佚世.5
「ほんと治り早いなぁ」
現在アーネストの一回目の手術から一週間がすぎた頃。
最近は傷の経過をよくするために毎日動いているが、そのおかげか傷もつつがなく治っている。
「痒いとかない?」
「特に。動いても痛みもなくなってきたし」
「これなら翌週頭には翼も取れるよ」
「ほんとに」
「術も完成したし、術経過がこんなんもんってわかったら切りやすいしね」
「お願いします」
「任せなさい」
皮膚を治したせいか、また少し大きくなった翼に触れると羽根を払った。
「勿体ないなぁ。ほんとに全部取っちゃうの?」
「邪魔だし再発しても困る。これ以上お嬢様にもウィリアムにも迷惑はかけられないし」
「真面目だねぇ。……ちょっと考えてみたんだけどね」
佚世は立ち上がると、机から紙を取った。
渡され、目を通すと何種類かの手術のステップ。
翼を取るもの、根っこだけ取るもの、切断するもの、縮小するもの、色々書かれている。
「全部可能ではある術。……なくなったら翼では飛べなくなるんだよ。それ見てちゃんと考えて」
「こんなん……」
「生まれ持った才能を捨てたウィリアムを哀れんだんでしょ。……次は自分の番だよ」
アーネストの部屋を出て、そのまま地下に移動した。
椅子に座り、足を上げると俯いた。
何が、次は自分の番だよ、だ。止めるために行ったのに。
ため息をついて、白衣に手を突っ込んだまま足を抱えた。
顔を足に埋めて、小さくあくびをする。
疲れた。なんでこんなに頑張ってんのに、誰からも労いの言葉をかけられないんだろう。やっぱ頭おかしい人って嫌い。
疲労とストレスと、多忙と異世界の空気のせいだろうな。自らの体調が悪いのを確認する。睦君に怒られるなぁ。
怒られたくないので、借りた部屋にさっさと引っ込んだ。
白衣を脱ぐとベッドに入り、あくびをしたのかしてないのかもよく覚えていないまま寝入った。
肩を揺すられ、目を覚ます。
「……なに……?」
「アーネストが……」
ヴァイオレットに起こされると、ベッドから起きて机の上のグラスを取った。
水を一杯煽ると、体の魔法印が反応して熱が治る。
「体調不良ですか?」
「治った」
白衣を持って部屋に行くと、皆が集まっていた。嫌がるだろ、大衆の中で。
「ルー、なんかした?」
「なにも……」
開いた天蓋の中を見ると、アーネストがうずくまっていた。背が痛いのか、後ろに手を回そうとしているが腕動かしたら余計痛いんだろうな。
脂汗が滲み、必死に堪えている。
「ほら出て、邪魔」
天蓋を閉めると、服を脱がせた。
わぁ元気。
翼の根が、魔力を吸っているのか血管のようにドク、ドクと脈打っている。
吹っ切れたらこんだけ痛がるのを、日常生活で普通に我慢していたってこいつすげぇな。
「動かせる?」
首を横に振るので、仕方がない。
「誰かタオル持ってきて、三枚」
天蓋を出ると、手術をした部屋からハサミとメス、それと縫合セットも持ってきた。
タオルを持ってきてくれたミシェルは、佚世の手にある道具を見て愕然とする。
「た、タオル……持って、きました……」
「ありがと」
それを貰うと、中に入ってアーネストの体を起こさせる。
「今から軽く応急処置するから。ちょっと痛いけど我慢してね」
「麻酔は……?」
「ないよ。翼降りると邪魔だし」
「魔法……!」
「同じ。動かさなくていいからここでキープしといて」
口に、ねじったタオルを噛ませると後ろで魔法印で留めた。
「んん!?」
「暴れないでね。結構痛いだろうけど」
アーネストのくぐもった叫び声が聞こえ、ミシェルは耳を塞ぐとウィリアムにしがみついた。
ヴァイオレットも不安そうに、ルーメルウスの手を掴む。
少しして、アーネストの、タオルがなかったら発狂に当たるんだろうな。その声が聞こえ、ミシェルは半泣きで耳を塞ぐ。
それが十分ほど続くと、ピタッとアーネストの声が止まった。
天蓋が開いて、血まみれの佚世が出てくる。
「イッセ……!」
「なにしてたの……!?」
「ん? 背中開いて翼の根っこ切ったの」
翼ある組がビクッと体を震わせ、ウィリアムはヴァイオレットを庇いながら警戒心を見せた。
「ま、麻酔は……?」
「翼が降りると邪魔だからやってないよ」
「アーネスト……!」
「死んでないよ大丈夫。失神したから起きたら慰めてあげてね」
「悪魔ッ……!」
「根毛しか切ってないから大丈夫だよ。暴れて傷だらけになっちったけど。これは自業自得だね」
はははと笑う佚世を皆が警戒していると、天蓋の奥から物音が聞こえてきた。
ルーメルウスとヴァイオレットが反応し、佚世は少し呆れる。
「相っ変わらず覚醒早いな……」
中に戻ると、背中が血まみれのアーネストがハッと振り返った。
「んな猫みたいな警戒してないで。背中見せて」
「殺す気か……!?」
「助けるためにやったんでしょ」
「死ぬかと思ったッ……!」
「そんときゃ緊急手術だよ。麻酔のありがたみを噛み締めて。今ほぼ神経通ってないこんなほっそいのしか切ってないからね。刺激与えて成長止めただけだからね」
アーネストがビクッと震え、佚世はちょっとからかいすぎたなと自覚する。脳之輔がいたら確実に頭がもげていた。
「まぁいいや。翼落とされなかっただけマシと思えよ」
「んで怖いこと言うの……」
「これなら暴れ馬治療してた方がまだ覇気があってマシだな」
「うるっさいな野生児が不健康なことなんかあるかよ」
「まそれはそう」
笑いながら、佚世はゴム手袋を付けた。
アーネストの表情が固まり、あとずさって距離を取る。
「お前は猫か。あんまそっち行くと見えるよ」
「何……」
「まだ気絶しといた方がマシだったかもね」
「もう麻酔ありでいいだろ……!?」
「私の名助手がいたらさ。あの子二十秒ぐらいで済ませるんだけどさ」
そう言いながら、佚世は針付きの縫合糸と持針器を見せた。
「タオルいる?」
「麻酔をくれ……!」
「お嬢様呼ぶかい」
「麻酔をッ……!」
「タオルね」
二枚目のタオルを問答無用で口に詰めると、暴れる腕を後ろで拘束した。
「誰か力ある人、これ押さえて」
「……ウィル……?」
「あぁちょうどいい。絶対離さないでね」
「はぁ」
ウィリアムはアーネストの首をベッドに押し付けると、佚世はアーネストの上に座って縫合を始めた。
アーネストは発狂し、ミシェルは耳を塞ぎ、あまりにも怖がるミシェルをノエルが落ち着かせた。
一番よく見えるウィリアムも顔を引きつらせると、視線を逸らした。
ルーメルウスはヴァイオレットに顔を背けさせると耳を塞ぎ、アリヴァンは嬉々として覗き込む。
しかし血と肉で縫合はまともに見えず、ただ佚世は片手で針を持って、片手は持ち込んでいたらしいメスで肉を切り裂いていた。
「ねぇ影、邪魔」
「すみません」
佚世は血管を縫うと、顔を上げた。
「ルー、ハサミ取って」
ルーメルウスはヴァイオレットを抱き上げると、机に置いてあった血まみれのハサミを渡した。
佚世は躊躇うことなく背中を裂き、根の一本を引っ張り出した。
それは魔力を求めてうねうねと動き、それを主根から数ミリ残して切断した。
アーネストがウィリアムを押し退ける勢いで発狂して暴れ、ウィリアムは必死に押える。
もう片側も同じようなことをやっていると、そのうち翼が動き出した。
「暴れないのー。間違えて主根切ったらほんとにショック死するからねー?」
アーネストが過呼吸になり始め、佚世は目を細めると一旦顔を上げた。
「誰か翼押さえて、邪魔」
その無慈悲な言葉の冷たさに皆が顔を引きつらせたが、アリヴァンとノエルが押さえると佚世は少し雑にはなるものの、手早く処置を終わらせた。
計二本の根を膿盆に乗せると、ゴム手袋を外した。
「三人ともそのままねー」
血で重い白衣を脱ぐと、新しいゴム手袋をはめた。
薬を開け、元の場所に戻る。
「痛みには慣れたでしょ。暴れないでね」
患部に薬を塗ると、アーネストは発狂前に失神した。
「うんそっちの方が楽だね」
「……麻酔して翼押さえる方がよかったんじゃないの……?」
「まー今回はそうだけど。翼取り終わったあとの術後経過はこれより痛いだろうから。先に慣らしといた方がいいでしょ」
「えそんな痛いの?」
「まぁ翼全部取る場合はね」
この痛みを知らせて、これよりも痛いと教えて、なお取るかと聞いて、嫌だと言ってくれたらまぁよしとする。それでもいらないという場合は、まぁそうなりゃ取るしかないよね。
処置が終わったので、佚世は手袋を裏返しに外すと薬たちを片付けた。
「タオル三枚目いらなかったや! 失神してくれたから二枚で済んだ」
「その薬そんな痛いんですか?」
「ん? あー、魔力中和剤入れたからね」
「えッ」
「沸点超えるんじゃなかったか……!?」
「そんな毒使わないよ。ある程度使えるようになったから使ってるの。じゃ、ルーあとよろしく」
佚世は軽く手を振り、あくびをしながら部屋を出て行った。




