佚世.4
執事三人がルーメルウスによって拳骨を喰らい、ウィリアムがヴァイオレットにこっぴどく叱られなお反省しなかったのでヴァイオレットが使わず無視していると、佚世が戻ってきた。
本を体の前に浮かせ、かざした手の指を動かすとページがめくられる。下がっているもう片手の手のひらには五冊がまとまって浮いて。
ミシェルが驚くと、佚世は手を上げて浮いた本を机に置いた。
また下に降りていく。
それを二回ほど繰り返し、三種類の本を持ってきた。
その間に、読んでいた本は読み終わって。
「……君らの名前聞いてないな」
顔を上げ、ずっといたけど空気となっていた助っ人二人に目を向けた。
少女は椅子に座って本を読み、青年は論文を書いている。
「俺がアリヴァンで彼女がセウパです」
「ふーん。アーネスト起きてきてるし軽く話しときなよ。つっても君らの役目は手術までだけど」
「はい……」
「アーネスト、この二人知ってるでしょう?」
「微塵も覚えてない」
ノエルの言葉にアーネストが首を横に振ると、アリヴァンより先にセウパが反応した。
飛んで、読んでいた本でアーネストの顔面を思い切り横殴りにした。
「クソ色狂い野郎!」
「アーネスト……!」
「ざまぁ」
「興味深い言葉が」
アリヴァンが慌ててセウパを押さえて、アーネストは殴られた顔を押さえた。手が首に回って、それを佚世がにこにこと笑い眺める。
「セウパ落ち着いて……!」
「ふざっけんなッ! お前のためと思って受けた話を! 覚えてないッ!? 侮辱するのも大概にしろ!」
「なになに、色恋沙汰? それともただのストーカー?」
「どっちでもねぇ!」
「どちらかと言うと色恋かと……」
「黙れアリヴァンッ!」
「お前この手の話多すぎるだろ……」
佚世はアリヴァンによって床に組み伏せられているセウパの前にしゃがむと、顔を掴んで上げさせた。
「色々と聞いていい?」
「離せ気色悪い」
「ちなみにアーネストはストーカーによるストレス性健忘で学校生活はほとんど覚えてないよ。教師とかの名前は覚えてるみたいだけどね、会話の内容とかはまるで」
「は……!?」
「ね、アーネスト君」
佚世は立ち上がると、首を押さえているアーネストの肩に手を置いた。
「うるさい」
「さー悪化したなら帰れさもなくば死ね私は後者を勧める」
「死ぬならお嬢様に殺される!」
佚世はアーネストを叩き出すと、セウパの前に立ちそれを見下ろした。
「術に私情持ち込むなよ?」
圧で背筋がギッと伸びて、セウパの代わりにアリヴァンがこくこくと頷いた。
エリックはノエルを見上げる。
「これ目的で連れてきたのか?」
「私の性格を悪く見すぎでは? さすがに知りませんでした」
「えでも知ってたら連れてくるだろ?」
「ご名答」
「クズだろ……」
佚世がアーネストの部屋に行くと、アーネストは上の服を脱いで背中を押さえていた。
羽根を間引きしたので翼はだいぶん小さく、というかスリムになっている。
「痛むかい」
「一人か?」
「そうだよ。無理して起きてこなくとも連れてくるのに」
「読心術かよ……」
「残念、人の心を読むのは苦手なんだ」
佚世はベッドに座ると荷物を置いて、アーネストの手を払い、背中の皮膚を確認した。
魔力で皮膚や筋肉が膨張し、血流が阻害されてかなり酷いことになっている。うわぁ。
「こりゃ魔力で治す医者も手を上げるわけだ」
「うるさい」
「感覚は?」
「いまいち……でも動いたら痛む」
「引っ張られて?」
「そう」
神経は完全に死んでるか。
首もハイネックで隠れるギリギリまで、というか動いたら見える場所まで進行している。
左は背中から二の腕まで、右は肩半ばまで。
下は、腰から骨盤上で広がるより先に骨に行ってるか。
「触ったら痛む?」
「うん」
「……ちょっとよろしくない状態だ。先に背中の死んだ皮膚だけ取り除こうか」
「え?」
「怖いかい?」
「怖くはないけど……まじ?」
「お嬢様に手握っててもらうかい」
「それはぜひ」
「絶対邪魔されるからやだ。やるなら腕切り落として部屋の外でやって」
佚世はにこっと笑うと、箱の中を開けた。
「何……!?」
「ビビるな成人男性」
「うるさい……!」
「薬塗るだけだよ。痛くないから」
翼の付け根と、進行している場所と皮膚の境にも薬を塗った。
「夜にやるから普通に寝るのと変わんないよ。起きたら痛みが取れてるってだけ」
「え今日!?」
「うるせぇ黙れ」
動揺するアーネストの額を弾くと、薬を片付けた。
ただの保湿して軽く麻痺させるような薬だが、一応引っ張られた時の痛みはなくなるはず。
「夜まで要安静ね。痛みはなくなるだろうけど動いたら皮膚裂けるから」
「……はい」
「そんな怯えなくても普通にしてる時と皮膚の状態は変わんないから。殴られても裂けなかったでしょ。てかそんなビビりだったっけ?」
「色々あって」
「今度精神科医連れてくるよ。私の知る中で一番腕のいい子」
「はぁ……」
「信用してない目やめろ。執刀医だぞ」
佚世は立ち上がると、薬等入った箱を机に置いた。
またベッドに戻って、アーネストの羽根をむしり始めた。むしるって、なんか言い方悪いな。間引き。
カラスみたいだと思ったが、骨格的にはコウモリの方が近いな。ちゃんと骨というか、骨格が見えている。この中に神経が通ってんだな。
「普通はこうやって抜かないの?」
「普通は自然に抜けてある程度の量で保たれるから」
「自分が気にならない程度に抜いていいよ。たぶん髪の毛みたいなもんですぐ生え変わるだろうし」
「うん……」
「背中側の羽根抜いても痛みはないの?」
「ない。引っ張られてるってのはわかるけど」
「痛みはないのか」
体内に埋まる翼の根が引っ張られて反応してるだけで、翼自体の神経じゃなさそうだ。
「まー痛みがないならいいけどさ。これ永遠に減らないね。よくもまぁここまで減らしたもんだ」
「ずっとむしったから」
「あ、若い羽根発見」
「楽しむな」
「見比べてみようと思ってさー。古い羽根と新しい羽根」
「人の体を研究対象にしやがって……」
「俺が来る前に死ななくてよかったね」
「はぁ……」
「あからさまなため息やめろ」
夜中、手術をするということで皆が起きている。
佚世がセウパは危険と判断したのでルーメルウスとアリヴァンだけを使い、とりあえず壊死した皮膚と腐りつつある皮膚を切除するらしい。
術後の状態によっては翼摘出が後日に延長される可能性があるが、それでもやらないと、侵蝕が早まる方が厄介ということで。
ほんとに、二人は持ったり切ったりするだけで佚世は一人で全部切除して繋げて、本来なら三、四時間かかる手術を一時間で終わらせてしまった。
縫合前に麻酔を切って、ささっと縫って。縫合など医者に講習開いた方がいいほど上手い。
ガシャガシャガシャとハサミや針を置いて、聴診器を使って内臓を確認した。
表面だけだったので特に問題はないと思うが、麻酔で内臓機能低下とかもなさそう。
「終わり。あとお願いね、おつかれさまー」
「天才か?」
「すごいねぇ……?」
階段を降りて、広間に移動した。
皆が揃っていて、扉が開くとハッとこちらを見る。
「終わったよー」
「あ、アーネスト様は……」
「難しいものじゃないし麻酔が切れたらすぐ起きるでしょ。いやー患者が溢れてないと楽だね!」
「そんな忙しい病院にいるんですか」
「うん、まともな手術できる医者私だけだからね」
「え」
「一日八十人に収まればいい方だからさ。まぁ病院って経営してるわけじゃないんだけど。廃れた教会改造してるだけだし」
「……聞くのやめます」
「なんでだよ」
佚世は白衣を脱ぐと椅子に座り、ぐでっと脱力した。
すぐにミシェルがフルーツを持ってきてくれる。
「ノエルさんは五時間かかってもおかしくないと言ってましたけど、すごいですね! 一時間しか経ってないのに……」
「ね〜。もうちょっとゆっくりやってもよかった」
「急いでやったんですか?」
「癖でね」
頭ん中で考えるようになっていた縫合糸や道具、薬、麻酔の量やお代も意味なかったし、ほんとに癖って怖い。
さっさと帰って先生に褒めてもらおーと思いながらいちごを口に放り込むと、また扉が開いて、ルーメルウスが降りてきた。
「佚世すごいねぇ、君ここで医者やりなよ」
「やだよ今すぐ帰らせろ」
「アーネスト起きたよ」
「はっや」
佚世はケラケラ笑いながら部屋を出て行き、ミシェルはルーメルウスにもお菓子を用意した。
「佚世様はそんなにすごかったんですか?」
「ほんっとに、あれならミシェルでも手伝えるんじゃない? 僕は多少切ったけどアリヴァンは持って支えるだけだったし。見事に全部自分でやったし。ヴァイオレット、彼優秀になってるよ」
「優秀だと思わなかったら呼びませんからね」
さも当たり前のように言ってのけたヴァイオレットに皆が目を瞬き、ノエルだけ鼻で笑った。
「ツンデレですね」
「ウィリアムその脳の腐った悪魔を引きずり出してください」
「かしこまりました」
「やめろ俺の雑用係を」
「地獄かここは……」
ノエルはため息を付き、エリックはウィリアムを下がらせた。ウィリアムはノエルを目の敵にするが、ミシェルがヴァイオレットの紅茶を頼むとすぐにそちらに移る。
「そもそもウィリアムの教育係であった時点で常人の域は越えているんですよ。あんな性格でなければ私も出ていくなどと言われて追い出すこともなかったのに」
「ウィリアムの教育係だったんですか……?」
「えぇ、ウィルはとんでもない暴れ馬でしたので」
「お嬢様それ以上仰られるとエリック様とノエルの内耳を抉ってしまいそうです」
「こいつはともかく俺は駄目だッ!」
「私はこのクソガキの頭を捻り潰すかもしれません」
「殺伐しい……」
ヴァイオレットは紅茶を飲むと、上機嫌なルーメルウスに視線を向けた。
「そんなにですか」
「相当だよ。彼に医術習おうかな!?」
「お好きにどうぞ」
「いや〜さすがグレイズの弟子くん」
上機嫌にお菓子を食べるルーメルウスに呆れていると、佚世とアリヴァンが戻ってきた。妙に騒々しいと思ったら。
「ねぇお願いします! 雑用でもいいので!」
「無理無理無理無理」
「そこをなんとか! 異世界にもついて行きますので!」
「ちょっとルア! まともな性格な奴って言ったよね!?」
「判断はお任せしますと言いましたよ」
「アウト!」
「性格はまともではありませんか? 純粋健気な努力家」
「思考がアウト! 思考と性格は紙一重! 異常チェンジでッ!」
「思考を替えてあげてください」
「ねぇッ!」
ノエルがくすくすと笑い、佚世がブチギレていると、ルーメルウスが寄ってきた。
嫌な予感がした佚世は顔を引きつらせ、ルーメルウスはその身長差で佚世少年に圧をかける。
「ねね、アリヴァンから弟子入り頼まれたの?」
「そッ……そう……」
「僕もいい?」
駄目に決まってんだろ頭イカれてんじゃねぇの。
「アホを弟子にする気はない」
「私はとってあげたのに」
ヴァイオレットがボソッと呟くと、佚世は図星だったのか息を詰まらせた。
数秒硬直したのちに、走ってノエルの後ろに逃げた。
「助けて?」
「反則」
「痛ッ」
ノエルを見上げた佚世は顔面に落ちてきた手刀に顔面を押さえてノエルを睨んだ。
ノエルは呆れると、駆け寄ってきたアリヴァンとルーメルウスの首根っこを掴む。
そのまま、窓を開けると真夜中の外に放り出した。
ミシェルはギョッとして、佚世はほっとする。
「ありがと」
「一生それでいてください」
「私利私欲に塗れてること」




