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Thread of World──世界の糸の物語──  作者: 織優幸灔&夜月夢羽
一章
62/124

42.引き抜き

 屋上のフェンスに立ち、上半身を逆さにして顔を覗き込んだ。




「こんばんは」

「こんばんは」



 睦はやってきた小雨を見上げ、小雨はフェンスの向こうに降りると睦の隣に座った。



「お隣失礼します」

「普通座る前に言いません?」

「雨豪さんからあなたが言った一言一句とミヤさんからあなたの愚痴を聞いてきました」

「……情けない限りです」

「私も謝罪します。……佚世さんが異常だというのは私が一番よく知っていたのにあなたにそれを求めすぎた。本当にすみません」

「謝らないでください。……自分が惨めに見えてくる」



 下げた頭を上げると、睦は横顔からでもわかるほど、何かへの怒りを、絶望を目に溜めていた。




 小雨は無意識に、睦に腕を伸ばすと後ろに倒れた。


「は、わッ!?」



 二人で後ろに落ち、小雨は手を突いて後転した。睦も手を突こうとしたが小雨が邪魔で突けず、頭を強打する。



「ッ痛……!」

「……すみません」

「なんですかいきなりッ!?」

「あなたが飛び下りる気がして」

「やりませんよ……!」



 小雨は倒れたまま頭を抱える睦の頭のそばに膝を突くと、頬に手を当てた。



「あなたが参界者でなくともその能力がなくなったとしても知識が消えたとしても、私の友人であることに変わりはありません。私は相手が誰であろうとなんであろうと友人を助けますよ」

「……実の兄を殺したくせに?」

「兄ではありません。前任です」



 薄く笑う小雨を鼻で笑い飛ばすと、頭突きをしがてら起き上がった。




「死にはしませんよ。……佚世さんに、帰ってくるまで頼むと言われているんです」

「帰ってきたら?」

「しつこいですね。帰ってきたら俺はお役御免です。また佚世さんの影に戻ります」



 睦は立ち上がると、外套(マント)の裾を払った。



 小雨も立ち上がり、フェンスの方に移動しそれにもたれた。




「あなたは本当に影でこそ力を発揮しますね」

「だから社長の座はいらないんです。しばらくは座ることになりそうですが」

「それでねぇ、さっき雨豪さんと話してきたんです」



 睦がフェンスに戻ろうとしたら小雨に執拗に邪魔されたので、仕方なく床にしゃがんだ。立つのはもう、疲れた。





「睦さん、政府に入りません?」




























 ほぼスレッドの皆と喧嘩状態のまま恋弥のいる本拠地に戻ると、陽泰の代わりにだんちがいつもの合流場所に待っていた。にっこにこなのが逆に戸惑う。



「睦くん! 俺陽泰の代わりだから! 一緒に行こう」

「あ、はい。お願いします」

「いい子だねぇ」





 二人で佚世の話をするが、なんせ冷酷と思われてるらしいだんちがものすごく上機嫌なので視線がすごい。








 二人で陽泰の家に行くと、中に上がった。



 扉を開けると、睦を見上げた陽泰がギョッとした。



「顔……!」

「おつかれー。せっかくのご尊顔がもったいねぇぞ」

「……陽泰に言ってあげれば?」

「陽泰にも言った!」



 ほぼ恋弥のものと化したタブレットを触っていた恋弥は屈託なく笑い、陽泰は心配そうな目を睦に向けた。




 雨豪と掴み合いになり、修茶に押さえられ、殴られた左頬を全面覆うようにガーゼが貼ってある。




「保冷剤いる?」

「いらない」

「だんち楽しそうだなぁ」

「佚世の話をしながら来た!」

「そっか〜」




 睦が恋弥の隣に座ると、恋弥は睦の足にネズミを置いてそこに寝転がった。


 気に入らないようでもぞもぞと動いたが、最終的にネズミを頭から抜き直寝に収まった。ネズミは抱っこで。




「ふぅ」

「至極当たり前のように寝転がるなよ」

「だって疲れた」

「体力は戻らないか。まぁゆっくりだな」

「お前も寝たら?」

「この状態でどうしろと」

「……俺が膝枕したろうか!?」

「えーやだ気持ち悪い」



 殴られた睦は横腹を押さえ、だんちは恋弥の腹をつついた。恋弥は問答無用で蹴り返す。元気なようで何より。





「睦、疲れてるなら休んだ方がいい。顔が異常に白い」

「美白?」

「病的」

「夜まで我慢する。自分の体は自分がわかってるし」

「精神orメンタル」

「精神」

「おつかれさま」



 労ったのにも関わらず顔面に手が落ちてきた。



 顔を押さえて、のたうち回る。




「じっとして」

「何すんだテメェ……!」

「酷い音鳴ったなぁ……」



 睦が恋弥の頬をつまみ、恋弥が魂の抜けた顔でされるがままになり、だんちが上から撮る。陽泰は皆にお茶を淹れた。














 夕食後に頬の怪我の経緯を説明し、小雨からの誘いも話した。



「勧誘ねぇ」

「なんて返した」

「入るわけねぇだろ的なことを」

「だろうな」



 だんちは夕食前に陽泰によって追い出されたのでいない。



「……その話受けんの?」

「いやぁ、依頼には関与したいし。完全玉座にふんぞり返る気もないし」

「じゃあ降格?」

「のつもり。そうする、できるように社長社員の上下関係を厳しくしてない」

「まぁいいんじゃねぇの?」

「……こんなこと言ってもあれだが」



 後ろに手を突いた陽泰が視線を上げ、正面にいる睦と目があった。



「睦はスレッドよりトワイライトの方が過ごしやすいだろう。同じ組織に居続ければ前任者として、最古参としてどっちにしろ責任は一番重くなる。何か大きな事が起こった時、経験の浅く歴の浅い社長は前任者にすがるだろうからな」

「堂々と引き抜きかけやがって」

「睦のことを思っての誘いです。睦がそれに耐えれるなら無理強いする気は毛頭ありません。……ただトワイライトなら絶対に幹部や、幹部になっても表立つのはボスだけ。影に入りたいならボスは睦を欲しがってるから優遇してもらえる」

「最近じゃ顔面良けりゃ性別関係なしだからなぁ」

「年齢もね」



 未だ撮られたことを恨んでいるらしい陽泰に苦笑いをして、黙っている睦を流し目で確認した。机と睨めっこしてる。





「……実際トワイライトの方が居心地良さそうなのは感じてるよ。友達多いしまぁ目の敵にしてくる人も多いけど」

「たぶん睦が入ったらそういう奴らは一気に肩身が狭くなるからボスも粛清し始めると思う」

「……いいんだろうけどさぁ」



 睦は机に伏せ、恋弥は頬杖を突いた。






 火事の話を聞いた時の、佚世のあの怒りと憎悪を煮やした横顔が脳裏に浮かぶ。

 あとにも先にも、佚世があんな感情(かお)をすることはなかった。



 たぶん怒り的には、ヴィールヒが恋弥たちを傷付けたことにあるんだろうけど。それでも、自らを追い出した野靄(のもや)のような思考の人たちに向けられる怒りも混じっていた。


 そんな人たちがまだいる組織に、ヴィールヒが入るかもしれない組織に、入っていいんだろうか。ずっと一緒に仕事をしてきた小雨とも敵対することになるし、スレッドの皆が快く送り出すようなことはないだろうし。





「…………社長降りてから考える」




 絞り出すような、なんとか紡ぐ声でそう言った睦に陽泰が心配し、恋弥は睦の頭に手を置いた。



「子供は好きなように生きてたらいいんだからよ。せっかく生きてんだ、まだ時間は腐るほどある」

「睦、タオル」

「……小雨さんに自殺しそうって言われた」

「あいつ失礼すぎるだろ」

「そんだけ思い詰めた顔してたってことだろう。……心の医者が心病んでどうする。知識も感覚も、人一倍知ってるだろう」

「外科医だって骨は折れるし内科医だって心臓病にはかかるだろうけどさ。……その対処は知ってるだろ。自分を特別と思うな。お前は上でも下でもねぇ、至極正常範囲内の人間だ」

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