38.報せ
睦が帰ってきて二日目、学校に行く前の枯梨が睦の部屋にやってきた。
今日は参界者だけが登校日の日。こっちの知識を刷り込んだり、向こうの知識と交換したりがあってこういう日が長期休みに何日かある。今日はその日なのだが。
「睦さん……」
「どうした?」
ベッドに座り髪を編んでいる睦は首を傾げ、枯梨の暗い顔に微かに目を細めた。
「あの……」
「学校は無理に行かなくていいよ。元々旅人だったんだし、集団に慣れるのは疲れるでしょ」
「……でも」
「大丈夫大丈夫。休むのも仕事のうちだからね」
睦が笑うと、少し安心した顔の枯梨は小さく頷いた。
「響皐月は今日は行けるかな」
「み、水尋さんが、頑張ってるんですけど……」
髪を三つ編みにして三階に降りると、響皐月は机の足にしがみついて発狂していた。いや、発狂は上まで聞こえてたんだけどね。
ミヤは引っ張り、水尋は響皐月を何とかなだめようとしている。景矢は、もう行ったかな。
「二人ともいいよ。遅刻するから行っておいで」
「で、でも……」
「じゃ行ってくる」
ミヤは響皐月を離すと、水尋の首元掴んで引きずって行った。水尋は学校じゃないのに。
もう遅刻ギリギリの時間。
睦は響皐月に荷物を下ろさせると、それをリビングに置いて事務室に降りた。
「おつかれさまでーす」
「おつかれー。朝から賑やかやな〜!」
「元気なようで何よりです」
響皐月を雨豪に渡そうとしたが、睦の首を締めて離れないので雨豪には断念してもらった。
睦は窓に腰かけ、響皐月をあやす。
「修茶さん学校行ってました?」
「俺ゲーセンと本屋に入り浸ってた」
「ですよねぇ。俺引きこもりでしたけど」
「学校なんか行く意味ねぇやんねぇ」
「ねぇ? 自慢じゃないですけど学校行かずに九ヶ国語話せます」
「自慢じゃないけど学校行かずに数オリで片手指に入ったわ。飽きて弓道に専念しとったけど」
二人で高笑いして、よくわからないがすごいことだけはわかる三人は顔を引きつらせた。
世界は天才こそ生き辛く、天才と異常者は紙一重だ。
子供たちが学校から帰ってくると、景矢が唯一学校の報告をしてくれる。
睦のデスクの横に椅子を引っ張って、今日あったことや予定を話してくれるのがルーティン。
「体育祭? があるんですって。文化祭? と一緒に」
「あぁ……もうそんな時期か。学校から連絡来てるかも」
ちゃんとこちらの世界にも学校行事はある。
その中でも特に盛り上がるのが、中央学院の文化体育祭と神迎養成校の模擬戦大会。
ジュワルパの夏は長い。
五月から六月が春、六月末頃から少しずつ暑くなって、七月半ばから九月末まで地獄の40度越え猛暑が断続的にやってくる。
十月からは涼しくなって、十一月から一月は乾季。そこから、二、三月の二週間前後は氷点下20度とか。四月は少し肌寒い程度。
四季がハッキリしすぎている世界。つーか夏と冬がありすぎる。
で、今はちょうど十月半ば。行事ごとは気温が人に優しくなり、かつ雨天延期が減る十、十一、十二、一月に多くなる。
「十一月末だっけ。中央学院と養成校で二日連続でやるんでしょ? 見に行こうか?」
「いえ来なくて結構です」
「わかった予定空けとくね」
「今年は一日目に第二学院が入るんですって。中央と合同で」
中央学院、政府が管理する、参界者が通う学院。
第二学院、第一学院にしようとして政府に却下された恨みから中央学院を目の敵にする、スイハ管理人の娘たちが通う学院。偏差値的には中央学院より少し高い程度だったはず。
東海部ニーハン、丘陵部懟雨、平野部呀伊にまたがる馬鹿でかい学校。
「……危ねぇな……!?」
「だから先生は政府に訴えたんですけど、政府はぜひ提携をと聞かなかったそうで」
あぁ、理事長が暴走してんのか。たぶん小雨の手が離れたのでやりたいことできるのに戻ってきた仕事でそれどころじゃないから中央に肩入れしている小雨への嫌がらせ、みたいな感じかな。蜃ちゃんも中央学院だし。
「……出たい?」
「いや……どっちでも……? よくわかりませんし」
景矢は今年の一月ぐらいに来たばかりだ。体育祭等はやったことがない。
響皐月は去年休んだしな。
「ちょっと小雨さんに確認取ってみるよ。蜃ちゃんもいるから黙ってられないだろうし」
「はい」
「……出れたら見に行くね!」
「もう好きにしてください」
絡みすぎて釣れなくなった景矢は椅子を引っ張ってデスクに戻っていき、睦は呆れた目で見てくる歳上二人を睨んだ。うるせぇ。
「叔父様おかえりなさい!」
「ただいま」
元気な蜃に出迎えられ、家に帰った小雨は蜃の頭を撫でた。
「体育祭のお知らせ来たよ!」
「……中央は第二学院と共同なんだって?」
「うん。知ってるの?」
「睦さんから連絡来たからねぇ」
ちょうどさっき、理事長に会談を取り付けてきたところ。明日の朝一、始業一分目から。
私服に着替えると、蜃の宿題を見る。ほんと、両親にそっくりな子。
「……そう、でそこ割るして」
「えーと……」
向かいに座って、蜃が暗算するのを待っていると霜がコーヒーと蜃のジュースとお茶菓子を持ってきた。
「頑張ってるねぇ」
「お菓子食べる」
「蜃先こっち解いて」
「あぅ……」
その問題が終わった蜃は一旦休憩し、小雨はコーヒーを飲んだ。
「叔父様は体育祭見に来るの?」
「……どうだろう。第二学院と共同になるなら行かないと。もし共同にならないなら翌日が養成校の模擬戦になるから準備あるし……」
「……来れない?」
「なるべく行けるようには調整するよ」
蜃は小さく頷くと、また課題を再開した。
「おとーさんッ! 見てプリント貰った!」
「お母さんこれサインください」
「ちょっと待ってね」
ソファに座っていた管理人は飛んできた娘の疓憝を抱き上げると、母にプリントを渡すもう一人の娘の俰盤も抱き上げに行く。
二人とも年子で同い歳だが、かなり体格差がある。別に発育不良とか早産難産だったってわけじゃない。ただ、たぶん妹の俰盤は母親に似て小柄ってだけ。
補習から帰ってきた二人を膝に座らせ、抱き締めて堪能してからそばに待っていた妻にも手を伸ばした。
「おいで」
「嫌よ」
「来てよ〜!」
「嫌。二人とも、先にこれしまって来なさい」
「はぁい!」
「ありがとう」
子供たちが部屋に戻ったので、それを見送っていた妻の腕を引いて抱き寄せると頭を殴られた。痛い。
「殴るわよ」
「君に殴られるなら」
「二人ともお父さんが叩いてほしいって!」
「子供にそれ言うのはなしだよぅ」
ソファに倒れると、子供たちが戻ってきた。
疓憝は二人の体に飛び乗り、俰盤は母を引っ張り出す。
「取らないでよぅ。俰盤もおいで」
「狭い」
起き上がって、妻と疓憝を膝に座らせると俰盤を横に抱えた。
「可愛いねぇ」
「満更でもなさそう」
「そりゃあ」
「おかーさん」
ハッと顔を上げると、顔面をビンタされた。
「俰盤アイスあるよ」
「食べるぅ!」
「疓憝菓子パンは」
「食べるっ!」
取られちゃった。
子供たちは各々食べ物を持って膝に戻ってくると、もぐもぐと食べ始める。
「そういえば二人とも、次の体育祭はどことやるの?」
「えーっとねぇ!」
「中央学院」
「……あら」
おやまぁそれはそれは、危険どころの話じゃねぇぞ。
父の視線が鋭くなったのを感じると、娘二人はすぐに黙った。
父が思考を巡らせてる顔の時は、お仕事中だから邪魔したらだめだと母に言われている。
「……ねぇ、子供たち大丈夫よね」
「ん? もちろんもちろん」
政府が家族にまで手出すなら、御三家最古参として遠慮する気はない。
さすがに政府もそこまで馬鹿じゃないだろうし。特に小雨君は。
「少し出掛けてくる。夕食は置いといて」
「……気を付けてね」
「お父さん行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」
「行ってくるよ、疓憝、俰盤。いい子にしてるんだよ。お土産買ってくるから」
「楽しみにしてる!」
「お土産いらないから早く帰ってきてね」
二人の頭を撫でると、妻の頬にキスをして玄関の棚から、銀の仮面を取った。




