43.変装
痛いほど腫れているまぶたを押さえ、ため息をついた。
陽泰にベッドを譲ってもらって、下で寝ている恋弥は隣で寝たのだが、まぶたがめっちゃ腫れた。鏡を見なくても酷い顔だとわかる。
少しして、睦が目をいじっていると恋弥が起きた。
体を伸ばして、仰向けからうつ伏せになる。
「……ふひぃ」
「時々出すその変な声何」
「目めっちゃ腫れてんじゃん」
「腫れた」
「ものもらいできるぞ。顔洗ってこい」
「風呂行ってくる」
「おう」
後ろから腕が回り、顔が近付いた。
「なにしてんの」
「防犯カメラ検査」
「……そんなにいい男なの?」
「顔も性格も完璧。ちょっと浮気癖があるけど仕事だし、子供たちにも優しい」
「もう十年近くいなくなってるんでしょ」
「そんなに経ってない。まだ五年と少し」
「ほぼ十年だよ。いくら君がいつまでも美しいからと言ってそんなに待たせるなんて」
「仕方ないの、忙しい人だし有能な上に真面目だから政府の使いにでも行ってるんでしょ」
「Hgも持たずに?」
「ねぇ離れて。邪魔」
払われ、仕方なく離れたがその腕を掴んだ。
「相手が浮気するなら君も浮気していいんじゃないの? 嫉妬で帰ってくるかもよ?」
「浮気するなら彼の弟子とするから。可愛い子がいるの」
「俺にはかっこいいも言ってくれないくせに! 他の男ばっか見ちゃってさ。大切なものはいつだってすぐそばにあるんだよ?」
「えぇ。彼は私の元にいるもの」
胸に手を置いて、それを言うだけで嬉しそうに頬を紅潮させる彼女に眉を寄せた。
抱き締めて、顔を埋める。
「俺を見てよ」
その言葉を掻き消すように、突然Hgの画面が切り替わりピーッとなにかの音が鳴った。
彼女の目の色が変わり、身を乗り出す。
「何?」
「誰かが彼の家に入ろうとしてる。彼のHgだわ。本人かしら」
「違うでしょ」
否定の言葉も聞かず、侵入した防犯カメラから家の前を拡大した。
バチッと、カメラ越しに白い長髪の青年と目が合った。
心臓がギュッと締まって、思わず笑みが零れる口を押さえた。
「弟子君だわ……! 彼のHgを持ってる……!」
「隣の女の子は?」
「天獄の愛人よ」
「なんで一緒にいんの?」
「知らない。なんでもいいわ。彼の居場所がわかるかも……!」
鍵からHgの中に入って、先にメール等を確認していると、突然弾き出された。
一瞬手を止めたが、すぐに再開する。
何度やっても、やってもやってもやっても。
弾かれて、果てに十分経たないうちに鍵の方も、ウイルス制御で侵入不可になった。
政府でも対応できなかったウイルスなのに、おかしい。
「なんで……!? 対策ソフトなんかで対処できるものじゃないのに……!」
「新しいの仕掛けた方がいい。向こうから侵入されたらここがバレるよ」
「もぅっ……!」
ふっと顔を上げ、首を傾げた。
「動くな」
「ぐえっ……」
頭を机に押さえ付けられ、額を押さえる。
現在、髪の襟足にエクステを付けて、地毛の毛先を恋弥に切ってもらっている最中。
襟足ってか、ウルフカットの長い方はいつもエクステの長さに合わせて切る。
櫛で梳き、毛先を揃えると顔を上げさせた。
「……いいんじゃねぇの?」
「終わった?」
「おう」
座って腰ほどの長さまである髪を払うと、毛先を確認した。半年ほど前に替えたばかりでほとんど使っていないのでまだ傷みは少ない。
「自分で切ったら絶対ガタガタになるからさ」
「発狂してたもんな」
「うるせぇ」
スレッド設立当初から睦の一人の活動を一番そばで見てきた恋弥は鼻で笑い、睦は髪全体を櫛で梳き始めた。
小雨ももちろん見てきたが、小雨とはあくまでも仕事上で、だ。恋弥は学校で会っていたし、廃教会に遊びに来ていたこともあり友人的兄弟的関係が強い。
佚世がいなくなりすぐにスレッドを設立し、響皐月が入るまでずっと一人で多忙を極めていた睦をサポートしていたのは恋弥だったりする。
だから、恋弥は睦を弟のように思う部分がある。
「子供たちに見られるわけにはいかないからさー」
「反応は気になるけどな」
「嫌だよ。嗤われても心配されてもイラつく自信しかない」
「いらねー」
睦はエクステを外すと、風呂に行った。髪洗うだけだろうけど。
恋弥もハサミを片付け、切った髪が乗っているシート等を捨てていると陽泰が部屋から出てきた。
「……終わりましたか」
「見たくねぇなら睦に言えよなぁ」
「完璧にやり終わったあとならいいんですけどね」
「いいじゃん面白いし」
「俺の中で唯一常人の方なんです。変わる過程は見たくない」
「おい俺は」
「恋弥さんは恋弥さんです」
風呂から上がると、恋弥がどこかに行っていた陽泰の首を絞めていた。陽泰は瀕死。
「余計嫌われるぞ」
「こいつお前の長髪姿見たくないんだってさ」
「自己防衛してくれるなら何よりだよ」
恋弥は何故か見上げてきた陽泰を殴り、陽泰は頭を抱えた。
「そーゆーことをするからさぁ?」
「自業自得だ」
「あのねぇ……」
未だ頬の変色が治らない睦は呆れながらお茶と水を机に置いた。
相変わらず風呂上がりに髪を乾かさない。
「お前ほんとに髪白くなったなぁ」
「うるせぇ」
「染めてんだろ? てか染める意味ないぐらい白くなってんだろ」
「所々が黒くなるのが嫌なの。元は真っ黒だし」
睦は前髪をちょいちょいっといじり、恋弥はそちらに寄ると睦の前髪を上にあげた。
確かに根元の少しは黒い。
顔面を掴まれ、そのままバランスを崩し睦は後ろに倒れた。
「もーッ……!」
「佚世が見たら発狂するかな」
「退け」
恋弥を退かせると、睦はぐちゃぐちゃにされた前髪をかき上げた。
恋弥はそれを見て目を丸くすると、いそいそと陽泰の方に寄る。
「こーゆーのを色男と言う」
「なんてこと教えてんだッ」
三人で、まぁ暇ではない午後をすごしていると、来客の声が聞こえてきた。
インターホンが鳴る前から、馬鹿でかい話し声が聞こえてくる。その話題は佚世で持ちきりで。
インターホンが鳴り、三人でイヤホンやらヘッドホンを付けるとそれを無視した。
睦はスマホで音楽を聴く。
スマホにダウンロードされているものなので異世界でも関係ない。
昔佚世に買ってもらった本を読む。
各々が各々のことをしてインターホンを無視していたが、それは三十分経っても鳴り止まない。
さすがの家主は顔を上げると、それに応答した。
「はい……」
『やっと出た! 遅い!』
「寝てました」
『……今いい?』
「まぁ」
『仕事持ってきたんですけど』
「はぁ」
『恋弥と睦くんと一緒のやつ……』
トワイライトの仕事に睦を巻き込むなよ。
「はぁ……」
壁に腕を突いて、片手で額を押さえた。
休暇中だっつってんじゃん。復帰したの恋弥なんだよ。俺の休暇は明けてないんだよ。
「……出ます」
『うん……』
外に行くと、だんちの他に、日幻兎と氷海獺もいた。あと、ボスも。
日幻兎がいるのは珍しい。
「はぁ……」
ため息をつきながら受け取ると、封筒の中身を確認した。データで寄越せよ。
「ヴィールヒのハッキングが疑われるから、睦くんも恋弥も行くし一応ってことで紙なんだけど。政府からスレッドに依頼が来て協力契約で共同任務に当たることになった。三人の他に俺と氷海獺、別枠で日幻兎と、スイハから降成灰さんが協力してくれるって」
とあるパーティーへの潜入。
痲宮が栽培していたあの史上最悪の薬物、ウラクソウの闇取引があるらしい。
トワイライトとしては闇市を牛耳られる前にそこの本元を押さえたいのと、政府としてはウラクソウを根絶やしにしたいのと。スイハはピステルに負けかけているのでトワイライトと協定して政府に媚び売ろうって寸法か。
「変装?」
「睦くんだけは政府側として顔が知られてるからそうなるか、一応睦くんに委ねようとは言ってるんだけど……」
「……少し待ってください」
陽泰はだんちの返事の前にピシャッと扉を閉めると、中に入って睦と恋弥を呼んだ。
睦の肩を叩くと、睦はハッとする。
「どうした?」
「政府との共同任務。団達気さんいるから来て」
「わかった。……恋弥!」
「おーう」
タブレットを取り上げ、睦は恋弥と資料に目を通した。
陽泰は扉を開け、二人は土間に降りる。
「……男が多いですね。参加組織って規模どのくらいですか」
「全部最大化したユグドラシルよりちっせぇな。イノンダイだけ、街操ってるから規模で言えばまぁまぁだけど勢力は皆無」
「この中じゃ接触対象はニーズになりそうですね。ピステルの傘下で闇市のほとんどに手かかってます」
「ピステルは傘下を使って勢力拡大狙ってるってこと」
「それもあるし、逆にスイハに頼って力の均等を取ろうとしてる可能性もある。その場合はトワイライトは引っ込んどいた方がいい。け、ど」
「律さんが安泰を取るか……管理人も律さんには厳しいからなぁ〜」
なんだろう。なんで、佚世の弟子は三人ともこんな顔面偏差値高いんだろう。偏差値九十か百ぐらいありそうですけど。贔屓フィルターだろうか。でもボス連写してるもんな。
「……直接聞く?」
「なんにせよスイハ動かして損はないな」
「管理人にもう少し借りれるか聞いてみますか?」
「それはそっちに任せるよ。俺どうしよっかな」
「陽泰のためにも女装はやめてやれな」
「完成してたら大丈夫なんでしょ?」
「キャラ崩壊は目に毒なんです」
「キャラとか言わないで」
睦がそう言い終わる前に、恋弥が吹き出した。
睦は恋弥を殴り、陽泰の頬をつねる。
「まー接触対象視て問題なさそうなら普通に参加かな。政府側として顔バレしてるし顔変えるか、声でも気付かれるなら女装は最終手段で」
「男として顔も変えれんの?」
「うっすい顔してますから」
日本人の顔面の薄さなめんなよ。親は絶対海外の血入ってるような顔してましたけど。




