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Thread of World──世界の糸の物語──  作者: 織優幸灔&夜月夢羽
一章
61/124

41.脳

 長期休みが残り半分を切った頃、またスレッドに戻ってきた睦は夜に雨豪と向かい合った。





 雨豪は少し首を傾げ、睦は今日の仕事を見る。

 昼間に帰ってきたばかりだが、睦がいなくても問題なく進んでいる。





「……あの、話とは」

「……そろそろ社長を降りようかと」



 睦の唐突なその発言に雨豪は目を丸くし、睦は顔を上げた。



「やりません? 社長」

「いや……いや……!? 一番新人だぞ……!?」

「最年長ですよ」

「歳の功は現場の経験に勝らん……!」

「それがわかってるなら大丈夫です」



 言わされた雨豪はハッとして口を押さえ、これ以上下手に乗せられないよう立ち上がると、睦の隣の床に正座した。



 両手を揃えて、頭を下げる。




「ご期待に添えないようで申し訳ないが明らかなる実力・経験不足を感じる。この話はおこ……」

「実力は社員がカバーしますし、まぁ経験は必要ですね。経験、積みましょうか」

「あの……?」

「今七件来てますからね」


 陽泰が一晩で六件こなして、佚世の望む合格ラインがわからないと嘆いていたな。



「明日俺と一緒に回って夜に片付けましょうか。経験はそれで十分でしょう。別に俺も辞めるわけじゃないのでサポートはできますし」

「何故社長を降りるのかご説明お願いします」

「とりあえず座ったらどうでしょう」

「座ったら確実に乗せられるので遠慮します」



 警戒心マックスになってしまった雨豪に困りながら、じゃあと睦も椅子から降りた。



 二人でリビングに座り、かなりの距離を取って話す。と言っても別に話すことはない。



「俺はそもそも組織のトップになるようなタチではありませんし、まだまだ子供ですし。……俺より子供たちのそばにいれる雨豪さんがトップになった方が子供たちも安心するでしょう。俺は影で前社長として支える方が性に合います。これからスレッドが影響力を拡大し続けていくのにも、頭がこんな若造じゃ信頼は得られない」

「だがスレッドをここまで育てたという実績がある。若くしてここまでやってのけたという実力こそ……」

「違います。……政府にここまでサポートしてもらってなお、この期間でここまでしかできていない。それじゃ駄目なんです」





 『秘密結社(スレッド)』が設立された裏には廃教会の存在が大きい。というか、『廃教会』という中立組織がなくなってしまったから政府とトワイライトは、お互いの真っ向からの衝突を避けるためここを提携して創った。


 ここは『廃教会』の代わりで、『廃教会』はこんなちゃちな存在じゃない。




 才能がない。


 雨豪に、佚世や脳之輔ほどの才能があるというわけじゃないけれど、睦よりは圧倒的に頼りになる。世間を知っている。

 元引きこもりが、現自殺志願者(死を恐れない者)が、大人の後ろに隠れているような子供がやっていい役じゃない。



「……皆が思うより俺は能力がないんです。識別のおかげで頼りにされてますけど、それがなきゃただの能無しです。能無し()のせいで、政府やトワイライトに迷惑はかけられない」

「そんなこと……」





 二つが望んでいるのは廃教会の再興。政府からもトワイライトからも手を借りず、されど両方の手綱を引き正面衝突の緩衝材となる組織。


 睦には、スレッドをそれにする能力はない。





「そんなこと、ないだろう。自分を卑下しすぎだ」

「ありますよ」

「君が能無しと言うならその能力を持たない政府やトワイライトは今までの事件解決にさらなる時間と力を使うことななった。それを短縮できている時点で十分役に立っている」



 違う。わかってる。小雨が、スレッドの存在を強くするためにわざと仕事を振っている。



「民間人が頼っているのがその証拠だろう」



 違う。一般人は皆、廃教会の後継と聞いて頼ってくる。でも違う。ここ(スレッド)に、廃教会(過去)のあの人はいない。



「政府からも頼られている。だからユグドラシルや中央学校のことも任されてるんだろう」



 違う。全部小雨が、小雨からの期待であって、睦じゃそれに応えられない。だから小雨の迷惑にならないうちに、早く雨豪に頼りたい。全てを任せてしまいたい。




「トワイライトだって……」

「違うんです……! 違う! 小雨さんも天獄さんも、全員が俺にあの人の代わりを求めるッ! 俺じゃあ、あの人の代わりにはなれないッ……! 俺には才能も頭も、あの人から教えられたことでさえ受けきれなかったのに! 俺は、俺なんかじゃ廃教会にはできないッ! だから……!」



 だから、早く終わりたい。失望されないうちに、()()()から向けられた失望の目を、両親から注がれた哀れむ視線を、自分で自覚する前に、全部終わらせたいのに。



 もう、疲れたのに。






「睦さん……?」



 声が聞こえ、ハッと我に返った。


 振り返ると、部屋にいたはずの皆が降りてきている。



 景矢も枯梨も、修茶も、ミヤまで、皆が不安そうな、心配そうな目をする。



 響皐月は走って、睦に抱き着いた。




「睦、どうしたの……?」



 ヒュッと喉が鳴り、視界の端が白く散った。



「……なんでもないよ。ごめんね、驚かせたね」

「うん……びっくりした……。……なんにもないの……?」

「うん、なんにもない。大丈夫だよ」





 あぁ、駄目だ。立たないと。隠れさせてくれる人はいない。俺が立って、皆が安心できる影を作らないと。



 響皐月の頭を撫で、抱き上げると立ち上がった。





「ごめんね」

「睦さん、どうしたんですか? なにかあるなら頼って……」

「何もないよ。驚かせてごめんね」



 睦は景矢の頭に手を置くと、不安で目を潤ませる枯梨の頬を撫でた。


 枯梨も睦にしがみつき、睦は頭を撫でる。




「……社長だからと言って抱え込みすぎるなよ」

「大丈夫だよ。皆に迷惑はかけないし心配もなくすから」

「心配されている自覚があるならそれを話せ! 上司部下である前に仲間だろうッ!?」



 ミヤの突然の怒声に響皐月と枯梨はビクッと体を震わせ、景矢は枯梨を抱き寄せると耳を塞いだ。



「心配することなんてないよ。それをわかってもらうために頑張るんだから」



 どこを見ているのかなにを言いたいのか、ミヤは響皐月を引きずり下ろすと睦を、身体強化した腕で思い切り殴った。



「気色悪い。お前のその思考が抜けない限りお前の言う全知全能とやらにはなれないぞ」

「……痛った」

「よかったな、痛覚があって」



 そう言うと、ミヤは部屋に戻って行った。


 睦は腹を押さえ、修茶が慌てて支える。



 景矢と雨豪は枯梨と響皐月を慰め、しゃがみ込んだ睦は内心重いため息をついた。








 倒れちゃ、駄目なのかぁ。

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