39.団達気
睦がいなくなって数日経った頃、陽泰に連絡が入った。
誰だと思えば、雨乃だ。クラスメイトの。
比奈風の方は関係ないし無視しとこ。
体育祭参加するかという相談が来て、知らんと伝えた。先の仕事の予定なんてわかるわけない。
予定だけ、もし入らなったら参加するのかとしつこく聞いてくる雨乃を無視して、飛んでくるメールを眺めていると恋弥が横に移動した。
陽泰に腕を回して、肩に顔を置く。
「おーいい子だ。お前こういう子大事にしろよ。機械人間にはちょうどいいんだから」
「わかりましたから……」
近い。睦と同じ感覚で来られても、対処できる能力は兼ね備えていない。
陽泰が必死に抜けようとしていると、家にインターホンが鳴った。
恋弥の腕にネズミを抱っこさせ、すぐに玄関に行く。
「はい」
「あ、突然すみません。あの、体育祭ってどうするのかなと……」
やってきたエリオムは少し俯き、陽泰はその手を見下ろした。いつもリング型のHgをはめているのに、今日はない。ボスに取られたか。
「一応仕事が入らなければたぶん出る気がします」
「仕事……そうですか……。……仕事、入れる予定ですか?」
「あれば。何故ですか?」
「……政府に出欠予定を教えてほしいと言われて。動く学校行事なんて初めてなので、陽泰さんを頼らせてもらおうかと……」
「……あでもそれじゃあ俺が休んだら来年もっと困りますね」
来年、陽泰は卒業している。
そもそもエリオム、ボスの囲いのせいでほとんど学校に行っていない。
トワイライトの、しかもこんな役。友達もいるかわからないし、たぶんすぐできるような性格じゃないし。陽泰が行かずにエリオムも欠席してしまったらせっかく行ける機会を失うことになるのか。
政府が異例の事前確認をするのもわかるぐらい、エリオムは不安がりで、言ってしまってはなんだが睦や陽泰よりもずっと臆病だ。
今年は無理だから来年頑張ろう、とはなれないと思う。
「じゃ……」
陽泰が口を開いた瞬間、後ろから衝撃が走った。
扉と壁に腕を突いて、グッと頭を下げられたのでおとなしく項垂れておく。
「ご心配なさらずとも陽泰は俺が連れて行きますよ。こいつが行かないと俺も見に行く意味なくなりますし」
「え、いや、私は……」
頭に疑問符が浮かんだ。
「え、や、は? 見に行くって誰が、恋弥さんが? 俺、体育祭を? なんで? 見に来るんですか?」
「全部自己完結してくれて助かるぜ。俺も見に行くから頑張れ」
「……え他誰が来るんですか?」
「エリオム様出るならボスも来るんじゃない? まぁ少なくとも睦は来るだろうし」
「今回ね、第二学院と合同なんですよ。絶対管理人が現れるんです」
「……大変だぁ?」
大変すぎて語彙を失った恋弥が絶句していると、陽泰は頭を押さえた。
「……ここまで立ち話してなんですがとりあえず中にどうぞ。まともなものありませんが」
「お、お邪魔します……」
恋弥は放置されていたぬいぐるみを掴むとソファにもたれ、陽泰はお茶と水を入れた。恋弥は水。
「でもまぁこうなっても睦が動くだろ。小雨も黙ってはないだろうし」
「管理官がやったのでは?」
「あいつは養成校の理事やってるから中央は別の人。ほら、ユグドラシルの転校生容認したのもその腐れ無能の結果だし」
「ほんとに政府は無能が多いですよね」
「まぁ初めは優秀でも日が経つにつれ無能が増えるのが二流組織だからなぁ。一流は切磋琢磨し高め合う組織を言う」
「ふーん。エリオム様が出るのであれば俺も行きはしますよ。ボスに託される気がしますし」
恋弥は陽泰に掴みかかり、陽泰はそれをなだめながらエリオムの方を向いた。
エリオムは少し俯いているが、小さく頷いた。
恋弥は油断した陽泰の頭をスコンと殴り、倒れたそれの上に寝転がる。
「大丈夫ですよ。一つ上にスレッドの女の子二人いますし」
「……はい」
「恋弥さん万年見学でしたよね」
「出てましたけど?」
「あれ睦でしたっけ」
「出てましたけど?」
「……誰か見学いましたよね、参界者。いつか」
「知らねぇよ。今いる参界者ん中では俺が一番古参だけど俺の時は睦しかいなかったからな。スレッドの子供たちは今年からか。……響皐月とかその辺じゃね?」
「そうかもしれません」
恋弥が知る参界者の中で恋弥の世代は睦だけ。スレッドの子供たちは今回が体育祭初だろうし、経験したことあるのは響皐月だけか。去年は知らないからな。
去年学院にいた参界者は響皐月だけ。
皆、参界したのは八年以上前だがあの研究所を出てから各々散らばり、集まって政府の監視下で学院に行き始めたのが今年。響皐月だけ、ずっと行方不明だったのを見つけた瞬間政府が保護して早くに入った。
「そう思えば十五歳、響皐月と枯梨って何歳で自殺してんだろ。ミヤはえーと、わりと最近か」
「二人が来たのは何年前ですか?」
「知らん。けど八年前の研究所にいたから」
「……少なくとも七歳前後ということになりますね」
「んな歳で自殺とか思える世界嫌だわ〜」
「恋弥さん何歳ですか」
「十」
「十分嫌では……?」
「俺は八で大人と同等に扱われる世界だったからさ!」
「七と八では変わりませんよ」
「お前が七の時は可愛い可愛い子供だっただろうが」
「一切覚えていませんね。恋弥さんに追いかけ回されたことは覚えています」
「おかげで足早くなっただろ!」
「そもそも走る機会なんて滅多にありませんので」
乗ったまま見下ろしてくる恋弥から顔を逸らすと、逸らした方の床に恋弥が拳を下ろした。
「なぁ?」
何十回も頷くと、恋弥はそうだろそうだろと笑う。この人怖すぎるだろ。
「睦とミヤが十五ぐらいで十五歳ペアが七歳前後、エリオム様が十一とか二とか?」
「一のほぼ終わりです」
「スレッドの大人二人は知らねぇけど。ボスとかも知らんけど。そう考えりゃあやっぱ子供が多いな」
「嫌な世界ですね」
「責任が伴わない子供のうちに死ねるならいいだろうよ。大人になって死ぬのは前後を考えたら地獄だし、思考に苛まれながら死んだとして参界者になったらまた自殺するだろうし。責任感で押し潰されるか精神病むかのどっちかだろうなぁ」
そんなことを人の上に寝転がって平然と言ってのける恋弥に二人が顔を引きつらせていると、また家にインターホンが鳴った。外がうるさいのをみると、一班共と幹部の残りだろうな。恋弥は立場と性格と顔が相まって人気は高まる一方だ。
「あ、私出ます」
「ありがとうございます……恋弥さん重いです……」
「おー、頑張れ」
退いてくれよ。
必死の陽泰に対し恋弥は上機嫌に足を振る。
少しして、エリオムが糖港と野靄、日幻兎と雨地科を連れてやってきた。
「おー兎! 久しぶりぃ!」
「陽泰水貰うね」
「あい……」
「れんや〜! お土産買ってきたぞー!」
「あざーす」
「恋弥退いてあげて」
糖港はお土産を広げ、兎は遠慮なくキッチンに入り、雨地科は恋弥を引きずり下ろした。陽泰はすぐに丸まり、全身を押える。痛い。
糖港と野靄が来たのは、睦がいない隙を狙ってだろう。糖港はともかく野靄は火事の犯人を擦り付けられている佚世もその仲間も目の敵にしている。
「あ、ネズミのぬいぐるみがある。エリオム様のですか? 可愛い」
「恋弥さんのです」
「マジ!?」
「陽泰手伝って」
陽泰は溶け始めている恋弥を見ると、キッチンから兎を追い出してお茶を淹れ始めた。
「ここにボス呼んだら大喜びするだろうなぁ」
「仕事中で機嫌悪いけどな」
「なんでボスになったんだか」
「知らん」
糖港と野靄が喋っていると、恋弥が体を起こした。
飛び付いてきた糖港を組み伏せ、上に座るとソファにもたれた。
「お前一応先輩だろ……」
「部下です」
「一応ってなんだよっ!?」
「そーゆーところだよ」
「……何!?」
野靄は混乱する糖港に呆れ、エリオムが慌てておろおろしていると兎が立ち上がった。
恋弥を糖港から降ろし、糖港を引きずって家から出ていく。家から。
「おぉい雨地科兎を止めろッ!」
「日幻兎待って日幻兎ッ!」
陽泰は騒がしい廊下との扉をピシャッと閉め、恋弥にお茶を渡した。
牽制する人がいないと暴走するのがトワイライトで、牽制する人は一にだんち、二に恋弥、三に氷海獺、四にボスと五に雨地科。とにかく機能するスリートップがいないと、トワイライトに協調性なんてクズほどもない。だってトワイライトだもの。
少しして、少しの怒声罵声が聞こえると今度は野靄も出ていった。恋弥はお茶とぬいぐるみを持って寝室に逃げていく。
エリオムは少し不安そうにしたが、陽泰もよくわからないので二人で肩を竦めた。
なんでこう暴れ馬が多いんだろう。
三十分ほど経っても戻ってこないのでもう帰ったかなと思って恋弥を呼びに行くと、恋弥は布団に上半身だけ乗せて寝ていた。せめて乗ればいいのに。
浮いたり落ちたりの感覚さえなければ、ある程度は大丈夫になった恋弥を譲り、眠そうな恋弥を布団の上に押しやった。また、すぐに眠り始める。
リビングに戻ると、玄関の扉が開いた。陽泰もエリオムもビクッと肩を震わせ、入口の方を見ると、扉が開いた。
野靄を引きずった氷海獺、糖港を引きずった団達気が現れる。その後ろには、小さくなっている雨地科がいた。
「陽泰、恋弥の調子どう?」
「あ、だ、大丈夫かと……。だいぶん良くなって、さっきまで元気にしてましたし……今は寝てますが……」
「ならよかったけど」
「おいだんち、怖がられてんぞ」
「何年幹部やってんだ……。一班元指揮官のくせに」
「圧が……」
大男二人が男二人引きずって後ろに怯えてる男がいたら、大男二人が怖く見えるのは仕方ない。
「……エリオム様は何故こちらに?」
「あ、た、体育祭のことを聞きに来て……」
「ボスが怒り狂いますよ。いくら陽泰でも男と二人は」
馬鹿にされた気がする陽泰は眉をひそめながら、横目でだんちを見た。
金の世代筆頭、雲鎧彩佚世を拾ってきた人。
元々とても明るく気さくで、他の人に引けを取らない溺愛性質を持ってる人。
佚世が一班指揮官をやっていた頃の一班の一人。同僚のほとんどが幹部に上がる中、一足先に幹部にいた自らは幹部から降りて現一班指揮官を勤めている人。実力は、たぶん幹部トップスリーにも引けを取らない人。
佚世が火事の主犯として追放されてからは血も涙も消え冷徹無慈悲に変貌し、幹部含む全員から恐れられている。今の現役若手たちは団達気と佚世に扱かれた世代だから、余計に怖い。
「陽泰」
名を呼ばれ、肩が飛び跳ね胃がギッと締まった。
「……はい」
「ボスがボスであることを忘れるな」
「……はい」
わかってるよ、そんなこと。




