにいたウィリアムは殺意の篭った目をアーネストに向ける。仲良さそうでなにより。
「なんだい、話とは」
「これ」
そう言って、アーネストは一昨日渡した紙を佚世に渡した。
佚世はそれを受け取り、見下ろす。
縮小の欄に、チェックが入っていた。
「おや?」
てっきり根だけ取るか切断を選ぶと思っていたが。
「さてはビビったな?」
昨日佚世が、術後は麻酔なしの根切断より痛いと言ったから。
佚世が見下ろすと、アーネストはすっと視線を逸らした。
「まぁいいけど。説明にも目通したんでしょ? いるの、協力してくれる人」
縮小の場合、翼を関節を区切りに一本として、一本を三分割にする必要がある。
三分割したうち、中間を捨てて右と左を繋ぐ。
それを左右、全ての場所でやる。
加えて当然根を取るので、まぁ全摘よりはマシだろうが痛みは当然あるはず。時間も最もかかるだろう。
その中で、どうしても必要なのが翼の主根と体を繋げる種内路という細い神経のような糸。これ自体に神経は通っていないが、筋肉と翼の根に張る、二つを繋げる力が異常に強いかつ魔力と馴染む性質を持つため翼手術には必須。
アーネストのは、一昨日の切開でわかったが完全に腐って、ほんとに根だけで翼が支えられている状態。だから余計に痛みが強くなるし、根はより深く体を犯そうとする。
「量にもよるけど当人は片翼失うことになるし、まぁ片翼で飛べるかは知らないけど。君人望なさそうだし。ウィリアムよりはマシだろうけど」
ふっと笑ったウィリアムが瞬間目尻を釣り上げ、ヴァイオレットがまぁまぁと抑えた。
「たぶん伝えれば両翼差し出すっていう人は何十といる」
「わぁ」
「ただそいつらの一部が俺の体内にあるって過ぎる度に殺意が芽生えるから」
「貰うのに失礼じゃないかい」
「悪魔なら誰でもいいんだろ」
「んー……まぁ、私に悪魔の知識しかないだけで吸血鬼や死神に同じものがあるなら種族は問わないかな。ただ混血は何が起こるか分からないからやめて頂きたい」
「悪魔で、一人だけいる」
アーネストがぼんやりとどこかを見つめ、ヴァイオレットは少し心配そうに目を細めた。
ウィリアムは、もう言わずもがな不快そう。
「年齢とか性別はなんでもいいんだろう?」
「まぁある程度体が育ってる人だったら。短すぎても意味ないからね」
「……びみょー……」
「ちなみに半強制的に育てることもできるよ!」
ヴァイオレットが佚世の頭を殴り、名案だと思っていた佚世は頭を抱えた。
「死神か吸血鬼でも大丈夫か調べようか」
「いやその二種は俺が嫌」
「君ちょっとわがままじゃないかい」
「平穏に生きるための手術だろ」
「平穏に生きるためにちょっとは妥協しなよ」
「妥協できないぐらい最悪な奴しかいない」
「最悪な奴しか関われないぐらいこいつがおかしいんだろ」
「ウィル」
「何も言ってません」
ヴァイオレットに怒られると無視されると分かってなお余計なことを我慢できないウィリアムをヴァイオレットが睨み、ウィリアムは顔を逸らした。
「……何歳ぐらいがライン?」
「まー年よりも身長かな。120越えてたら大丈夫だと思うけど、羽の大きさにもよるし……」
「翼ね」
「あーはいはい」
ヴァイオレットは佚世を睨み、佚世はベッと舌を出した。
「連れてきてくれたら大丈夫かどうかは見れるよ」
「……じゃあ呼ぶけど」
「何なんで睨まれてるの私」
「……呼ぶかぁ」
アーネストは何故か項垂れると、はぁ、とあからさまなため息をついた。
その翌日の朝、館にノックが鳴った。
普段対応するミシェルだと、危険なことが度々あったらしいのでウィリアムが行く。
「はい」
「ルーネアに呼ばれてきました、アルナリアです」
「……え?」
ウィリアムの絶叫する声が聞こえ、ミシェルとウィリアム、アリヴァンとセウパがビクーッと肩を跳ね上げた。
「ウィリアム様……!?」
「大丈夫ですよミシェル」
「びっくりしたッ……!」
「もう少し冷静という言葉を知った方がいいと思いますけどねぇ」
「お前落ち着きすぎだろ……! ウィリアムの叫び声とか初めて聞いた……」
目覚ましにしたら毎日すんなり起きてくれるかなと、ノエルがそんなことを目論んでいるとウィリアムが戻ってきた。
「ウィル」
「大変失礼致しました。……アーネストの妹が来ました」
ヴァイオレットとノエルの目が光り、ハッとそちらを見た。
佚世はそちらを見て目を細める。
確かに120は越えているが、140はなさそう。人間で言う十歳ぐらいだろうか。
「びみょー……」
つーかアーネスト、よく妹の身長120以上って分かってたな。この歳なら身長なんて瞬間伸びるから知らなくてもおかしくないのに。
まぁ自ら頼れるぐらいだし、頻繁に会っててもおかしくはないか。
黒に近い紫の髪を肩の高さで切り揃え、空色のアーモンドアイをキョロキョロと動かした。
優雅に紅茶を飲んでいるヴァイオレットに目を留め、ビシッと指さした。
「八十二点!」
ウィリアムが手刀を振り下ろす前に、ヴァイオレットがカップを置き振り返った。
「あとの十八点を聞きましょうか」
「にぃは髪長いのが好きなの」
「十分長いと思いますが」
「下ろしてないと」
「あなた自分の髪短いの自覚した方がいいですよ」
「私はこの髪型でもにぃに愛されてるから! 髪もにぃが切ってるし!」
「あら同じく」
「そもそも他の男連れてる時点で論外だけど」
少女がウィリアムを見上げると、ウィリアムが手刀を振り下ろした。
鈍い音が鳴って、少女は頭を抱えミシェルも自分の頭に手を置いた。
「……やっぱ論外。にぃとこんな暴力男と迷うとか神経腐ってんじゃないの」
「わ〜同意〜」
「それは俺も思う」
佚世とエリックが揃って頷くと、ヴァイオレットがウィリアムにナイフを渡した。
ウィリアムは二本渡されたナイフを、それぞれエリックと佚世に容赦なく投げた。
エリックはノエルが守ると分かっているのでどうでもいいが、皆が佚世の方を見ると、佚世はナイフを受け止めた。
手をかざして、中に浮いているナイフを床に落とす。
「危ないなぁ」
「マジックか……?」
「魔法だよ。マジックはできないこともないけど付け焼き刃だし」
「できるのはできるんだな……」
「まーねー」
佚世はペンを置くと、妹をそばに呼んだ。
「殴られたところ大丈夫かい」
「イケメンだ……」
「君のお父さんより歳上だよ」
「それはやだ」
「ほとんど治ってるね。さすがの治癒力」
頭を確認した佚世は少女の頭を撫でた。
「名前は?」
「アルナリア。ルナでいいよ。あなたにぃの主治医?」
「よくお分かりで。私佚世」
「翼見せればいいの?」
「そ。あと身長測らせて」
ルナは少し離れると、両腕を軽く広げた。
体の三倍ほどの、細長い翼が広がる。
「はいっ」
「平均より大きくないかい……?」
「うちの家系は皆そうだよ。翼の大きさは魔力の強さの証だから。敵対するウェストウィリンドは武術で組み伏せるけどあんなん鍛えたら誰にでもできるしね。魔力は真の才能だから」
「宝の持ち腐れってことね。じゃ測ろうか」
やはり身長は140はない。ただ、翼がかなりの重さあるので、種内路は問題ないかな。
「持病ある?」
「ない」
「過去に感染症とか大怪我したことは?」
「多月症になったことはある。肩折れたことあるけどすぐ治った」
「聞いたことないもん出てきた……たげつ?」
「高熱や感染症が原因で脳が麻痺して幻覚が見える病気です。かかったのいつ頃か分かりますか?」
「四歳の時」
「なら薬はエルアコルですね。ほとんどは体外に排出されますが一定数体内に抗体を保持してしまう子がいるので血液検査はかけた方がいいかと」
「その場合デメリットある?」
「アーネストの病歴にもよりますがエルアコルはノガドの禁忌ですからね。ノガドを摂取したことがある場合エルアコルの抗体は禁忌です」
「げぇ……」
佚世とノエルの専門用語連発の会話にルナ諸共置いていかれ、ルナとミシェル以外はもう至極当然のように右から左へ聞き流した。
「じゃーそういうわけで、血液検査と唾液検査と羽根も調べるってことで」
「……はい!」
「元気でよろしい。先血液採ろうか。ちょっと待ってて」
佚世は医療箱を持っておりてくると、ルナの隣の席に座った。
「ねー採血って人間と同じでいいの?」
「血管がわかるのであればお好きなように」
佚世はノエルの言葉に首を傾げながらも、二の腕をベルトで締めると軽く肘の内側をさすった。
ない。血管がない。出てこない。
「もしやミイラだったりする?」
「生きてるよ」
「ルアヘルプッ!」
「えー……」
「医者でしょ!」
「どちらかと言えば研究者です。ルーメルウスに振ってください」
「弟子」
「駄目ッ! 無理!」
ノエルは佚世を無視してルナ用の紅茶を用意し、ミシェルにお菓子も頼んだ。
「ルア〜! せめてやり方教えてよー!」
「ほんとに担当医この人で大丈夫なの……?」
「専門外を専門内にしたんでねッ! 一週間でッ!」
「正確には一週間経ってませんね」
佚世は椅子から降りると、ノエルに甘えに行った。
腕を掴んで上目遣いすれば、即落ちるんだから楽ちん。
「まったく……」
「やったね」
「あなた子供になったこと楽しみ始めましたね」
「楽しまないとメンタルもたないもん」
ヴァイオレットは笑顔で病み発言をする佚世に呆れ、佚世はノエルの手元を覗き込んだ。
ノエルは上腕のベルトを外すと、それを前腕の最も太いところにキツく固定した。
「手首か」
「人間の限り大まかな内容は変わらないです。ただ構造が違うってだけで」
「血管も内臓もあるし足に内臓はないけど内臓の種類が違うってこと」
「理解が早いようで助かります」
「そのまま唾液と羽も取ってよ」
「せめて羽根は自分でやりなさい」
「ちぇ」
ノエルは手袋を外すと、ルナの手首で小さな試験管三本分を採った。
「三本でいいんですか」
「あと二本できれば。やりたいことある」
「探究心の塊ですね」
「治療して死んだら殺されるのは私だからね」
ノエルはまた二本分採血し、ベルトを外してから採血の針を抜いた。
血が出る前に、その傷口は塞がった。
「……これ採血速度ギリギリですね」
「ちなみにアーネストはもうちょっと早かったよ」
「術大丈夫なんですか?」
「なんか遅くする薬とかない?」
「非売品で良ければ」
「さっすがー! お代は弾むよ、払うのお嬢様だけど」
「吹っかけますか」
なんか仲良くなってる医者と学者に呆れ、ヴァイオレットはため息をついた。
いいよ、出せる限り出してやる。




